月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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片やカジュアルなライトダウンにロゴTとワークパンツ、
片や寸法が随分と大きい砂色の長い外套に、やはりぶかぶかなチョークストライプの色付きシャツと
サスペンダで吊っている大きめのトラウザーパンツ…というから、
どっちが怪しいいでたちなのやら。
でもでも肩書きを明かせば真っ当そうに見える方が真っ黒な出自という、
何ともメリハリのいいやら悪いやらな白黒の二人の青年が、
片やはイヤイヤな素振りをしてはいるが、だったら踵を返しゃあいいのにそうはせず、
お互いを憎からず思っていればこそというような
息が合うやらどうなやらという会話をしている同じころ。
そこからもう少しほど運河を下った辺りの石造りの橋の上にて、
特に何か思うようでもないながら、
人を待ってでもいるものか欄干に肘をついて流れを見やっていた男性がおり。
長外套や黒い帽子もこの時期には突飛じゃあない。
むしろトラッドな装いをセンス良く着こなすお人なため、
それへと気づいて ふと見やったその風貌が、それはそれは途轍もなく整っていると気がついて。
頬を赤らめたり声なき嬌声を上げてしまうお嬢さんたちが引きも切らずだったりし。

 “さすがは師走近いからかな。”

こんな外れたところでも足早な人の多いことよと、
慌てふためき駆け去る少女らをそんな風に感じ取ってるところは微妙に朴念仁な幹部様。
伏し目がちのまま、前髪を時折くぐり抜ける細い紫煙をぼんやり眺めていたが、
短くなった紙巻きに気づき、常の習慣で携帯灰皿へとねじ込む。
何もマナーにのっとっているわけじゃあなくて、
吸殻をそこいらへ捨てるなぞ、DNAという自身の痕跡を残す愚行だからで。
一見、マフィアらしからぬことをこなしていたその手が不意に止まると、
何とも言えぬしょっぱそうなお顔になった、ポートマフィアの大幹部だったりし。
振り向かずとも気配で誰なのかまで察しが付くのは、
長らく不在だった其奴の雰囲気へ、取り戻す勢いで直近で触れまくってるからなのか。
嫌なもんに出会ってしまったと、不愉快そうなお顔を隠しもしない中也だというに、

 「やあ。」

相手はそうでもないらしく、むしろそれはにこやか朗らかに声を掛ける辺り、
やや離れたところで部下同士が繰り広げた出会いをそのまま模倣しているような按配で。
首元やら腕など見える範囲のあちこちが包帯まみれの長身の君もまた、
撫でつけられていない蓬髪が目許を覆うほど伸ばしっぱなしな辺りに 中二病の匂いを感じなくもないけれど。
そのうっそりしたすだれの奥に、知性あふるる涼やかな深色の双眸が瑞々しくきらめいており、
目鼻立ちという表現はこのためかと思い知らされよう、すっと通って整った鼻梁にすべらかな頬が添うている。
情感あふるる柔らかな笑みが似合う表情の豊かさは
薄っぺらなイケメンではないのだろ、人性の豊かさをも感じさせ。
いかにもという武骨さはないがそれでも均整の取れた四肢は若さにそぐう精悍さを備えていて、
その足元まである長外套が銀幕で活躍するスタアのごとき存在感として映えていたりした日にゃあ、

 “ほんッとに腹立つ奴だよなぁあ。”

実は生え抜きのマフィアな 真ぁっ黒い性分してやがったくせに飄々としてやがってよとか、
未だに決まった連れ合いの噂を聞かない辺り、いい加減な下半身事情の身なんだろうに、
振った女や寝取られた男に刺されてないのが不思議だとか。
朗らかであればあるほど 悪面を想起するものか、
今現在もマフィアであらせられる幹部殿がムカムカしつつ応じたのが、

 「…なんで居る。」

口を利くのさえ嫌悪が走ると言わんばっかりな手短さ。
きりきりと眉尻釣り上げた上で、こうまで露骨に嫌がられているというに、
今時の色男はそれを保持するための厚顔さも持ち合わせているものか。
まるきり意に介さない朗らかさを保ったまま、

「いやだなぁ、此処は天下の往来だよ?
 一般市民が通りかかったって何の問題も無いはずだ。」

そんな言いようをしはしたが、
やや遠巻きな周囲からの 黄色い悲鳴混じりな小声が降って来るのへはまるきり無関心な様子。
まま、それへ関しては日頃からもさして愛想を振る奴じゃあなかったかな?と感じつつ、

「訊き方を変える。俺は敦と此処で待ち合わせたはずなんだがな。」
「敦くんなら私のお使いを消化中だよ?」
「ゥおいっ。」

一応は憤怒の声を返したが、実のところ恐らくはそうなんじゃないかなぁと薄々感じていた辺り、
相手のあれやこれやを自分の性分レベルで把握している相変わらずなところもお揃いで。
むかつきつつもそのまま立ち去らない中也もそうだが、
こういう態度を取られようことが判っていつつも、ついつい甘えかかる太宰なのも相変わらず。

 『甘えている? 私が?あの蛞蝓にかい?』
 『自分でも気が付いておられないはずないでしょうに。
  というか誤魔化しきれていませんよ、少なくともボクにはね。』

自覚はなかったのは本当。
でも、あの虎の子くんが呆れたように苦笑をし、
以前はともかく今は遠くに離れちゃってるんですからね
憎まればっか言ってると本当に嫌われてきっぱり拒絶されますよ?と、
ご忠告くださったのはそう遠くはない再会後のことで。

『それでなくとも太宰さんて、中也さんのこと語彙力振り絞って腐しますよね。
 どうでもいい相手なら適当に今時の物言いで弾けさせて自爆でもさせてお終いだったくせに。』
『そりゃあね。
 あいつめ、どんどんと遠回しな言いようも即座に理解して反発してくるんだもの。』
『そういうところもまた楽しいのでしょうけれど、』

今はボクの大事な人でもありますので、
手加減するか、いい加減ご自身のお気持ちを自覚してくださいな。
そうでないと、何だったらボクからも親方みたいな扱いに変えちゃいますよ?と。
色んな意味合いから“おいおい”と突っ込まれそうな言いようで釘を刺してった元教え子の指摘で、
あれ?私ってそんなにムキになってたかな、
そういやあの子は私に遠慮なんてしない、敦クンに勝るとも劣らずで面白い対象だったし、と。
自然な懐きようだったればこそか、
自覚も追いつかぬまま好いたらしくしていた自分だったらしいと気づかされたおかげさま。
じたばたするのはそれこそ見苦しいと、
思い直すことにした今日この頃な遊撃参謀さんだったらしく。
乾いた水色の空が広がる今日本日はいい陽気で、
時折 港町らしく潮の香のする風が吹き、
双方ともやや長いめの髪があおられては揺れる。
身長差もあってのこと、
帽子を愛用する相手のお顔は長身な太宰からすれば覗き込まねば見えない角度でもあるが、
俯く義理はないとの姿勢から、その華やかな顔容は帽子のつばの陰に隠れることもなく。
凛とした顔を間近にすると、何故だかちょっかいを出さずにはいられない自分の、
子供じみた執着が何から発しているものか。
チビだの蛞蝓だのと罵倒するわりに、風貌を腐したことはないのも敦くんから指摘され済みで。

『そういやそうだが…。』
『それなりの審美眼はおありなのでしょう?』

好みかどうかは個人差も出ますが、中也さんは誰の目にも綺麗な方ですよ?
それに、太宰さん、今ボクから言われるまで気づいてなかったでしょう?

 『太宰さんの突っかかり方は、
  余裕があるよに見せていてもムキになっているのがバレバレでした。
  それって対等な相手や関心ありまくりな人への構いつけようですよね?』

そういう策や任務ならともかく、
どうでもいい相手は歯牙にもかけなかったじゃないですか…なんて、
さすがは身近に置いてた子だけあって、あっさり見抜かれてもいたようで。
気づかぬままでいた何やかやを体よく煽られ、
しまいにゃ言い返せなくなったという格好で、
元教え子くんにまんまといいように吐露させられていた元上司さんだったりし。

 “…余計なお世話です。”

あら、聞こえてた?(笑)

 “確かに…。”

こうして傍にいると心持ちが柔らかく温まる。
喧嘩を売っているかのような物言いをついついしてしまうが、
それもこれも、隙を衝かれはしないかなんて肩を張らず、気を抜いているからに違いなく。
ちょっかい出したらどんな返しがあるんだろうとワクワクするのは子供じみた悪心と指摘され、
ではと見つめ直した気持ちを、実はまだちょっと扱いかねており。
甘えているし気を許してもいる、何なら凭れ切っているとまで言われ、
むっと来たけど、容赦のない正論でつけつけと言い負かされたのは事実。
反駁も封じられた無様さだったが、
だからといって唐突に素直になるのも何だかなぁと思うのは、
それこそ子供に言い負かされちゃった大人としての、なけなしの矜持というか悪あがき。
何だ今度は何をしかけて来るんだと、
警戒というより挑戦的に見上げてくる中也の青い双眸にしばし見入ってから、

「あの霧事件以降、汚辱は使ってないだろうね。」
「まぁな。」



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