月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 2
1ページ/1ページ



     2



今回の舞台となっているらしき場所は、某ミッション系の高等部を構える女学園。
古式ゆかしき煉瓦の赤と漆喰の白、そしてアイビーの淡い緑という色どりをまとう、
初々しきヲトメたちの学び舎である。
周縁を頑丈そうな鉄柵に囲まれた敷地には、四季折々に様々な花が咲き競い、
この時期は正門からのアプローチに添うたツツジの茂みが白や緋色の可憐な花を満たし、
桜が終わってちょっぴり寂しくなりかかった令嬢たちを楽しませる頃合いで。

「おはようございます。」
「おはようございます。」

どこかぎこちないながら、それでも礼儀正しく朝のご挨拶を交わす中、
制服も靴も真新しいためそれと判る、新入生組のお嬢様がたが また何とも初々しい。
丁度今は 新学期とともに訪のうた、
新しいクラスとお友達という新しい環境へもドキドキしつつ馴染んでいる最中でもあって、
付属の中等部から持ち上がってきた顔ぶれが大半ながら、
そちらの学舎は此処とはかなり離れているので、環境的には新天地も同じこと。
先輩たちの中に顔見知りがいるのかも知れないが、
そういったところへもご挨拶止まりでお話しに行く余裕はなかろう。
好奇心と緊張とが綯い交ぜになったよな、何とも初々しいお顔で、
最寄駅からのなだらかな坂を先輩方に混じって上ってくる。
ご当地にお住いの方々が通勤や他所の地への通学にと下って来られるのとすれ違う格好になるわけだが、
そういう土地柄なのは重々承知だし、そこはお行儀もいい令嬢たち、
道いっぱいに広がってとか、歩きスマホでなんて危なくも無作法な真似はしないので問題は起きない。
突き当たりが学園なため、抜け道でもなくの一般車両の通行量もさして無い道、
清楚な女子高生たちの、やや大人しい会話の声がさわさわと広がっているばかりであり。
そんな中、

「あ、和泉様、おはようございます。」
「中島様もおはようございます。」

ちょっとほど特別感のあるような、わざわざのという響きのある声が掛けられ、
周囲の少女たちも はわわと意識をし合い、そちらへ注目する気配。
他の少女たちと同じく、丸襟ブラウスにリボンスカーフという組み合わせへ、
濃紺のブレザーとひだスカートタイプの制服を合わせた少女ら二人が並んで歩んでおり。
二人とも黒髪を長く伸ばしていて、一見楚々とした印象しかしないというのに、
何故だか周囲の皆様は、新入生のみならず、上級生らしいお姉さま方までソワソワと落ち着かず、
何なら失礼にならない範囲でながら お連れと何かしら囁き合ったりしておいで。
そして、そういった注目を浴びながら、

 “しまったなぁ、さっそく目立っちゃったもんなぁ。”

背の高い方のお嬢さん、中島様という声を掛けられた方が、内心でたらりと冷や汗を流しており。
極秘での護衛なのになぁ、これでは意味ないかなぁ、
何なら目立ってた方が出しゃばって行動しても周囲は納得かなぁと、
自分の有りようへの微妙な方向修正を決めかねているらしく。

 ……もうお分かりですね? (笑)

昨日のお昼時、グラウンドからすっ飛んできたラクロスの暴走珠を
ついつい反射的に逆手に握ってた箸で打ち返してしまい。
一緒にお弁当を広げていたクラスメートのお嬢様方はもとより、
うっかり暴投しちゃったお姉さま方に絶句させ、
通りかかってた…実はマフィアからの潜入組の構内清掃員の方々には
鍛錬されていたにもかかわらず我慢が必要なほどの苦笑を誘ってた一件のせいであり。

 『目立ってはいけないと言ってたのに?』
 『…鏡花ちゃん。これは悪い例だからね。』

大人しく構えていればいいと忠告しといたはずが、
お手本になるべき自分からそんな反射的失態をやらかしてどうするかと。
いやまあ、鏡花ちゃんはそこまで穿ってはなかったらしいのだが、
きょとんとしつつ小首をかしげられ、居たたまれなかった敦子お姉さんだったりする。
前の章にてやはり身分を隠して潜入中だった太宰さんが指摘していたその通り、
護衛対象のお嬢様方が聴講生としてやってくる予定のクラスに
先んじて“転校生”として紛れ込んでいた二人だったりし。
さすが品行方正なお嬢様揃いな学園で、髪を染めたりお化粧したりという砕けようは見られないため、
白銀の髪は目立つだろうとカツラをかぶっている敦くん。
制服の襟元を巧妙に立てて喉元を誤魔化し、
外国の血統が混じっているのでと双眸の色合いが変わっていることを言い訳しと、
既にあれこれと強引なお膳立てをしてあったその上への
塗り箸でラクロスの硬質ゴム球をホームランしちゃった武勇は、
先にお友達になっていたクラスメートの皆様を沸かせ、
午後からよしみを結ぶ予定だった資産家様のお嬢さんをも引き寄せたほど。

 “まさかお箸まで暗器にする予定だったとは。”

振り払おうとした所作は反射で出たものだが、
その手にしていた箸が存外頑丈だったがためのホームラン。
せいぜい顔を庇っただけで済ますはずだったのが、
お箸が思った以上に頑強で。(笑)
ゴム球のヒットポイントを的確に叩いたせいだろう、
ぱこーんッとグラウンドの向こう端まで飛んでった飛距離のお見事さに、
一瞬凍り付いた皆様、次の瞬間、きゃあ凄い凄いと湧いたから、
異様だ異常だと不審に思ったり恐れなかった そっちの反応も想定外ではあったのだが。
 
 “天真爛漫って、ある意味 無敵だよなぁ。”

ここまで無警戒で居られるなんて、さぞかしストレスがたまらないのだろうなと、
安堵と同時に呆れもしたのは、ちょっとした余談。
ともあれ、そんな格好で転校生という意味以上に目立つ存在となりつつある中島敦子嬢。
お目当ての令嬢様とも名前の方で呼び合う仲となり、
明日海外から来るお嬢さんを紹介しますわねとの約束を取り付けられたので、
とりあえず傍によることが不自然ではなくなってホッとしていたが、

 「…あつし。」

咄嗟に声を掛けられ、ハッとしたのと同時な間合い。
不意打ちに付きものな気配、冷たい凶風が半身を襲う。
細道から通りへと飛び出してきた自転車があって、
相手に害意はなかったようだが、それでも一時停止を怠った無作法は褒められぬ。
余程に急いでいたからか、そして害意がなかったからこそ敦の側でも気配を拾い損ねたという順の凶刃まがい。
気配を読み損ね、ぶつかりそうになって わっとびっくりしたと同時、
逆の横合いから肩を掴まれ、強引だが痛くはないよう加減して引き寄せられる格好で、何とか事なきを得た。
衝突も転倒も免れられたのをどう解釈したのやら、
急いでいるのを優先したか
そちらも学生服姿だった自転車の青年が軽く会釈をしてそのまま駈け去ってゆき、

「まあ、なんて人でしょう。」
「中島様ではなかったら大怪我なさってたかもしれないのに。」

下手に注目が集まってたが故、目撃なさってしまった周囲のお嬢様方は非難囂々。
お見事に身を躱されたのねとますますと称賛のお声が高まっているが、
いやいやそうじゃあなくてと敦本人はただただ焦ってしまう。
掠めもしなかったのは、庇ってくれた手があったからで、

「あ、すみません。」

交通整理とまではいかないが、それでも登校してくるお嬢様たちに何かあってはということで、
この坂道には数人ほど非常時の対処のためにと常勤の監視員が立っている。
女性と男性がいて、こればかりはいきなり見慣れない人が立っても怪しまれようからと、
いつものお人が立っているのだろうなと…お仲間の誰それという通知がなかったのでそうと思っておれば、

 「な…。」

ちょっと驚かれたような気配がし。
はい?と見上げた先、さしてし背の高さは変わらない相手がやや仰天してこちらを見つめて来ており。
そんな相手のお顔を見やった敦くんも、そのお顔がやや引きつっている。

 「……そっか、そっちにも依頼が。」
 「…まぁな、」

監視員としての標札代わりか、警備員風の制服に制帽といういでたちの彼は、
顎先まで届こうかと伸ばした横鬢の髪の先が、筆先のように白く抜けているのが特徴的な
そして敦や鏡花もようよう見知った間柄の、
武装探偵社の芥川龍之介という御仁であったのだった。



 to be continued.





 *そういえば、芥川先輩はアニメ4期では出番なかったですね。
  5期では大活躍というか、不安な展開まで話が進むのなら心配だなぁ…。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ