月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 6
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擦れ違った機動隊の皆様が軽く会釈をしたので、警察や公安側のお人だろうに、
ポートマフィアの秘蔵っ子である敦と顔馴染み。
まま今の敦は“此処の女子学生です”といういで立ちだから、
……とはいえ、どこの死線を乗り越えたんだというほどにあちこち擦り切れまくりだし、
余裕でクラスメートを姫抱きにしてもいて。
だってのに不審に思われなんだということは、
この男性のお仲間の捜査官か何かだという誤解でもされているものか。

 “相変わらず寡黙なんだのにね。”

どうかすると太宰よりも年上の成年男性だろうに、
赤みの強い髪も撫でつけぬままだし、身だしなみが苦手か顎やおとがいには無精ひげも目立つ。
とはいえ、敦にはそんなところも変わっていない懐かしさと映るようで、
淡い色合いの双眸をたわめると、ふふと頬笑んだまま言葉を続けた。

「お久し振りですね。」
「ああ。」

虎の少年の笑顔は、任務中には珍しくも作り笑いなぞではなかったが、
それを目にしてもあまり男の表情は動かない。
長い黒髪は人工毛だったからさほどもつれたりしちゃあいなかったが、
それでも制服があちこち埃まみれだし、
激しい逃走劇の中、色んなところで擦ったり引っ掛けたりもしたのだろう、
ひだスカートも紺色のハイソックスもよくよく見ればかぎ裂きがいっぱいという悲惨さで。
結構な修羅場の中、意識のないお友達を抱えて
一体どんな目に遭ったのかと案じたくなるような有様だというのに…と思えば、
むしろ冷たすぎる態度じゃあないかとも感じられる淡々とした扱いで。
とはいえ、ポートマフィアの存在を警戒しているというわけでもなさそうであり、
相変わらずに単調な声ながら、それでも会話を続ける彼だったりし。

 「よく判って停まってくれた。」

そう。
銃を構えていた敵を背後に感じつつ、
被弾せぬようにとそれまではすさまじいまでの体捌きを繰り広げていた敦が、
不意な連射の銃声に何故だかひたりと立ち止まった。
それは脅威を感じてではなく、その銃声に何かしらの“覚え”があったからにほかならず。
そこを確認されたのがこの短い言いようでも通じたからこそ、
表情豊かな口許をほころばせたご令嬢、
何を言ってますかという軽やかな口調で応じている。

「だって、あの小刻みな速射2発ずつを回転式銃で撃つのは他の人じゃあ無理でしょう。」

リボルバーともいうシリンダー型の弾倉を回転させる形式の拳銃の場合、
撃鉄を起こして引き金を引いてという発砲の手間がかかる分、
よほど手馴れていないと連射や速射はどうしたって自動式のそれには劣る。
自動式拳銃(オートマチック)なら引き金を引くだけで手間は要らぬし、
マガジン型の弾倉に20数発まで装弾出来たりするので重宝されているようだが、
排莢による弾詰まりが起きやすいことと、
ばね式のマガジンはメンテを怠るとそのばねが劣化しやはり給弾不良が起きるため
手際がいいなら正確な射撃ではむしろリボルバーの方が優れていると言え。
追っ手の男の手から拳銃を撃ち落とした奇跡のようなあの所業、
その直前のあの連射の銃声は、
そんな策を取る、援護するという合図だったらしく、
他でもないこの男性が敦へと聞かせたものだったようで。
自分に引けを取らない体捌きをこなせ、しかも射撃の腕は一級品な彼だと重々知っておればこそ、
そして以前にもこういう段取りを取られた覚えがあったればこそ、
敦の側でもそういった判断があの咄嗟でも出たのだろうて。
何てことない判断だと応じた虎の子くんだったのへ、

「そっちこそ、リボルバーの掃射音を聞き分けられたのか?」
「難しくはないですよ。」

そう、敦にとってはそんなの今更な話。
虎の異能による聴覚も併せて、
射手の癖やら個体による個性のようなものやら、覚えのあるものはちゃんと知識として刻まれているし、
どれ程の空隙があったとて忘れやしないと思うくらい、この男のことはようよう知っている。
こんな修羅場で不意打ちにて出くわしても、自然と信用に足ると思うほどに親しかったし
中也への親しみと同じほど兄のように慕ってもいたからで。

 彼こそは 織田作之助という、元は裏社会にいた男性で、
 4年前に太宰とともにポートマフィアから抜けて武装探偵社に移籍した“殺さずのマフィア”。

元々はまだ十代のころから裏社会で一匹狼の殺し屋稼業をこなしていたそうだが、
とあることがきっかけで“殺し”はしないと公言したらしく。
そのためポートマフィアの中での地位も失墜、最下級構成員として雑用ばかりこなしていたそうだが、
特殊な異能を鴎外に利用され、死にたがりの軍属異能者との対峙というお膳立てをされかかり、
そういった謀略を知った太宰がお冠となった末、
本気で怒った天才の手管により、二人同時に組織を抜けた。
実直な人性じゃああるが前歴が前歴なので、
表社会に籍を置くのは本来なら難しいことだっただろうに、

 『福沢社長や乱歩さんとも顔見知りだったそうだって聞いてます。
  だから、太宰さんが入社していたと聞いたとき、
  だったら…って自然と想起も出来ましたよ。』

再会を果たした太宰から“共に探偵社にいる”と聞かされて、
ああなるほどと特に違和感もなく把握できたらしい敦少年だったらしいが、それはともかく。

「出来れば谷崎の細雪でカバーしてもらうのが一番穏便だったんだが、
 相変わらず信じられん素早さだったのでな。」

そんな一言を告げられて、
ありゃまあと、ついの苦笑が白虎の少年の頬に浮かぶ。
敦も可能性として挙げていたように、
構内への潜伏という格好で、完璧な幻惑の異能を使えるあの青年も監視役として配置されていたらしく。
男性じゃああるが、姿のみならず気配さえ隠し切れるという異能“細雪”を用いれば、
誰にも気づかれないまま、身を隠しての監視は可能。しかも対応もフレキシブルにこなせたろう。
とはいえ、追跡者を抱えた虎くんはあまりに素早いものだから、
そんな谷崎さんでも追跡&フォローは難しかったらしく、慌てて織田への連絡と相成ったらしい。
ともあれ、ひとまずは危険な事態の核の部分も収拾できそうとあって、
敦子お嬢様の細い肩から力が抜けかかったものの、

「……っ。」

撤収していった機動隊の皆様ではない気配を嗅ぎ取り
再びの緊張が立ち上がる。
向かい合っていた織田にもそれは伝わっていたらしかったものの、

「談笑中にすみません。」

いささか硬い口調だったのは、こんな騒然とした中への緊張からか、それとも職務上のけじめか。
とはいえ、こんなややこしい恰好同士の二人へ
“談笑中に”なんて言い回しが出来るところは洒落者でもあるようで。
丸っこい形の眼鏡をかけた、いかにも文官ですという大人しげな雰囲気のスーツ姿の男性が
いつの間にやら自分たちのほんの数歩ほどという至近に立っておいで。
少しずつ騒乱の気配は薄らいでもいるようだったが。それでも荒事の最中という現場には違いなく。
収拾担当の係官でも作業着で臨むような“現場”だというに、
派手な仕立てじゃあないがそれでもかっちりしたスーツはいかにも場違い。
とはいえ、実はこの男性も二人には顔馴染みな存在であり、
相変わらずのほぼ無表情なままの織田が小首をかしげつつ、

「坂口? 参事官補佐が出て来ることなのか?」

キョトンとした声を出したあたり、
顔見知りに間違いはないものの、そこまでの連携は訊いてなかったのだろう。
表情が薄いので誤解されやすいが、決して不審に思ったのではなく、
単に“うっかりしてたか、俺?”という程度のものだと、敦も坂口と呼ばれた相手にも重々伝わっており。

「さすがに異能特務課まで関わってるなんてのは非公開です。」

それだけの影響力がある方々の子女が危険にさらされかねぬ事態なようでしたし、
そうと判っていてコトが起きそうなのを防がないのは怠慢ですからねと
世間への奉仕義務というよりは…自分たちへの後処理という負担が迷惑だと言いたいらしい、
そこまで明け透けな言い様になったこの男性もまた、敦には昔馴染みの存在で。
世間的にはまだ公的に政府が認可していない“異能”だが
存在するのは事実であり、それが絡んでの凶悪事件も結構な過去からすでに多数発生している現状。
情報のやり取りもどんどんと広範囲にしかも俊足となりつつある中、
色々と隠しおおすための専門家として内務省に秘かに存在しているのが“異能特務課”という部署であり。
公にしづらい現象を特権的に扱い、自身らも特権的に異能を駆使することを許された
表向きは存在しないことになっている内務省直属の異能秘密組織。
その性質上異能者も多く所属し、国内最強の対異能者制圧部隊「闇瓦」などを有する…のだそうな。
外伝小説は読んでないからなぁ。辻村深月ちゃんの所属のことかなぁ?(う〜ん)
ぶっちゃけた言い方で説明するなら、
正式な書類へ残す記録に“異能が関わった”という記載が出来ないという制約があるがため、
それを何とか細工するエキスパートの部署とも言え。
火器もないのに炎が上がっただの人が吹っ飛ばされただのという“超常事象”への辻褄合わせから、
犯罪に加担した異能者の確保や収監、果ては更生への指導も手掛けており。
海外の同位組織との連絡も密に取っていて、
澁澤龍彦の一件では時計塔の従騎士の介入によりヨコハマが危うく焦土とされかけてもいる。
逆に“無かったこと”の最たるものとしての徹底処断もあるらしいが、
そこはマフィアも含めて部外秘ということで…。(原作でも虫くんがちょろっと触れていましたね。)
そんな部署の準責任者たる坂口さんが顔を見せたのは、
彼らの情報網にこたびの騒ぎの端っこが掠めたかららしかったが、
政財界の大御所の係累が通う学園が舞台になっていたとはいえ、
彼ほどの大物が直に運ぶほどのことでもないよなと、そこは敦も重々承知。むしろ、

 “気を遣ってくれたんだろうなぁ。”

というのも、そもそもの出会いというか知り合いとなったきっかけが、
この坂口氏、かつてポートマフィアに間諜として潜入していたことがあり、
当時裏社会を引っ掻き回していた軍属崩れの一味に関する捜査をしていたらしく、
その流れの中で太宰や織田と近しい仲になったという、怪しい曰く満載な代物で。
異能開業許可証を巡る当時のすったもんだの末、
裏社会から離脱した太宰と織田の経歴を洗ったのも彼だとか。
そんな関係で敦とも顔なじみであり、
随分と毛色の違う子だなぁとマフィアらしからぬ性格というか気性というかを可愛がられてもいた。
そんなこんなからの腐れ縁は今も細々と続いており、
直接会うよな機会はさすがになくなったものの、
異能がらみの何やかや、首領様につなぐとあとあと恩に着られそうな話は
虎の子くんが “知らない間に政府筋への手助けになってました”と運ぶことも結構あったほど。

 『太宰くんの最近の昼行燈っぷりまで学習していようとはね。』

なんてお言葉を頂いたこともあるのも今はともかくとして。

 「君。」
 「は。」

敦が抱えていた昏倒したままの桐生さんちの令嬢を、
視線一つで付き従ってた黒服の部下に引き取らせる彼で。
こんな騒乱状態な中、ややこしい恰好でいかにも怪しい存在だろうに、
特にいぶかしげな顔もしないまま、むしろ丁重な所作で腕を差し伸べられ、
敦の側からも“お願いします”と彼女を渡すこととする。

「これでよろしいのですね。」

敦の側にも段取りとかあったのでは?と暗に聞いている彼だと、
そこは少年の側でも端的な訊かれようであれ察したようで。

「はい。親方にはボクが伝えておきます。」

それはあっけらかんと笑って応じる。
余計な文言を載せないのは、うっかりした物言いをして言質を取られぬようにで、
そこの事情もお互い様だと重々承知の18歳。
令嬢へもだが、学園自体の履歴としても、
混乱の収拾や危機回避にポートマフィアが関わったとしない方が良かろう。
派手な逃走劇への鳬をつけたのは織田であるのだし、
自身と保護していたお嬢様へ向けられた銃へのフォローをされたのだからと主張すれば、
相手へ花を持たせたことへも咎めはなかろう。
ポートマフィアの人間でありながら
自分のところの首魁をつかまえてそんな言い様をしておいて、だがだが、

「あ、鏡花ちゃんは…。」

そちらは真剣に心配だったか、サッと顔色が変わった敦なのへ、

「ああ、あの子なら一味の女性工作員を搦めとっていたぞ。」

織田が管轄だったか、顛末を話してくれて。
結果として相手陣営には異能者はいなかったらしく、
数人ほど相手側に助っ人が駆け付けた状況だったものの、
力加減もさほど要らなかった実力差にてあっさりと制圧できていたらしい。
そちらも軍警との接触はよくなかろうとの心遣いをされたものか、
駆けつけた芥川が一味を引き取っていったらしく。
鏡花と彼ともなれば 微妙な因縁がなくもなかった二人だが、(βだったかの画策騒動の折、孤獣その5を参照)
『よくやった』と頭をぽふぽふと撫でられて赤くなったのが可愛かったそうな。
そんなところまでもを淡々と語ってもらい、
あらまあと微笑ましげな顔になった敦と坂口だったのはさておいて、

「ボクと鏡花ちゃんはこのまま1カ月ほど此処で生徒として過ごすことになってます。」
「そうですか。それなら、巻き込まれたということで押し通せますね。」

今回は武装探偵社との“共闘”だったわけじゃあないのだが、
昏倒していて何があったか まるッと知らないご令嬢だし、
だったらそのように処理するのが穏当だろうと、
内務省異能特務課の参事官補佐が判断したこととなるらしい。

 “色いろと含むものだらけの依頼だったようだしね。”

敦の甘い対処へも文句は言わぬだろう、
むしろ某資産家様へ恩を売るネタにしてしまう鴎外だろうよと、
この時点でそうと感じたのは少なくとも数人ほどいたようで。



 to be continued.





 *何だか説明だらけになっちゃいましたな。
  織田さんを出すなら、ついでに坂口さんもと調子に乗りました、すみません。
  微妙なコスプレの女子高生もどきですが
  存外可愛いのと参事官補佐と堂々と渡り合ってたので、
  もっととんでもない異能者の相手もすることを思えばと、
  御付きの方々も動じなかったと思われます。笑




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