短編 2

□ハニーサニーサイドアップ 2 (お隣のお嬢さん)
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その名だけなら案外と知る人もいないではないが、
いわゆる一般的な“公的”にはさして詳細まで知られちゃあいない。
いつぞや誰かさんが忌々しげに罵りもしたような こじんまりとした零細事務所だが、
裏社会とか、何なら世界的な規模で暗躍しているその筋の大立者らからは
迷惑なほどに一目置かれているよな、くせ者揃いの“武装探偵社”であり。
そんなところの前衛、近接戦闘担当、
銃や刀剣、何なら爆発物も飛び交うような文字通りの修羅場を恐れもなく駆け抜けて、
虎の異能を駆使し、荒ぶる異能者を薙ぎ倒しては叩き伏せる、絶賛大活躍中の中島敦ちゃん♀が。
何ということでしょう、
捕縛対象だった異能者の仕業で生後1歳児くらいの幼児へと年齢を逆巻きされてしまったそうで。
もみじのようなとはこれを言うのかという見本のような、
ふくふくとした小さな手をご機嫌さんな笑顔の傍で振って見せ、
きゃう・だあとはしゃいで笑うお声もいと愛らしく。
愛くるしい見栄えがますますと可愛らしくなり、
それは無邪気なお子様に転変してしまっては事務所の皆様が骨抜きにされて仕事にならん…じゃあなくて。笑
日頃彼らにあっさり畳まれ、文字通りの“痛い目”ばかりを見ているクチが
これは都合がいい弱点が出来たじゃあないかとばかり、手ぐすね引いて報復にと襲撃してきかねない。

 「なので、とりあえず事務所から離れた方がいいんじゃないかって進言したわけだ。」

到底“隠密裏な”行動とは思えない陽気で賑やかなご一行。
マフィア組はともかく、探偵社組だとて危ない筋からの恨みは相当数買っていように
キャッキャと華やいだ空気を隠しもしないでの街路の移動をこなしており。
腕やらデコルテやらへ巻かれた包帯も何のその…の長身なお姉さんが豪気なのはともかくとして、
あとから追ってきた鏡花少年もそんな体なのを咎めないままなのは、
さも妙案でしょう?と太宰嬢が口にした言いよう、彼女だけの思い付きではなかったから。

 『こそこそしている方が
  いっそそこも弱みと解釈されて狙われやすかろうよ。』

彼らが、いやさヨコハマが世界に誇る名探偵嬢があっけらかんと言い放ってのこの流れらしく。
なので、融通が利かず、対人においてかなり不器用そうだが
その実 面倒見のいい国木田女史でさえ、不安満載の人選になったが制止はせずだったのらしく。
まま確かに昼間ひなかの街中では人目がありすぎ、
しかも相当に目立つ顔ぶれなのでそれへという格好での注目も集まっており。
武装探偵社に恨みを持つ輩が狙うとしたらば、
そのまま逮捕されよう特攻でも仕掛ける覚悟でない限り
何を仕掛けようと目撃者多数でしゃにむに逃げてもあっという間に足がつく。
こんな事態になったことも突発的な流れであるがため、

 『用意周到な輩ならならで情報が追い付いてなかろうし、
  相手がキミじゃあ何かしらの罠かもと警戒されるのがオチなんじゃない?』

よって、手を出してくる阿呆はおるまいてというのが乱歩さんからの太鼓判。
くどいようだが、本来ならば警戒した方がいい事態ではある。
軍警依頼という荒事案件への対処が多く、裏社会がらみな事件に接することも多い探偵社員ゆえ、
悪さした側からの逆恨みという理不尽な理由で狙われる要素は大きい。
ただ、武装探偵社の人間だと知られているならば、
ああきっと何かしらの異能も持っとるぞと警戒されてるという順番なので、
鉄砲玉が突っ込んできたところで返り討ちが関の山。

  とはいっても

他でもない格闘担当である敦がここまで非力な幼子になっているのはちと痛い。
誰ぞかの異能でこうなっているという段取りが判っていなくとも

「敦だと判らずとも、あんたが抱えてる子なら弱点扱いされて狙われもしようよ。」

何せ今も昔も、仕事がらみでも私的にでも、恨みはたんと買ってる女だもんなと、
そこまでの詳細は省略した中也だったが、今更すぎて言わずもがななこと。
この場にいる芥川や鏡花も、ポートマフィアに縁があるのでそこは察して何も聞かないし、
ご本人のお人柄も結構なそれなので、公私の別なく適当に袖にした男は星の数だろうて。
ただ、

「言ってくれるね。
 だが、この私がそんなにあっさり窮地に陥ると思うかい?」

含み笑いに口許をほころばせ、
中也自身には視線もやらず、独り言のように言い返した蓬髪の美女の言いようへ、
これまた反駁を返す者はいない。中也嬢自身もふんと鼻息で返したのみだ。
異能無効化というチ―トな能力を持ってはいるが、
異能持ちでない相手には普通の女性としての抵抗しか発揮出来ぬ身。
だというに、卓越した頭の回転の良さと無尽蔵に繰り出す応用力の冴えにより、
たいがいの窮地をいつだってものともせずに脱して生還してきたつわものだ。
たとい手ぶらの居であったとしても、
なんでそんなことを知っているのだと呆れるような、
例えば緊急連絡用の業務用無線機がある場所を知っていたり、
頑丈なはずの壁を破砕できよう、あくまでも消防用の斧が収容されているところを
初見で来ているはずなビルの屋内でズバリ当てたりするような、微妙な博識女史でもあり。

 『これも危機察知能力といえるものなのか?』
 『まあまあ国木田さん。』
 『助かるのだから何でも良いじゃあないか。』

そういう実は手ごわい御本人なその上、今現在同行している顔ぶれもすさまじい。
昔の因縁とやらいう方向での恨みを持つ者の視野に入ったとしても、
その周囲に同坐してるのが現役マフィアの幹部格たちだということも判ろうから、
やはりやはり迂闊に手を出す馬鹿はおるまいし、出したら速攻で畳まれるか沈められてお終いだ。
その立ち位置が表社会と裏社会という、相反する信条持つ立場な2つの組織だが、
度重なる巨悪の跳梁への対処もこなしたその延長で
共闘関係にあることは関係各位へも薄々広まっているがため、
チンピラからもそれなりの組織からも余程の事情がなければ標的にはされなかろう。
このややこしい事態も数日で収まるのだから、
いっそマフィアさんにも護衛役を担ってもらった方が促成ながら効果は大きいしねと。

 『…乱歩さん、面白がってるね。』
 『言えてますね。』

探偵社であたふたしつつお守りに人員裂くよりよっぽど合理的じゃないのよなんて一応は言ってたけれど、
いっそ一般人の突拍子もない闇討ちの方を警戒した方がいいくらいに、
今現在のヨコハマのパワーバランスは割と健全な方向で安定していると言え。

 『そういうの“フラグ”っていうんですよ、もーりんさん。』

いや、今回はそんなややこしい話にするつもりはないんですがね、ナオミくん。笑

 「さぁて、中也の “どのオウチ”に寄せてくれるんだい?」

話の流れから、とりあえずは中也嬢のセーフハウスに身を寄せようという運びとなったご一行。
太宰嬢が “どの”と訊いたのはその足場である住まいが幾つかあるからに他ならぬ。
マフィアの幹部という立場から任務に合わせて使い分けている幾つかの隠れ家と、
表向きの肩書として籍を置く、フロント企業の営業職でございという名刺に載せている住まいと。
もう行先は決まっているらしく、小さな女傑の足取りも確たるもので。

「元町近くのメゾネットだ。」
「あら。そんなところに持ってた?」

太宰のその訊きようから、抜け目なくも他多数はほぼ把握していたことも窺えるものの、
そこいらはもはや織り込み済み。

「やっと気づかれないままのが保持出来てたんだのによ。」

ちッと舌打ちした中也姐がちろりと見やったのが、自分の部下である黒狗姫さんだったりし。
それぞれなりの事情からちょっとした因縁があってのこと、
実は慕っていたのに仲たがいし、そのまま表社会へと逐電してしまった元師匠の太宰と、
最近になって縒りを戻したというか復縁したというか。
本人いわく「成長を促すための愛の鞭」とばかり冷たい態度で通していたものの
心にもない仕打ちであるが故の反動だろう、

『なんて可愛いの、
 あの打ちひしがれたような口惜しそうなお顔もいうことない。
 でも私が慰めるわけにはいかないわよね、本末転倒だ。
 もちろん他所からそんなお節介焼くような奴はこの手で血祭りに挙げるけどね』等々と、

喧しいほど迷惑な惚気をぶちまけられる人はたまったもんではなく。
あまりの二面性に呆れた誰か様が暴露したという話もなくはない流れで、
やっとのことそんなややこしいツンデレをしないで良くなった姉様からの積極的なアプローチは、
現マフィア幹部の中也嬢周辺の情報流出という事態もこっそりと招いているとか。
半分くらいは間接的な嫌がらせに違いないとは、マフィア在住有識者の見解だったりする。笑

 話が大きく逸れましたな、すみません。

恐らくはそんな黒狗姫さんがそれとなくのお喋りで翻弄されて
うっかりと上司の情報を元上司へ漏らすことが結構あって。
今回のセーフハウス情報は何とか避けて通せていたのになぁと、
それをついつい残念がった中也姐だった模様。
かように 見栄えの麗しさがどうでもよくなるほど
周到で狡猾で見切りに容赦ない外道っぷりなどなど、
マフィアの上位級に据わって当然なその人品をようよう承知なくらいに
いやってほどに気心も知れている太宰嬢の身の安全をだけ思うなら、
いっそ御当人が単独行を構えた方が万全かも知れぬ。

 “…言い方。” (苦笑)

知的で品の良い美女という器からは想像できぬほど、結構俊敏で体捌きもこなせる方だし、
刃物では中也嬢にこそ敵わぬが、銃火器の扱いはマフィア1ともいわれた身で、
格闘では中の下レベルといわれているが、躱して逃げ回るための体力はお持ち。
それへ口八丁も備われば、下手な護衛をつけるより完全な防御もこなせよう。
ただ、現状はそうではない。

 皆から愛されてる少女が、なんの防御も出来ない身とされた。

雄々しくて最強の虎をその身へおろせる特別な少女。
自分でもそんな異能を持つことを知らなんだ初心者だが、
捨て身で修羅場へ飛び込んでは、
何年も戦ってきた剛の者らを蹴散らし、あるいは支え、
異能さえ切り裂く爪を振るって巨悪を叩き伏せる奇跡の子。

「…人虎。」
「う?」

一筋だけ長いままな髪の端、
口許に挟んでおるぞと、そおと除けてくれた芥川姉だったのへ、
朝焼け色の双眸をキョトンと見張ってから、
柔らかく笑み崩れてキャッキャと愛想を振りまく幼さに、
黒狗姫も不器用ながらも笑い返すところが、おお珍しいことよと姉様方にも苦笑を誘う。
最初こそ驚いたものの、今だけはそう、意地を張らずに処せると気づいたようで。
まあるい頭をこわごわ撫でてやるのもまた微笑ましい。

 “やっぱり凄い子だよね、敦くんは。”

先にも挙げたが、本来ならば戦闘担当で、
頭脳班が立てた作戦に添って虎の異能を駆使し
弾丸や刃も弾き返しての勇戦をこなした剛の者。
とはいえ、本人はというと
まだ18歳のそれは愛らしい少女にすぎない。
白に近い銀の髪を、ギザギザに刈った、なかなかユニークな髪形で。
もうちょっと延びたらきちんと切りそろえてやろうと思っていたらば
それより先に自分で切ってしまって、似たような頭にしちゃったと笑ってた。
細っこいが胸元は柔らかく、
飛んだり駆けたりの邪魔になるからこれ以上育ってほしくないと言っては、
そちらは刀剣のように痩躯な、一番歳の近い禍狗の姉様に睨まれていたのもご愛敬。

 まだまだ未熟なところも多い、ただ真っ直ぐな正直な、そして心優しい彼女ゆえ

最初のうちは…太宰の仕込みにまんまと嵌ってとはいえ、
嫉妬心やら何やらもあってのこと、
憎悪の対象でしかないという態度だったポートマフィアの禍狗姫でさえ。
何度も共闘を重ねるうち、
及び腰なのを嘲笑っていたはずが、てぇい見ておれぬとフォローに回るようになったほど。
愚図だとか要領が悪いとか踏ん切りが悪いとか、
何かと不慣れで中途半端に正道にこだわる彼女なことへイライラしてというのもなくはなかろうが、
いつしかそれを払拭すよな とある感覚に見舞われる。
純真で正直で、もしかして一番腹が立つ部類の人種なはずが、
でも実は、途轍もなく壮絶で過酷な生きざまの末にそれでも笑う彼女だと思い出す。
そんな境遇をくぐったにもかかわらず、
一旦覚悟を決めたあとは、どれほどの陰惨な場面へも果敢に飛び込んでその身を盾にし危険を顧みない。
妬みや嫉み、どんな歪みも弾き飛ばす芯の強さがあればこその頼もしさへ降参した末に、
それでも力が足らぬなら…と、
ああ、こうしてほしかったなぁと思うことを目一杯注いでやりたくなるのかも。

 「何ならこのまま私と君の子として育てちゃおうか?」
 「はい?////////」
 「何言いだすかな、手前。」
 「離乳食も作れない人には無理。」

たどたどしくも和んだお顔をした黒姫さんにほだされたか、
とんでもないこと言いだした知将の君へ、
とんでもねぇとの反対のお声が間髪入れずに上がった呼吸のよさよ。
ますますと賑やかになった御一行、夏の気配もまだまだ強い街なかを颯爽と突き進むのであった。


 〜 to be continued. 〜    




 *書きたいところだけ書いてみた、幼女になっちゃった編の続きでした。
  放置しすぎて何が書きたかったか行方不明になっちゃいました。いかんいかん
  ドカバキものじゃないので集中しにくかったのか。
  こういうこと言うと本性が現れちゃいますね。とほほ



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