月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 7
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     7


そこだけ見ると解放感いっぱいの ヨコハマの海を借景に出来るよな、
閑静な住宅街の丘の上という爽やかなロケーションに、
レトロな学舎やアールデコ調の温室などなどを納めた、高等部オンリーのミッション系の女学園、これありて。
仏教や神道信徒が多い日之本だというのに、結構な昔からキリスト教を尊ぶ学園として有名で。
その設立のころから名家とされている家柄の子女ばかりが通っており、
新進新興のとか、創業者一族のというよな ややこしい背景のありそな家系の令嬢はあまりいない。
お嬢様学校ではあるが、さほどキラキラしく有名なわけではないところもまた、
実は大人たちの敷いた密やかな戦略の賜物ならしく。
よく言って純粋培養されてそうな、
穿った見方で、家長様や親御には逆らわず、波風立てない性格をほどよく躾けられた、
おっとりしているお行儀のいいお嬢様方ばかりが集まった学園でもあり。
学園内でのヒエラルヒーもなく、カーストなんてものもなく、
災害時の避難訓練くらいはこなしてもいようが、
それでもいきなり襲撃に遭いそうなほどの因縁持ちはそうは居なかろうと、
世界屈指の平和さで有名な “ぬるま湯国家・日本”の見本みたいな
ゆるみまくりで危機感皆無という空気いっぱいな学校だったのだけれども。

 そこに突然、
 某国の著名なご一家の令嬢が聴講生としてご訪問という流れとなって。

全国ネットのニュースで扱われていないのは、それこそ危機管理の基本だから。
さすがに海外に本拠のある存在ともなると、
どんな因縁がらみでどんな政敵がマークしているやも知れぬ。
派閥争いのとばっちりとか、
資本主義反対とかいう思想集団によるクーデターのスケープゴートだとか、
よく判らん御題目つけた上で、
誘拐とか暗殺とかされても大きに迷惑だが、そういう危険は想定されもして。
無防備なままじゃあさすがに危険だと、
招待した側とされている日本の資産家様が
手持ちのコネクションの様々な筋へこっそりお声を掛けたよで。
日之本の公安関係やヨコハマ独自の治安組織である軍警、
そのまた出先機関ぽい武装探偵社が半隠密裏に警護を担当。
その一方で、自身の伝手の一端である、
裏社会の雄、ポートマフィアにもさりげない監視をというお声をかけた。
可愛い愛娘とそのご学友らが怖い想いをしないよに、
どうかよしなにとの依頼には、
公的機関では不可能だろう非合法な対処も構えていいよという含みが窺えて。

 『確かに、銃火器を持ち込まれたり、まさかの異能者を送り込まれでもしたら、
  普通一般の公務員しかいない軍警の皆様には打つ手もないかも知れないしねぇ。』

いえいえ、馬鹿になんてしちゃあいません。
いつも“標準とはかくあるべし”という指針になっていただいておりますと、
花が咲くよににっこりと笑ったのが、それは可憐な女子高生に扮していた白虎の少年ならば、

『まぁね。
 某国の準外交官だっけ?その人の令嬢にと偽物を送り込んできた存在が一番の悪党だが、
 もしかせずとも 準外交官とやらのお父様ご本人も仲間内といえなくはない。
 本物は軟禁状態であれ無事なところにいたんだろう?』

ちなみに、そちらはそこまでの刷り合わせなぞ当然のことながらしてはなかったポートマフィアの尾崎姐が、
頼もしき女性のみで構成されている機動工作班を率いて“救出”済だが。
依頼が来る前、実はご家族が入国した時点からの監視活動を先に起こしていた成果として、
そんなちぐはぐな運びを取ってた不審さが目に付き、
ずっとマークしていたがための無事な決着とも言えて。
依頼がなければ全く関与しない運びとなったかもしれないマフィア陣営がそんな段取りを取ってたくらいで、
結構派手な行動が注視されていた準外交官殿だったその上、

 【 その資産家、桐生さんだっけ? その人自体が怪しすぎだよね。】
 【 はい?】

確かに、この土地ならではな公的機関だろう“軍警”という存在へ顔が利くのみならず、
裏社会のトップだろうポートマフィアへもコネがあり、
双方に齟齬なく(?)働きかけて、表にも裏にも途轍もないガードの布陣を敷けた人じゃああるが、
そしてだからこそ、
ボヤ騒ぎにはなったが、身内に大きな怪我を負った人も出なけりゃあ
施設への被害も…なかったとは言わないが
ちょっぴりほど異能が関わってもこの程度で済んだのではあるが。
名探偵が言うにはそこがそもそも訝しいそうで。

【 そもそも、どれほどの益のある知り合いでも、ここまで危険な誰かに狙われてるような存在だ。
 昨今の日之本は欧米ほどじゃあないがそれでもそれなりに危ないのだし、
 著名だったり地位があったりする存在はその価値に比例して狙われもするもんだ。
 そうと判ってたから厳重な監視も付けたほどにそんな基本くらいは理解もしていたんだろうにね。
 だったらそもそも断ればいいんじゃない? か弱いお嬢さんの身が危険だって。
 下調べして分かったことに熨斗をつけて突き出して。
 これからの付き合いはなしと言われたって構わないでしょ?
 周囲が巻き込まれる事態が捲き起こることを学習しないどころか、
 どれも自身のアピール手段にしている承認要求の塊みたいな高官さんなんて。】

余程のこと内紛とか派手な政争がお好みらしい人性で、
しかも弁護士から護衛からがっつりと周囲の防御は固めているからと 
その万全振りを笠に着ての挑発的な言動も少なかないとか。

 本人や最低限で家族は無事でも、ただ居合わせただけの人たちは?
 襲撃してきた輩が悪いのは勿論だが、
 そういう事態が起こるという予想や予知をしない身勝手な“あんぽんたん”に
 本当に罪はないと言えるのか?

【 そこまでの巨大な恩を相手へ売るのが目的で
 自分のお嬢さんを餌にしてまでの罠を張ったって順番だとしか思えないんだけどね。】

名探偵は棒付きのキャンディを短めの指揮棒のようにちょいちょいと振って見せつつ、
世間話のような口調で言葉を紡ぐ。
相手が思惑通りに大騒ぎを起こし、且つ、非力な令嬢を攫ったら、
実行犯も追われるし非難もされようが、

 【 そんな騒ぎがきれいに畳まれたらどうなるんだろう。】

荒事の経験も薄い警察しか持たない国だから、組織だった犯罪には弱かろう。
公式に認可されてはない異能にも疎いと聞くから対処なんてとれまいと、
事情収拾が雑で、手玉に散ってやろうジャンなんて思ってたような連中を、
そんな“油断”を逆手にとって、逆にあっさり畳んでしまえたら?

 【 ヨコハマをなめてもらっちゃあ困ると、
  そういう思惑あっての参戦じゃないの? 鴎外さんとしては。】

勿論、がっつりガードも出来るという自信あっての執行じゃああろうけど、と。
現場に配備されていた護衛実行班たちの顔ぶれを連ねたレポートをトントンと指先でつつきつつ、
きれいに畳んでしまった立役者たちこと、
お互いにようよう知っている、前衛実行部隊らの実力のほどへの賞賛は忘れないままに言ってのけてから、

【 そっちの首領様は恩讐ありきな組織の人だから、こういう格好での締めでもいいんだろうけどさ。
 こっちはそういうものへの恩だ何だなんてなものは書類にだって残せないから知ったことじゃあない。
 ただただ迷惑かけられただけだし、結構な数のご令嬢たちに怖い想いさせてどうしてくれんのって話だよ。】

畳みかける乱歩の言いようへ、ふっと鴎外が口許を緩める。

 “…怖い想い、ねぇ。”

当初の騒ぎ、
突発的な爆音やら教室の窓の崩壊、燃え上がっていたカーテンという畳みかけには、
さすがに身をすくめて怖がってもおられたようだが。
避難の指示にも従順に従われ、
激闘の現場から引き離されたとあって
ドラマの撮影のようとはしゃいでられた方が大半であり。
軍警やら機動隊やらが校内へと突入をし、消防ではないらしい車種の警察車両が殺到したのへ、
なんとかして現場を見られないかしら、中島様と和泉さまがいらっしゃらないわ、ああきっと活躍しておいでなのよと、
異常事態へ興奮してというのもあろうが、結構ワクワクした空気が流れてもいたそうで。
中原幹部をはじめ、物理への完全防御がこなせる障壁を張る異能者がいたからこそ無事ではあったが
結構な騒ぎの渦中にいたというに存外肝の太いことだったよねとは、
極秘で配備されていたポートマフィア構成員の姉様方があとになって教えて下さっており。

【 裏社会の駆け引きへ僕らを引きずり込んだんだ。それなりの貸しだって思ってもいいのかな?】

この文言を、五大幹部ではなくの首領様本人へ伝えてね、
でないとこっちも何が起きても責任とれないよと、付け足したもんだから。
しかもその通話の媒体、携帯端末をわざわざ送り付けた介在人としての署名が“太宰”だったものだから、

「親方、これは彼の人が
 表向きな方面への言い訳へ手を貸すよと暗に言ってるってことじゃないでしょうか。」

こたびの案件の報告会的な会議の中で、
こういう含みのあるやり取りってボクはまだ不慣れですが、これは何となく察しが…と、
白虎の少年がそんな言いいようをし、
中也からため息をつかれ、紅葉さんからは高笑いされたそうで。



   ◇◇


大人の皆様には
そういった後始末としての対処や意識への擦り合わせ、
若しくは貸し借りへの清算の会みたいなものがあったようで。
ただのお使いとして
探偵社謹製、花袋さんのガード付きという携帯端末を運んできた白虎くんは、
そんな余計な差し出口を言ったにもかかわらず特にお咎めも受けぬまま、
相変わらず女子高生として例の学園に登校し続けている。

「あんな大騒ぎの直後に、
 いきなり “ではさようなら”って姿を消すのは不自然じゃあないですか。」

ニセアカシアの梢が初夏の風に揺らされて、小さな葉たちがひらひらと躍る。
藤に似た白い花房が若葉の緑に映えて綺麗な高木だが、
実は成長が無茶苦茶早く、花ははちみつに使われることで有名だが
棘があるのと倒れやすいことから最近は敬遠されがちで、
根絶が難しいので土地によっては植樹禁止になってもいるとか。
陽の光と花房や木の葉の陰がモザイクみたいになって揺れているそんな木陰にて、
口許に手を添え、控えめにフフと笑った黒髪色白なご令嬢なのへ、
こちらも同じような理由から速攻で退所となれないものか
登下校の道の警備員配置なままらしい探偵社の新人さんが、
ちょいと物言いたげに口許をひん曲げたものの。
傍目には学園に通う女子高生へ声を荒げるのはよくなかろと、
むむうと眉を寄せるだけで我慢しておれば、

「ボクより桐生さんちのお嬢さんの方が、
 何ごともなかったかのように過ごしておられるなんて凄いと思うよ。」
「…うむ。」

一般人でまだ15,6歳という幼さで、しかも資産家の令嬢で。
風にも陽射しにも当てぬようにと大事に大事に育てられてきたお嬢様だろうに、
あのような襲撃騒ぎの渦中に巻き込まれ、
守る対象とされていた海外からの令嬢が実は偽物で 自分こそが狙われていて…という、
背景も現状も知らないことだらけだったろう、何ともいきなりの恐ろしい修羅場にあって。
気絶こそしたが、そのまましばらく休むのかな、
何ならトラウマが出来てしまったこの学園から去るものかと案じていたが、
翌日、普段通りに登校して来られ、
やや焼け焦げてしまった教室が修復のために移動となったのへも
特に怖がるようなところはないまま、
他のお嬢様方と同じようなレベルで“びっくりしましたねぇ”なんて語らっておいでで。
世間知らずでほんわかした純粋素朴な令嬢たちだと思っていたが、案外と芯は強いのだなぁと、
マフィアの白虎くんとしては意外だったねぇなんて感心したようで。

「ボクや鏡花ちゃんにね、
 護衛の方々だったんですね、内緒にしといたほうがいいのでしょうねなんて、
 こそってお世話になりましたねってお礼を言ってくれたほどで。」

余程いい出来なのだろう、かつらの黒髪はさらさらと細い肩の上へすべっては流れ。
上流階層の令嬢然とした敦くんの風貌をがらりと塗り替えているその小道具の秀逸さへ見とれつつ、
楽しげに口許を緩める“敦子さま”の言に、それは確かに肝が据わっている方かもと、
芥川も新情報へはちょっぴりと目を見張る。
拳を繰り出し、二階家まで届くよな跳躍をしという判りやすい活劇へ文字通り飛び出すとか
常に殺気を拾い上げて過ごしてるボクらとはカラーの違う覚悟や心構えを
あの年頃なのに常に持っているということなんだろうねなんて。
感慨深げに口にしてから、
やれ出来たと安堵の笑み浮かべ、手許で糸の始末をしたのは、
警備員用のつば付きキャップ型の制帽だったりし。
縁取りの帯が巡っているところがほつれていたのへ気がついて、
ササっと出来ますからと声をかけ、
その強引さに何か話があるのだなと読んだ芥川も応じての、傍らの細い道にやや入ったところでの立ち話。
前もって話していた通り、
転校してきた令嬢コンビという肩書のまま
夏休み前まで在学し続ける予定の“中島敦子”さんと“和泉鏡花”さんは
相変らずおっとりしていつつも運動神経はいいということへ軌道修正し、
春の体育祭でもリレー2本にエントリーされているのだとか。
こういうことも身に付けといて損はないと訓練したものか、
渡された制帽はかがった糸が判らないほど丁寧に繕われており。
膝を揃えて縁石に腰かけている姿の嫋やかさといい、
本物のご令嬢にも滅多にいないかもしれない級の淑やかさの敦子嬢で。

「……。」
「どうされました?」

通りすがった誰ぞに訊かれて怪しまれぬようにか、口調も丁寧なそれだが、
そういった態度の取り繕いへもだろう、感心しきったような顔になってしまった芥川だと察したか、
ひょこりと小首をかしげてから、
何かしら思いついたか、自分の口許へ指先を軽く当てつつ、

「夏休みのうちに転校するというシナリオなんですが、
 何なら駆け落ちしたってことにしてもいいかもですね。」
「あ"?」

ふふーと悪戯っぽく笑った令嬢に、
どうからかわれたのか、ちょっと天然な探偵社の新人さんが気付くまであと半日。



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