短編 2

□ささやかな贅沢をvv(お隣のお嬢さん)
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     ◇◇


いきなり大混雑中の催事場にズームインしてしまったが、
付いて来れてますか?それは良かった。(おいおい)
ご承知の通り、日頃、随分と危険な案件に関わっている身のお嬢さんたち。
虎娘ちゃんは十代後半、芥川にしたって二十になったばかりというから学生で通る身、
本来だったら同じような年頃の友人らと共に居て、
他愛ないことへ笑い転げたりときめいたりしていたって誰も文句はなかろう
まだまだ幼いクチの娘さんたちなのだのに。
双方とも、具体的な場は違えど、
それは物騒な世界の底辺へ物心つかぬ幼いころに放り出されて、
辛いこと痛いこと苦しいことに容赦なく虐げられ、
頼る人もないまま うずくまりながら生きてきた身であって。
しかもそれらはその後の立ち位置へのプレリュードででもあったのか、
それぞれに組織の中へ迎えられ、多と他の中の孤独からは解き放たれたが、
仲間や息つく場は与えられたその代わり、
そりゃあ危険な事案をか細い双肩へと任されるという、
生死の境目を駆け抜けねばならない物騒な立場を運んできたから洒落にならない。
死にたくないなら戦うしかない、そんな過酷な立場を踏ん張って掻い潜るうち、
素地があったかどんどんと強くなってく彼女らは、
運命の邂逅ののち、周囲の思惑も絡んでのこと、共闘の相方を組むことも多くなり。
馴れ合いは好かぬと言ってた黒姫さんも、無垢で危なっかしい虎の子の気性にほだされたか、
気が付けば…任務でのつっけんどんを相殺するよに 姉のように構ってくれるお友達に加わっていて。
今ではでは、本当にたまに非番の日が合えば、どこかへ出かけようと声を掛け合ってもいる間柄。
評判の映画を観よう、美味しいスイーツが出てるの知ってる?と、
主には敦嬢の側が頑張って情報をかき集めて来、
では財布はやつがれが持とうとばかり、お姉さんぶってるところが可愛いと
知将で大人…なはずの太宰女史が悶えていることは、
そういう話を振られる唯一の理解者、帽子の幹部嬢しか知らないらしいが。(笑)

  とはいえ、何もそこまで“普通”に焦がれて百貨店の催事場に紛れ込んでた彼女らではなく。

直前まではそれぞれなりに任務に関わっていた身であって。
三が日が開けたばかりの目出たい空気の中にもかかわらず、
黒衣を得物に、身の程知らずな密輸組織の殲滅にと
上位異能者の手ごわい警護を数人ほどぶった切って来た黒姫と、
上場に参画したばかりの実業家が受けていた卑怯奇怪な脅迫を相手に、
頭脳戦を繰り広げていた知恵者班の指示の下、実地での警護と格闘を担当していた虎姫ちゃんで。
こちらもこちらで、機密データの詰まったUSBを争奪するというすったもんだに振り回されて、
カモフラージュだったお出掛け風の装いをずたぼろにしつつの奮闘をこなしたばかり。
身ぎれいに取り繕い、上の方への報告も済んで、ではお疲れ様と解散し、
何とはなくふらふらと初春の賑わいに揉まれるのも何だしと、
似たような一日を過ごした同士がたまたま出来た半日休暇を知らせ合い、
とりあえず会おうと待ち合わせ、評判の絵画展なぞ見学したらば
その出口が初売り会場の至近だったという間の悪さだったというわけで。

 「はぁあ〜、戦闘力使ってないのに疲れちゃったぁ。」

片や、毛足の長いフェイクファーの縁どりも愛らしいフードつきの
でもでもシルエットはAラインという、正統派なんだかカジュアルなんだかよく判らない
ライトグレーのカシミアコートを背もたれへと引っ掛ける格好で脱いだ敦嬢。
その下は淡い桃色のモヘアセーターとアンサンブルのカーディガン、
やや濃いめのカーキグリーンのセミタイトスカートというコーデュネイトで
ちなみに足元はバックスキンのハーフブーツ。
テーブルがやや隅っこに位置取りされている関係か
向かい合うのではなくの隣になるよう座についた芥川の方は、
濃紺のフロックコートの下には大判のストールを胸元を覆うように巻いたエレガントスタイルで、
パルキーセーターにタータンチェック柄の巻きスカートがシックな佇まいを醸しており。
足元は膝までのブーツなところがシャープな印象。
一見するとお嬢さんらしい装いのようだが、
二人の肩書を慮るに、突発的な荒事に巻き込まれても支障がないようにという
動きやすさ優先ないで立ちにも見えるのは気のせいか。(笑)
敦が太宰さんから教えてもらったというそこは、乳製品の企業が展開しているカフェで。
コーヒーやカフェオレが主看板だが、パンケーキやソフトクリームも各種揃えているのがめずらしい。
試作品をお試して出してみたりする店らしく、
店内には愛らしいポップなポスターも貼ってあるがそういや表にはあんまり装飾や看板はなかった。
知名度も高い製品を揃えているのに、
デパート内の目立たない一角、路面店ではないよな場所だったり、
価格も安価で儲け度外視なところはそんなせいかも。
思わぬ修羅場、押し合いへし合いの中から何とか脱し、
遭難中の流浪の民みたいな心情のまま辿り着いたここは打って変わって穏やかな隠れ家だったため、
まずはの溜息を双方で盛大に零してから、

「何にする? 此処も暖房効いてるし冷たいのにしよっか?」

元より、そうするつもりで入ったものの、
パウチされたメニュー表には結構立派なパフェだのソフトクリームだのがででんと掲載されてあり、
白虎ちゃんはワクワクとしているが、逆に黒狗さんはややげんなりと口許が歪んでおいで。
その温度差に気が付いて“どうしたの?”という視線を投げれば、

「どれも大きすぎる。」
「え?」

そっかなぁ、途轍もないデカ盛りとかは置いてないとこだよと、
テーブルへ敷くように置き直されたメニューを見て虎の子ちゃんが小首をかしげるが、

「実は…。」

言ったものかどうしよかという逡巡を挟み、
それでも宝石みたいな無垢な双眸に見やられては、
そもそも策謀以外の言い逃れも下手な身、逃げられずに正直なところを吐露する羽目に。

 「あまり多くは食べられぬ。」
 「うん。日頃の食事も少ないよね。」

出先で一緒に飲食店へ入るのもザラになっている間柄。
女性用のワンプレートもの、それはおしゃれなランチでも、
レタスやベビーリーフの類はつけ合わせと解釈して残すことが多いのもよく見てきた。
都会の女性には珍しいこっちゃないと、そこはうんうんと納得の頷きをする敦ちゃんへ、

 「サーティー〇ンも完食したことはないのだ。」
 「…はい?」

カップにディッシャーでポンと入れられるよな小ぶりアイスでも、
一個を食べ切ったことは珍しいと言いだす芥川嬢で。
健啖家な敦ちゃんとしては、それはまた…と驚くやら感心するやら。
食事ではないし、冷たいことも相俟って、半分ちょっとを突々いたらもう駄目。
ましてやここで供されるのはアイスもソフトも結構大きい。
とはいえ、涼みたいのも山々なので、
何な飲み物にすると言いかかれば、

「大丈夫、残したらボクが食べるから。」

そうと笑って言い返し、ウェートレスのお姉さんに声をかける。

「ソフトクリームアイス、カップのスプーン付きでお願いします
 無花果のシングルと、チョコとバニラのミックスで。」

「はい、かしこまりました。」

にっこり笑って去ってゆくお姉さまを見送って、
あらためて向き直った虎ちゃん曰く、

 「だって、無花果フレーバーが今の時期にあるなんて珍しいじゃない。」
 「う…。//////」

実はあのね、こんな風なやり取りをするまでもなく、
とっととレモンスカッシュだ何だと注文すればいいはずなのに、
何だかちょっと迷ってるようなふしが見受けられ。
どうしたのかなとメニューを見下ろせば、そんなフレーバを発見。
食が細いからこそ大好きなものは見逃さないのも先刻承知だったいもうと弟子ちゃんとしては、
対峙も共闘も、こういう街歩きも、
二つ心なく相手をしてくれる姉人に、

 「いいとこ見せたくなっちゃったvv」
 「…こぉいつぅ。」

微妙に恥ずかしそうに、でもそこがまた愛らしく、
睨むふりして笑ってくれたことで、嬉しくなって笑い返した敦ちゃんだったのでありました。



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