月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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虎くんは相変わらずにポートマフィアの工作員を続けていて、
自身を 願いの叶う白い本とかいうのの道標だと訊いたなんて言っていた大金持ちの団長さんは、
そんな話なんか知らないよとばかり 探偵社の禍狗さんとの共闘にて文字通り吹っ飛ばしたし。
マフィアと探偵社の頭領を人質に取った格好の毒性ウィルスの異能の罠へは、
やはりやはり芥川さんとのタッグを組まされ、
彼の羅生門で自分の月下獣の最強の爪を強化して実行犯を叩き伏せ…と、
巨悪を切り裂くための最終兵器、新しい双黒として なかなかのコンビネーションを発揮中。
また、ちょっとばかり番外の騒動ではあったが、
ヨコハマを覆う謎の霧…の異能の事件の折も、
鏡花ちゃんも加えた3人ではあったが、
練達な大人の助力も助言もないままに首謀者をぶち斃してしまったほどで。
当人同士もどこかぎこちなく、反発する場面も多かれど、
まだまだ何かと未熟なところも多かりしとはいえ、
周囲の理解も浅からずという環境下、先が楽しみな彼らじゃああって。




「よぉしっ、殲滅終了、引き上げるぞ。」
「はいっ。」

居並ぶ倉庫群さえ煤けて寂れた、港寄りのやや場末のとある一角。
年の瀬であれ、さすがに稼働してはないこんな場所には人影もなかろう
しかも真夜中未明という胡乱な時間帯に、
夜陰を覆う冷え冷えした夜気より鋭い、体育会系の解散の辞…っぽいお声が掛かり、
主要なお仕事は鳬が付いたぞ、各々で後始末と報告よろしくと。
作戦の主幹だった幹部様の一声に、怪我もなく無事だった面々が返事をし、
黒服の皆がそれぞれのお役目へときびきび動き出す。
マフィアが非合法な揉め事をこなしたらしいと軍警などに知られてはのちのち困るが、
痕跡を消す仕事はその専門という部署があるので、そういった後始末は専門家である彼らに任せ、
主戦場で大暴れした組は、怪我がないなら本拠へ戻って上司へ戦果の報告と運ぶ。
大勢は大局を把握なさってた幹部格の方が首領様へ速報として伝えるが、
こまごまとした経緯や何やは担当したものが報告書をまとめて後日提出と運ぶわけで。
大人数であたった任務に参戦することも増えた虎くん、
今回の “礼儀も仁義もわきまえない新規組織を殲滅しちゃるぜ大作戦”へも加わっていたようで。
大詰めの大乱闘という場面でも実力を遺憾なく発揮し、
一緒に駆け回ったお仲間の皆様と お疲れ様との会釈をし合いつつ、
やれやれ終わった、さて帰ろうかと構えていたものが、

「…あ〜つし〜。」
「はい?」

ざわざわと場がややざわついていたため油断していたのは否めなかったが、
完全圧勝で方が付いたがため、警戒する必要もない事後の現場だ。
まともに立っているのは仲間内しかいないので気を抜いていても責められはしなかろう。
まさかにこんな雑然とした中へ紛れ込んで、首を取られるような格でも身分でもないしぃと、
回りくどい言い訳をするっと脳裏で展開したのは、
油断は禁物という心得を自分へと叩き込んでった かつての上司への弁明か。
そしてそして、
ちょっぴり夏向き、うらめしやぁと言い換えてもいいような怪しくも低い声音で、
いつの間に回り込んだやら、背後からこちらの名前を呼んだ現在の上司様が、
首根っこ抱え込んだヘッドロックからの 羽交い絞めにしたかったが、
いかんせん やや身長が足りなんだが故にか、(……)
二の腕込みでの胸元へぐるんと腕を回し、
駅伝のランナーか立候補した候補者みたいな半分だけのたすき掛け状態にして抱き込んでおり。
どう見ても“捕まえたぞ”という状況でおいでなのへ、
油の切れた自動人形よろしく ぎこちなく首を回して差し上げる。

「どうしましたか? 中也さん。」
「どうもこうもねぇわ。」

殲滅のための荒事に当たっていた動き自体には問題もなかったか、
最前線まで翔っていっての殴る蹴るといった対処へも 特段の指示も叱咤も飛んでこなかったものが。
それらが片付いた今、だというに何へか怒っておられるようで。
どう見たってそんな心意が透けている、わざとらしいヴェールを掛けたよな笑いようを
すべらかな頬に貼りつけておいでの帽子の幹部様。
切れ長の双眸が冴えに冴えてて、だってのに にたりという笑いようなものだから、
そのまんま、言い逃れは許さんという色合いも滲んでいて、ある意味 大変おっかない。
捕まっている敦くんの側でも何かしら覚えはしっかとあるようで。
何か?と言いたげに穏便に笑い返して見せているものの、
口角が微妙に引きつっているのを、広津さんが見届けて “やれやれ”とそちらへもお髭の陰にて苦笑をこぼす。
何ともわざとらしい表情同士で微笑み合ってた綺麗どころの二人だったが、

 「これはどういう“おイタ”かなぁ?」

笑みは絶やさぬままの中也さん、そのまま がばっと虎くんの外套の袖をまくり上げており。
異能で虎の腕を繰り出す関係から、ぶかぶかな袖の上着を愛用しているそのおかげさま、
窮屈さもないままあっさりと引き上げられた袖の中、
肘近くの手首側の前腕、やや外側に。
薄暗い中でも なまめかしいほど白く浮かんだ瑞々しい肌にいや映える、
何やら黒っぽい刺繍みたいな地模様に囲まれたロゴ風の淡い刺青が刻まれていたりして。
この季節だし、このいでたちは彼の仕事着でもあり、滅多やたらと見せるところじゃあない位置なので、
良く気が付いたなぁという感慨もあっての苦笑を返した敦だったが、
そんなもので誤魔化されるような生易しいお相手じゃあない。
心なし、笑みにずんと凄みが加わったおっかないお顔で
直属じゃアないけれど世話を見ている後輩くんの
生っちろい横顔をやや斜め下から覗き込むと、

「こんな不良みたいなことするような子に躾けた覚えはねぇんだがな。」
「中也さん、ボクたちマフィアですが。」

どこの生活指導の先生なんだか、
若しくはお父さんは心外ですと嘆くような物言いを持ち出され、
いやいやいや、その言いようは変じゃないですかと
一応のツッコミを入れて差し上げる。
世間一般の人からすれば
ボクたちこういう痛いことやらかしててもマフィアだからと納得される側ですがという、
通り一遍のツッコミは、むろん中也の側でも重々判っているようで。

 「そんなポッと出の芸人のコントがしてぇんじゃねぇんだ、俺はよ。」

新米の構成員なら、いやさ慣れのないずぶなド素人の新米でも
何かしらを感じ取り総身が凍るだろう、迫力満載な眇め斜視にて睨み上げられて、

 「……えっとぉ。」

これは誤魔化しも利くまいとさすがに観念したものか、
勝手に刺青なんか彫ってごめんなさいと、
眉を下げてのしょぼくれたお顔になったそのまま、

 「ここの組織って十代中心なのになかなか結束固くって。」

どういう算段でやらかしたのかを吐露することにした虎の子くん。
我が息子…は言い過ぎながら、
可愛い弟分という思い入れを日頃から惜しみなくそそいでくれている兄貴分は、
自身を大事にしない敦だというの、いつも苦々しいと意識しておいでなようで。
それもあってのこと、取り返しがつかない代物でその身を汚したと怒っているのらしく。
とはいえ、こんな手段を取ったのへの一応は弁明を聞いてくださいなと、
敦の側でも考えなしにやらかしたわけじゃあないとの腹積もりを説いて聞かせる。

 「学校とか溜まり場で親しくなった子たちっていうつながりで結束かためてるみたいで、
  後から加わった顔にはそうそう何でも話してくれそうになくって。」

社会人なら割とギリギリまでは胸襟開いてくれそうな線というのがあるものが、
十代の子らだからこそか、
日頃からも親しいという下地がないとなかなか打ち解けて来ない世間の狭さが難点で。

 「情報収集に接触するの、
  収入源にしている入れ墨屋のタトゥー師に近づくのが手っ取り早かったんですよ。」

彫ってる間は店に居ますから、虎の耳使って情報たんと仕入れられましたし、と。
普通にしていて聞こえてくる会話以上のあれこれ、
がっつりと収集して帰ったことを、幹部であり兄人でもある中也さんへと包み隠さず明かして差し上げる。

 「…確かに、今回は短期集中決戦ものだったしな。」

今回のお務めは指令が下ってから完遂までがほんの数日という代物で。
夜の街並みを監視していた顔触れが
年の瀬という慌ただしい時期に 若者らの間で不意に沸き立った不穏な動きを嗅ぎ取ったものの、
相手の全体図は伝手がなさ過ぎてか こっちには曖昧にしか把握できない。
もしやして権勢者の子息が親の威勢を勘違いして大きな顔を…という手合いかもしれぬが
目に余るようならお灸はがっつり据えておいたほうがいい場合もある。
いくら十代くらいの子供の悪戯でも“示し”は大事だし、
なかなか要領を心得ている小賢しいのを集めているグループらしいので、
先々で他の組織の手足として食われたなら、背景がややこしく交錯してしまい、
後日になるほど潰すのが厄介になるばかりだろうねとのことで。
動向と行動範囲を把握した上で、顔ぶれの正確なところをきっちりと確認した上で、
現地の半グレ連中への見せしめも兼ね、完膚なきまで畳んでしまおうとの方針が立てられ、
首領様からの通達が下ったのが、冗談抜きに聖誕祭の晩。
毎年いただく高価なワインに添えられたカードの裏に、P.S.扱いで告げられたのが中也なら、
さして予定はなかった敦なぞ、鏡花とデザートのケーキを食べつつスマホで受諾した身だったほどで。
じゃあ接触して情報をかき集めますねと、潜入を買って出た彼だったらしく、
任せた結果がこれとはと、大きに後悔しておいでの兄様なのへ、

 “もしかして鏡花ちゃんに見られちゃってたのかなぁ?”

誰が相手でも見せたらどうなるかは明らかだったからさりげなく隠していたはずだけどもなぁ、
どこでいつ気付いたものなやら、女の子の観察力って侮れないなぁなんて、
随分とお暢気なことを回想しつつ、

「それに、こういうのって1週間もすれば消えますから。」

何なら虎化すれば一瞬でvvと、パッとその腕が太くなり毛並みに覆われたのも一瞬。
本人のいったその通り、白地に黒し縞模様の毛並みが消えた元の腕は、
先程まであったはずの刺青なぞ名残も陰もなくの雲散霧消。
少女のそれといっても通りそうな、白雪のような肌が復活しているばかり。
とんでもないこと笑ってやってのけた敦くんだが、

 「……。」

当然 帽子の兄人様のお顔は不機嫌そうに顰められたまま。
本来ならば一生消えない、レーザーなどで消せるというが火傷の跡が残ると聞く刺青を、
任務のためとはいえホイホイとその身へ刻んだ相変わらずな価値観が許せなんだのと、

 「何だったんだ、あの “禍狗”とかいうフレーズはよ。」

手前は虎だろうがよ、もしかしてどこぞかの狗野郎への誓文代わりかなぁ?と、
依然として眇められてる表情に、
あわわ、そっちでお怒りだったのかぁと、今頃気が付いたようで。
しかもしかも、これはしまったと珍しくも焦っているのだから、
兄人様が目ざとく気付いたのも、気に留めていなさったのも、
いっそのこと “さすが”としか言いようがない鋭さなのかも知れぬ。

 「い,いやまあ、こういうのって いかつい文言が良いかなと。」

髑髏とかナイフとか いかにもな図柄が僕自身がイヤだったし、
かといって女の子みたいなワンポイントじゃあ、不自然かなとも思ったのでと、
どんな流れでそうと運んだかを白状する。

 『ボク、こんな見た目だから年下からも舐められまくってて。』

 なので入れ墨入れたいんです。
 イマドキは女の子だってファッションだっていって小さいの入れてるじゃないですか。
 そういう子からここを聞いたんですが…と、

そんな言い回しをして接触したんですようと、
敦にしてみればなかなかの口八丁で即妙に運んだ次第だったらしいけれど、

 “そういうことをパパっと思いつくところが、相変わらずに悪い感化されたまんまだしよぉ。”

この子の 見栄えの無垢さに大きにそぐわぬ強かさは、
じきじきに育てた“教育係”の日常のあれこれを見て育った弊害だと、中也は信じて疑わぬ。
単独で請け負う情報収集や潜入任務の土台となってる社交術や口八丁は、仕込んだ先達あっての蓄積だし、
その先達というのが、物理的な腕力体力は中の上くらいな貧弱さながら、
口と頭の回転の速さは群を抜くという、狡猾智謀の権化のような手合い。
まま、今は立場も居場所も遠くに離れたし、
彼自身も陽の当たる場所にいる人に近づくのはよろしくないとか、
その辺りはわきまえていて距離を取っているようだけれども。

 その代わりのように、
 妙に関心持って近づき倒している対象がいることが、
 兄様には少々心配であるらしく。

お友達が出来るのは悪いことじゃあない。
マフィアの仲間内には可愛がられている子だし、
ご近所ご町内の人らからも、肩書きを忘れるようないい子だと親しくされてもいるらしいし。
ただ、

「判ってますよぉ。
 今は停戦状態じゃあるけれど、本来は根っこが真逆な立場の人ですし、
 実は貧民街で怖がられてた人だけど、根は融通の利かない正義漢みたいだし。」

「そういうところまで把握しとるのか。」

いっそ ただ面白がって突々いているだけなのなら、
縁も結ばずの、離れるのも容易いのにと。
彼の側からという形、親しげに接しているのが危なっかしいなと、
結構 親身に案じておいでの兄様で。
そういうところを貴方から感化されているのだ、案じなくても大丈夫なのにと、
誰かさんが此処に居たればそんな風に思っての苦笑しそうな、
微妙で可愛らしいマフィアさんたちの思惑が、夜陰の港に浮かんだ晩だった。


to be continued.




 *またちょっと間が空きましたね。
  さすがは師走で、なんやかんやあってバタバタしております。
  それはともかく、
  マフィア組の方はこんな感じの後日談で、
  可愛い師弟が可愛いことで兄弟げんかになってます。
  兄弟げんかというか、お兄ちゃんの苦労が絶えないというか、
  それがまた微笑ましいため、周囲も余計な口を挟まないので、
  お兄さんは苦労が絶えないという悪循環でございます。(笑)



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