月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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箍が外れるとはよく言ったもので、
中也の異能は重力操作だが、実はそっちはおまけのようなもの。
本来の一番強烈な力は、圧縮しきった重力子を集約し、強力な重力弾を発射する“汚辱”というもので、
ただし、それを発動するともはや本人でも止められなくなり、死ぬまで暴走し続ける。
それを唯一制止できるのが太宰の異能無効化なのだが、
今や武装探偵社という離れたところに身を寄せている彼なだけに、
おいそれとはその奥の手も使えなくなっており。
そこいらの理屈は中也本人もようよう判っているし、
いくら組織大事で構成員を駒のように扱うことを辞さぬ首領であれ、
それこそ権力権勢しか考えない愚者じゃあない。
現在のマフィア内で最強の火器であるのみならず、
その懐の深い器からだろう人望もある彼を そうそう無駄死にという格好では使うまいが、

「敦くんがいうには、怒髪天状態になって使いかけたこともあったらしいじゃないか。」
「う…。」

選りにも選って人望の礎である情の濃さが時折暴走する人でもあり、
自身の地位やら何やらもわきまえているためそう簡単にはぶち切れないものの、
大切な存在を盾にされたりした日には…我慢の臨界もあっさり突破するようで。
怒りのままに暴走した結果の発動という事態が一度ほどあったらしく、

「腕だけ虎化した敦くんが数時間がかりでハグし続けて何とか収まったんだって?」
「……。」

ああそうだよな、困った話として本人から聞いたんだろうよなと、
誤魔化す気もなく、ただ口許だけ不貞腐れたようにひん曲げて見せる。
どんな駄々っ子だという光景だったところを笑い飛ばされるかと思いきや、

「敦くんの虎の爪は私の無効化とは違う。」
「…ああ。」

四神の一隅ともされる“白虎”には神がかりな力も備わっているらしく、
彼自身の身を、どれほどひどく損なわれても再生する ずば抜けた回復力もそうだが、
最近分かったのが その鋭い虎の爪は異能を切り裂く力もあるらしく。
だが、そうなると、
太宰の持つ “人間失格”のような一時停止で済みはしない。
裂かれた異能は形によってはそのまま失われてしまうやもしれぬ。
そして…この小さな佳人には、そんな異能がそのままその存在をも掻き消す相手になりかねぬ。

「俺自身、異能そのもので、
 人格は格納する器にほどこされた塗装に過ぎねぇからな。」

  軍研究施設にて生まれた『試作品・甲ニ五八番』

異能と既存の生物を組み合わせる『人工異能』であり、
『荒覇吐(アラハバキ)』と、神のような力への畏怖を以て呼ばれもする存在。
太宰との出会いともなった十五の頃の騒動で、そこいらは明らかにされており、
これに関しては首領の森鴎外も悉知していること。
詳細な資料もさして残ってはない今、
彼の人格がどこまで“容器”である肉体と紐づけされているのかも不明で、
汚辱を発動したが最後、外からの手がなけりゃあ制止できない辺り、
少なくとも彼の意思は“荒覇吐”を止めるほどの力は持たぬ。
ストッパー以上の役目を果たさぬ存在だというのなら、それでもそんな彼自身を失いたくはないのなら、
異能無効化以上の力を近づけるなんて危険極まりない所業であり。
故に、太宰の居ぬ今、無謀な策は立てまいと踏んではいるが、
彼本人が弾ければ誰にもどうにも出来ぬのが困りもの。よって、

「君の自爆であの子が苦しい想いするのはいただけない。」
「判ぁってるよ。」

そんな遠回しな言いようで牽制すれば、
苦々しいという顔は変わらぬまま、だが、逆らうような言いようは続かない。
しかも、

「敦がそりゃあ怒ってたしな。
 あと、これは褒めちゃあいかんのだが、
 首領へも、若しも無茶な指令を発動なさるなら俺んこと掻っ攫って逐電します、
 木更津辺りへ反ポートマフィアの支部立ち上げますからねとかどうとか ぶち上げやがってよ。」

物知らずな体であれ、
首領が相手でもどこか不遜な物言いをすることがあった子だったが、
この発言はなかなかに真摯な叫びだったそうで。
しかも、紅葉の姐さんや何と首領の異能のエリスまで
『そうなったら わっちらも離反することになろうな』などと
さらり付け足したものだから。
それによって冗談発言を装ったこととなりの、
だがだが
無理強いなんてしないでねという敦の切った啖呵が
微妙な均衡ながら 半公的な約束ごととなってしまったそうで。
自分が最も懸念していたことへのケアも万全とは、

 “やれやれ、あの子には頭が上がらないねぇ。”

自分だって、誰かのために役に立つならと、その身を没しようとしかけていたくせにね。
回転の速い頭も、誰かを守るためならば人の弱みも躊躇なくあっさり突々く人の悪さも、
一体どこの誰が強化したやら、親の顔が見たいねぇと
判っていながらそんな自虐を思う、背高のっぽの元マフィアさん。
中也の暴露へにやにや笑うばかりな太宰へ、何だよと再び不審そうに眼を眇める中也であり。
いかんいかんと取り繕うのに選んだネタが、

「ところで、あの子、妙に芥川くんへ関心があるみたいなんだけど。」

大事な兄様への気遣いは判ったとして…と話題を変えれば、
おやそうなのか?と一瞬その目を見張った帽子のマフィアさん。
相変わらず虚を突かれるとどこか子供っぽい貌になるのが愛おしく、
頬が緩みかかるのを太宰がこらえておれば、

「あ〜。同い年くらいで対等に口が利ける相手ってのは初めてだからじゃねぇか?」

黒服連中はどうしたって不慣れだから
丁寧語使うか胡散臭く思われるかだろうし、俺や姐さんじゃあ逆に奴が遠慮しまくってるしと、
近況というか現在の帰の周囲を浚ってくれて。

「鏡花は女の子だし、そうそうずけずけとした口利きはしにくかろう。」
「歳が近い子いたじゃない。確か黒蜥蜴の…。」
「ああ、立原か? 今まで接点がなかったからなぁ。」

敦は長いこと単独任務専任だったから、なかなか馴染む相手はいねぇ。
誰からの影響か、いつだって腹割ってねぇだろ、あいつ…と続け、
それでもこれからは ちょいちょい部隊率いる機会も増えるかも知れんがと思った中也としては、

 “見限った組織に恐れもなくホイホイ侵入しやがるような奴が師匠なもんだから。”

その辺りは鴎外からして、大目に見ているというか
防ぎようがなかろうという、何だか順番のおかしい解釈で黙認しているようではあるものの。
太宰も太宰で、敦という盾がいることに甘えてなぞいない、
むしろそこへは済まぬと思っていることだろうと中也には判る。
何時だってその身だけで事を済まそうとする、つまりは自分を大事にしない奴だ。
弁舌が立って、仕掛けも山ほど周到に設けちゃいるが、それでも相手が話さえ聞かない馬鹿だったら意味はない。
度胸があってこそ出来ることだが、だからといって自分の頭脳や策に高をくくってはいない。
自分が呆気なくひねられることだって計算に入れてやがる。
異能無効化というとチ―トな異能に聞こえるかもしれないが、異能が相手でない場合は一般人と変わらない。
だっていうのに危険なところへ自分さえ駒にして、いやさ自分で良ければと布石にしかねない。

 「困ったところばっか似やがってよ。」
 「え〜、それって何の話?」

中也さんは太宰に似てて困った奴だと思っているが、
太宰さんは中也に似て廻りを気遣いすぎだと思っていたり。
そしてそんな気遣いをする元相棒さんとしては、
無茶ばかりする太宰であるのを未だに案じてもいる、それはやさしい人だと虎の子は知っており。
器用なくせに不器用で、
素直になりゃア良いものをわざわざ面倒な事態へ転がす困った先達たちへ、
どっちが年上なのなやら、虎の子の苦労はまだ続くようでございます。



to be continued.





 *間が空きすぎてすいません。
  書き散らかしてたメモを整理しつつ、ちょっとずつ書き溜めてたんですが、
  コミックス派としては20巻があまりに衝撃で…。
  あれってどういうこと?このまま彼は退場なの?
  ややこしい異能を無効化して意思は何とか取り戻してもらえんかな。
  与謝野せんせえとの合わせ技で重篤状態も何とか…虫が良すぎますかねぇ。おろろん



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