月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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そもそもの異能は“月下獣”といい、
動物園にいるようなサイズじゃない、水牛のように巨大な体躯の白虎をその身に降ろせ、
虎の性質である桁外れな膂力や鋭い爪、視力と嗅覚を備えることも出来。
ただの獣じゃあないということか、他の異能を切り裂いて無効にしたこともあったらしく。
しかもその上、身体を損なわれても元通りになる“超再生”という異能効果を持つ敦くんは、
それらとは別な次元でも そもそもの生来のそれだろう体質的に結構タフな子だった。
孤児院に居た頃はそれはぞんざいな扱いを受けてたらしく、
虎に転変しかねない満月の晩などは地下牢に放り込まれていたのだとか。
あの白虎の巨躯には一般人では到底太刀打ちできないからという事情もあろうが、
冬場でも構わずにという扱いだったというから
極寒の石の地下牢では風邪も引いたろうに、
医者に掛かった覚えはないらしく、いつの間にか治っていたんだとかで。
見て判るような怪我が再生されていたのは異能のおかげらしいが、
まさかに病気にまでそこまでのフォローが利いたとも思えないから、
意識がないほどの窮状には、あの院長がこそりと栄養剤やら投与してくれたのだろう。
しれっとした子なのはそんな風な扱いの後遺症だろうと思われ、
心細い折に誰かが傍にいてくれる、
熱の出た額を撫でたり手を握っててくれるなんて体験がなかった子だったに違いなく。
慣れない看病をそれでもしてやろうとする太宰を、
感染したら大変だからと部屋から追い出したほどだったっけ。
そんな少年だというに、いやいやそうだったからだろうか、
他者への気遣いは過ぎるほど出来る子で。
目を掛けられているからとかいう背景なぞ関係なく、
尾崎幹部の愛弟子の鏡花という少女を溺愛しているし、
部下への目配りが行き届いている中也を見習ってか、
任務や何やで共に行動することとなった連中を庇う頻度も高く。
若くして単独任務が多かった身を誤解して、
幹部らに媚びへつらってでもいるのだろうと勘違いしている
中堅世代なのに下層にいる莫迦者らは置いといて、
素直実直な若い層には大きに慕われ始めてもいるのだとか。

 “…そうと思うと、私にはそういう世話焼きが集まる何かが宿っているのかなぁ。”

自分の世話さえおろそかだのに、
それは頼もしい、他人の世話まで見られるほどの存在たちに縁がありすぎる。
甘やかされているよなぁ、
だからいつまでも身につかないのかなぁと、調子のいいことを思いつつ、

 「相変わらずおさまりがいいよねvv」
 「うっせぇな。」

キッチンに立つ小さめの背中。おぶさるような格好で懐に掻い込めば、
無駄に縦にばっか伸びやがってと、赤毛の君が言い返したが
もがくなどして払いのけるところまではしない。
刃物を操る手許に集中したいからだろうけど、
用心深い子だってのに、
咄嗟の反射が働いて振り向くとか、そういった気配さえ見せないだなんて、
私なんぞ異能をあてにせずとも腕力だけでどうとでもあしらえると思っているものか。
態度こそ邪険な様相ではあるが、
和食だろう食事の支度に精出す手は一向に止まらぬし、
時折、手を伸ばしかけて見上げて来るので腕を緩めれば、
そのまま手を伸ばして要りような調味料など手に取ってから、
ほれと言わんばかり、細い顎をちょいと傾けて、
触ってていい方の肩を開けて見せたりする。
いやに手馴れているように見えたので、

 「もしかして、敦くんもこうやって飼いならしてるの?」

少々厭味ったらしかったけど、そんな訊きようをしてみれば、
ちろりんと視線だけ此方へ振り向けて来て、

 「失敬な奴だな相変わらず。
  敦はこんな邪魔するような懐きようは はなからして来ねぇよ。」

邪魔だと言いつつ、でも振り払わないのはどうして?
何だかんだと御託を並べるような相手だから面倒臭いって?
そんな風に先回りの詮索を胸中でしておれば、

「敦が最近仲良くしてるっていう嬢ちゃん。
 あの芥川とかいう奴の妹らしいじゃねぇか。」
「ああ。何だ、紹介でもされたの?」

こちらはとうに知ってましたというあっさりとした応対をしたのが、
自分は知らされていなかったのにという憤懣を招いたようで。

 「……。」

ふっと押し黙ってしまうのをそうと拾えるのは
これも付き合いが長いからか。ああでも再会したのは最近だのにね。
そんな感触に君が変わってないと思うのは甘いのかな。
君も甘いよね、もっと用心深くならないと。
あのあやしい医者崩れに育てられてた私だよ?
指輪や何か、麻酔を塗った針付きの暗器とか仕込んだ手を延べて来るやもしれないじゃないの。
そんなことしたら二度と逢ってもらえなくなるから当然しないけど。

 「……。」
 「……。」

不意に交わすやり取りが掻き消えて。
そんな沈黙が重いと思ったわけじゃあない、
私としては、器用に動く手許とか見ているだけでも楽しかったし。
こんなに綺麗で、なのに根っからの武闘派で、
異能に頼りたくないものか、組織一の体術の使い手で。
だのに、実は相手を思いやる機微というか心構えは途轍もなく深くて広い人でもあって。
憎たらしい事しか言わない生意気な私が相手でも、
結構辛辣な心持ちのその切っ先をさや越しにしちゃうところが、相変わらず我慢強くて優しい。
懐に収めた身をじっくり堪能できる沈黙はむしろ心地よかったけれど、
けど、根は不器用だからか、切っ掛けを持ち出すのは断然苦手そうな君だから。
すぐ直近の話題へ空気を引き戻して差し上げる。

「別に妙な思惑なんてないよ。
 いつの間にか連絡とってたらしくて、私も知らなかった展開だし。」

聞いて驚いたのはこっちも同じ。
鏡花ちゃんが困ってるところへ銀ちゃんが声掛けてくれたって縁だっていうしさ。
微妙に私の影響からか、策士…とまではいかないが
それでも機転を利かせるときに思惑をフル稼働させるところもなくはない敦くんが、
それ以上ないほどの奇遇から接点を持ったお嬢さんだそうで。
これってやっぱり何かしらの縁があるんですねぇなんて、
何への何なのだかは暈しつつも 妙に悦に入ってた虎くんだったのが微笑ましい。
そんなこんな想ってほのほのと上機嫌でおれば、そんな空気が伝わったものか、

「言っとくがそうそうこんな風に手助けはしねぇからな。」
「うん。」

言い訳みたいに、今日のこの成り行きの但し書きをわざわざ口にする気味で。
此処は2つほど取り置いてあった私の愛用のセーフハウス。
マフィア離脱以降の潜伏場所には使ってなかった、借り手募集扱いで放置していた物件だが、
その実、売る気なんてないまま放っておいたという中古マンションの一室で。
知っている顔ぶれはかなり限られるし、今現在こんな風に足を運んでいるところだと知る者といやぁ、
敦くんくらいのもの。だから、

「敦がどうしてもっていうから…。」
「だよね。ありがとう。」
「…調子狂うぞ。」
「何だよぉ、ただのお礼じゃないか。」

栄養失調起こして倒れかねない食生活は相変わらず。
ボクという、一応は食べなきゃっていう建前になってた養い子がいなくなって、
一体どんな毎日を過ごしているのかと思うと、落ち着けなくって…なんて。
ちょっとした折の話題にし続けていたらしい積み重ねの末に、

 『ボクの拙い腕前でそれでも滋養の付くものをって作ったら、
  何だ中也ったら腕が落ちたねぇなんて、
  一足飛びもはなはだしい、筋違いなこと言われちゃって…。』

 『……っ!』

何でそうなるんだという理屈が、だのに速攻で通じてしまうような機微は健在なのだもの。
むっかぁというお怒りのお顔になった現上司様へ、
どうか目にもの見せてやってくださいと
何だか微妙な煽り文句と共に此処へと送り込んだ虎の少年には さしたる思惑はなかったのだろうけど。
それでも、今度会ったら何か奢ってあげようなんて、
上機嫌のままに思ってしまったらしい太宰さんだったようでございます。



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