月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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テーブルに並べられた趣味のいい和食器たちには、
別々に分けて丁寧に炊かれたらしい根菜の炊き合わせや、
ふわふわのとろとろに煮てある高野豆腐の卵とじ、
三つ葉の緑の陰からエビのしっぽが品よく覗く、
ほっかほかの茶碗蒸しなどなどが美味しそうに収められており。
暖かいですよというほかに、美味しいですという幸せな自己主張もおびた
良い匂い付きの湯気を ほわほわとやわらかく たなびかせており。
キュウリの緑も鮮やかなシラスの甘酢和え、ナスのぬかづけも控える中、
これだけは漆器のお椀によそわれているのは具沢山の豚汁らしく。
それらに囲まれた中央、手びねりだろう味のある焼きものの角皿には、
濃い色の煮汁を飴掛けされたようにまとう、
いいつやのよく肥えた赤魚らしき煮魚が鎮座ましましている。
それは豊かな品揃えの晩餐に、
つやつやの白米をよそわれた茶碗を手渡された少年が
幸せそうな笑顔で頬をゆるめて見せており、

 「う〜〜〜ン、やっぱり中也さんのご飯って美味しいvv」

豚汁も久し振りだし、
魚の煮つけは中也さんの食べたら他で食べられないです〜と
それはもうもう超絶至福というお顔で感嘆して見せるのへ、
本日のシェフ殿がおいおいと呆れつつ苦笑をこぼした。

「世辞を垂れても何も出ねぇぞ。」
「ホントですよぉ。」

口先だけじゃあない証拠、休みなく箸と口を動かし続けている敦には違いなく。
昔は本当に食の細い子だったので、
それがモリモリ食べるようになったのは中也としても正直嬉しい。
いつぞや それを言ったら、

 『だって、太宰さんたらロクなもの出してくれなかったんですもの。』

異能の調整ごと虎の少年を任された教育係さんは、だが、
他の人間は信用ならないから、特に食べるものは用心しろと言う割に、
自分の主食らしいブロック固形食とかゼリー食しか部屋には無くて。
自身もあんまり食べる方じゃあなく、
未成年であったにもかかわらず、カニの缶詰を肴に日本酒飲んで済ませたりと、
随分な食生活してらして。
当人は納得しているのだろうが、そんなのに付き合わされる敦が気の毒だと、
見るに見かねてのこと、塩加減もつけ合わせの香の物も完璧なおむすびだの、
手製とは思えない品揃えの立派なお弁当だの差し入れしてくれたのが
彼らの至近にいたこの中也だったというわけで。
単独任務が多い割り振り、内偵や潜入といった役回りが多かったものの、
異能を活かして格闘や何なら組織殲滅もこなそう凄腕に育った優良株くんは、
今やポートマフィアでもなくてはならぬキーパーソンになりつつあるが。

 “結構年数は経ってるのにな。”

出会いの頃と変わらぬあどけなさに、
ついのこととて“いい肴だ”とこちらも頬が緩む兄様だったりし。
可愛い顔して、気立てだっていいし仲間思いだが、
その仲間に何かあれば、一転 鬼のように非情になれるおっかない子でもあって。
任務で組んだ仲間を盾にされ、言うとおりになるかと甘い見立てをした敵が
本当なら威嚇や脅されるだけだったはずなのに、
その場には居なかった頭目までも殲滅された例は数えきれない。
そうまでのおっかなさも幹部にとっては可愛げや茶目っ気で済むものか、
そんな頃よりレパートリは格段に増えた兄人の心づくしの食事を、
それは嬉しそうに味わっていた虎くんをほのぼのと眺めやっていたものの、

 「そういやぁ、最近女の子を連れ込んでんだって?」
 「ぶふっ。」

思わぬ不意打ちだったか、
危うく噎せるところだった茶碗蒸し、
勿体ない勿体ないと何とかこらえて飲み込んでから、
“はぁぁ?”と怪訝そうな顔をする。
覚えのない冤罪だとでも言いたいらしかったが、
向かいの席にてそちらは品の良い意匠のカットグラスを持ち上げ、
吟醸酒を堪能中の兄人様、ふふふんとご機嫌そうに笑っておいでで。
綺麗なお顔でされると迫力のます笑みにたじろげば、

「何も非難しちゃあいねぇ。
 下心はなさそうなのが歯がゆいくれぇだ。」

ヨコハマの夜を支配するポートマフィアの工作員として、
時に随分と手荒な乱闘やら、はたまた狡猾な取引やらもしゃあしゃあとこなすというに、

「前から同居同然な鏡花と一緒になって、
 時々招いてる そのお嬢相手に、お料理教室なんざ開いてるそうじゃねぇか。」
「…そこまでご存知で。」

女性を連れ込んどいてその体たらくとはと呆れられたか、
それとも、まださほどの腕前でもないのに教える側だなんて生意気なと思われているのかなと、
含羞むように俯けば、

 「そういうとこ。」
 「…はい?」

今度は眉を下げてのやれやれと言うお顔になった中也で。

 「マフィアなのにと言うくせに、全然擦れてねぇのが、
  歯がゆいというより危なっかしいなぁと思ってな。」

何時だったか、作戦のためとはいえ きれいな肌にタトゥーを入れていた。
いくら超再生で消せたとはいえ、そんな思い切りのいいことをするかと思や、
年下の妹分をそれはそれは可愛がっている延長か、
どこぞかで知り合ったらしい堅気の少女と一緒にお料理作ってほのぼの過ごしてもいると来て。
見た目の清楚さそのままにこのまま彼もいっそ堅気になりゃア良いのにと、
ふと思ってしまうこともなくはない中也であるらしく。
その手を血で染めた件も多々ある身じゃああるけれど、
絶対に、どうしても、抜けられないわけじゃあない。
草として外部へ派遣するとか、色々と策をひねるもよし、

 “…何なら”

ちょいと遠い目で手元のグラスを見、
それを透かしてどこぞかへ想いを馳せかかった彼へ。
骨だけをきっちり残しつつ、
細い箸先で赤魚の身を余すことなく摘まみとってた敦本人が囁いたのが、

 「何なら太宰さんに手引きさせてでも
  足抜けさせるのに…とか言い出さないでくださいよ?」
 「う。」

図星を衝くところがさすが精鋭
じゃあなくて。
彼の側こそ案じるような眼をして見せて、

 「太宰さんを思い浮かべるところは非難も何もしませんのに。」

そうと付け足して差し上げたところ、

 「あ? どういう意味だ、そりゃあ。」

ぎゅむと眉寄せ、何の嫌がらせだ当てこすりだと、
冷やかしもどきな言いようへ腹を立ててのお冠になる……でなく。
キョトンと双眸見開いて、本当に意味が分かってないらしいお顔なのがいっそ罪作りだよと、
太宰へもいまだ通じてはいる身の虎ちゃんがやれやれとこっそり溜息をつく。

 “太宰さんが無自覚だったのより もっと性分(たち)が悪いよなぁ。”

これほどのお人から、
憎からず思っているからこその気配りやら案じやらを向けられて
愛着や親しみが育たぬはずもなく。
世話が焼けるというお節介が始まりだったには違いなかろうが、
あれほどの毒舌や嫌がらせを吹っ掛けられても見限らないのだもの、

 “勘違いされても仕方がないですよ?”

こういう言い方は何だが、異性同士ではないのだから
友情的な厚意に過ぎぬと解釈するのが普通かもしれぬが、
義理堅い反面、やや短気だったり行動派で通っている中也にしては、
ああまでの嫌がらせや罵詈雑言を投げて売る手合いなぞ
とっとと見限ればいいものをと思わぬでもない。
敦は太宰預かりだった期間は親方もとえ鴎外としか接触がなかったため よくは知らぬのだが、
中也もまた組織には十代からの加入の身だと聞く。
擂鉢街で名を馳せていた愚連隊もどきの頭目を務めていたそうだが、
そこからの参与の切っ掛けとなった事件での関わりがあって
そのまま“双黒”という裏社会最凶の相棒となった太宰だというから、
それで彼らしくもなくのこと、辛抱強く意を通じ合わせたままでいるだけだとでもいうのだろうか…?



to be continued.




 *中也さんの側からの想いの形を
  そういえばいつも考えてないような気がします。
  理屈とかじゃないのだろうなと思うのと、
  ウチの太中は“銀盤…”でもちょろっと扱ってはいますが
  中也さんが男前すぎて“難しいなぁ”と思いつつ書いてきましたし…。





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