月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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かつて無頼や無法者が溢れかえっていた貧民街にいたころは
いかにも恐持てっぽい “擂鉢街の禍狗”という二つ名があったらしいが、
今は武装探偵社の有能な前衛、格闘担当の芥川龍之介くん。
異能かかわりの途轍もない案件に翻弄されることもなくはないながら、
どんな苦境にあっても正義の道を説く頼もしい先達や、
牧歌的な笑顔も朗らかながら怪力超人の年下の先輩、
平和主義で ついでに自身と同じく妹溺愛なお仲間と共に、
陽のあたる生活を堅実に続けたいと、平平凡凡であることを肝に銘じて務めておいで。

「美味しい? 兄さん。」
「ああ。」

卓袱台のお向かいから鈴を転がすような愛らしいお声で問いかけられ、
率直な意見を“是”と返す。
器量も良ければ気立てもいい、
その上、最近はどんどんと料理の腕があがっている妹さんで。
今日も炊き立ての白米に添うのは、それは美味しい仕上がりのカレイの煮つけと肉じゃがで。
塩もみしたキュウリを香の物代わりに添えられた食事は
とても丁寧な出来で、これだけで充分 幸せな生活を象徴してもいる。
食うに困る生活だったところからの安寧な日々は、
さほど頑健ではなかった兄妹の健康にも陽をあてており。
年齢より幼く見られることの多い兄上の痩躯は、
成長期にちょっと間に合わなんだか微妙にいかんともしがたいようだが、
それでもずっと粘り強く戦えるようになっているし。
妹御の銀ちゃんは 髪や肌の色つやがめきめきと良くなったねと、
与謝野女医から褒められているとか。
そちらは食生活のみならず、
周囲の女性陣がシャンプー講座やら素肌のお手入れ指南等々、
女の子への優しい心遣いを傾けてくれての効果も発揮されてのことなのだが。

 そういった気遣いをそそいでくれているのは、探偵社の人間だけではないらしく

お代わりをと兄上の茶碗につややかな白米をよそって返しつつ、
心から嬉しそうに笑った妹御。
自身も箸を進めているが、
誰より食べてほしい相手、大切な家族の兄上が、
美味しいからこそ沢山食べてくれ、それがそのまま礼賛に通じているのを受け止めて、
ご馳走の出来が良かったことに心から安堵しておいでなのだろう。
そんな彼女が素直な感慨として零したのが、

 「良かったぁ、中島さんに教わったの。」

それは屈託なく 胸のうちを紡ぎ始める。
醤油と砂糖とみりんは、基本 1:1:1だよとか、
煮魚やそばつゆのかえしは5:1:1とか、
何となく甘辛のバランスがぼやけたら
塩を本当にちょっとだけ入れてみたら輪郭がはっきりするよとか、と。
本当に心からの安堵として零されたのだろう、嬉しそうな抑揚だったお言葉には
的確な指導を下さっている人への感謝の念も込められており。
初心者もいいところな撫子ちゃんへ、
それは判りやすい指導をくれているらしいのだが、

 「…中島。」

こちらは“何で其奴が…”と、名前に心当たりがあったればこそ、
ぴたりと箸を止め、はい?と訊き返した兄だったのも無理はない。
知己じゃああるが、所属は裏社会のマフィアの戦闘員。
一緒に巨悪を倒したことはあるけれど、
それはただ単に話の流れでしょうがなくだと認識している芥川。
いやまあ、本人は悪い奴ではないようで、
時々ちょっと理解不能な言動をしなくもないが、
いやに自分に懐いて来るし、彼もまたみなしごという境遇で、
それでとひねたところがあってもしょうがないというか、えーとうーんと…。

 「兄さん?」

意外な名が出て来て、箸が宙で止まったものの、
やくざな組織の人間じゃああるが、
だからっていうほど悪い奴でもないしという戸惑いから、嫌悪の感情もそうは沸かず。
妹へのこんな格好での厚意もまた、
彼女の嬉しそうなお顔を見るに、有り難いことには違いない。

 “……ありがたい?”

そうと思ってしまう自身へ、あれ?と、
それでいいのかな?あれれぇと、そんな自分へこそますますと戸惑っておれば。
そんな兄上の傍らから、

「そうか、道理で私の知ってる味付けなんだね。」
「太宰さん…。」

同坐していたんですよな存在の屈託のないお言いように、
ついつい強張ったお顔を向けてしまう芥川。
こじゃれたケーキのお土産提げて付いてきて、
ちゃっかりと夕飯もご相伴にあずかっている背高のっぽな教育係の先輩さん。
今でこそ武装探偵社の優秀な作戦参謀、異能者への切り札でもある“人間失格”の使い手だが、
元はポートマフィアに籍を置いてたお人だそうで。
あの虎の少年が前の教え子というのは知っているが、

「料理まで仕込んでたのですか?」

そういう方向でも指南をしたのかと
小間使い扱いだったんだと想像し、ちょっと呆れた黒獣の青年へ、
ふるふるとかぶりを振って見せ、

「まさか、私自身ろくでもないものしか作れないのに教えられるはずないでしょうが。」
「???」

のちに聞いた話では、
角に頭をぶつけて自殺できそうな堅豆腐とか、
何が入っているやら謎の、ブラックマターな鍋とか、
とんでもないものしか作れないことで有名だったそうで。
キッチンへは出禁を食らっていたほど こっち方面では不器用で、
拷問用の研究か?とまで言われていたんだよと悪びれずに言ってから、

 「この味付けはね、私の知ってる子と同じなんだよ。」

相変わらずに端正なお顔をほころばせ、何にか深い郷愁を見やるよに感慨深げな声になる。

 「家庭的な子で、料理が上手でおしゃれさんで。
  敦くんのこともいつも案じていたから、
  一番安全な食べ物ということで、自炊のノウハウも教えていたんだろうねぇ。」

自身の自慢でもあるかのような、ほわほわうっとりした言い方だったので、
芥川と妹御が申し合わせたかのように お顔を見合わせる。

 “そうか。太宰さん、組織に恋人も残して出奔なされたのか。”
 “今もなお、中島さんを支えて下さってる方なのでしょうね。”

ちょっと随分と日頃の言動が “アレ”なお人だが、
そんな劇的悲痛な過去がおありなら多少は屈折していたってしょうがないかもと、
ちょっとだけ先輩さんの身上にほだされてしまった、
根は素直でいい子だった芥川さんたちだったようでございます。



to be continued.




 *ちょっと随分と間が空いてしまったので、
  書きかけですがUPします。
  何のことはない、旧双黒のターンなだけなんですが、
  太宰さんが惚気たお相手、
  芥川兄妹はしっかり女性だと勘違いしているのは言わずもがなで。
  ちゃんとお顔は合わせ済みなので、
  真相が伝わったらそれもまた見ものだろうなぁと。(笑)




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