銀盤にて逢いましょう


□ゼロ距離の甘い熱
1ページ/1ページ



前の生ではそんなことなんて思いもしなかった…かというと、
ちょっと言い切るのにためらいが挟まる辺り、
もしかしてその当時も、
それなりに意識していたそのまま 憎からず思ってはいたらしく。
そうでなきゃあ、
喧嘩腰な言い合いをしたまま今生のお別れになってしまったこと、
半年も引き摺ったりはしなかろう。

 “……。”

今更なことをふと思い出したのは、
春は名のみの寒空に感傷的になったからじゃあなく、
そんなお相手と今は何の障害もなく共に居られるんだなぁと噛みしめるたび、
ついついお顔がふやけそうになるの、
とうとう鏡花ちゃんから指摘されちゃったのを思い出したから。
隙だらけだと怒られちゃったが、
だからと言って反対したいわけじゃあないようで、
今日も宿舎から出る前に lineを送ってくれて、
忘れ物はないかと案じてくれたくらい。
地元組の彼は自宅からリンクまで通っており、
今日も何だったら迎えに行こうかと言われたが、
そこまで至れり尽くせりされるのは心苦しくて
大丈夫だよと待ち合わせた。

 『だって、練習で会うんじゃないんだよ?』
 『…そうだな。』

何でそんな、そのくらいのこと懸命に掻き口説くのかと、
そこへ面食らったらしかったものの、
じいっと見やるとそっと破顔して分かったと納得してくれた。
そんな彼との待ち合わせ場所、
駅前の広場の一角を目指して改札口から飛び出すと、
やっぱり先に到着していた芥川が 気配に気づいてか此方を見やった。
少し大きめの丈のあるモッズコートに、
細かい畦織りのコーデュロイのシャツに、
スリムなラインのスキニージーンズと編み上げのブーツという、
スポカジというほど砕けてはないが、
いかにも若者が遊びに出て来ましたという雰囲気のカジュアルな装いで。
締まった痩躯が、だが頼りなくは見えず、
むしろ周囲からのさりげない視線を集めておいで。

 「…ごめん、待った?」

かつては指名手配犯だったという のっぴきならない事情から目立たぬようにと務めていたが、
今世では当然そんな後ろ暗いものの持ち合わせはなく。
ごくごく当たり前に街で待ち合わせも出来るのが、何だか新鮮だなぁとあらためて思う。

 『でもなぁ、たまに薙ぎ倒したりはっ倒した相手に見つかると、
  街なかで これ見よがしに逃げ出されるのが業腹だがな。』
 『…ちょっと中也。』

物騒なことを言ってた赤毛の姉人を太宰が窘めていたのが
時々感じる現世ならではな相違というか、
かつては窘める側が逆だったようなと
ついつい連れとお顔を見合わせることもあったりし。

 『紅葉さんも言ってただろうよ。
  キミ、今は女の子なんだから、あんまり過信しちゃあいけないって。』
 『そういう尤もらしい言いようはアタシに腕相撲で勝ててから言いな。』

ふんと鼻息も荒く、
好いたらしいお人相手にそんな勇ましいことを言ってのける中也だったのへ。
わあ頼もしいと笑いつつ、

 『あの時の仕返しとかいう因縁をつけられもしないんですね。』

横浜を守る自警団を組んでもいる人たちなので、
微妙にかつてと重なるところがなくもないのは この際ご愛嬌か。(う〜ん)
完全に裏社会の雄だった、今で言う“反社会勢力”だった当時はともかく、
何の後ろ盾もない “私設・正義の味方”の集まりなんて、
潰した相手から逆恨みされるのはもとより、
解釈によっちゃあ半グレ集団と変わらないとされかねなかろうに。
絶対強者の集まりだからと群れを為して行動しないところもあって
むしろ顔見知りからにこやかに愛想を振られもする立場らしく。
そういうところもまた、地盤の違いというか、
そもそも今の背景の方がお似合いな人たちだったんだなというところを忍ばせる。

 とはいえ、

 「あ、もしかしてあれ。」
 「だよねぇ。」
 「そろそろ世界選手権とか始まるんじゃないの?」

周囲の雑踏の中からのそれ、こそこそッと囁く声が耳を掠める。
以前はあんまり意識してなかったのにな。
地元じゃあなく遠征地だから
横浜なんていう賑やかな土地だから、空気の色も違うのかな。
特定されて注視されるの、
これまでにも結構あったことだけど。
最近感じるのはそれとはちょっと温度というか色合いが違うと、
日頃お暢気な人性で通している敦ちゃんでも、
微妙な…警戒めいた何かを感じ取ってしまうよで。

 「人虎?」

彼なりの変装用のアイテムか、レンズの小さな偏光眼鏡をちょいとずらし、
どうかしたかという意を載せて こちらを見やった芥川だったが、
すぐの間近へ来て早々、え?何なに?と慌てて取り繕った敦だったことで
あっさり何かを看過したようで。

 「行くぞ。」
 「え? あ…っ。」

サッと攫われたのは口許近くに挙げていた右手。
痩躯でパッと見は華奢なほどなのに、それでもさすがにスポーツ選手で、
繊細な表現に添うように働く手も指先も、
こうしてじかに触れれば男の人の持つそれで。
力強く骨っぽいところが何だか頼もしい。
そんな手に引かれ、やや小走りに駆け出して。雑踏の中をさかさかと進む。
ベロアのスカートは少し長めのミディアムで、
バックスキンのショートブーツというのも見越されてたか、
結構速足の誘導にも付いてけたが、
こちらもちょっと大きめのコーディガンだったのが、
ばさりとひるがえって人に当たるのへ恐縮してしまう。

 「もう少し先だ、こらえてくれ。」
 「あ、うん。」

待ち合わせはいつもの場所だったが、そこは人の行き来も多い広場前。
なのでとりあえず離れたい彼だったようで。
たったかという急ぎ足へ、まさかに追っ掛けてまで執着するよな暇人もいなかったか、
ショッピングモールの入り口近く、そこも行きつけの書店…の脇の細い路地に飛び込むと、
やっと足を止めてくれ、

 「…。」
 「え?」

何か意識しすぎだよねごめんねとかどうとか
気遣いへのお礼に告げようとした敦をそのまま引き込んで、
前を開けていたコートの懐へぱふりと伏せさせる大胆さよ。

 “…え?え?え?//////////”

何だ何でと混乱しつつも、不意打ちが過ぎて 顔から耳からカアッと熱くなる。
あ、えとあの、汗かいてるのに、
とゆうか まだ誰かが追って来てるのかな、え?え?何なにこの状況はと。
混乱している敦の背を、コート越しながら大きめの手のひらがそっと撫で降ろしてくれて。
ドキドキが弾みをつけて雪崩を打ちかかっていたはずが、
よしよしと宥められてるうち、徐々に収まって来るのが判る。

 “……ああ、そうだ。こうしてもらうの気持ちいい。////”

前世の当時はちょっとだけの身長差だったけど、今は10センチ以上という差になっていて。
そんなせいか懐ろも広くて、ひょいと余裕で掻い込まれてしまう。
仄かにいい匂いがして、何より、
シャツや上着越しの肉感が接していることが一体どう作用するのやら、
当初は顔やら耳やらかっかと熱くなって、そりゃあのぼせてしまったもので。
とはいえ、エキシビジョンなどで組むこととなりの、
ペアよろしく、呼吸を合わせてひょいッと抱えられたりするよになるうち、
集中しなけりゃあ危険なスポーツ、
そういう初心な含羞みはどこかへ吹っ飛んでってしまったなぁ。
それどころか、今日みたいなのは焦るけど、心地いいと思えるようになっちゃって、
あの頃もこういう感じでの触れ合いってあったっけ?いやいやなかったよな、うん。
共闘するときだけしか顔合わせなかったし、
喧嘩腰の果てに協力し合ってたというか……

 「? 如何した?」
 「うん…。」

何かしら気配が変わったことに気づいたか、頭上から静かなお声を掛けられる。
言ったものかどうしよかと躊躇うと、じっと待っててくれる。
それに励まされる格好で“えい”と口許を緩めると、

 「“以前”は背中合わせだったのになって。対等に扱ってくれてたでしょう?」

まま、あれだって頼り(アテ)にならなんだら捨て置く気満々だった気もするけれど。
それでも、示し合わせることもないまま互いの楯となり、
相手の動きのフォローをしおおせていたのになと。
孤児院を出た途端という唐突に異能戦争みたいな世界へ踏み込んだ自分と違い、
何年も何年も命を削るよな修羅場に身を置き、
その蓄積で練達になり得ていた裏社会の凄腕に、
そこまで追い着けてたのかなと、その対等感が嬉しかったのになと、

 「……。」

そう思って…と訥々と語れば、真顔で聞いてた芥川、ちょいと視線を伏せてから、

「今の扱いが侮蔑になるなら謝ろう。」
「いや、あの…。」

背景違うし、こっちは女だし。
マナーや心遣いに添うた立派なエスコートだよと、
慌てかかった白虎嬢の銀の髪ごと頭をそおと懐へ抱え直して、

 「だがな。」

顔は見えなくなったれど、
低められた響きごとその声が胸板越しに頬へも響いて来て。

「あの頃のような異能もない身で、それでも貴様を…敦を庇えるのは隠すことなく誇らしい。」
「……っ。///////」

言われた途端、またぞろお顔がかぁっと熱くなりかかり、
ああこの体勢で助かったなんて思いつつ、

 “もうもうもう、なんか最近の芥川って、”

太宰さんからの影響いっぱい受けてない?なんて
八つ当たりっぽい想いまで湧き出して。
それを持て余してか柔らかな頬でウニウニと擦り寄った先のカレ氏が、

 “……。//////////////////”

それは赤面していることにも気づけないから
罪作りなハグ体勢だったりする。(ひゅーひゅーvv)

 それで、今日はどこへ出向くのだ。
 うん、中也さんに勧めてもらったガーデンテラスまで。
 寒くはないか?
 サンルーム仕様になってるテーブルを予約してあるの。

 「だって今日は特別な日だし…。//////」

ごにょごにょ口の中で続けたが、
いかんせん、そっち方面はまだまだ朴念仁なままだった元禍狗さん。
ただただキョトンとしている男前なお顔を上目遣いで見上げれば、

 「〜〜〜〜。///////」
 「え?え?」
 「何でもないっ。」

行くぞとやや視線を逸らされたが、
それでも手と手はつないだまま、春は名のみなれどそれでもそろそろ冬でなくなる、
そんな甘い風の吹く港町を、初々しい二人連れがやや速足で駆けてった午後だった。



     〜 Fine 〜    21.02.13.





 *ちょっとお初のカップリングでの聖バレンタインデーネタでしたvv
  原作基盤の 中敦&太芥 ver.と違って
  銀盤の新双黒の二人って、前世ではお付き合いしてなかった設定じゃなかったかと、
  書き始めてから慌てて確かめちゃいましたよ。
  中敦の方では、芥川くんも虎ちゃんのこと愛弟扱いですからねぇ。(笑)



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ