月下の孤獣


□器用なんだか不器用なんだか 5
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師走のヨコハマで起きた謎の氷による上水道の供給停止と運河封鎖は、
とある反社勢力が、身内に抱えていた異能者を使った騒動で。
何やら曰くのありそうな沈没船を、秘密裡にサルベージしたいがための陽動だったらしいのだが、

『だとしたって、陽動の方にもその異能の氷を使ってるようじゃあね。
 予告編というかヒントばら撒いてどうするのって話だよねぇ。』

一見自然現象だし、時間稼ぎにはうってつけとか思ったのだろうけど、
自然現象だとするには早朝を狙うしかなくて、
でも本題の沈没船の引き揚げは暗くなってからじゃなきゃ不審がられるしで。
こんな例えは良くないけれど、
不審火騒ぎとか半グレの集団暴走行為とか、完全に別枠の何かを持ってきた方が良かったんじゃなかろうか。

 『まあ、どんな小細工をしようとも、
  名探偵の僕に掛かったら何の意味もないのだけれど♪』

武装探偵社が誇る名探偵の乱歩さんがあっさりと紐解いた不審な騒動。
その終焉にて、海面間近まで異能の氷で浮かび上がって来ていたらしい
ちょっとした納屋くらいはあっただろう結構な大きさの重たい沈没船を、
最後の最後に重力操作の異能で軽々と引き揚げ、
水面の上、中空へまで浮かび上がらせたのは、
もうお判りですねのマフィア側の麗しき重力使い様であり。
太宰もそこの段取りまで読んでいたものか、
飄々と飛び込んで見せた水中でも、
浮き上がって来ていた沈没船自体や彼自身へと触れるような愚行はしなかったらしい。
ただ “キミも来ているのは知ってるよ”という確認のため、煽るように飛び込んだのらしく、
素敵帽子の君も、元相棒のその辺の魂胆は…さすが付き合いの長さから薄々判っちゃいたようだったが、
万が一にも異能氷を解除され、またもや船を深みへ沈められては手間が増える。
海への掛詞じゃあないが 深いところまでの事情を知らぬ馬鹿ども相手の悠長な掛け合いは、
これ以上続けたところで確かに何の実りもない代物だし、
それを問答無用でぶった切ってくれたのだと、何とか利があったとの解釈をしつつも、
綺麗な拳をごんと太宰の脳天へ落とすだけで仕置きは済ませ、
その身を宙へと浮かすと堤防側の陣営へと合流してった彼であり。
直接かかわりの立場だった敦が、
異能は繰り出さずともいいように しっかと鍛えられた泳ぎのスキルを繰り出して、
着衣水泳あるあるでずっしりと重くなった元師匠を海から掬い上げ、
芥川が下ろしてくれた救命用のボートへ揚げて、
乗って来ていたクルーザーへ…ではなく
中也の異能で引き揚げたままそちらへ飛ばした船が鎮座する堤防へ向かう。
そちらにて忌々しい氷の異能を解いてののち、
樋口嬢が運転する黒塗りの“社用車”で
探偵社員の面子二人は そのまま武装探偵社の社屋まで引き上げてった宵だった。

 “お馬鹿な連中が宙へ浮いた移送船に腰抜かしたのは爽快だったけどね。”

敦自身は後で聞いた話、
太宰が突然水中に飛び込んだのは、
既にびしょぬれだったことから投げやりになって…のことでは勿論なく、
見回した周辺、マフィア側の黒服の一団に重力使いさんの姿がなかったため、
いないはずないよね、だったら引っ張り出してやろうかいといういたずらっ気を起こしてのものだったそうで。
がっつり鍛えておいでの中也が寒中水泳ごときで風邪なぞ引くはずないじゃないと笑ってた当人の方が、
しっかり熱を出したらしいとは、翌日 芥川からこそりと連絡があって知った敦だったりし。
さもありなんと溜息ついたものの、

 “こっちにいたのは意外だったなぁ。”

探偵社の社員寮ではなく、マフィア時代にいくつか持ってた中から残してあったセーフハウスにいた彼で。
様々な事案への対処をこなす中、前職というか素性の一端が少しずつバレつつある彼なれど、
それでも気づいてない顔ぶれには内緒のままにしておきたいのだろうに。
単に気の置けない環境でのびのび休みたかったからか、
対外的には内緒の隠れ家のほうにいた彼であり。
探偵社側で異能特務課の采配はどうなったかの報告も兼ね、
敦に “こちらにいるよ”と仄めかしつつ連絡してきたところは、

 “助けてほしいというんじゃないな。
  甘えてのことか、それともボクが心配して探し回るんじゃないかと思ってか。”

まともな食糧がまるでなかったため、小ぶりの土鍋を火に掛けて米から粥を炊き始め、
白菜やら大根やら油揚げなどを手際よく短冊に切りつつ、
その辺りをぼんやりと思い返す虎くんだ。
あの土壇場に唐突に現れた太宰だが、
そもそも芥川だけが連絡担当で来合わせていたのも、
あちらの名探偵がマフィアへの通行手形には彼のほうがよかれと断じたからだったそうで。
本来ならばこちらに通じていたのも
五大幹部級と顔なじみで融通がすんなりと通りそうだったのも太宰の方だし、
日頃以上に何が起きるやら判らない、あのような現場での機転も利くだけの蓄積もある。
それこそそこいらも重々判っていたろうに、
何でまた…新米のあの青年と、組織内でも隠し玉なせいで実はあまり存在を知られてはない敦との間柄でもって
話を通じさせようとした彼だったのか。

 急を要す事態だというほどじゃあなかったから?
 それもあろうが、別の含みもあったらしく。

『マフィアに接触させるとして、
 太宰を使いにするとそっちへの融通や何やを優先しかねないと思ったからだったんだけどもね。』

あの素敵帽子くんとか虎くんとか、
手際もいいし本来の関わり合いというか因縁がある相手なのだから、
公けになってる方の騒ぎも届いていたとして そっちのあれこれも察してもいるかもで。
マフィアとしての領分ではないが、何なら段取りを伝えりゃあとっとと片づけてくれように。
そして探偵社としては表向きの市中の混乱を収めるのが先だってのに、

 『隠し切れてない “因縁”というか思い入れを優先して立ち回りかねないと、
  これでもそこを案じて組み分けを考えたし、段取りも運んだのだのにね。』

まさか、悠長な事をしちゃおれんと
手っ取り早く運河で氷水への入水もどきを敢行しようとは思わなかったと、
そちらでも入水もどきをやらかして謎氷をあらかた消すと、
マフィア側のすったもんだの現場へも向かった太宰を呆れて見送った名探偵様だったとか。

 『素敵帽子くんが絡むと、日頃比ン%以上ほど計算より感情が勝って行動しそうだし。』

そうと思ってのそっちへは芥川を遣って敦に上手に引き回させようとしたらしい、
そんな采配だったのに、やあ参ったねと笑ってらした直接の電信通話を聞いて、
虎の子くんが肩を落としたのがつい昨日。
太宰の破天荒な行動への脱力だけじゃあなくて、

 “物凄い慧眼だよね。色恋沙汰とかには疎いと思ってた。”

関心がないことへはあっさり切り捨ても出来る、
それは屈託ない無邪気さ持つお人と聞いていたので。
訊いた年齢が信じられないほどに ともすれば幼い言動なのもそのせいで、
関心のあることも範囲は狭かろう、人の機微にも無頓着なんだろうと思い込んでいたのだが。
なんの、あの太宰が拗らせまくっている辺りにも ちゃんと思い入れを敷いてくれていたらしく。
武装探偵社の、いやさ世界の名探偵の凄まじい才能に改めて恐れ入ったのはさておいて。

 【 せっかくクリスマス寒波は去ったのに何だか寒気がするのだよ。】

よかったら遊びに来ないかい…なんていうよく判らない電信書簡一通で
呼び出す方も呼び出される方もなかなかのツーカーで。

「一応は立役者なんだから、風邪ひきましたで休んでいていいとは言われてるのさ。」
「というか、ずいぶんと乱暴な策を取りましたね。」

確かに異能へは異能無効化というのがシンプルな処断じゃああるけれど。
まさか、一番新しく凍結している現場へ投身しようと誰が思おうか。
ボートで付けて障害物付近で手を浸すだけでも効いたろに、突然寒中水泳もどきを敢行し、
運河を塞ぐ氷山もどきへ次々触れてった伊達男さん。
邪魔な障害物は消えたものの、その代わりに人がいるとあってはますますと船も動かせずで、
現場が大騒ぎになって、立ち往生していた船舶の中、
輸送廻船を装って実は様子見をしていたらしき怪しい船へ声をかけ、
救助にご協力をと持ってって水中から引き揚げてもらい、
返す手で一味の一派を拿捕した流れはなかなかだったそうなれど。
その船を奪って湾外まで、全速力で駆け付けた駆動力の凄まじさよ。

 “そういやポートマフィアにいた時もあんまり仕事熱心ではなかったですよね。”

割り振られた作戦立案には手を抜くことはなかったが、
分厚い立案書を首領に提出するだけして あとは実働隊に丸投げが多かったし、
複雑なものは敦や中也をご指名と持ってゆくのがセオリーだった。
ちゃんとこなせるかどうかの精査はしてあるし、
手違いやら突発事が襲ったとしても幾通りかの回避策までちゃんとくっついており。

 “その方が手間だとは思わないのかなぁ。”

自分が動いて臨機応変を利かせて片付ける方が早かろにと、
前衛向きな異能を駆使する敦などはついつい思うのだけれど。
頭のいい人はそういう人なりのこだわりとかあるのだろう、恐らく。
寝室へ戻れと云うたのに、よほど退屈だったのか
キッチンに立って食事の支度を手掛ける敦を見物していた病み上がりのお師匠様。

 「……。」

ふと、カウチから立ってくるとすたすたと歩みを進め、
その上背のある身の、広い広い懐へとうら若き弟子の少年を掻い込んでしまう。
筋骨隆々とまではいかぬが、年齢相応に精悍な肢体をし、
背も高くって肩の線も頼もしく、胸元へと回されてきた手も男らしい大きさで。
妙齢の女性がこんなイケメンに抱え込まれたなら さぞかしときめくのだろうが、
淡白な扱いではあったれど いい子いい子と直接構われた身、
今さらこういった距離感へは びくつくこともないけれど。
らしくはないというのは感じられ、
おやお珍しい、構え構えと行動するほど そうまで退屈だったのかなと、
小首をかしげつつ振りむきかかったところ、

「…中也と同じにおいするね、敦くん。」

身長の差はあるがなればこそ丁度いいものか、白銀の髪へ鼻先を突っ込む師匠の言いようへ、
ははぁんとあっさり合点がゆく察しのいいお弟子くん。

「同じでしょうかね。中也さんはタバコ吸いますし、お酒も飲みますが。」

フレグランスが同じでも当人の体臭や何やと混ざるので個々異なるそれとなるもので。
虎の異能のお陰様で鼻が利く敦本人にしてみれば、“同じ”というほどの級ではないらしかったが、

「それでも。君ってこういうのあんまり構いつけないじゃないか。」

さすがにどこかハイソな酒宴へ潜入なんてな仕事の前だとかなら
高級なあれこれで磨き上げもするけれど、
そういうことに携わらない日頃では、
何なら身体を洗う固形石鹸を泡立てて頭も洗っていとわないほど身を構わない少年で。
そこはさすがに、このズボラに見えてもそつのない師匠にもたしなめられており、

「はい。ボクがそういうの構わないものだから、同じの買って分けて下さいますので。」
「……。」

そんな些細なことをしっかと拾って愚図るほど、実は実はお気に入りのお相手なのに、
好かれようという方向での言動は死んでも嫌だと構えて拗らせておいでで。

 “まあ、そこはあちらも同じだからなぁ。”

ある意味 そこまで気が合うってことかしら、でもでもそれってどうなのと。
そこのところに通じていてもいなくても、周囲が迷惑こうむってるばかりなんですけどと、
ボディソープの匂いも確かめたいか、
こちらの肩口にお顔を伏せて来る大きな駄々っ子の蓬髪をもしゃもしゃと撫でてやり、

「ほら、いい子でいて下さいな。中也さん直伝のたまごがゆ作りますから。」

それにこの玉子、中也さんが朝一番に
紅葉さんが贔屓にしている山の手の養鶏場まで行って買い付けて来てくれたんですよ?と、
別に言うなとは言われてないし、言われてたってうっかり口を滑らせるつもりだった虎の子くん。
ポロッと一言付け足せば、

 「……っ。」

途端に微かにだが ひくりとたじろいだ反応を拾い上げたが、そこは武士の情けで黙っておいて。
大きな図体のくっつき虫さんとの二人羽織り状態なまま、
お野菜がようよう煮えてきた土鍋の蓋を持ち上げると、
ほんのりとお出汁のいい香りのするお雑炊へ、溶き卵を上手にとろりとたらし込むのでありました。



  〜 Fine 〜
      22.12.08.〜23.01.12





 *風邪をひいてしまった太宰さんへ、玉子がゆを作ってさしあげる敦くん、
  背景には太中を匂わせて…というのを書きたかったんですが、
  何でそうなったかという段取りを ああだこうだ考えてたら、
  話がどんどん膨らんでしまってなかなか決着しなかったのでした。
  せめて冬のうちに出さないとと焦ったのなんの。
  ええはい、中也さんもね、多少は憎からず思ってるんですよ。
  賢いのだか馬鹿なのだかよく判らん こじらせ野郎のこと。笑
  



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