短編 2

□すごいのものさし
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いつまでも夏日が居座っていて 秋がうやむやなままな中、
北の方からはいきなり雪の便りが聞かれだし、
上着が荷物だったはずが、
手袋やマフラーは何処に仕舞ったっけとクロゼットを掻き回す朝になっており。
様々なスポーツの催しにも
マラソンや駅伝、スピードスケートなど冬の種目が取り沙汰されつつある中、

「壁のぼり、凄いですよねvv」
「ボルダリング、だな。」

昨夜からその身をとらまえて、今日の休日を出来るだけ長く共に過ごそうと構えた幼い恋人くん。
まだそこまでは寒くないのでと、ネルのシャツにややカジュアル系のスェットパンツという室内着。
色と柄は違うが同じ仕立てのお揃いという格好で、
軽く取った朝食の食器を食洗器に収めると、朗らかに笑い合いつつリビングへと移動。
特に出掛ける予定はないが、昼から遠乗りしてもいい。
夜は気の利いたレストランで過ごそうか。
それともお手製の合鴨のパストラミを堪能させてもいいかななどと、
敦へのもてなしをあれやこれやと頭の隅で算段していた幹部殿だが
勿論のことそんな思惑なぞおくびにも出さぬまま、
ソファーにぽそんと腰かけた恋人くんのすぐ傍へ当然のように腰掛ける。
そちらも自然な流れ、
少年がリモコンでテレビのスイッチを入れれば競技としての大会の中継が映し出されており、
特に何かが目当てだったわけでなし、
ほわ〜っと見惚れている敦なのへ微笑ましいなとお顔がほころぶ幹部殿だったが。
夢見るようなうっとりとした表情が愛らしいと、
そんな彼が見やる対象への嫉妬も何も挟まらないまま、
こちらもほこほこと愛し子の笑顔を堪能しておれば。
一通りの試技が終わって、実況さんと解説の人が総評など語り始めたところで、
憧れのまなざしのままな虎くんが、高揚したままそんなお言いようをしたものだから、
ここで初めて“おや?”と微妙な違和感を覚えた模様。
中也が丁寧に入れたカフェオレのマグを、大事そうに両手で包み込み、
その温かい甘さへふふーと嬉しそうに笑っている虎くんへ、
ご機嫌なのはいいけれど、違和感を放っておけず“ちょっと待った”とご意見申し上げてしまう。

 「いやいやいや、お前もあの程度の壁くらい秒で駆け上がれるだろに。」

白虎の膂力を召喚すれば、細っこい肢体は軽々と宙を舞い、
何ならビルごとひとっ飛びも出来るんじゃなかろうかという
凄まじい跳躍を発揮しもする彼であり。
共闘中の修羅場や何やで何度か見てもいるのだから
ボルダリングレベルの…というと失礼かもだが、
競技としての壁登攀に感心しきりというのは、何とも違和感がついてくるというもの。
だがだが、

 「え? でもこの人たちは異能使ってませんし。」

コツコツと鍛えて筋力つけて、練習を一杯して経験則っていうのを身に付けて。
命綱以外には頼らずに、不規則な手がかりだけ掴んであんな高いところまで登ってくんですよ?
琥珀と翡翠の双眸をきらきらと輝かせて紡ぐ彼であり、
そこが“凄いなぁ”なのだそうな。
特に卑下してはおらず、純粋に“凄い凄い”と称賛しているだけなようで、
まあこういう子ではあるかと、改めて思い直しておれば、
そんな敦がこっちを向いたまま、そのキラキラした双眸の焦点をじいと自分の方へとくぎ付けにする。

 「そういえば、中也さんて花粉とか重力のバリアで寄せないんですってね。」
 「あ?」

それって話したことあったかな?とキョトンとしておれば、

 「太宰さんが言ってました。」

あっけらかんとそうと告げ、
毒物や何やの飛散系の異能者とかもいるから、
そういう人が相手にいるときは寄せないようにって反射させる重力をまとってるらしいよって。

 「凄いなぁ。そんな常時構えてなんて集中力もいるんでしょうね、
  あ、でも、慣れてきたら意識しないででもできるようになるのかな。」

ボクも何か頑張らないと。
何でだかこぶしをぎゅむと握りしめ、殊更の決意表明をする彼なのへ、
お・おうと曖昧なお返事を返した中也さんだった。





『敦と賢治を組ませると、
 何へでも感心して“ボクらも頑張りましょうね”と妙に張り切るから考えものだねぇ。』

『ええ。決して悪いことではないんですが、
 1日中 出てったままになって商店街の大掃除してきたり、
 違法駐輪自転車を一斉撤去してきたり。』

いけなかないが、ごみの処分場が満タンになってしまったり、自転車を預かる部署がてんてこ舞いしたり
それはそれでしわ寄せが凄いことになってるらしく。
厳しい処断じゃあなし、何より間違っちゃあいないのだし、
大人たちも叱るわけにもいかなくて苦笑が絶えなくなるのだとか。




     〜 Fine 〜    23.11.23.




 *短くてすみません。
  根はまだまだお子ちゃまな虎くんの巻。笑
  18歳とは思えぬ純朴さは、孤児院での隔離生活のせいでしょね。
  院長せんせえ、こんな無垢な子をいきなり外界に放り出すとは…。

  幹部と敦ちゃん、おウチデートが多いんじゃあとか思ったんですが、
  芥川くんみたいに指名手配はされてなかろうし、
  フロント企業の営業職とかしている幹部様、
  あちこちで結構 顔出しもしてるんだろうし。
  別に弊害はないのかなぁ?
  でも、あの美形スペシャリストと一緒にいたと、
  色んなお人の記憶に残っちゃうのも何でしょね。






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