短編 2

□やっとの秋の到来に
1ページ/1ページ



ここ数年の日之本の亜熱帯化は尋常じゃあなく
駆け足で来る春や、豪雪地域以外は暖冬続きとかいう事象も問題だが、
夏の酷暑がとにかく半端ない。
ほんの4,5年前なぞ冷夏で海水浴客が全く来ないなんて年もあったのが嘘のようで、
コロナ禍の影響で外出が控えられていたのがやっと解除されたものの、
今度は暑さが過ぎで外出はちょっとと尻込みする大人たちも少なくはなかったくらい。
本年などは、地域によるものの10月に入っても数日ほど真夏日が続いた異様な気候で、
秋の装いや秋の味覚を楽しむのは しばしお預けとなっていたほど。

「まあ、衣替えが過ぎてもしばらくは
 昼の間とか上着が邪魔だったりするもんだけれど。」

朝晩は確かに半袖だと困りものだったりもしなくはないが、
陽のあるうちは体を動かすとすぐ汗ばむ気温が続いて、
上着が手荷物になりかねぬ。
今年は夕方もいつまでも暑いままで、ここ数日は朝晩と昼間の気温差が半端なく。
うっかり上着をどこかで忘れてしまったという話も聞かないでなかったが、

「さすがに月見を過ぎればねぇ。」

一雨ごとに暑さもぬぐわれるのか、
仲秋の連休を過ぎたころにはそれらしい気配もあちこちで拾うことが出来。
秋のスイーツとか秋ならではな行楽の話題も、例年通りに聞かれるようになってきた。
それどころか、半袖だと周囲から案じられ、
昼は気温も上がろうと読んだのが外れてしまい、
出先でジャケットを買ったという誤算話もめずらしくはないくらい。

「…あ、」

事務所から出てのお使いの途中、
同行していた鏡花がふいに何かへ気を取られ、そのままきょろきょろとあたりを見回している。
長い黒髪の振り分け髪をゆらゆらゆする様子が愛らしく、

「どうしたの?」

何か聞こえるかどうかしたのかなと、並んで歩んでいた敦が声をかけると、

「金木犀。」

そうと言って引き続き辺りを見回している彼女だったりし。
現物を見つけたのではなく、だが、あの特徴的な甘い香りに気づいたのだろう。
三大香木といって、春の沈丁花、夏のくちなしに並んで秋の代表が金木犀。
それは小さな花だのに目の前になくても届くその香りは独特で、
ついついどこに咲いているものかと探したくなるところは、
日頃荒事に揉まれていても少女らしいと言えるのかも。
見回した周囲には見当たらず、そのまま視線をじいと連れの敦へ向けてきた彼女なのへ、
あははとやわらかく苦笑をした虎の子くん。
異能の虎の鼻を使わずとも気がついてはいたし、
実のところ自分も“どこかな?”と探したい感覚にはなっていたので、
お使いの途中ではあったれど、迷子もどきを探す延長のようなもの。
至急の案件でも緊急性のあるものでもなし、
遠くないなら行ってみようかと、香りのする方を指さして見せる。

「あっちだよ。そう遠くない。」
「♪」

随分なレベルの残暑がいつまでも続いたその上、
結構な勢いで台風や嵐のような大雨も襲ったりしたものだから、
植物の咲きどきというよな季節感も二の次になってたなぁなんて、
そんな事情以外にも翻弄されがちな日々を送る前衛担当くんが
手入れのされた公園広場の中、小走りにテラコッタの敷かれた遊歩道を進めば、
夾竹桃の茂みが途切れた先、探し物ゲームのために植えられたそれのような目的の木が見えて。
まだ咲き始めたばかりか橙色の粒のような花はわずかだが、
それでも結構離れていたところまで届いた香りは大したもの。
ただ、

「あ…。」

敦もだが、鏡花もついつい立ち止まってしまったのは、その木の手前に立っている人影があったから。
今日は久々にいいお天気で、なので足元に落ちる影の色も濃いのだが、
それの延長のような黒っぽいいでたちのその人は、
敦にも鏡花にも顔馴染みな人物であり。
だからこそどうしたものかとやや躊躇しておれば、
どこかの誰かと携帯端末で通話中だったそのお人の側でもこちらへ気付き、
どうしての躊躇かも察したのだろ、一瞬ぽかんとしてからそのままやや苦笑っぽい笑い方をする。
通話の御用を手際よく済ませ、端末をジャケットの懐へと収めつつ、

「珍しいところで会うな。お使いか?」

闊達なお声をかけてくれる兄様こと、中原中也さんであり。
実はポートマフィアと呼ばれる裏社会の雄の幹部だが、
表向きは某商社の営業系の主任だか課長だかという肩書をお持ちで。
外回りも辞さないフットワークの軽さから、取引先でも人気を博しておいで。
今どきの若者に限ると、ちょっとばかりあのその身長が低くておいでだが、
何の、この華やかな笑顔や話術の巧みさ、
先手先手を打ちまくりの気の利かせようなどなどを
さりげなく布石とし手配される手際の良さから、
老若男女を問わず数刻で虜にしてしまえる、誠実系魔性持ちの稼ぎ頭だそうで。(…ややこしい・笑)
今も、どう見たって後輩以上に年下の二人を相手に
屈託なく笑って話しかけてくれる気さくさが何とも爽やか。
やんわりと細められた目許も麗しく、
冴えた目鼻立ちの整いようはそんな笑みが温かく映えての印象的で。
個性派とかいうポッと出の女優もどきが裸足で逃げ出すレベルの美しさには、
何かの撮影ですかと思わせるよな押し出しのいい存在感も加わってだろう、
こちらへ視線を寄せてくる通りすがりらしい人々が、だがだがやや遠巻きになっている。
よくよく拝謁したいけどそれもまた失礼じゃアないかと思っての遠巻きらしく、
その代わりのように、綺麗よねぇ、かっこいいわねぇという小声での囁きが虎の耳で拾えるし、
やっかみなのか、敦らへじとりという敵意に近い感情も沸いてござる模様。
さすがに筋違いな逆恨みだと思うのだけれど、
鏡花へ優しく声をかけている麗しき人を視野に入れると、
こんな一般人が傍にいてすみませんと逆に申し訳なく感じてしまう敦くんだったりし。
困ったように眉を下げているのがさすがに見えたのか、

「何だよ敦、そんなしけた顔して。」

訊いてはいるが、きっとこの程度の機微くらいはあっさり察してもいるのだろう。
ややからかうように口の端を小さく上げて訊いてくるから、

「…何でもないです。」

言いつつも拗ねたように視線を逸らせば、
鏡花がキョトンとするその傍らでくくッと短く笑った赤毛の兄様。

「どうか機嫌を直してほしいなぁ。お使いの途中じゃあ寄り道はダメか?」

そうと言いつつ、ちろりんと上げた視線の先、
テラコッタの敷石が敷き詰められた公園広場のやや離れたところには、
キッチンカーだろう販売車が停車しており。
傍らの金木犀とはちょっと色合いの違う、バニラ系の甘い香りがそこから届く。
喫茶店やらカフェテラスやらといった店構えのかっちりりたところじゃない
ざっかけのない場所へのお誘いだったのも、
この年頃の子らだということと 顔見知りが来合わせても言い訳に困らぬよう、
オープンな場所の方が良かろうと気遣ってくれたから。
以前にも “知らない顔じゃあなしって自分が声掛けただけだよ”とさっくりと片付けた前例もあり、
だったら…とお顔を見合わせたお子様二人、ぺこりと頭を下げたのを引き連れて、
評判のクレープ屋さんまで歩みを進める。

【帰りに迎えに行くから、仕事は片づけとけな。】

ご馳走になってから着信があったのに気づいた虎の子くんの携帯端末へ、
いつの間にやら電信通知が忍び込まされていたのはおまけのお話。

 “ありゃりゃ……。/////////”

金木犀のように、姿を見せずとも“此処よここよ”と招くことはないけれど、
そりゃあしっかと手を尽くすこと怠らぬ幹部様であるようです。


     〜 Fine 〜    23.10.16.




 *中身のないお話ですいません。
  中也さんがいかに行き届いているかを見てみたくなりまして。
  アニメ終わったんで気も抜けたし。
  もちょっと丁寧に中割したのを、コミックスなんかの秘蔵版みたいな格好で作ってほしいなぁ。
  そうなると辛い展開がいっぱいでくどいかな?





次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ