短編 2

□初夏の朝にて
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この時期といえば新緑も勢いよく萌えいずる緑の季節。
梅雨時で雨催いな印象が強いが、その直前の春の末に芽吹いたあれこれが
萌黄から若葉へ生き生きと育つ頃合いでもあって。
目にも鮮やかな新緑は、殊にタイサンボクやらツツジやの、白い花がまたいや映える。

「今時分だと藤とかニセアカシアとかも見頃ですよね。」
「おや、アジサイより先にそっちが出るとは、詳しいじゃないか。」

道なりに植わっていた街路樹の茂み、
この数日ほどの雨に洗われ、緑色がいや濃くなっていたものが、
きれいに刈られたものか、いやにエッジが立っていたのを見て、
ふと敦が口にしたのがそんな花。
この時期に咲く白い花といや、筆頭は紫陽花、次はバラやすずらん、
マーガレットにハナミズキあたり。
富貴なものならハスに芍薬、
ちぃと小じゃれたお飾り花でならカラーとか出て来るかもだが、
木花のニセアカシアが出てこようとはと、
社の備品の買い出しにと一緒に出て来ていた与謝野がきれいな笑顔を見せる。

「そういや本を読むのも好きなんだったね。」
「はい。」

何につけ名前しか知らないようなものだったので…と、
ごにょごにょと語尾がしぼんで恥ずかしそうだが、
そんなところがまた可愛いねぇと女医が嬉しそうに目許を細める。
ちょいと奇矯な孤児院で、
のちには異能のせいだったという事情も分かったとはいえ、
いわれのない暴力を浴びつつ半ば監禁されるようにして育った少年だという話だが、
その唯一の癒しが様々な本を読むことだったという。
なので実物には後から接している状態の今、
可憐な姿を目にし “あれはこれは…”と目を奪われてもいるのだろう。

 “だって、中也さんに連れてってもらったし…。”

穴場だと教わったハリエンジュの並木道。
若い緑の梢との拮抗も鮮やかに、房花がたわわに咲いていたのを見に行った。
確か自分の誕生日にとお祝いを兼ねての贈り物の一端としてだったそうで、
皐月の初め、それは綺麗な風景だったのを思い出す。(蜜色週間 4参照)
東北や北海道はこれからだが、本州ではもう花の時期も過ぎており、
この辺りだと与謝野が挙げたような、アジサイやバラやスズランが見られるところ。
オダマキの紫も可憐できれいだなぁと思っておれば、ひょこりと場違いに顔を出している白がある。
近道だからと突っ切りかけた公園の遊歩道。
順路から外れてしまう方向だから気づかれなんだか、
それとも世話をする人が勿体なくて切れなかったか、
此方も街路樹同様に手入れされてた皐月の茂みの端っこに、
ひょろりと顔を出していたのが小さめの百合である。

「ああ、珍しかないよ。」

与謝野も気づいたか、だが刈ってしまわれてないとは粋だねぇと苦笑をし、

「百合は地下茎があちこちに伸びるから、思わぬところから顔を出すことが多いのさ。」

時期が済んでしまえば割とあっさり枯れてしまうから、
特に群生してでもない限りは覚えてもいられない。
そうして、根こそぎ抜かなきゃあ またぞろ忘れたころに咲くって順番なんだよねと、
博識な女医は軽快に笑い、
さぁさ、とっとと買い物すませて どっかでお茶でもしようじゃないかと
頼もしくなりつつあるがまだまだ幼い後輩くんの薄い背中をどーんとどやしつけ、
そのままたったかとテラコッタが敷かれた遊歩道を進むのだった。



     ◇◇


何故だろうか、
彼の人というと覚えている限りは黒い衣紋しかまとっておられなんだのに、
雰囲気だとしても重厚で殺気に満ち満ちておられた殺伐さしか浮かばないのに、
白という印象がつい思い浮かびもする。
自身の周縁で言うと 人虎のような健やかな 若しくは稚けないという印象のそれではなく、
褪せたような冷めたような白。
包帯の印象だろうか、それとも闇夜に映えていたシャツの襟元とか?
あまり顔色がよろしくなかったので、それが黒い装束に映えるように目についたとか?
そんな風に思ったのは、
ふとひょんなところに咲いていた自生のものらしき百合が目に入ったからだろう。

「この時期といや紫陽花なんだが、あいつはそれを良く購ってたなぁ。」

任務も終わって報告は上長の役目、
昨夜の“仕事”はさほど大きいそれではなかったが、デスクワーク続きに飽いたか中也が指揮を執ったため、
首領への報告には彼が向かうこととなり、
ならばと自分も従うことにした芥川。
顔を出して詳細を説明するだけ、帰っていいぞと言われたが、そこはそうもいかないし、
言い方は何だが自身の執務室にも用向きがあった。
それでと歩んでいた、まだ人の姿もないよな早朝の場末の街路にて。
道なりの茂みの端、ツツジの葉群に埋もれるように顔を出していたのが小さめの百合。
ツツジの根も結構張っているだろうによくもまあと呆れたのもあったが、
悪びれもしない凛とした姿につい思い出してしまった辺り、
実は眠くもあったものかと、
それで気が緩んでいたのだろうかとこそり反省した芥川には気づかぬまま、
中也がちょいと苦笑気味にそう言った。
この花であの人を思い出すところは、やはりそういうお人だったか
それとも芥川から想起したものか。

「西欧じゃあ弔いの花だしな。
 白百合に埋もれて月の光に当たってとかいう自殺の方法があるとも言ってやがったし。」
「あ…。」

やはりそういうつながり、由縁があって覚えていた彼なのかと、
納得がいったと同時、
性懲りもないというか何でも自殺がらみなお人なんだなとの苦笑が出そうになった。
様々な種類があれど、白百合といえば 華麗な大花でもあり、
それでいて清楚な印象もあるので、西欧での扱いというのも何とはなく頷ける。
百合がそうというのではないが、
この花を見て想起したあのお人はというと、

 溌剌とした弾けるような白ではなくて、褪色の白。

白を連想したのは、そんな印象があってなのだろう。
静謐で無駄を厭い、怒鳴らないわけじゃあないが日頃は感情も乏しく、
自身の本音んなぞ表へ出したことは一切なさそな人でもあって。
とはいえど、

 「……。」

再会してからの太宰にはそれが感じられない。
衣紋が色とりどりなそれと変わっているからか?
かつてとは比べられないような笑顔でいるからか?
敦や鏡花、探偵社の仲間内へと向けるそんな笑顔を、同坐していて目にしたこともあり、
あくまでも表向きの擬態かもしれないが、
それでもほっとしたような、眺めているものへの感情が多少はこもった笑みに見える。
体温がわずかにでも宿ったそれのような…

 「弔いの花だなんて言われちゃあ、百合も迷惑かもしれないね。」
 「え?」

不意に間近に覚えのある声がして、ギョッとして視線を向ければ、常の外套姿の“彼”が居た。
相変わらずの長身で、存在感もあるお人だのに、
どうして依然として気配を消すのが上手いお人なのやらで。
余裕の笑みを浮かべておいでの師匠の出現へ、
え?え?と芥川が双眸を丸めて周囲を見回せば、とうに歩み出していたらしい上長殿は、
こちらへ背中を向けたまま、ひょいと片手を振って見せた。

「報告は俺一人でいいから。」

そういうことだからお前は直帰しなと言いたいのだろう。
こうなっては上司の心遣いを無辜にも出来ぬ。
任務中の残虐な禍狗という異名はどこへやらで、
ただただもじもじと落ち着かない様子の黒獣の覇者こと愛しの弟子へ、
ふふと小さく口許綻ばせた太宰はといえば、

「百合がお弔いの花なのはキリスト教で天国の花だとされているからで、
 凶事にまつわるものがあってだからではないのだけれどね。」

お弔いに用いられるのは白という色を尊ばれたからで、
まあ、私がそうと知ったのも随分と後からだったけどと苦笑する。
他愛ないことだとしたいのだろうか、
そうはいっても、相も変わらずにこの御仁、嫋やかな美貌が罪なほど甘く。
人目もないのにそれでもと低められた声音も甘やか。
知的な潤みをたたえた双眸もややたわめられていて、
今でもなお思うことだが、
この人からこうまで優しい眼差しを向けられているなんて、此処は夢の中なのだろうか。
自分はまだ寝床か、待機の仮眠中として穴倉の隅で膝を抱えて眠っているのじゃあと、
そんな益体(やくたい)もないことまで思ってしまう。
片や、

「芥川くん?」

一時停止したままな愛しいお弟子の様子、
それでも可愛らしいものだとしみじみ眺めておいでだった太宰だが、
このままずっと立ちんぼうしているわけにもいかぬ。

 “今日のためにと柄にない頑張りをして、お休みもぎ取ったんだしね。”

例年ならば覚えてなどいない、
むしろこの日こそ現世からおさらばしようなんて
傍迷惑な無謀行為に挑むよな日だというのにと、
自分でも可笑しくなって笑みが出るほどの変わりよう。
そんな彼だと気づいたか、
職務の凶行とは裏腹に、陶貌人形のような端正なお顔を赤くして
お弟子の青年がこそりと囁く。

 「あの、あの、もしよろしければ今日は…。」
 「うんうん、いくらでも時間は空いているよ、任せたまえ。」

皆まで言わせなんだのは、こちらこそ気が急いてでもいたものか。
気おくれというよりも含羞みから視線が下がり気味になる芥川くんなのへ、
かつての鬼教官っぷりはどこへやら、女性万人を卒倒させそうな笑顔にて
自分の側からお誘いの文言を並べる、お誕生日の主人公。
二人で眺めていた白百合が、ちょっと呆れたように首をかしげて揺れていた
とある初夏の朝一景……。





    〜 Fine 〜    23.06.19.




 *太宰さんのお誕生日、今日だったんですね。
  何か勘違いしていたようで、金曜に別の設定のを大急ぎで書いてUPしちゃってましたよ。
  いやまあ、あのお話でも後日譚は書くつもりだったんで丁度良かったのではありますが。
  きっと中也さんに敦くん経由でお弁当とかねだってるんですよ。
  どうせ敦ちゃんに持たせてるんだから手間は一緒でしょうなんて、
  実際に結婚していての台詞なら殴られてもおかしくない言いようをしかねません。
  (業者じゃないんだから1個増えるのも結構な手間なんや、愛がなくっちゃ無理。)

 *立てば芍薬座ればぼたん、歩く姿は百合の花、なんて言い様がありますが、
  全部、今時分の花だったんですねぇ。
  見えたものをそのままに持って来て評したんでしょうかねぇ。
  判りやすいけど、なんかこう…と思ったへそ曲がりです。
  ちなみに、百合の花で自殺というのは月夜は関係なくて、
  密閉空間に百合の花を満たすとアルカロイド系の毒で死ねるとかいう説があるらしい。
  ただ、毒素は主に根っこにあるそうだし、(茶花のバイモユリとか)
  しかも人が死ぬほどもの強烈な代物じゃあないので、やはり自死は無理な話でしょう。




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