短編 2

□それもまた相変わらずな 5 (お隣のお嬢さん)
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それが狩りでも身柄確保でも、出来るだけ無傷での捕獲というのが一番難しい。
いかに余裕で囲い込めるか、どれほど暴れられてもダメージを受けないかを保てなければ、
ついのこととて掴みしめすぎて相手を壊してしまいかねない。
あの御方の直轄旗下に入ったばかりの折、
ついつい自分がこれまでやってきた、ただの力づくというやり方を通してしまうたび、
作戦の遂行への妨げにもなったからだろう、
この無能がと容赦なく蹴り飛ばされたのを覚えている。
何にも勝る強さとは何を要求されてもこなせてこそで、
それは雑魚への対処へであれ物を言うのだと歯ぎしりしもって覚えた黒の少女だ。

 「のすけちゃんっ!」

僅かばかりの常夜灯しか明かりはない、埃混じりの夜陰の中、
雲間から顔を出した月の光に照らされて、少女の白銀の髪が清かに光る。
吹っ飛ばされたの半分、受け身を構えつつ大きく後背へ飛びすさったのが半分という、
なかなか器用な反射による跳躍で宙を滑空してきた白い少女が、
自身の異能そのままに四つ這いになっての四肢全部で地べたへしがみつくよにして、
失速へのブレーキをかけて何とか踏み止まり、
細かい傷だらけになりつつも、敵への注視は外せぬと、相棒を見もせぬままよく通る声を放った。
それを意識と視野のすみに把握したこちらも、
荒れたアスファルトの上を横滑りに退避しつつ、精一杯に脚を突っ張って身を支えており。
端正なお顔に似合わぬ乱暴さ、細い眉をしかめてチッと短く舌打ちしたのは、
たった一人を相手にやや圧倒されている戦況にか、
それとも相棒からの気安い呼び方へかは自分でもよく判らない。

 「カタパルト、お願いっ。」

刹那刹那に刻々と代わる状況へ、最も効果のあろう攻勢を構えて躍りかかる。
急勾配な坂道を一気に駆け下りているような、
そんな一気呵成の戦法を畳みかけている真っ最中の彼女らであり。
短めなキュロットの裾と寒風除けのジャケットの裾をまとめてひらりとひるがえし、
顔は対象へと向けたまま、だが声は間違いなくこちらへ飛ばす白虎の少女なのへ、

 「やつがれに命じるなっ。」

とりあえず “簡単には従ってはやらぬ”との意思表示をしつつも、
こちらも細い背から舞い上がった漆黒の髪と
長外套の裾をばっさと膜翼のようにひらめかせた黒髪の少女が怒鳴り返し。
それでもその外套への念を込めたか、叩きつけてくる風圧とは明らかに異なる方向、
まるで生き物の躍動を示すように強靭にたわんでしなったのが見て取れて。
深夜を超えてもう未明に差し掛かっている時間帯で
湾岸地区とはいえさほどの夜風はない晩だった。
如月という厳寒期ではあれ、風はさしてなかったはずだが、
彼女らが対峙する相手の放つ異能の威勢が大気を掻き回しているものか、
台風の強風圏内を思わせるような、手に負えない旋風がそこいらじゅうに吹きすさんでいる。

  ___ 突風の異能。

どういう理屈なのか、感情の高ぶりのまま
その身へまとうかのように凄まじい圧を伴う疾風を周囲に巻き起こす人物が現れて、
港湾施設へ多大な被害を与えているとの報があり。
放置自転車を飛礫扱いで吹き飛ばし、
大きなコンテナ車を薙ぎ倒す凄まじさでは軍警が束になって掛かっても止められまいと、
異能によるものと暫定され、現場がヨコハマということもあり武装探偵社にお声が掛かった。
突然発現して当人も混乱しつつ徘徊しているものか、
それにしては人気のないところが始まりというのは何かしらの事情ありに違いなく。

『怪しい輩に絡まれるかして、身の危険から無意識のうちに発動したとか?』
『そうだとしても、そもそも何でまたこんな時間にこんなところにいたのだろう。』

周囲への破壊工作を意図しての行動か?
そう、人自体が寄らぬだろう辺境地域や高峻な山岳地帯などならいざ知らず、
今の時勢、廃棄された工場群や倉庫街でも
テロ行為などの何かあってはと警戒用の防犯カメラなりセンサーなりが設置されている。
なればこそ、突然の暴風域の発生というおかしな事態へも結構素早く察知されたのであり、
記録をさかのぼれば、たった一人で現場までやってきた、うら若き人物だというのも確認済みらしく。

『制止の声や何やも聞こえない、従えないのは故意にではなさそうらしいが、』

光学機器で確認したが、呆然自失というよな顔でいる若い男で、
頭を抱えては身をよじり、そのたびに途轍もない突風が渦を巻いて生じ、
周囲の金網フェンスやトタン板をたわめては引き剥がさんという勢い。
今のところは人的被害もなく、
まだまだ銃刀等所持法が表向き守られている格好の日之本では
異能が公認されていないことへの兼ね合いもあり 銃撃で制するというのも物騒な話。
かといって取り押さえることも出来ぬ異常事態には違いなく、
このまま住宅街や繁華街、稼働中の施設へ近づけば並々ならぬ被害も出よう。

『とんだミニゴジラだね。台風で済まなさそう。』
『だ〜ざ〜い〜。』

暢気なことを言ってないで、貴様がとっ捕まえてこい。
やぁよ、セットが崩れちゃう。
え?太宰さんの異能を発動してりゃあ影響は受けないのでは。
異能の影響はなくても周りのあれこれが飛んでくるのは当たっちゃうじゃない。
ろくに手入れもしてはない恰好のくせに聞いたようなことを言うな、
……などなどと、
探偵社が誇る長身美人コンビが、現場へと向かう車中にて
どこのOLさんですかというよな微妙なやり取りをしていたところ、
その片や、銀縁眼鏡も鋭角な国木田女史の携帯端末がオルゴールのような着信音を立てた。
実りのない舌戦をひとまず中断し、白い指が麗しい手がスーツのポケットをまさぐって。
手馴れた所作にてコンパクトな端末を取り出したのだが、

『はい、国木田です。…社長?』

ハンドルを握っていた谷崎さんも、助手席にいた敦も“え?”とそちらへ注意を向ける。
緊急招集ではあったが、概要と決着の希望点さえ聞けば
たとえ異能者相手でもどうにでも出来るのが探偵社でもあり。
問題を起こしている手合いは一人だと言うし、現場に着いてから詳細をと構えていただけに、
その前に社長からの報が入ったのはちょっぴり意外。
何か追加の情報だろうかと、走行音がイヤに耳につくほど皆して静まり返った車内に、

 『………はぁ?』

社長を相手とは思えない、素っ頓狂な声を放った女史だったため、
一体何事が起きているものかと、
息を飲み、震え上がった、東と西のヘタレコンビだったりしたのだが…




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