月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 4
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     4


特に厳守しないといけないお作法のようなものはないけれど、
強いて言えば…慣習として“バイバイ”ではなく“ごきげんよう”と言い合ってるかな?
そのくらいしかこだわりのようなものはないという
そりゃあフランクな雰囲気のミッション系女学園は、されど警戒心も薄かったものか。
特に校則にはなくとも黒髪が基本というお嬢様方の中、
くっきりと目立つ褐色の髪をし、すらりと高身長な令嬢が“聴講生”として1年生の教室を訪れて。
担任教師とそもそもの生徒であるご令嬢の紹介の下、
それは気さくに“ドゾよろしく”と会釈した姿はなかなかに優雅。
午前中だけであっさりとクラスメートたちにも馴染んだほどに、
友好的な彼女であったが、

 「…これは意外だったなぁ。」

女学園への潜入とはいえ、高等部なので首領様の適用範囲外。
それでと注意が散漫になってたは思えぬが、
まさか護衛対象の令嬢が、よからぬことを企む一味の人間と既に入れ替わっていようとは。

 “こちらのお嬢さんと親しげだったからってのもあったけど。”

護衛するのは来訪者のお嬢さんだという先入観もあったし、
そこへこちらの令嬢が身内扱いしていたことで油断があったのかもなぁと、
そこは敦も素直に反省。
実際、ちょっとヤバめかもしれない現状だ。

 「そっちのお嬢様にこそ用があるのよ、大人しく渡してくださる?」

招いた側の資産家の令嬢、彼女をこそ攫って親御をいいようにするというのがそもそもの狙いか。
こんな仕立てではなるほど彼女自身も油断するだろうし、
むしろ守って差し上げなくてはと、
襲撃犯や荒事が相手じゃあないにせよ、リードしなくてはと気張ってらしたのだろうにね。
だというに、まさか何の疑いも持たれず一番間近へ危険人物を寄せていたとはと、
荒事には慣れのない、真っ当な令嬢がガタガタ震えているのを背に庇い、
お揃いの制服姿の鏡花と共に、高笑い半分のとげとげしい表情で睨みつけてくる少女と向かい合う敦であり。

 「…おっと。」

軍警からの配備だったらしい警護の男女二人が、麻酔を塗った針でも刺されたかあっさりと昏倒しており、
それを頬の端に察しつつ、懐に引き入れた少女が不意に重みを増したので
これにはさすがに “うう…”と困ってしまう。
あんまりな展開続きで、遅ればせながらふっと意識を失ったらしい桐生さんチのお嬢様なのらしく、

 “まあ、しょうがないかな。”

自分も彼女さんの楯にならねばくらい思っていたお客人が実は襲撃犯の一人であり、
しかも狙いは自分の誘拐と聞いてしまった。
そもそも緊張していたところへのこの畳みかけでは、気丈な大人でもパニクるだろう。
むしろ普通一般の十代よりは頑張った方だ。
このままだと足元に崩れ落ちそうかもと慮みて、
ただ添えていた格好の手を背中へとずらし、もう一方の腕は膝下へ入れようかと構えておれば、

「舐めないでね、仔ネコちゃんたち。
 あなたがたもそれ相応の組織にその歳でいる身らしいけれど、
 私だって幼いころから色々叩き込まれている身。
 成功しながらスペック上げてきた精鋭なの。」

そんな自己紹介をしてくださる、偽物だったお嬢さん。
いかにも裕福な資産家の令嬢ですという身ごなしやら態度やらが完璧で、
こちらの生粋の令嬢が騙されていたほどだから不自然なところはなかったのだろう。
どこから入れ替わっていたのかも不明だが、
樹脂のマスクと特殊メイクをはぎ取ったので、見た目だけはそっくりに“作って”いたようで。
ご家族もまんまと騙されていたなら結構なレベルだが、

 “それとも そもそもの来日からしてフェイクだったか。”

日常の生活はそれほど一緒ではなかったなら親御でも誤魔化せるかもしれないが、
もしかして親御という触れ込みの御仁ごと怪しい一味である可能性もなくはない。
政府筋にも顔が利く準外交官という話だが、官僚が挟まるような交流ならば
そういう立場の“仲介人”が怪しい人物じゃあないという保証はないし…。

 “まあそこいらは事務方や後始末班に任せるとして。”

現場の人間はそこまでの忖度を巡らせていては始まらぬ。
ましてや一大事にあたろう突発事態に直面中なのだし、
ここは自身の判断で動くしかないので、頭の中で素早く段取りを組み立てる。
実は偉いさんじゃあありました? あらまあ存じませんで、ぶん殴ってごめんあそばせ
……なんてことも結構やらかしている敦くんなので、そこへの躊躇はないらしい。(こらこら)
そんなこんなをちらと思うこちらだとはさすがに気付かないものか、

「あなた方は せいぜいただの壁役なんでしょう?
 取り返しのつかない怪我をしたって何の保証もしてはもらえないことよ?」

警察の依頼でこんな幼い少女らが護衛を担うとはさすがに思えないのだろうし、
だとしたら どこか荒事系の組織の一隅と見越したか。
そういうところが手厚いケアまでしてはくれない、
成功して当然で、自己の身は自分で守るもんだ…と、そこは自身のこれまでで悉知してもいるのだろう。
そんな風に言葉を紡ぐ相手さんであり、

「日之本は平和な国なんだってね。銃なんて見たこともないんじゃない?」

映画やドラマでしか出て来ない凶器で、
撃たれたって歯を食いしばれば耐えられて、そのまま逃げ回れるとか思ってない?
素顔も結構愛らしいお顔の眉根を寄せて見せ、同情的な顔になりつつ、
そちらも制服のままなブレザーの懐から小さめの凶器を掴み出す。

「私へのボディチェックもないなんてね。
 まあこれは特殊樹脂製だから、金属探知器では引っ掛からなかったでしょうけれど。」

確かに、一見するとプラスチック製の玩具のような見栄えのそれだが、
こちとら様々な修羅場にも身を置いている。
ある意味で先進の、こういうややこしい得物にも見覚えはあって、

 “3Dプリンター製かな?”

弾幕を張るほどの激しい使いようには耐えられないかもしれないが、
威嚇用に数発撃つくらいなら耐えられよう。
それを手馴れた様子で握っておいでで、
薬莢付きの弾丸を装填して見せ、こちらへとかざす。
銃自体にはあいにくと恐怖はない敦だが、護衛対象にかすり傷でも負わされては洒落にならぬ。
置いてゆくにしても抱え直すにしても…と
ひとまずその場に屈みこんだその所作に添うて、鏡花が敦の肩口へと顔を寄せてきた。

 「…敦、その子と逃げて、」
 「それは出来ない。」

顔は正面へ据えたままで応じれば、鏡花がやや声を張る。

 「もう女の子の真似も要らないから、全力でその子を守れる。」

護衛が最優先の任務で、その対象の片割れは撃退対象だったわけだが、
まだもう一人の令嬢が残っている。
首領と懇意にしている資産家の娘さんであり、彼女の身を守ることが優先されるのはいわずもがなであり、
こうしている場へも何だか荒々しい足音が複数、駆けつけんと向かって来てもいる。
マフィア側からは構内には女性陣が詰めており、
だっていうのにこの足音といい匂いといい、男性ばかりなのが察せられ。
相手側の助勢陣が手際よくも真っ先に駈けつけつつあるらしいと思われる。
恐らくは鏡花の方でもそれを拾い上げているようで、

 「私は大丈夫。」

これでも腕に覚えのある身だと、そうと言いたい鏡花なのだろうし、

「口惜しいが、その子を庇いつつ逃げるには膂力が足りない。」

異能に抱えさせるという手もあるが、
そこまで派手にアレを白昼操作しては
それこそ居合わせた軍警などなどへ目撃されて関わり合いまで知られることになりかねぬ。
今後を思えばあんまり派手な騒ぎにはしない方が賢明だろし、
だったら足止めに回って時間稼ぎをした方がいいと思ったのだろう。
さすが、工作員としても度量が上がりつつある妹分よと、
ほんわりと頬笑んだ敦くん、しっかと頷いて見せ、

「…判った。けど鏡花ちゃん、殺しちゃダメだ。」
「…っ。」

意外な言われように、相手方の女子高生もどきなお姉さんが眉を跳ね上げて見せたが、
そんなものには構いなく、敦は言葉をつづけ、

「今日のこの案件、軍警と探偵社がかぶってるからね。」
「うん。頑張る。」

二人の会話の中、殺さないように頑張るという意味合いの順番のおかしさへの合点がいくのは、
意識のない令嬢を横抱きにしたまま 黒髪長身の護衛女子が素早く立ち上がると駆け出して、
その後へと踏み出すようにして立ち塞がった、振り分け髪の少女が小柄を構え、

 「ここは通さない、夜叉白雪っ。」

こちらを鋭く睨みつつそうと叫んだそんな彼女の後背へ、
仕込み杖を持った白い甲冑武者姿の女性が、音もなく、だが随分な迫力で現れたから。

「な…っ!」

異能を知らないわけではなかろうが、こういった異能生物(?)の召喚というタイプは初めて見るのだろう。
ギョッとして青い目を丸く見開いているのは素の驚きように違いない。
結構高い天井へ届きそうなほど上背がありすぎるし、ようよう見やれば足元は亡霊のようにかすんでおり。
実体があるようには見えないが、
懐から掴み出した銃を握り込めば風きりの音がして手が弾かれる。
間近に迫った幻影はその手に仕込みの刃を抜き放ってはいたが切られたようではなく、
ただ…こちらが引き金を引くより早く、銃身を強く叩かれて弾き飛ばされている。
そうまでの瞬発力ある一手を放っておりながら、

「……。」

使い手だろう少女自身は、
異能の女武者が背後へ戻っても表情さえ動かさず、しかも切羽詰まった様子もない。
どう見ても自分よりずんと年下、
さっきのもう一人に丁寧に対されていたところを見るとまだ見習いクラスだろうに、
この落ち着きようと、恐らくは彼女が発動している異能の手ごわさと。
目的の令嬢を抱えて駈け去った方が上位の護衛で、
しかも殺すなと念を押していたということは、
この少女は加減が判らず致死レベルの攻撃も可能ということなのらしく。

 つまりは “手加減しなさいね”と言い聞かされていたということだと

そうと合点がいったと同時、喉元に苦いものがこみ上げる襲撃犯の女性であり。
自分だって若手の成長株だが、この小娘はまだ子供。
だというに単独で自分を足止めするだと?しかも手加減して?
馬鹿にするなという不愉快さと、それとは別に

 “私だって失敗したら後がないんだ。”

手妻のような不思議現象と相対するのはお初だが、
だからといって怯んだり逃げ出したりは出来ない立場に変わりはない。
早くこの子を畳んで、逃げたもう一人を負わねばと、
飛ばされた銃は見切ったか、今度はスカートを跳ね上げて、
太ももにベルトで隠し持っていたらしき大振りのナイフ、新たな得物として抜き放ったのだった。


 to be continued.





 *ううう、鏡花ちゃん頼もしくなったねぇ。
  というわけで、敦ちゃんひとまず逐電の巻でございます。
  まだ終わりそうにないというか、
  書きたかったシーンにまだ至ってないのが自分でも歯がゆいです。ううう





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