月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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“ご機嫌はいかが?”〜月下の孤獣 その後








裏社会といえば、人道も正義も無いものとされ、
狡猾や卑怯で上等、何をおいても生き残った者が勝ち、
騙される方が悪いとばかり、
裏切りや出し抜きがセオリーだと思われがちだが、
だからこそ同盟や盟約は重用され、
誓約した間柄での裏切りは意外なくらいご法度とされてもいる。
恩讐の世界だと言われるのはそこのところで、
人情より義理の方が重たい世界と言われるのもそこのところ。
盟約を裏切ればそれこそ地の果てまで追われる身となり、
誰にも顧みられないままで生きてくしかなくなる、
それはそれは恐ろしいほど徹底した迫害に晒される。
世の正義なんてものは無視していいが、同盟を交わした同志の誓約だけは唯一守るものであり、
世間から後ろ指差されるような輩でも一旦庇護したらば守り通すという、
胆力というか懐の深さ広さはさすが大器よ大物よと信頼されて当然で。
杓子定規に 前科のある者だから悪い奴だと阻害するよな世間一般の方が ちゃんと物を人を見てない場合もあって、
名乗りもせぬまま勝手に自粛警察を騙って誹謗中傷する輩なぞもいた日には、
どこが “警察”かと考えさせられもするくらい。
まま、逆にいやあ、
あいつとは共に行動したって裏切られんのがオチだとか、
誰からも信用されない扱いをされるのが嫌なのならば、
最低限の約束くらいは守れということか。



     ◇◇


 『君の人を見る目は確かだよ。』

  __ あのお人は 昔も今もそう言っていた。

 『人に凭れたくはないという矜持を持つのはいいことだけど、
  支えてくれる人がいるのだというのは決して罪なことじゃあないのだから。』

君が頼りないからじゃあない、君がいい子だから手を貸したいと思われているのだと。
他は知らぬが君はそういう子なのだ、
良い資質を持つ頼もしい子。でも、頑なに誰にも頼らない困った子だから、
一人では手が足りぬ事態もあろう、そんなときくらい頼ってほしいと、
切に思うお人よしがいっぱいいる。しかも、頼りがいのありそうなお歴々ばかりだ。

 『人を信用していないわけじゃあないのだろう?』

自惚れも知らず、さりとて謙虚でもないと、
君がどういう子かを今のところは一番知っている私が言うのだから、
それこそ正しい評価だと思いたまえと。
ご自身もまた、ボクを散々甘やかしていたのにその事実に気が付かぬまま、
遠く離れたところからやきもきしておいでなようだと、
最近出来た新しい知己から時折聞かされるのが
泣きそうになるほど嬉しくて。
何とか誤魔化したくての苦笑がこぼれてしょうがない。



11月に入ってすとんと寒くなったと思ったら、
その直後に初夏並みの気温になった、やっぱり変だよ この頃のジャパン。
冗談はともかく、20度越え、何なら夏日も数日続いた微妙な晩秋が生んだ幻か。
人通りも多いめの 色づき始めた銀杏並木の下で、微妙な知己と鉢合わせた。
初見の折に重たそうな漆黒の長外套という結構な重装備をまとっていたのと、
ポートマフィアという肩書付きで現れたという それなりのインパクトがあったせいか。
ワークパンツにロゴTとライトダウンのショートベストとか、
そこいらにいる高校生みたいな恰好でいる“彼”を見かけると、
同一人物かどうか怪しいと ついつい眉を寄せての凝視してしまう芥川で。
そんな相手だというに、一向にお構いなし、
色白で繊細そうな作りのお顔をふわりとほころばせ、

 「やあ。」

それは朗らかに笑って片手をあげるという会釈とか見せようものなら、
身を硬直させて、数歩後ずさったりする反応が、

 “…面白い♪”

と胸のうちでは思いつつ、表向きには眉を下げてしょげて見せるところ、
元上司からロクな影響を受けていない敦くんだったりし。

 「何だよ、まだそういう反応になるのかい?」
 「…相容れ合う相手ではないからな。」

離反していない以上、貴様はポートマフィアの人間なのだから、
慣れ合う謂れはないとかどうとか言いたいらしいが、
いかんせん、まだそうそうなめらかに口が回らないらしくての語彙不足が露見する始末。
はぁあと遣る瀬ないよなと息をつかれたことへの動揺もあってだろうし、
何せ ただ恫喝すればいいかというと、そうもいかない複雑な相手でもあって。
正義の武装探偵社の人間だという自負や矜持は、
だがだが、だからといって他者を上から見下すような、
一方的な弱い者いじめ(弱い?)をしてもいいということではない。
そういうところも判ってはいるのだろう、だからこそ、
憎たらしい敵対組織の人間が相手でも、人並みにしょげる様子を見れば
双眸がせわしなく動いてオロオロしてしまうところも何とも可愛い。
そこのところ、勿論のことしっかり把握したうえでのお声掛けだったらしい虎の子くん、

 「確かに厳密には馴れ合う仲じゃアないけれど、
  停戦協定結んだんだから、仲良くしても叱られはしないと思うよ?」

すらすらと申し述べ、かっくりこと小首を傾げる様子には、
それは育ちのよさげな、いかにも無垢で無邪気な雰囲気さえあったりするものだから。
たまたま周囲に居合わせた女子高生くらいの女の子らがきゃあと小さく喚声を上げ、

 「……。」

逆に芥川の眉間のしわは深くなるばかり。
初夏のころに初のご対面を為し、すったもんだした騒動の後、
それはそれは慌ただしい夏が来た。
業を煮やしたのだろう、北米から組合の幹部陣営が直々に襲来するわ、
それが落ち着いたかと思ったら、
探偵社とポートマフィア双方の頭目らを
遠隔から人質に取るというとんでもない企みに襲われるわ。
これは番外にあたるものか、ヨコハマが謎の霧に覆われて、
異能の暴走、特異点の膨張、人外もはなはだしい大きな龍が暴れ回る事態になるわ。
そういったすったもんだの総てにおいて、
取っ掛かりこそ独自に対処していた彼らだったが、
巨悪や特異な異能者相手にそれでは捗がいかぬとばかり、柔軟に共闘体制をとったケースは数知れず。

 「組合との騒動の時も、結構早くから部分的に協力体制になってたじゃないか。」

ナオミさんと銀さんを浚いに来ていた葡萄の異能者を鏡花ちゃんが蹴り倒したり、
後は任せなってどこからかお出ましになった与謝野さんとの共同戦線になったり。

「なたを担いで“あとは任せろ”というのがちょっと怖かったけど。」
「〜〜〜〜〜〜〜。」

与謝野さんがフリーダムだったところとか
そんな流れだった場に敦くんが居合わせたらしいところとか、
人間関係の差異から、
原作の世界線とはちょっと異なる話運びだったようですが。(笑)
むむうと口許をひん曲げているものの、
その要所要所で、まだ慣れぬ身ながらも痩躯を張って手を延べてくれたり
彼の異能である“羅生門”をこちらの拳へまとわせてくれたり、
素晴らしい臨機応変で対処してくれた呼吸の合いようは
遊撃参謀として采配振るう役どころを務めていた太宰が
“さすがは私が見込んだ君らだ”と称賛しまくっていたほどであり。
指示あっての投入だった芥川の側はともかく、
敦の方はそんな太宰が仕込んだ作戦立案の勘から動いていた身。
それへ息を合わせてくれた彼だったのへ、見どころありと喜んでいた師匠はともかく、

 “人前で泣いたなんて10年以上ぶりだったなぁ。”

よしみを深めた切っ掛けとなった、最初の騒動の終盤。
わけも判らぬまま翻弄されていた身でありながら、
もうどうなってもいいと捨て鉢になっていた虎の子くんを気遣ってくれたのが
心のどこかにずっと引っ掛かっているからだということ、
まだちょっと癪だから、本人へ伝えるのは控えとこうなんて思いつつ、
それでもこうしてちょっかい掛けに来る辺り。
可愛いのだか人が悪いのだかなところまで、師匠に似て来つつある困った敦くんであるようです。



to be continued.




 *Beastもどき「月下の孤獣」にて
  ああこれも書いときたかったこれにも触れたかったというメモがたんと残っていたので、
  それをちょこっと消費したく思って書き始めました。
  やっぱり何か変な人たちですいません。
  もうちょっと続きます。


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