短編 2

□ささやかな贅沢をvv(お隣のお嬢さん)
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表向きは観光で経済を回している向きの強い、
エキゾチックとノスタルジアと、最先端と舶来古物が同居する街、ヨコハマ。
レンガ造りのモダンな建物が添う街路を
ファッション雑誌が扱う軽やかな装いで身を飾った女性らが闊歩し、
テラコッタを敷き詰めた公園の周縁を縁どる常緑な生け垣を背景に
ダッフルバッグを肩にした高校生辺りの群れが笑み崩れつつ行き交い。
季節を先取りしたディスプレイを並べた商業施設の大窓を背にし
電子網端末を手に人待ち顔でロータリー広場を縁どるのは、不規則就労に付く自由人たちか。
人も建物も港湾都市ならではな混在ぶりだが、
ついでに言えば…華やいだ表の顔を深さで引き留めるほどに、暗いわ重いわな“裏社会”も存在し。
海外との交易の窓口たる港があったこと、
しかも国内の流通網との接続もある、ある意味“要衝”であったればという至便さも伴われたがため、
様々な組織や階層、集団から、拠点にせんとの執着をされての結果、過激な衝突もこれまた多く。
海外から流れ込んできた勢力に対抗せんと蜂起したもの、
安寧を守らんがための自警団として立ち上がったものなどなど、
発端も様々なら その後のありようも様々で。
表社会には名も顔も出さぬままの、なればこそ闇も罪も深い組織が幾たりか、
未だに蠢き現存し、良しにつけ悪しきにつけ、街の空気を見張ってござる。
今現在の最有力組織はというと、
歴史はさして古くはないが、それでも何代かの首領が束ねて今の基盤を培った
“ポートマフィア”と呼ばれる集団で。
正式名称ではなく、一応の表看板も立てちゃあいるが、
ただのフロント企業なのはその筋では誰もが知るところ。
代々の頭目がそれぞれに時代に添うた統括を執り、
先代のかなり時代錯誤な強権主義をバッサリと摘み取った現在の首領は、
情報を網羅し先手必勝を信条にする、最適解優先の合理主義者で。
恩讐の組織であることはそのままに、だがだが情を大事にしてもとがめはなく、
そんな真綿のような搦め手で構成員らの結束を固め、
上級の幹部であるほどに恭順を捧げられ、それらを受動的に享受している“出来たお方”であるらしく。

  まあ、そういった辺りは原作を読んでねということで。(こらこら)

そんな裏社会の雄の対岸に立ち、表社会を法で取り仕切る為政者の徒が市警であり軍警で。
あまりに混迷を極めた土地と化し、
しかもしかも何故だかこの地に集中して発現しやすい“異能力者”による
理不尽で人外級のあれこれを治めるために必要な武力として誕生した(諸説あり)
昼の世界と夜の世界、その間を取り仕切る薄暮の武装集団が「武装探偵社」である。
軍や警察に頼れない危険な依頼を取り扱う探偵社とされているが、
そもそも居ることが公的に認可されてない“異能者”への対応という
物理でも法的にも非合法な対処を執ることを暗黙の裡に許されており、
それがため、日本国内では数少ない異能開業許可証を保有。
警察や議員・官僚等などの公的な人物との繋がりもあり、彼らへの貸しやコネも多い。
同じような部署というか存在として“内務省異能特務課”という組織もあって、
諸外国の同位組織との連携や、
主には探偵社がやらかした対処への公的な記録上の辻褄合わせを担当。(諸説あり)
職員らは正義への崇高な忠心の下、慢性の寝不足とそれに耐えうる鋼のような精神力を必須とされており。

  まあ、そういった辺りも原作を読んでねということで。(こらこらこら)

人が自然には持ちえない“異能”というのが絡んだ、それは物騒な事件も多発する“魔都”ヨコハマだが、
それはあくまでも裏社会のお話。
租界と呼ばれる、一般からは隔離された区域も持つ土地だが、
危険な好奇心から路地裏の深部に入り込まない限りは縁を結ぶこともない、
言ってみれば異世界の話だと思えばいいだろう。
観光にお勧めとされている商業地区や一般の住宅街には何の変哲もない“日常”があふれており、
ちょっと不穏な流行病が世界中に広く蔓延している昨今だが、
それでも何とか、清潔が好きな国民性が功を奏してか、
年末に向けてぐぐんと罹患者も減った日之本で。
油断してではないのだろうが、
それでも長いこと我慢を強いられたのだからというちょっとした反動というものか。
様々な制限が解除され、街にも賑わいが戻って来、人出も増えて久々の“雑踏”が発生していたほどで。

 「…のすけちゃん、大丈夫?」
 「……ちょっときついかな。」

弱音を吐くのは本意ではないが、
人いきれが満ちた館内の、しかも初売り目当てに押し寄せたのだろ女性客が多いフロアは
様々なコスメやら香水やらの匂いが入り混じり、
自身も結構こたえているし、安否を問う相手の方こそ滅多にないほど顔色が悪い。
虎の異能を持つゆえか、五感が鋭い敦なので、
体調が悪いと余計なものが聞こえすぎて眩暈がすると言っていたし、
鼻も利くので匂いにも敏感。
月のものの日にこういう場に立つと胃が逆流しそうになるとも言っていた。
一応は制御できているらしいのだが、
それでもこれは、常人でも気分が悪くなろうレベルのごった煮状態。
地下鉄や映画館などなどにもずいぶんと馴れて来たし、なんてことない平和な雑踏だからか
それこそ普通の人がそうしているように、雑踏のざわめきなぞ只の環境音として除外してもいるのだろうに。
薄めに流れるBGMと相まって女性らの甲高い話し声が錯綜し、
そこへ様々な年齢層特有の脂粉やトワレの香がぐちゃぐちゃに入り混じって漂っているのだから、
感覚が鋭敏だからこそ山ほど拾えてしまうそれらの暴力に叩きのめされ、
何とかこらえていますという悲壮な顔になっている。
満員電車級の押し合いへし合いもきついのだろうし、
しかも、下手に暖房が効いており、
それでのこと ガソリンのように揮発性を帯びた凶悪な匂いが、噎せ返るような級で充満しているという状態。
これでは体調が悪くなっても致し方がないというもので。

 「どこかで休もう。」

此処の近所に太宰さんから穴場を聞いてあるの、今日みたいな人出がある日でも大丈夫と、
自身も真っ青な顔のまま、それでも健気に連れの姉人を支えんとするところが

 “…かわいいなぁ。”

愛しくはあるがしっかり者の弟の銀にも ついぞ思ったことがない種の感情を覚え、
執念はあったれどこういう一途さはなるほど自分にはなかったなぁと、
ひょこり飛び出した知将で美麗な師匠の名に、ついついそんなこと思い起こしてしまった禍狗姫だったりする。



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