短編 2

□如月は獅子のように去ってゆき
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女心と秋の空という言い回しがある。
秋の天気は変わりやすいことを差して、
女性が移り気なことへ例えているらしいが、
世界中のフェミから叩かれるぞ…じゃあなくて。
そうかと思えば、秋の空ではなく“春の空”という言い回しもあるらしく。
土地によって違うものだから…と言うお人もいそうだが、
春だって、もうコートは要らないなと思うほど暖かだった翌日に雪が降ったり、
その逆もあって重い上着が荷物になったりと、結構目まぐるしい行ったり来たりをするもので。

 「……っくちん。」

噛み潰し損ねたそれだろう、小さなくしゃみが聞こえて、
そちらに目をやれば、ゆるく握ったこぶしを鼻の上へかざす人物がおり。
人前でくさめを放った失態にか、それともいやに可愛らしい声音だったことへか、
少しほど決まり悪そうに視線を逸らしているのが、
たまさか見ていた者には意外なような可愛げなような。
そんな目撃者であったお人は一人だけであり、

「何だ、風邪か?」

ちょいとぶっきらぼうな、だが責めるではない軽さで訊いた上長だったのへ、
いいえとかぶりを振るものの、
その素振りの最後にかぶさって、またのくしゃみが放たれる。
熱とかねぇのか?と聞かれてもかぶりを振るが、

 “こいつがそっちの話で自分から不調だと言う筈もねぇか。”

強情というか、体力のなさを気力でカバーしている奴だし、
そうと仕切れて余りあるから恐ろしい人物でもあることくらいは、帽子の上長様もようようご存知。
それでも気管関係というのは放っても置けない。肺が弱いと聞いてもいるからで、

「花粉症かもな。」

くしゃみだったことからそうと言い、

「だとしてもアレルギーの一種だから馬鹿に出来ねぇ代物だ。
 時間が空いてんなら休んどけ。」

昨夜だったものが終焉となったのは未明となった夜中のお勤めの報告書、
確かに受け取ったと持ち上げて見せ、そんなお言葉をかけることで下がらせる。
五大幹部が直々に出る案件はよほどに大掛かりなものでもない限り 先ずはなく、
今時分は決算期でもあるがため、むしろデスクワークの方が増えるらしい。
他にも何冊か分厚いファイルが重ねられたデスクを挟んで向かい合ってた二人、
言葉少なに会釈を交わして片やは執務室から出たものの、その拍子にまたぞろくしゃみが聞こえたので、

 “おいおい、大丈夫かよ。”

う〜むと表情豊かな口許を小さくゆがめてから、
デスクの端に置いていた電子端末にふと視線をやり、
思いついたそのまま、とある相手へとメールを送った。



    ◇◇


暑さ寒さがこたえるような柔な身ではない。
庇でもあれば上等という貧民街で、物心ついたころからを過ごした身。
ほんの数時間前まで言葉を交わしていた仲間が、朝には冷たくなっているような、
それは過酷な環境下、やはり幼い妹と二人、泥水をすすって生き延びてきた。
類まれなる“異能”というもの、知らないうちに身に備えていたがため、
それによる縁で拾われた先は、
やはり過酷で非情で子供にも容赦のない実力優先の世界だったが、
油断も隙もない生活には慣れていたし、
手厳しい師範から容赦なく裏社会の厳しさを叩き込まれ、その後は気風のいい上長に恵まれて、
それこそ何へ忖度が要るものかと遮二無二振舞うことで地位を築き、
誰にも有無をも言わさぬ立場へと駆け上がって今に至る。

 “…とはいえ。”

ゆるんだとは思わぬが、それでも余裕というものが出来たか
周囲周辺を見まわせるようにもなった。
独断専行をずっとずっと叱咤されてきたものがやっと収まったというところか、
ただの緊張感からではないそれ、
妹へだけだった気遣いとやら、彼女以外へも向けられるようになったほうかもしれぬ。

 “……。”

今日と明日は非番で、7連勤くらいは苦でもなかったが、
休みの予定は立ててなかったなと思い起こす。
毎度のそれで数少ない知己へ連絡を取ってみようか、だが、

 “………。”

上長から言われた連続のくさめは自分でもおやと感じてはいた。
この冬はどちらかといや暖冬だったらしく、
常ならもっと着込めとお節介を焼かれたところ、
異能を使いやすい着慣れた外套一枚でもさほど叱られはしないまま
もう少しで春となる。

 「………っ。」

くっと息を詰め、着替えたばかりの外套の腕の部分で口許を覆う。
防疫対策用の口蓋布がない時は、服の袖で口許を覆うのが、
くしゃみへの緊急避難的対処なのだそうで。
冬場は風邪関係の防疫のためという建前で顔を覆っていられるので助かるものの、
不織布だと肺活量が少ない身にはちとつらい。
どうしたものかとぼんやり思ってたら、鼻がくすぐったくなって咄嗟に腕で覆ったものの、
そんな所作で目立っても詮無いと、ため息交じりにポケットから口蓋布を取り出せば、

 「あれ? こんな早くに珍しいね。」

まだ早朝で、通勤通学の人影も少ない住宅地の一角。
山茶花だろう硬そうな葉の茂る生垣の曲がり角から歩み出て来たのは誰あろう、

 「人虎?」
 「うん。」
 「仕事か?」
 「うん。」

さすがに守秘義務もあろうからそれ以上は訊かないが、
それでもこの黒獣の覇王殿にしてみれば結構親しげなやりとりで。
部下が居合わせたなら、この顔合わせでなんでそんなやりとりが成立していらっしゃる…と驚愕したやもしれない。
まさかに当事者はそうまでややこしい感慨は抱かないものの、

 「…?」

何かが咬み合ってないようなと、小首をかしげる芥川なのへ、
殊更ににぃっこりと笑った白銀の髪の虎の少年。
相変わらず骨ばらないすべらかな頬に、キュッと口角が持ち上がるとそれは愛らしい表情となる。
出会ったばかりの頃は平和ボケした奴だと思っていたし、
それからも肩書や何やを知るにつけ腹が立ってしょうがなく、
驚いていても怒っていても忌々しいばかりな顔だったのだが。

  いつの間にやら

頼りなさから目がいくようになったりもしたし、
共闘中は逆に、視線をやらずともここに来るなとかそっちへ行くようだとかいう挙動が勘で判るようになり、
そんな把握が小気味いい相手となっており。

 “…いやいや、そういうんじゃあなくて”

ほんの微かに感じた何か。
あれ?っと思ったが、その正体が判らず棒立ちになっておれば、
そちらもこの冬はあんまり厚着はしていなかった、
動きやすさ優先らしい
ちょっとぶかぶかなライトダウンのジャケットにくるまれた腕を伸ばしてくると、

「朝一番から探しものの依頼があったんだけど。
 こんな早く見つけられたんだ、自慢していいほどだよねvv」

紫と琥珀の入り混じる、宝石のような双眸がたわめられ、
見慣れてきた童顔がそれは楽しそうにほころんだのへ、

 「……っ!」

ハッと何かしらに気がついたがもう遅い。
爪こそ出てはなかったが、異能の発動で馬力を増した虎の腕と手にがっしりと肩を捕まえられており、
あああ、ついうっかり、仕事中ではないしとモードが緩んでいた自身を恨んだものの、

 「今から勤めなのだろう? 悪ふざけしていないでとっとと…。」

職場である探偵社へ向かわぬかと言いかかる自身の声にかぶさって、

 「さすが敦くん。虎の鼻には私の勘も後れを取ってしまったよ。」

今はあんまり嬉しくはないお人のお声までしたものだから、
最近とみに機微というものへも敏くなりつつあるその反動、
何がどうしてこうなったやら、とりあえず術中にハマったらしいというのは飲み込めて、

 「……もしかして中也さんか。」
 「そうだよvv」

こんな短いやり取りで全貌が判るようになったのはなかなかの成長だが、

 “中也が育てたからだってのはちょっと業腹だよね。”

そちらさんはよほどの酷暑でもない限り同じ外套を着回す
長身の手弱女、もとえ麗しき偉丈夫様が、
可愛らしい後輩さん同士が
子猫同士のやったるぞふしゃーにも似た愛らしさ、
ごちゃごちゃ揉めているのを微笑ましげに眺めておいで。
吹きっ晒しでの張り込みのせいか、それともまさかの花粉症か、
気になるくさめを連発する黒獣なので、回収して保護責任者に引き渡してくれねぇかと、
大好きな幹部様からのお電話を頂いたのは虎くんで。

 【誕生日でもあるしな。】

あ、そうでしたね。
ボクも会う機会欲しかったんですよぉと、
互いのスケジュールが合わないとなかなか逢瀬は難しい微妙な間柄、
いい機会貰っちゃったと言いたいか、弾んだお声でそうと応じ。
出勤前に寄り道しますよと、階下のお部屋の教育係様を叩き起こして出てきた虎くん。
さして時間はかからぬうち、
あちこちの屋上やら街路樹の上という最短距離で匂いを探査して
辿り着いたのがテラコッタを敷石風に敷き詰めた公園の入り口付近。
朝のうちはまだまだ気温も低いためか、
細い肩をすくめてた兄弟子さんを発見し、
さりげなくも出会いがしらを装って顔を合わせたそのまま、
確保したお相手へ、小さな小箱を渡すのも忘れない。
今日と明日はそちらも大好きなお人と過ごすといいよ。
太宰さんの書類仕事は、しょうがないからボクが請け負うしと。
そうまで言えるように成長した敦くんだったりするのが露見するのはあと5分後の話。


 Happy Birthday Ryuunosuke Akutagawa vv



     〜 Fine 〜    24.02.28.




 *取り留めのない代物ですいません。
  今年はうるう年でもう一日あったんですが、
  そんなして先延ばしすると終わらないと思ったので…。
  芥川くん、吸血種になってしまった反動というか、
  不死身になった体内変化で健康体になってないかなぁ。
  そこまで棚から牡丹餅はないものか。だってあまりにも不憫が過ぎません?






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