短編

□夜更けの鳩
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港湾都市ヨコハマは、古くからの港町であるが故、その闇も深く。
諸外国との交易をベースに培われた様々なつながりが良くも悪くも経済を支え、
ただでさえそんな地盤だったところへ、近年起きた裏社会の闘争があって。
そこから内へ外へと構築されていった社会構造の複雑さが、
複雑さゆえの強靱な土台を練り上げたようなもの。
単なる物流だけの話じゃあなく、
非合法な取引が胡乱な組織同士のかかわりを錯綜させたまま密にしたし、
それで肥えたと勘違いした烏合の衆は
今も昔も適当に上り詰めたところで まとめて粛清されてもいる。
法に触れる物品の取り引きだからという以前、
盗んだものに値を付けて、盗み出したリスクを上乗せして商売するよな厚顔な奴も
此処では当たり前に居なおってるし、
それが禁輸物品だから公的な訴えはされぬだろうとし、堂々と名を馳せてもいる大馬鹿者は、
水面下から飛び出せば容赦なく報復にあって摘まれもするというもので。
公明正大じゃあなくとも器用に肥えることが出来る反面、義理を欠くと滅びも早い。
そんな悪しき恩讐がはびこる都市ゆえに “魔都”と呼ばれても無理はなく。
行政の監視や公安系の取り締まりも何するものぞとする、
いわゆる闇社会の覇者の座には
今のところダントツでポートマフィアが君臨しているが、
隙あらばおこぼれをと貼りついている者、財を浚い尽くしてやろうという者や
かつて滅ぼされた手合いが復讐にと恨み骨髄で諜報を仕掛けていたり、
外つ国から紛れ込んでいるどっかの組織の間者が以下同文と、
足元を救ってやろうという手のものがほんの多数ほど、
夜陰の中、声もなくの虎視眈々と構えており。
かつての竜頭抗争ほど明らかな群雄割拠時代ではないながら、
ポートマフィアほどの組織であれ
足元を見られぬよう緊張感の中にある街だというのが現状でもあろう。
そして、

 『確かに非合法な物品じゃああるが、
  だからって ウチの武器を猫糞していいって理屈にはならねぇ。』

どうせ届けなんて出せなかろうからなんて、自分にばかり甘いこと思ってる馬鹿には、
後学のためにも“そうしないでいい理由”というところ、
俺らは“自分のことは自分で精神”にも長けてるってことをじっくり示してやらんとな、と。
首領はもうちょっとぼかしたお言いようをやんわりとなさっておられたが、
こちらは恐らく わざわざ判りやすい言いようを選んでくださってのこと。
自分のことへは此処までお怒りにはならない、
そちらも割と寛容なはずの 美人な五大幹部様が、
組織の看板へ ぬすくられた泥には容赦しねぇぜとばかり、
見るからに怒髪天という勢いで憤怒なさっておいででいらした案件へ、
手練れ揃いの黒蜥蜴と他数十名という結構な頭数の一団にて向かうこととなった。
相手は新興の組織で、半グレが幾つか合体したような薄っぺらい手合い。
人数もキャリアも、ついでにコネも、大した何か持つような陣営ではないが、
この際だから見せしめも兼ねての徹底殲滅と相成ったそうで。

 「……。」

まだまだ宵の早い春隣、すっかりと陽も落ちた刻限の 港近くの廃倉庫群。
作業などもなく、人の気配などあるはずのない場末にも、
遠い沖合からだろうか汽笛の響きが掠れて届く。
そんな闇だまりに、その漆黒をなお深めるような暗黒をまといし者がいる。

『取り引きの相手も、かつてウチから情報盗もうとしてやがったタヌキ爺ィの組織だ。
 構うこたねぇ、そっちの陣営もひとまとめにとっ捕まえて、存分に折檻してやんぞ。』

それは判りやすい方針を告げられた後、
諜報班が押さえた相手の集う取り引き現場を確認し。
それへとどう対処して効率的に取り押さえるか、
盗まれた武器装備をどういう手際で取り戻すかを打ち合わせ。
頼もしい面々がそれぞれの配置へと散って、
相手の到着を待つばかりとなっていた、微妙な緊張感も滲む静謐の中へ、

 「……っ。」

部下を率いての待機となっている顔ぶれもあるが、
こちらは単独で臨機応変を利かせて立ちまわる予定だった主幹格様。
暗黒を吸い込んで潮騒を織りなす夜陰の海を背景に、
周囲に垂れ込める漆黒にそのまま溶け入りそうなほど
気配も消し切って佇んでいらした暗黒の殺戮マシン殿だったが。
環境音としての把握でいた潮風が本当に微かに微かに乱されて、
ひょっ、と鋭く絞られたこと、一瞬で察して立ち位置を数歩避けた其処へと目がけ、

 「…みつけたっ、芥が…。」
 「黙れ、首を落とすぞこの愚者がっ。」

言いつつ既に刃状に研ぎ澄ませた黒獣の切っ先を
そこへと飛び降りて来た存在の首元へ押し当てている有言実行さよ。
途轍もない級でそれは唐突な出現だったのを それは鋭敏に拾い上げ、
此処まで的確に対処できた上級幹部殿もお流石だが、

 「不殺の約束はどこ行ったの。」
 「こんな修羅場に飛び込んできて何を偉そうに言うか。」

こんなやり取りが続いたところが、歴戦の猛者は一味違う。
ちなみに、突然襲い来た闖入者が口にした“約束”とは
互いの存在が飲み込みがたいという感覚を昇華するべく芥川の方から持ち掛けた
命を掛けた対峙をしようというもので。
それに応じた武装探偵社の中島敦という少年が、
ただしその対決までの半年、一人も殺してはならないと、
マフィア相手にとんでもない約束を取り付けた。
同じ元マフィア幹部に師事している間柄、
建前上いがみ合っているけれど、
色々あった末に、実は結構な親密さで義兄弟的なお付き合いをしてもおり。
それとは別次元の話として、
甲乙つけとかないと気が済まないという愚直系実直な兄弟子さんの言いようへ、
しょうがないなぁお兄ちゃんはと弟くんが折れたようなもんだろう…なんて
実情を知る周囲は解釈しているようだが。(註;すいません、ウチのワールドならではな解釈です。)
ちなみに、そんな約定に関しては、芥川の現上司である中原幹部にも伝わっているようで、
彼もまた、一途で懸命、実直な敦少年は気に入っておいでな関係上、
彼らが交わした約束とやらの真意までも承知しており、
さりげに余計な煩悶とならぬよう、
対象へは八分殺しで留め置くようにと指示してくださっている。

 大きく逸れたお話を元に戻して。

人んちのブツに手を掛け、それを勝手に売買せんとする取引を押さえようと待機中だった
ポートマフィアの首領直属遊撃隊隊長、黒蜥蜴の首長でもある芥川龍之介さんが待機していた廃倉庫街の一角へ、
物音は勿論のこと気配もなくにじり寄り、
結構な高さのあった隣接廃工場の一部、巨大なチューバの金管部のような配管巻き巻きな区画の天辺から
ムササビですかという身軽さで飛びおりてきた無謀な坊ちゃんだったのへ。
そんな忍者のような奇襲をすんででしっかと嗅ぎ取ったうえ、
自慢の異能を瞬時の早技で絞り上げ、錐状の刃とした上で、
間合いのうちどころじゃあないほど間近へと突撃かました命知らずなおとうと弟子さんの喉笛へ、
冗談は止せとばかりに突き付けている物騒さ。
此処までとんでもない行数を稼いで描写させていただいたが、
実際に掛かっているのはほんの瞬きほどもない刹那の出来事であり。
この百戦錬磨の芝刈り機、もとえ、殺戮の覇王様へ
こうまで接近させるところは彼もまた凄腕に育ったもんだと言えなくもなく。
決して…最近ずんとおとうと大事になって来つつあるお兄ちゃんが、
任務中だってのに油断しまくってたわけではない、と思いたい。
首を落とされたいかと手酷く罵ったのも、
こんな空気のところへ何て無謀な突撃かますかなこの坊ちゃんはよという憤怒あっての、
これでもこの死神様にしてはかなり抑えた叱責であり。
よくぞ必殺の異能を紙一重で停められたよなぁと、
話を聞いた関係者が皆一様に感銘したほどだったのは当然のことながら後日の談だが。
間近へ飛び込んできたその行動と同時進行で初めて相手の正体にも気づいた、
色んな意味からギリギリの反応をした兄様だというに。

 「何故このような無謀を敢行した。」

どういう状況か判っておるのか ややこしい事しくさって、
裏社会の雄ポートマフィアの精鋭たちがバリバリに職務中、
しかも厳重警戒態勢にあったというに…と。
彼でなければ殺さぬながらも腹立ちまぎれに折檻されているところ、
ちょいと突き飛ばすよな格好で身を離されて、
冷静なお声で手短に問われた虎くんはと言えば、

 「うん…あの、えっと、ごめん。」

まずは ややしおれたように肩を落とすとそうと謝ってきた。
夜目が利く身だとはいえ、
スマホを引っ張り出して懐中灯代わりとするでもなく
真っ暗なままでよしとする辺り、
こんなところで佇んでいた芥川だった背景も
本気の切っ先を向けられた事情も彼なりに判ってはいるらしく。
そうでもなけりゃあ
ああまで気配消してこんな奇襲もどきな方法で近づいて来なかったというもので。
そんな事情あっての絶賛張り込み中だった芥川お兄ちゃんへ、
叱られる覚悟もあっての、それでも取り急ぎ至近まで寄って来たかった理由があったらしく。
引っ込められた刃に殺気が少しは引いたの読み取り、
そちらも日頃の折り目正しくも大人しい性分が顔を出す。
とはいえ、それなりの決意あっての行動なのは変わらぬか、真摯な表情のままにきりりと向かい合うと、

 「太宰さんからの伝言があって。」
 「………はぁあ?」

小声ながらもようよう聞こえるようにという意思込めて、
それはしっかとした声で告げられた一言へ。
此処までは細い眉をぎゅうとしかめて虎の子を睨んでいた禍狗さんが、
言われた一文を頭の中で噛み砕き、胸の内へと飲み込んだ末だろう、
小骨でも引っ掛かったかのような怪訝そうな顔となる。
それを、聞こえなかったと解釈したか、
それとも…伝言係ではあれ、意味が飲み込めないのはまま判るからなのか、
それでも真摯な表情なままに敦くんが言い足したのは、

 「今日中に何があろうと会いに行くから、諦めないで待っていてって。」

ああ、えっと、此処へは乱歩さんが割り出してくれたルートをたどって来たんだ。
それであのその、

 「溜めに溜めた書類仕事を、決算期を前に何としてでも片付けろと言われたようで。」
 「…あんのお人は。」

何を告げられたのか、ようやっとその背景までもを理解したようで、
それと同時に再び “はぁあ”という深い深い吐息をついた、ポートマフィアの禍狗様。
今日が何の日かも今更思い起こしたようで、

 “別段、わざわざ祝ってもらおうとなど思っていないのだがな。”

この任務の前の日中に、妹の銀や上司である中也、黒蜥蜴の指揮官でもある樋口などから
花や贈答品などなどを祝いの言葉と共に受け取ってもいる。
お誕生日に面倒な任務振ってごめんねと、畏れ多くも首領様からも愛らしいブーケを頂いた。
当人はといや、偽の証書を作るのに要ったのでと適当に選ばれた日でしかなく、
本当にこの日に生まれた身ではないのだしとドライに把握していたがため、
毎年祝われるのがむしろ申し訳ないなと思うほどだというに、

 「あ、あの、邪魔にならないようにって思って。」

向かい合ってた白虎のおとうと弟子くんも
おずおずと手を伸ばしてくると、
他の人ならそんなことなどさせぬほどの至近、懐のうちへまでの接近を許す中、
胸元で潮風にひるがえるジャボタイの裾近くへ、小さめのタイピンをそっと飾ってくれて。
自身では顎を引いてやっとちかりと光った何かが見えたそれ。
いものじゃあないがそれでも、のちに師に訊いた話じゃあ、
ちゃんと日を覚えていた上で給金を節約し、
中也が知り合いの宝飾品商を紹介してくれてそれで購ったというプラチナのタイピンだそうで。

 「己の腹にたまるものを購えばいいものを…。」
 「言うと思った。」

やっとのこと “ははは”と小さく笑った敦だったのは、
これでも照れ隠し半分に慣れないねぎらいを言ったつもりらしい兄様だと判っているから。
じゃあ邪魔しても何だからと、
楚々と後ずさりをし、此処から直接じゃあなく多少離れてから飛び退って宵闇の中を去って行った
そんな心得があった辺り、物騒なんだかほのぼのしてたんだかな鉄砲玉くん。
それを黙って見送った芥川だったが、
気配がすっかり去ったのと入れ替わり、ふふふと小さく口許綻ばせて笑って見せて。

 ああ、あれはしっかり闘争心に火が付いたな、
 そうだね、大したタマでなしと、ゆるんじゃあないがそれでも淡々としていた芥川さんだったのに、
 うんうん、嬉しい気分を発散するべく、冴えた戦いようを見せてくれそうだね、と

何とはなく様子見していた周囲の部下らが、
そんな感慨を囁き合い、苦笑をこぼした、
殲滅仕事前の心温まるエピソードだったそうな。


  「オレのかわいい敦に危険なことさせてんじゃねぇよ、糞サバっ。」(おおう)





     〜 Fine 〜    21.02.28




 *間に合うのかどうかとドキドキしつつ書き始めましたが、
  短く収まったのでほっとしました。
  どの辺がという出来ではありますが、芥川くんお誕生日おめでとう作品です。
  太宰さんが出て来なくてすいません。





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