短編 2

□それもまた相変わらずな 6 (お隣のお嬢さん)
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どういう機巧か、ドッジボールくらいの大きさのランタンが幾つも幾つも宙にぷかりと浮いており。
本来ならば漆黒の闇に染まっている筈の半地下の穴倉空間が、
壁の位置や床の凹凸が浮かび上がるほどには視界良好。
そんな中にて、人知れず激しい攻防が繰り広げられている。

「こなクソぉっ!」

ちょいとお下品な怒号を気合い代わりに、
その身へまといつかんとする薄暗がりを振り飛ばさんという初速にて、勢いよく駆け出した人影があり。
人間離れした加速に乗っての瞬発が凄まじいからだろう、
虎落笛とも呼ばれる風鳴りが聞こえそうな走行風というものが渦巻いて、
髪の端やらシャツの袖口が跳ね、
スカートは腿に貼りつき、
弾丸のような一直線の突撃が敢行されている。
一見して十代だろう華奢な少女による、しかも帯同している武装もなしな特攻で。
自前の脚での跳躍という対空式の移動が仇になり、それでは避けられまいと思ったものか、
怒涛のような銃撃を向けられての弾丸が集中して降り注いでいるが、
神懸かりに等しいほどの驚異的な反射が働くのか
それともそこも野生動物の覇王たる白虎が発揮する勘か、
叩き伏せられることなく、その加速も一向に弱まる気配はないままで。
相手陣営へとぐんぐんと接近してゆくばかりなのが さすがに脅威ではあるのだろう、

「な…っ。」
「化け物かっ!」

腕は振らずに上体から腰への側線へ添わせる格好。
宙を駈けるような、いやさ、
激流の中、ちょっぴり頭を出してた飛び石を小気味よく渡っているかのような。
大きい一歩ずつの合間、ほんの刹那ずつの着地も一瞬のそれ、
ほぼ宙を泳ぐような前傾姿勢も鋭く、まさしく砲弾のように翔んでくる少女を、
迎え撃つ側は手に手に銃器を抱えているのに全くの全然撃ち落とせずにおり。
確かにあまりのスピードだから狙いをつけるのは困難かもしれないが、
数に任せりゃ盲撃ちでも何とかなりそうな弾幕が、
靄か霞のよな扱いで効果を果たさない理不尽さ。

「なんでだ? 何で止まらねぇんだっ。」

射撃狙撃の射出による重い反動圧は確かに手の中で感じていように、
そんな自慢の武力が現実の話 全くの役立たずなままであり。
小柄な少女による悪夢のような怒涛の進軍が一向に留まらぬのへと、
これまでは高笑い付きで残酷にもモノを言ってきた銃撃が効いていない現状と合わせ、
段々と恐怖さえ覚えている始末。
もしかしてとんでもない相手と向き合っているのかという事実にうっすら気付きつつあったが、
そんな有り得ない事態へ震え上がりつつも、今一つ認められぬものか、
柄の悪そうな破落戸たちが互いを叱咤非難するよにがなり合う。

「な、何してやがんだっ。」
「てめぇこそ何で当てられねぇんだよっ。」
「助っ人の刃物の奴はどうしたっ!」

意のままに手首やひじや手のひら、
どこからでも鋼の刃を付きだせる物騒な異能者が用心棒にいたらしかったが、
それならほんのちょこっと前に、
無効化の姉様が、この廃棄ダムの高層空間の瓦礫跡の中、
結構な高さのあった吹き抜けの上階からひらりと飛び降りて来て、
背中への一蹴りで撃沈させている。
戯曲の仕儀ででもあるかのような優雅な落下での始末っぷりといい、
嫋やかに笑ってそのまま獲物の背へ美しい御々脚を組んで座った余裕の態度といい、
天誅食らわせに降りてきた天使か悪魔かという所業にしか見えぬ。

『…何だ、あの化け物は。』
『いやぁねぇ、失礼なvv』

そちらもやはり不思議なカンテラが宙に掲げられた空間の中で、
ぎゅむと踏みつけた男を尻に敷いたまま はんなり笑った麗しの美姫であり。
そんな彼女へ畳みかけんと押し寄せた、見張り役の残りだったらしき面々は、
麗しきお姉様の後背から飛び出した必殺の悪食、
鞭のようにしなった黒獣による 竜巻のような猛攻であっという間に沈められたが。

『まあ、それはお約束ですよね。』
『そうだねぇ。』

どこぞかの国土庁系研究機関が揚水実験でもしていたらしき 廃棄施設。
そこへと潜んでいた怪しい破落戸どもとのご対面となっているいつもの面々だったが、
特に依頼があった案件じゃあない。
お休みを合わせて、人があんまりいない静かな川瀬で水遊びしようと、
ハイキングにと立ち寄った山村の奥向きで、
やはり遊びに来ていたグループの中、行方不明になっちゃった人があったらしく。
迷子になった末に疲れて休んでいるか、水道が使えるかもって向かったのかもと、
お人好しな虎の少女が廃棄扱いになってる研究施設とやらを覗きに行ったらこうなった。
ただの低層施設かと思ったら地下に何層も深くなってて、
しかも結構人の気配もあって。
それを嗅ぎ取ったまま、
誘われるように深間まで降りてった災難ホイホイな敦ちゃんに呆れつつ、
その後をつけてた同伴者御一行…だったというわけで。

『不明者が人質にとられてるかもしれないから、
 重力で一気に蹂躙するのはダメなんだと。』

明かりのランタンを浮かせてくれてる赤毛の姉様としては、
迷子になってる不明者がどうなろうと、自業自得じゃねぇかと言いたいところだったらしいが。
琥珀と紫の入り混じる、宝石みたいな双眸をじぃっと懇願込めて向けられては
判ったよと唯々諾々、承知するしかなかったらしく。
ある意味 甘え上手、でも自覚はまるきりない、
突撃を立候補した先鋒役の虎のお嬢さんはといえば、

「……つっ。」

弾幕が全く当たってないわけじゃあないが、
虎の異能を発動させた敦嬢は、その妙なる毛並みでちょっとやそっとの銃弾なら弾き飛ばせる身だし、

「……。」

素直じゃあないけど いもうと弟子には甘い、黒獣の使い手である姉様が、
鞭のように異能を繰り出して銃弾を片端から叩き落してくれてもいる。
何なら足元へトラップのないよう足場を作ってくれてもいるし、

「腕の悪いのばっかだねぇ。」

自分の異能は物理系には効かないのでと、
関節技やら銃器の取り扱いやらに長けておいでの策士の姉様、
オートマチックの拳銃をいつの間にやらかき集めており、
片っ端から撃ち尽くしちゃあ交換という超効率的な弾幕を張ってくれてもおり。

「てぇい、まだるっこいっ!」
「あ、中也。」

撃ち尽くしたからと放り出された銃たちを、
そのまま飛礫代わりに異能で浮かせちゃあ吹っ飛ばす、
驚異的な攻撃を始めた重力操作の姉様もなかなか大したもの。

「普通の銃撃と変わらない初速で飛ばせるものねぇ。」
「銃弾じゃあなく銃の方が、弾丸と同じ威力で飛んでゆくのですからねぇ。」

一体どんな組織だったやら、
腹や肩や足なんぞへ硬い銃が飛んでくる猛攻に仕留められ、
虎娘が達したときにはもう、立ってられる存在なんぞいなかったほど。
そのまま彼らを飛び越えて、
ガムテープで手足を拘束されてた高校生カップルをやっとこ保護する。
捕縛されたり、銃撃を生で聞いたりと、そりゃあおっかない目に遭ったせいだろう、
どちらも真っ青になって身を縮めていたが、

「大丈夫? 恐かったねぇ。まずはお水飲みなさい。」

手際よく拘束を解いてくれるほんわかした印象の敦ちゃんには ほおと気が抜けたものか、
まさかにその手の先から伸ばした鋭い爪でザクザクとテープを切ってくれてたことにも気づかぬまま、
黒獣の姉様が傍らの詰め所っぽい部屋から持ってきた、よく冷えたペットボトルを素直に受け取っており。

「警察もじきに来てくれるからね。
 事情聴取があると思うけどそこまでは頑張ってね。」

いかにも頼もしいお姉さまぶって、太宰嬢がにっこり頬笑んでやり、
少年の方が真っ赤になってしまったのは大団円らしいおまけの一コマ。
ヨコハマ近郊の中規模組織が、人里離れたところに放置されてた頑健な施設を流用していたらしく。
取り引きだか、ここに保管していた窃盗成果だか、
何か見られちゃったんで、とりあえず人を呼ばれぬように拘束してただけ。
どうしましょうか、殺しちゃったら不味いスか?と、
上の人へご意見伺いをしていた結果待ちだったらしく。
そんな判断さえ出来ない格の面々だったよで。

「ウチのシマじゃあないが、こっち関わりのドタバタじゃああるようだな。」

保管庫らしい数基のトレーラーをザッと検分した中也さんが、
ポートマフィア関連のブツはないかと確認しつつ直近の関係各位へ伝達を飛ばしたところ、
連絡網の緻密さと機動力に優れているのはどこの世界でも物を言うものか、
疾風のようにやってきた“関係筋”の方々と、日の下へ出されちゃあ困るブツへの交渉を始めてしまい、

「やれやれ、相変わらずのワーカホリックだねぇ。」

肩をすくめた包帯の姉様へ、ぎろりと鋭い一瞥寄越したそのまま、
自身の側の手の者さんが来たのへ手早く指示を出しての権限を移行し、

「さぁ、川遊びと行こうじゃねぇか。」
「はいvv」

結構な大捕り物も、弾丸飛び交った大暴れも、せいぜい準備運動扱いで、

「そいや、どんな水着買ったんだい?」
「いえあの、えと。///////」
「のすけちゃんたら一緒に買いに行ったボクにも見せてくれなかったんですよ?」

 太宰さんが最初なんだなぁvv …あ、痛い、叩かないでよぉ。
 敦はどんなのにしたんだ? タンキニとか可愛いだろに。
 ハイ、それ聞いて選びましたvv

ワイワイキャッキャと一応は年齢相応にはしゃぐお嬢さんたちだが、
見送る顔ぶれの大半は、素性も重々ご存知なため、
大物は違うなぁと、胸元に手を伏せての半敬礼、
厳かに見送って下さった夏の昼下がりだったそうな。
忙しいには違いなさそうですが、いい夏になるといいですね。



     〜 Fine 〜    23.07.11.




 *ちょっと間が空いたので活劇物を書きたくなりました。
  (文脈がおかしい。)
  太宰さんや中也さんが出て来ると一瞬で片が付くので、
  どうしても敦ちゃんが大活躍の図になってしまいます。



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