短編

□人は見かけによらないよ
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髪の色も双眸の色も生まれついてのそれで。
人と違うこと、幼い頃はからかいのネタにされ、化け物扱いされもした。
他人をさげすんで安堵するよな子しかいないような、そんなところにいたせいもあったし、
だったら髪を染めるとかそういうすべも取れない身だったが、今は違って一応は給金も得ている。
周囲に合わせ、髪を整え、彩色眼鏡を掛けるとか何とでも繕うことは出来る立場になったれど。
そんなして隠して否定して何になると、装いたいならともかく、そうじゃないなら理由は何だと。
言われたわけじゃあない、自分で何となくそう思ってる。
少なくとも胸を張って昂然と顔を上げていたい。…すぐに腰が引けるヘタレだけれど。
裏社会の人間だから偉そうなことは言えないが、それでも誇り高く胸を張ってる人を知っている。
毅然とした貌、凛とした双眸。それは威風堂々と、いつも胸を張ってる人を知っている。
だから、その人に呆れられたり笑われないように居たいなぁと、思うようになってそれで。
尻込みしそうになると、それを思い出して奮起して、日々頑張っているのだけれど。




年末や新年初めはご挨拶と銘打った会合が多い。
あまり仕事っぷりを公開してはない探偵社だが、それでも様々に“つながり”というのはあって。
非合法な組織じゃアないが、それでも緊急性が求められるような事態へはかなりの無茶をやらかすものだから、
例えば、公共の場所での乱闘になって、しかも相手が異能を持つ存在だったりした日にゃあ、
抵抗を封じるためにとちょっと激しく殴打する必要があったり、
何だったらワイヤーでぐるぐる巻きにしちゃうことだってあったりし。
何だ何だ相手は見たところ生身で丸腰(非武装)なのに、一方的になんて乱暴なと
通報されたり、何ならSNSで拡散されかねない。
そういうことにならぬよう、その筋の高位の方々には“手土産”の約束つきで融通を利かせていただいてもいて。
そんな関係からお世話になったりしている偉いお人もいたりするので、
ほぼほぼ相手が箔付けしたくて呼ぶような集いへのご招待でも無下には出来ず。
そんな場に出ても上手に立ち回れる、
不遜な、もとい場慣れしていてそれは堂々と振る舞える顔ぶれも居るこた居るが、
人物紹介でヘタレと公言されているような敦辺りは、
ただただ困ってしまうので。

 “ううう……。”

高い天井のところどころには 宝石みたいなクリスタルを連らねたシャンデリア。
外の寒空を全く感じさせない、間接照明の柔らかな明るさで満たされた此処は、
場を邪魔しないトーンで流れる、弦楽の生演奏に乗せ、
燦然と輝く宝石を身に着けた紳士淑女がコロコロと笑いさざめく豪奢なホール。
くるぶしまで埋まりそうなふかふかの絨毯が敷かれ、
品のいいカトラリーや高価そうな食器が置かれたテーブルには、
おままごとみたいな小さな、でもお高そうな料理が幾種も幾種も、
どこぞかのビュッフェ張りに山ほど供されているが、
何が何だかよく判らないし、男でも正装ではコルセットするんだよとぎゅうぎゅうに締められたせいか、
それとも緊張が過ぎて体調が凍っているものか食欲なんて全くわかない。
緞帳みたいなカーテンが引かれている大窓近くに さりげなくのこそりと身を隠していたのは、
連れて来てくれた連れの先輩が招待主へのご挨拶にと離れて行ったためで。
知った顔なんている筈もないほど初めて来た土地の雑踏でも
まだ何とか出来よう空気を嗅ぎ取れるものが、
此処は何というのか、完全にアウェイ感しか満ちてなく。
あしらいも知らぬ身でせめてご迷惑だけは掛けないようにと、
人の目を避けて引っ込んでいた敦くんだったりする。

 “煌びやかな夜会はやっぱり苦手だ。”

護衛や情報収集のためとかいう潜入ならともかく、
ご招待を受けての参加というのは何をしてりゃあいいやら判らず居たたまれない。
これまでは幸いにも そういうのは頼もしい先達たちが上手にさばいていたものが、
たまに、あの一件の英雄に逢いたいとか、可愛いのが入ったそうじゃあないかとか、
微妙な名指しでボクも顔を出せとの要望があるらしく。
しかも周囲が面白がってか あれこれ着せ掛けたり飾り立ててくれたりするので、
白銀という髪色やら薄い瞳の色とかも相俟って、目立ってしまってしょうがなく。
ただの付き添いですおまけですとやや俯いて必死で気配を消していても、
一通りの挨拶も済んでか飽いてきたクチの人だろう、
そういう場に慣れた境遇の人らには格好の玩具に見えるのか、ややこしく絡まれることも多々あって。

 「いいスーツを着ているじゃあないか。
  それってつい先日発表されたばかりのジョルジオ・アッシーニだろ?」

不意にそんな声が掛けられて、
有無をも言わさず、二の腕を引かれた。
見やれば…一度だって会ったことはない男性で、
髪もいでたちもきっちりとお高そうなもので整えているが、
初見の相手の腕をいきなり掴むなんて礼儀として正しいのかなと、
敦の側がついつい混乱してしまったほど。
というのも、我が家のようにすたすたと歩きまわるお人で、
妙ににやにやしていて酔っぱらっているのかなと思いもしたが、
それにしては誰にもぶつからない足取りは大したものだったし、ようよう見ていると周囲が上手に避けてもいる。
離れて見ておれば、余計な騒ぎに巻き込まれたくはないから避けられている結果と断じられにしたろうが、
当事者としてどこまで行くのかぐいぐいと腕を引っ張られている敦には、
何が何やら困惑するばかりでそんな状況など読むことも敵わない。
それでも、勝手にうろうろしていると連れからも探される恐れがあり、

 「あの、離れるわけには…。」

今日は警備できたわけじゃあない、なので持ち場じゃないが、
それでもあそこからは離れられないのだと言いかかると、
強引な男は顔だけぐりんと此方へ向けて来て、

 「ほら、年寄りばっかりじゃア話す相手もいないだろう?
  可愛いお嬢さんたちが待ってるから、向こうへ行こうや。」

そんな言いようをする。
年寄りなんて言いように、傍に居合わせたご婦人がぎょっとしたように表情をしかめ、
自分までそれへ同調しているように眺められたのが、これは迷惑極まりないと、
此処でやっとのこと、見知らぬ相手の言いなりになる必要もないなと思いが至った。
もしかしてこの屋敷の高官様の子息様かも知れないが、
こうまで不遜な、しかも高官様本人でもない存在に振り回されるいわれはない。
仕事繋がりには違いないが、商売上の関係ならまだしも、
こちとら治安維持に駆け回ってる身で、関わりがあるとしたなら命令系統の上下くらい。
指揮系統的にはほぼ無関係と、そういや乱歩さんが言ってたようなと思い出し。

 「か、勝手なことを言わないでください。」

ちょっと噛みかけて、だが、腕を振りほどくと来た方へずんずんと戻ることにする。
実はホールに立ち込める脂粉の香りのせいで
微妙に頭痛が起きかけてもいて、これでも結構我慢していた方。
日頃の大人しい敦しか知らない面々が見ていたならば、
らしくないなと感じつつ、でもでももっとやれと囃し立てたかもしれぬ。
一方で、こんな強引に拒絶をされたことはなかったか、
気弱そうに見えた相手に突き飛ばされたような扱いが癇に障ってムッとしたのだろう。

 「何だよ、お前。何様なんだよ。」

先程までの薄笑いの滲んだ声と打って変わって、
やや尖った声で呼びつつ、どすどすと足音も荒く追いかけてくる。
どうやら仲間内の前まで引っ張っていって、
体のいいピエロ扱い、だしにしてやろうとでも構えていたに違いなく。
周囲の人たちがまたしても身を避けてくれるのは助かるが、どこから相手の味方が助勢に出て来るやもしれない。
活劇の最中でもこんなややこしい相手はなかなかいないと、
はぁあと内心で不愉快でございと言わんばかりのため息をついて。
どうしてくれようかと思いつつ、それでも顔を上げたその視野に、

 「…っ。」

今度は見知ったお顔が飛び込んできた。
一瞬通り過ぎかけたが、あっと思って視線を戻せば、
立食パーティーだが何客かは用意されてあった椅子に腰かけていたものが、
すっくと立ちあがったそのお人、にやりと笑って目許を細める。
ちょっかいを掛けてきた輩のにやにや笑いとは比較にならない、それは強靱な笑みであり。
どうしたものかと迷ったのも一瞬、
爪先を踏み変えると一直線にその人の方へと歩みを進め、

 「ちゅ、中也さん。」
 「おう、どうしたよ情けない顔して。」

駆け寄った先、縋りつくよに肩口へおでこをくっつければ、間近から頼もしい声がやや低めに聞こえて。
くつくつ笑っているのが何とも余裕綽々。
ちらッと視線を揚げれば、すぐの間近からこっちをちらっと見たままそのの目線を正面へと向け直す。
その先には、先程まで執拗に話しかけて来ていた男性がおり、
一群の女性陣が少し離れたところから、興味津々と見やっていたものが、
今は中也さんを熱っぽい目で見ているから勝手なものだ。

「あの青二才がしつこいのか?」
「えっと、はい。でも…。」

振り切るのは失礼かもと思って…と言いかけたのを遮るように、
長いめの前髪を透かして綺麗な双眸がこちらを見やり、ふふと あでやかに口許がほころぶ。

「良いんだよ袖にして。敦は俺のいい子なんだからよ。」
「ううう〜〜〜。」

二人の間でだけ通じりゃあいいという耳打ちもどきの囁きだからか、
低められた声が何とも甘く響いて、耳元がくすぐったい。
そんなお声で何とも甘甘な睦言もどきを紡がれて、
恥ずかしいですよぉと困ったのもいっとき。
愛でるような視線に安堵して、改めて相手を見やれば、
中也の肩書を知っているものか、それとも素の威容に気おされたか、
凍り付いたように立ってた男が、今度は戸惑ったように視線をあちこちへ振っており。
しょうがないなぁ、自分より威容がある相手には歯が立たないんだと、
やや呆れたように、だがだが遠慮もなくのじいと見やってやる。
やはり退屈していたものか、
仔猫を追い回していた青年を、意地悪だねぇと思いはしても止められなかった、いやさ止めなかった周囲が、
この形勢逆転へ、おやまあ面白い展開だことと、今度は清々したよな顔で見やっておいでで。
この状況には一切同情する顔ぶれがいない辺り、
察するに日頃からもあまり評判は良くない坊ちゃんなのだろう。
逆に、そんなバカ息子にからかわれかかってた白うさぎちゃんが、
実は途轍もない存在と知り合いだったらしいとあって、
今まで尊大さを見せびらかしていたがため、引っ込みがつかなくなったのは明らかで。
微妙に敦の方が身長もあるというに、
それこそ獰猛なはずの猛獣が その図体は縮められないがそれでもこの人には甘えちゃうんだよ、悪い?と
飼い主である覇王様にじゃれついているかのような、
そんな体勢にさえ見えて来るから不思議なもので。

 「ありゃまあ、助け舟は助かるが妙な構図になっちゃったねぇ。」

周囲の皆様とご同様、ありゃまあとそんな場面を眺めていた人物が、
広いホールの対岸に当たろうこちらにもあり。

「どう見たって、窮地にあったものがこの人がいるからと持ち直した図だ。
 権勢者とそれへと添う恋人、いやいや お稚児さんかな? 虎の威を借る何とやらって構図じゃあないか。」

虎は敦くんの側なのにねぇと、太宰が楽しそうに笑い、
すぐ傍ら、古唐の彩色ものだろう、人の背丈ほどもあろう大きな壺の陰に立ってた痩躯の青年へ声をかけている。
周囲へ聞かせたくないものか、極力絞られた声は自然と掠れて甘く響き、
そんなせいで普段よりも艶めいて聞こえて、耳に入った側は落ち着けなくなる。
鼻先まで届きそうな蓬髪は、だが、鬱陶しいより謎めきをその美貌に添えるばかりで、
表情豊かな双眸はその深い色合いに知性を潜め、
品があって理知的な気色をまとった端正な面差しに、
かっちりと均整の取れた四肢へと上質なフォーマルを着こなす姿は、
どこぞかのフォトブックの撮影かと思わせるほどに隙がない。
いずれ名のある令嬢らが何人も、そわそわと窺っているのに感づいているのだろうに、
そんなものに関心はないとあっさり見切り、
ホール内で起きかけていた騒動の成り行きを楽しそうに眺めていた御仁。
その視線を再び壺の陰の青年へと向けると、

 「君らもフロント企業の代表としてのご挨拶は済んでいるのだろ?」

実は裏社会の雄であるポートマフィアの幹部たちだが、
たまにこういう表社会の会合でもそんな彼らと顔を合わせることはあって。
闇の仕事や護衛、あるいは金銭の洗浄などなど、提携を結ぶ相手に合わせやすいように、
表面的には真っ当な企業の頭首ですと名を売ってもいる総領様なので、
こういった社交界でも綺麗どころな華として重宝がられもし、
それらしく振る舞うことがなくもないらしい彼らであり。
そのくらいは太宰自身も重々覚えがあってか、見通し済みで。
この可愛らしい恋人くんなら、そういう場へも引っ張り出されようよと、
怒るなら森さんへだな,うんと、何か妙な方向で“納得”した上で
やたらにこにこしていたらしくって。

 「…やつがれは単に幹部の護衛、随身ですが。」
 「そうかなぁ。
  中也では派手が過ぎるから、キミで中和させてるって見えなくもないけど。」

あ、地味って意味じゃないよ、むしろ地味であってほしいほどだけど
そのとびぬけた風貌じゃあ押さえ込む方が難しいよね、と。
褒めているのか怒っているのか、何とも微妙で、
だが上機嫌ではないらしいと、芥川が薄い肩をすくめてしまった、
こちらもこちらで何だかややこしい逢瀬を果たしておいでの恋人たちであるらしいです。



     〜 Fine 〜    21.01.09




 *前の話が書きかけなんですが、ふっと思いついたのでこっちを先にUPしました。
  敦ちゃんが無理からナンパされかかるというくだり書いてて、
  おにゃのこ ver.で書いても良かったなぁと気が付きましたが、
  こう、どっかのシンジケートのボスが膝に仔猫乗っけてるくらいの感覚で、
  自分よりでかい敦ちゃんハグしながら、
  何だこのバカ造はと冷ややかに嘲笑ってる図を思いついて書き始めたので。(笑)

  「中也、チワワが虎に庇われながら威張り腐ってるようにしか見えなかったよ。」
  「ンだと、この糞サバがっ、表ぇ出ろや 表っ!」




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