月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 5
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自分が一人で足止めをすると言い出した鏡花の自発的な発言を
信じて任せた敦だったのもある意味では当然の運び。
此処でぐずぐずと優柔不断な判断をしておれば、護衛の案件自体がたまなしとなる。
それに力量を信じてもいるからこそ現場に出てもらったのだし、
不安材料は力加減を誤って相手を致死に至らしめたら面倒かも…という、
考えようによっちゃあ マフィアの証拠隠滅能力を発揮すりゃあいいだけの他愛のない代物だし。
(…って、おいおいおいおい。)

 “さて、どこへ紛れ込むかだな。”

学園構内は雑然ととまではいかないがそれでもかなり混乱状態。
ちょっと古い機種なのかアナログぽい非常ベルの音が鳴り響くのをBGMに、
爆音がしたり煙が上がっていたりという物騒な状況下。
敷地の周辺で配置されていた軍警や機動隊の皆様も事態収拾と救助活動に着手なさったようで。
校庭へと逃げる生徒たちを誘導しつつ、
担当を割り振ったらしいグループ別、
現場へ急ぐ班、周辺で不審者を探す班、教員室の監視カメラを確認する班と、
それぞれの目的の場へ急行なさっておいでなのが人の流れから察せられ。
それらの方々とは活動を共にしちゃあいなかったポートマフィア勢の敦としては、
今さら協力を仰いでもややこしくなるだけだろうしなと、
階段下やら使ってはない特別教室などで身を隠してはそういった皆様をやり過ごしつつ思案する。

 “手っ取り早いのは…。”

同じような年恰好、同じ制服という女生徒たちの中へ突っ込むという策だろう。
非常事態で避難中という混乱のさなかだ、
同じクラスではなくとも慌てていて間違えたのねで済むだろうし、
昏倒している桐生さんちの令嬢も、
急な事態に驚いて卒倒したのだろうという把握の下で養護担当の先生に見守っていてもらえる。
敦自身からして転校生という先触れつきで潜入していたのだし、
年頃もかぶっている上、制服姿にほぼ全員が黒髪という要素が追っ手へのカモフラージュになってもくれる。
教師として潜入中の国木田さんや まだ逢ってはないが与謝野先生なら事情も察してくれようから、
敦だと気づいたとしても何かしら察して、このお嬢さんを守ってもくれよう。
ただ、

 “相手がこういう“誘拐”という種の荒事に慣れているなら
  其れはさしたるハンデにはならないんだよなぁ。”

双生児だとか とあるキャラへのコスプレ中な人が集まってでもない限り、
見間違えるなんて初歩的なミスなどやらかすまいし、

 “あのお嬢さんが常に一緒にいたからなぁ。”

親同士が知己だという関係で引き合わされた間柄。
なので、もしかしたら既にこちらのお嬢さんの身に、
贈り物のチャームやら何かという格好で
GPS機能がある何かしらを取り付けられているかもしれない。
此処の校内だけで十分だってのならもっと繊細的確にサーチ出来よう発信機で充分だから、
シール状の何かをこそりと貼り付けるだけで事足りるときて。

 “となると、非力な令嬢たちが集まっている場へ突っ込むのは…。”

さらなる被害と混乱を招きかねないので危険。
顔が割れているかどうかを言うならば、
こちらだけじゃあなくてどんな恰好で敵サイドの顔ぶれが紛れ込んでいるのかも不明だといえて。
マフィアなのだからこの姫を守ることが最優先ではないかとされるところ、
混乱上等、それに紛れて敷地の外へ逃げるという手だってあろうにと
日頃からこの若造がと嫉まれ、よく思われてはない輩からは嘲笑われるかもしれないが、

 “……。”

初めて逢う外国からのお客様のエスコートという大役に緊張していたのだろう、
昏倒中の令嬢を腕の中に見下ろし、
それじゃあ意味ないよねと小さく苦笑。
わざわざ女装してまで傍にいた護衛たるもの、
彼女の身の安全とそれから、彼女の頑張りも実にしてあげたいなとつい思ってしまった。
口外出来ない“マフィア”からの援護あって無事でしたでは響きが良くない。
せめて、クラスメートと一緒に切り抜けて誘拐犯から逃げおおせた…の方が、
思い返した時も幾分か収まりがいいのじゃあなかろうか。
教室のカーテンが燃え上がった火は、されどさして広がらなかったようで、
何か燃えているというよりも煙幕代わりに発煙筒か何か仕掛けられたという匂いだと判る。
それよりも、

 “構内へ突入を掛けた手勢が多すぎるなぁ。”

数人のグループであちこち駆け回っているらしき面々の足音が
縦横無尽に校舎内を移動しまくっており。
出来ればかち合いたくない敦としては、
事前に頭へ叩き込んだ校内の見取り図を応用し、何とか身を隠して移動しているものの、
警察関係者と相手一味の足音や気配の嗅ぎ分けが出来ないことへ“仕舞ったなぁ”と困惑中。
こういう事態へ突入してきた相手方もそれなりのらしい装備を身に着けていたらしく、
保護してもらおうとうっかり飛び出しかけて肝を冷やしたほど。
要人警護でもあるまいに銃帯しているのはおかしいと、
かすかな火薬臭に気づいてすんででブレーキをかけたはいいが、
機動隊の皆様の装備も火薬の匂いはまとってらしたため、
うわぁこれはちょっと…と、逃亡開始から数十分というところで少々行き詰っておいでの虎くんで。
ちょいと休憩とばかり、準備室に潜んで自分の側の面々の配置をスマホで確認。
清掃員や事務員として潜入していた顔ぶれはあくまで監視を受け持っており、
爆破だ出火だと騒然としている中で不審な動きを取るわけにもいかないか、
コンタクトがとりにくいのは敦の側もまま承知していたが、
選りにも選って警察からの突入部隊が ある意味で妨害素養になろうとは…。

 “ボクとこの子を探しているんだろうな。”

生徒たちが避難した先での点呼で居ないと気づかれ、しかも教室には護衛担当の男女が昏倒していれば、
すわ一大事と軍警の皆様も慌てたろうから、そのまま捜索態勢を取って動いてらっしゃるに違いない。
そしてそれがコトを煩雑にしてもいるというわけで。
警察側の無線を傍受出来れば 校内を移動中の顔ぶれへの精査も出来たろうが、
緊急事態へスライドしたためか、使用バンドが変更になっており、
ようよう知っていた軍警さんたちの通信周波数帯では情報が流れて来ない。
 *同期させている通信機同士で双方向通信が可能となる周波数とでも申しましょうか…。
  〇〇ヘルツ、ラジオ放送のCHみたいなものと思ってくだされ。

 “今朝がた芥川さんと顔を合わせた折に、何かしらすり合わせときゃあ良かった”

と、今になって後悔してももう遅い。
そもそもか弱い女学生が同級生を姫抱きにして駆け回る図はなかなかに不自然だろうし、
こうなったら一味が一網打尽となるまで屋上エリア中心に逃げ回ろうか、
それともイチかバチか校庭へ飛び出して、桐生さんを庇いつつも相手の的になっちゃおうかなどと、
その屋上へのルート途中、長い廊下へと飛び出して勢いよく走り始めたその瞬間、

 「……っ。」

ぱしゅッと、消音器付きのそれだろうくぐもった銃声と旋風が頬のすぐ間近を駈けていったため、
ハッとして感応機能のゲインをあげる。
どうやら後方に居合わせた一群があったようで、
油断はしちゃあいなかったが、それでも思考の何割か考え事に没頭しかけていたのは事実。
気配を拾えなかった上級の手合いが追っ手にいたようで、
それが後背から銃を撃ってきたらしく。

 “人質予定のお嬢に当たってもいいってか?”

手負いにしてでも身柄を確保したいという乱暴な手合いだったとはねと、
どっちがマフィアか判らない感慨に自分で苦笑。
真っ当な進軍では的として照準も合わせやすかろうからと、
フローリングの床から軽やかに跳躍すると、
壁に足場を求め、そのまま天井まで駆け上がったり対面の壁へ足場を変えたり、
ただ直線に逃げるのじゃあない3Dな駆けように変え、せめて当たりにくくという逃げ方を選ぶ。

 「ちっ。」
 「何て奴…。」

向こうもそうそう無駄弾は撃ちたくないか、
それとも威嚇止まりで、そこはやはり人質への致命傷はさすがにまずいのか、
続けざまという連射はしてこないようだったが、
ここで距離を取れたところで屋上へ向かっているのはバレバレだろうなと敦の側も臍を噛む。
何なら窓を蹴破って外へ飛び出すのも手ではあるが、

 “それは最後の奥の手だな。”

屋上からのダイビングとして取っといてもいいかなと、
物騒な方向で腹をくくりかかった敦くん。
壁やら天井やらという廊下空間を目いっぱい使っての
あちこちに足かけ蹴り上げという
多次元的ピンボールさながらのめちゃくちゃな駈けようの中、
スカートがひるがえるのも何のその、
ぐっと膝を深く折ってばねを溜めたり、何なら大胆なまでの大股に跳躍して壁を蹴りつけたり、
足首を照明の吊り具へ引っ掛けて距離を取った地点へ飛び降りては、
そのままがっつりと踏ん張って着地してもいて。
それまでのいかにもご令嬢でございという振る舞いはあっさり脱ぎ去って
見るからに…とまではいかないがそりゃあ力強い動作で駆け回っておいで。
まあさすがに もはや普通の女子高生だとは思われていないのだろうなと見越しての
そりゃあ大胆極まりないな逃走術だったのではあるが、

 「ちっ、異能持ちだな、ありゃあ。」

追っ手にしてみれば、少女か男かなんて見分けも付くまい級の俊敏さで逃げ回っている獲物。
誘拐が目的の襲撃だが抵抗されたなら脅しでの銃撃も構わぬという段取りだったか、
そしてよほどに腕前に自信のある輩であったのか、
逃げるばかりの女子高生の背中へ拳銃を構え、
素早い動きを追うようにして照準を冷静に振っている。
彼なりの経験則で獲物の行動への先読みを構えたらしく、
天井や壁まで行動域にしている相手の動作を根気よく追い、
数発連射すればどれか掠めはしようと思うたか、引き金に掛けた手へ力を込めかけたが、

  ぱぱん、ぱぱんっと

そんな追っ手の狙撃手に先んじて、2発の連射が鳴り響く。
雰囲気としては騒然としていたが、何も阿鼻叫喚のというところまでの大騒音が渦巻いているわけではない。
非常ベルの音、あちこちで“逃げ遅れた人はいませんか”という真っ当な呼びかけをしながら見回っておいでの
教師陣やら軍警の捜索隊の方々の勇ましい足音がするくらい。
……いや、それだって結構非常事態ぽい騒音ではあるけれど、
不意な銃声が高らかに鳴り響いたのは居合わせた面々の耳へも十分届いており、
他にも銃を持って突入した面子が居やがったのかと後背を見やった顔ぶれもいたが、
指揮官殿はその視野の中、獲物の“少女”が不意に立ち止まった方を優先した。

 「さすがにビビりやがったな。」

きっと警察か噂の探偵社か、お行儀のいいところから配備された年少な護衛に違いなく。
超人的な動きを披露したものの、銃撃が2度も掛かったことで竦んだものと思ったらしい。
誰かは知らぬが加勢をありがとよと、ほくほくして改めて銃の引き金を引きかかり、だが、

 「ぎゃっっ!」

野太い悲鳴を上げたのはニマニマとほくそ笑みつつ銃を撃たんとしていた彼の方。
それは見事に、軍用のグローブをはめていた手の親指の付け根をピンポイントで打ち抜かれており。
それで手が外へ裏返ってしまったところへ2射目が入ったようで、銃が外側へと弾き飛ばされている。
ガラガラと放り出された自動拳銃は、廊下の片側に設置されてあったスチールのキャビネット下へと滑り込んでおり、
そう簡単には拾い出せまい。
手を押さえてうずくまるリーダー格の異変と、カツカツカツという集団の靴音が襲来したことに同時に気づき、
形勢逆転かと慌てふためく一味はアッという間に、駆け付けたいかつい面々にとり囲まれる。

「学園の関係者ではないな、抵抗はするな。」
「不法侵入と銃刀法違反の現行犯だ。」

一応の形式で罪状を告知されつつ、片っ端から身柄を拘束してゆく手際も慣れたもの。
10人近い武装した集団に取り囲まれてはもはやこれまでと観念したか、
やや不貞腐れつつも検挙されてゆく面々であり、
その一方で、不意に立ち止まっていたあちこち埃まみれのお嬢さんこと白虎の少年へは、
彼らとすれ違うように近づいて来た武装はまとわない男性が声を掛けている。

 「怪我はないか? 中島。」

名前まで知っていたそんな相手へ、敦の側でも覚えはあったのだろう。
肩を落とすようにして はぁあと息をついてから振り向くと、

 「無事ですよ、織田さん。」

にっこりと笑って、自分よりも上背のある無精ひげの男性と向かい合い、
お懐かしい名を呼んで見せたのだった。




 to be continued.





 *はぁい。このお人を出したくって長々としたお話になってしまったんですなvv
  太宰さんとともにポートマフィアから抜けて武装探偵社に移籍した“殺さずのマフィア”さん。
  福沢社長や乱歩さんとも昔ちらっととはいえ顔見知りではあるので、
  一応殺し屋上がりなので抵抗がなかったとは言い切れないでしょうけど
  人柄を見込んで問題なく入社してらっさいます。
  ままその辺の詳細は次の章にてvv





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