短編 2

□秋の夜長に(お隣のお嬢さん)
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今年の夏もなかなかの酷暑で、
しかも台風が次々に北上しても来て。
夏のバカンスやらお盆の帰省やらの予定を大きに引っ掻き回してもいた。
昼間だけじゃなく、夜も蒸し暑かったし、
夜中に出歩く人も減るどころか増えてってるみたいで、
これじゃあ犯罪率も上がるよなぁなんて、警察の人もやれやれと嘆いてて。

  りーりー・りぃりぃりぃ

いつの間にかカレンダーも入れ替わって、
朝晩の風情とか、空に浮かんでいる雲とか、虫の声とか、
季節もいろいろバトンタッチしたものの。
まだまだ暑い日々は続いているし、
夏の忘れ物みたいな事件案件も出來しては、
探偵社の面々も夜も日もなく駆り出されているよな現状で。
そんな昼間のバタバタが、日暮れと共にふと遠ざかり、
ああちょっとは涼しくなったねぇ、
もうこれが出ているの?秋だねぇなんて、
そんな会話も聞かれたりして。

 「……。」

特に寝苦しいということもない。
意味深な夢を見てたわけでもない。
あまりに不意にぽかッと目が覚めたせいか、
自分が寝ていたのだということさえ“???”だった。
寝落ちしたかな、明かりは消えてるな。
寝具の上だし、あれ?これってベッドだ、寮じゃないじゃん。
凄い静かだなぁ。さわさわって聞こえるのは草の浪打ちの音?
あ、そかそか。
ちょっと遠くへ出掛けてるんだった、思い出した、うん。

「……。」

横手に窓があってカーテンの合わせに隙間があって、そこから外の明かりが差し入る。
明かりと言ってもまだ夜みたいで、
部屋の明かりを落としているので、月の光か街灯か そっちが勝さっているらしい。

「………。」

お出掛け、出張じゃあないお出掛け。
可愛いパジャマ、大好きなあの人が選んでくれたスキンミルクの匂い。
髪や頭を撫でてくれる皆の手。
嬉しいな、楽しいな。
意識しないままに口許がほころぶの。

『人は誰かに “生きていていいよ”と云われなくちゃ生きていけないんだ』
『誰も救わない者には生きる価値がない』

院長先生の呪いも、探偵社員になるのならと決めた矜持も、
その胸の奥底へ重くてきつい楔となって打ち込まれているもの。
だというに、そんなのどうでもいいと思うときが不意に訪のうて。
その思いに胸のどこかが引っ掛かれては、戸惑ったり歯がゆかったりする。

  大事な人が出来てしまった。

柔らかい想い、温かな感情、
それらにひたれる至福を知ってしまった。
素敵な人、ちょっと乱暴というか荒々しい時もあるけれど、
だけれど、それでも物知りだし
我慢強いし、仲間を大事にする懐の深い人。
闊達に笑って“おいで”ってされると、もうもう胸がぎゅむって締め付けられちゃう。

 世界なんかどうでもいいと、
 大切にしたい人を優先したいと思ってはいけないの?

みんなそうしているのに、何で自分はそうしちゃいけないの?
異能を持っている身だから?
他に取柄なんて持ってないのだから、そのくらいは役に立たなきゃいけないの?
自分にしか出来ないことがあるのに、それを黙っているのはズルいのかな?
でもでも、大事な人が傷つくのは辛い。
先頭に立って怖いものに向かってって、危険なところに身を躍らせるのを見るのは辛い。
そうするしかない立場に追いやるくらいなら、
自分が飛び出してって、少しでも奇禍を削ればいいのでは?
そういった理屈を思う間もない、葛藤する間もないよな巨悪と、
くらくらしそうな逼迫に揉まれて戦うことも稀じゃあなくて。

 ……あれ? 結局スタートに戻ってないか、それ。

お馬鹿の考え休むに似たりとか、思ってはないよ絶対。(なんで槇原?笑)

「………。」

全部に鳬がついて、やっと立ち止まって、
やあ良かったと笑い合ったはずなのに、安堵にほっとしたはずなのにね。
何でだろう、しんと静かな夜の底に落ち着けない。
安堵して良い場所なのに、安らいでもいい夜なのに。
もうあんな恐ろしいものはいないのに。
みんなで精いっぱい頑張って頑張って、やっつけて終わったはずなのに。

「………。」

すうすうという寝息が聞こえる。
頭を巡らせて少し離れた寝台を見やれば
明かりを灯さなくとも穏やかな寝顔なのが見える。
それでも何でか、何かに誘われるようにそぉっとそぉっとそちらへと歩みを運ぶ。
常は冷たい表情が多いが、最近は良く笑ってくれるようにもなった。
穏やかな寝顔、
決死な想いや憎しみに染まったとげとげしい気概の尖りはかけらもない。

「…っく。」

起こしてしまうからと口許を抑え込む。
それでも嗚咽がこぼれたのを聞き拾ったか、
細い眉が一瞬震え、
漆黒の双眸がゆるく開く。
眠りをゆるりと脱ぐようにして、
だが警戒はない顔であたりを見回し、こちらの顔を見てやれやれと肩を落とす。

「また泣く。」
「…だっ、て。」

こんな短い返しさえ、嗚咽で途切れているいもうと弟子へ、
ややウンザリと、だが仄かにやれやれという苦笑顔で肩をすくめた黒夜叉姫。
ぼろぼろと涙があふれて止まらない様子に、
苛立つよりもしょうがないなという思いが先んじたか。
サラサラと細い肩から長い黒髪をすべらせて、
身を起こしつつ おいでと腕を開く彼女の懐へ、口許を押さえたままですり寄る敦で。
大きめの寝台は華奢な少女二人には広すぎるほど。

「よかったよぉ。」
「また言っているのか。」
「だってさ、だって…っ。」

一気呵成、駈け回っている間は考えてる暇もなくて。
いや、考えてはいた。
どうしたらいい?どうしたらみんな助かる?
どうしたらこの強敵の牙を叩き伏せられる?
ひっきりなしに降りそそぐ危機、
絶望ともいう恐怖を薄紙一枚という危うさで掻い潜りながら、
時に文字通り身をそがれる深手を負いながら。
大事な人が倒れる悲痛を飲み込んで、
駈けて駈けて駈けて駈けて…
今やっと立ち止まった安堵が、振り返った苦難を掻き回す。
麻痺していた分のぶり返しというやつだろうか。

「ど、うして庇ったの。怖かった・ぁ。」
「ああ。」

当分は息を殺して泣くのだ、この小虎は。
時空さえ駆ける敵の大将との対峙の場、
絶望的な力の差に、逃げるしかないと見切ったそのまま、
敦を逃がすために力を尽くした黒獣の姉。
畳みかけるよな惨状と展開に、
だがだが姉の気概を無駄にしちゃあ何にもならぬと背を向けてそのまま逃げて。

 死んでしまったのかと思った、怖かった。

生きててよかったと思った再会も、なおの絶望を思い知らされて辛かった。
どうしてボクの声が聞こえないの?
誰も殺しちゃいけないって約束を守ってくれているのに
何で何も覚えてないふりをするの?
殺し合いをしている仲なのに、
それでも帰って来てよと切な声で掻き口説いた愚かな子。

「………。」

頑是なくすすり泣く子が、以前なら苛立たしかっただけなのにね。
ああもう、すっかりと色々書き換えられてるなと呆れながらも自覚する。
決死の覚悟で逃がしてやった大事な妹分。
そのあとの戦場で再びまみえ、
他でもないこの自分に腕や足を引きちぎられもしたというに、
それでも必死で声をかけ続けた愚鈍な子。
命を取り合うよな対峙のさなかだったのに、
こちらへの拳、叩きつけるのを躊躇したお馬鹿。
無邪気な子供の寝顔にホッとしつつも、
息をしているのかと怖がって覗き込む未熟な母のように、
泣き声を聞かれたくはないけど安堵したくてと、
愛らしいお顔をくしゃくしゃにしてすすり泣く。
しょうがないなとため息が漏れるが、こういう未熟なところが愛おしいとも思う。

 「泣いていては横になれぬぞ?」
 「う、うん。」

呼吸が出来なくなるよと案じてくれてる姉様なのへ、
あぁあ、そんな甘いこと言ったらますます泣いちゃうからと、
苦笑するのは、隣室でジントニックなぞたしなんでいた
もちょっと年上の姉様たちで。
パッと見、共依存し合ってるよな間柄なのかもしれない。
明日をも知れない生きようをしているし、それも已むなしと把握もしている。
諦念からじゃアなくて、強かな矜持からなのだが、
お隣の、少なくとも敦ちゃんにはまだ道半ばなのかもしれないなぁと、
そこがまた可愛いんだけれどと
年嵩な姉様二人、わざわざ言葉にせぬままに苦笑を交わし合っており。

 「そういや、あんたまだ敦ちゃんに話してないんでしょ?」
 「…まぁな。」

窓の桟に腰を引っ掛けてる赤毛の姉様、
自分の身に起きてたこと、まだ明かしてはなく。
まあ、いつかは知ってしまうのかもなと
ちょっと困った内緒ごとに苦そうな顔をした月影の下。



     〜 Fine 〜    23.09.13.




 *あまりに暑かったので、気がついたら八月はずっと何も書いてませんでしたよ。
  ども すみませんでした。

  ウチの敦ちゃん(女子)は 結構天然というか、
  なので、むしろ無敵なんじゃなかろうかと思えて来たので書いてみました。
  でも泣き虫です。アルコール入ったらうるさいかもですね。笑

  吸血種の異能は太宰さんの無効化で解けるかもしれない。
  何なら敦ちゃんの虎爪で…という運びもありかもしれないが、
  福地に瀕死まで持ってかれた芥川さんの惨状は与謝野さんがいないとどもならん。
  原作様はどう運ぶんでしょうね。
  アニメ五期が本誌にまで追いつく勢いなので、
  ハラハラも止まりません。


 ※ 09/22追記

 大波乱の最終話が放映されましたね。
 ジェットコースターレベルの早回し展開に翻弄されまくりで、
 一体どうなるの?このまま6期へ続く展開なの?
 コミックス最新刊も追い抜く勢いなのに?と、
 界隈がハラハラしてた中、やっぱり超特急で話は進み、
 神威さんの真意というのが明かされて、何とも苦々しい終焉に。
 そりゃあ輝子さんもほだされようし、
 敦くんも自分で決められることじゃあないと動揺します。

 さて、結果としていい意味で引っ張り回された4期5期でしたが、
 (ほぼほぼドスくんが腹黒な差し出口してた部分が話を引っ掻き回してもいたのだし。)
 最後のあの展開は数年先に見ることとなるシーンなんでしょうか?
 そしてあの大団円?は公表してもいいんでしょか?
 ウチのこのお話も
 ラストで中也さんがまだ敦ちゃんには話してないと含みのある言い方してますが、
 実はああだったんならわざわざ話さんでも、
 いやいや、ウチの太宰さんなら面白おかしく暴露してるかな?笑
 大体、あの中也さんに噛みつける剛の者なんているもんか?
 首領か紅葉さんくらいじゃね? (そのお二人も吸血種にはなっとらんだろうし。)
 全然関係ない話ですが、今日近所のドラッグストアに行ったら
 店内放送で小野賢章さんがムッちゃ明るくラジオ番組の番宣してて、
 ついつい吹きそうになりました。ギャ…ギャップが。



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