短編 2

□ちょっとした八つ当たりだよ
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この冬は暖冬…といわれた割に寒い日もあったような。
ああでも寒暖差が激しかっただけで、
何なら冬と呼ぶには暖かいくらいな日も結構多くはあったかと。
今季はあんまり使いすてカイロにもお世話にならなんだし、
一番分厚いコートは袖を通してもないことを思い出す。
出すには出したがハンガーにかけての吊るしてるまんまで、
埃をかぶるかもしれないから押し入れ上段の整理ダンスへ仕舞っておこうかと、
鏡花ちゃんから言われてそうと気がついたほど。
相変わらず大なり小なり様々な騒ぎや事案に振り回されているものの、
異能持ちの自分たちが立ち止まることさえ許されず、息をもつかせぬ展開に振り回されるという級の
所謂 “最悪な事態”からも何とか離れている今日この頃。
そんな穏やかさの中にあるからこそ、そういうところにも気が付いたのやもしれぬ。

 「ん………。」

住まいは相変わらずの探偵社付属の寮とされている古いアパートで。
築歴は古いがこれが案外としっかりした造りなため、エアコンなしでもなんとか過ごせる。
そりゃあ忙しい日々でまともに帰って来られないから、灼熱の昼や極寒の夜を過ごしたことがないとか、
はたまたそんな要素にめげる隙もないくらい疲労困憊して帰宅するからだろうとか。
そこもまた、実は…という要素があってのことなのかも知れないが、
幼少期からのずっとずっと、幼子には過酷が過ぎる待遇で日々を過ごし、
最初の晩を “畳の上でふかふかの布団で寝られるなんて”と感動した虎の子くんには、
今のところそれで十分満たされているというところかと。

 「………。」

健やかな眠りをとった証明、何の夢も観ないまま意識がするすると覚醒を迎える。
押し入れの中なので薄暗いがもう朝なのは気配で判る。
ふすまの隙間が見て取れるほどには明るいようで、
日の出が早くなったなぁとぼんやり思う。
気を遣いながらの炊事を始めている物音が聞こえ、
ああもう起きてるんだと同居人の律義さに口元がほころぶ。
まだ幼い同居人はそれは朝に強く、手際よく身支度を整えると朝食の準備を始めてしまう。
そうと決めたわけではないが、それこそ叩き込まれている習慣なのか、
こちらがもだもだしている間にも白米を炊き、厚焼き玉子をくるくると焼き、
青菜を塩もみして、ベーコンを炒めたりメザシを炙り、味噌汁を仕上げる。
今朝はお魚を焼く匂いがするなぁと、異能を出さずとも届く健やかな気配をうっとり感じつつ、
目覚めを迎える最後の扉を開くついで、欠伸の代わりのように深く息を吸った敦だったが、

  “………?”

するするとほどけてゆく意識が何かを拾う。
仄かな違和感。
あれれ? ボクの使ってる布団ってこんな重かったかな?
重いというか暖かいというか、
いつもこんないい匂いしたっけ?
確かめようとして腕を上げかけて、違和感の正体がそれを遮る。

「え?え?」

何だこれ、何なになに?と
大混乱中の敦だが、それもそうだろう。
これでも武闘派集団きっての前衛担当という先鋒組。
だというに、ここまで…懐に潜り込まれても気づかぬままだったとは。
そう、誰かが自身の懐に潜り込んでおり、
向かい合う格好で、というかこちらを敷き布団にしてすやすやと寝入っているらしく。
薄暗くても利く目を凝らしたと同時、
ふわりと香った匂いの正体に今度はあたふたしてしまう。

 「え? なんで…っ?」

懐に潜り込んだ赤毛の麗人。
騒いだら起こしてしまわぬかと
そんな心配をしちゃうほど、それは安らかに眠るその人の邪魔をするのは憚られる間柄。
敦少年が日頃そりゃあ慕っている想い人の、中原中也さんだったからである。



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