短編 2

□その虎、過保護につき
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時折遠くの沖合から、汽笛だろうか潮騒よりも低い響きが雰囲気よく届く此処は、
夏の宵が垂れ込めた、ヨコハマ某所の港近くの旧倉庫群。
いくら開放的かつ寝苦しい真夏の晩であれ、
表だっての交易にも使われなくなってどのくらいか、
交通機関もとうに廃線となっている、こんな危ない所へ素人が夕涼みにしゃれ込むはずもなく。
闇に馴染んで怪しさ満載な、いやに姿勢の良い漆黒のスーツ姿の男衆たちが、
時々インカムや電網端末機で連絡を取りつつ、
あっち行ったりこっち来たりと切れのいい動きで忙しそうに行き来しており。
いかにも裏社会の衆らが何かしらの荒事に就業中という空気の中、
そんな場にはやや場違い、明るい色合いの外套に、
ビジネススタイルではないながら
それでもスーツ系の内衣とシャツにトラウザーパンツという格好の
長身の男性が、彼もまた颯爽とした身ごなしでやって来ており。
ようよう見れば油断のならぬ深い愁いを負うた、どこか意味深な雰囲気をたたえた人物ながら、
いかにも怪しい黒服連中とは一線を画し、一見では関係者でなかろう存在でもあるがため。
どこからか辿り着いての急ぎ足で入り込まんとするのだが、そう簡単に通過できようはずもなく。
いちいち随所随所で引き留められては確認取られつつという進軍となっており。
ある程度までの壁を突破すると、さすがに内からの話が通っているのだろ、
それでも一応は誘導役という格好の監視が付いてやや速やかに案内され、
やっとのこと事情を共有する顔見知りの集う問題の現場へと辿り着いたのが、
他でもなくの誰あらん、武装探偵社の太宰治氏で。

 「………遅せぇぞ、青鯖。」
 「すまんね、現役の構成員らにはさすがに顔パスってわけにはいかなんだのだよ。」

一応は遅れた旨への応じを返したものの、自身のせいではないのにさという辺りを付け足した。
くどいようだが、昔はこちらマフィアの大幹部でも今は彼岸の探偵社員。
陽の当たるところへ出るにあたっては
異能特務課が腕によりかけてその素性を洗浄してもいるのだ、
現役の現場担当黒服連中に、
名や顔はともかく、前職はあんたたちの上司だなんて事情まで知られている筈もなく。
それをもってして、呼ばれたからと言ってホイホイ駆け付けられる立場でも間柄でもないのだが、
連絡してきた芥川がざっと説明した状況はさすがに無視も出来なんだそれ。
今現在の活動拠点としている勤務先の仲間を保護してもらっているらしいというし、
意識がない状態だというのは由々しき事態。
これ以上こちらの顔ぶれへまかせっきりもまずかろと、これでも大急ぎで駆け付けた彼らしく。

 何より

太宰だけなら何らかの手管もて すんなりと通れたかもしれないが、
今宵の仕事の関係か、和装の少女も同行しており。
長い黒髪を左右に振り分けた、まだ十代だろう幼さの可憐な美少女で。
この青年と共に来たというからには探偵社の人間だろうが、
それにしては…このような怪しい闇だまりにやって来ても何か臆するという気配はないまま。
やや堅い表情ではあるが、怯んでいてとか空元気を何とか保ってというよな不安定さは伴ってはない。
態度動作も毅然としたそれ、ただただ一途な視線を真っ直ぐ前へと向けており、
彼女にも顔見知りな面々が取り囲む格好になっている函体の傍らまで来ると、
そこへ押し込められたままな少年を見てやっと表情を震わせる。

「敦。」

彼女もまた、もとはポートマフィアにいた存在。
こんな物騒な修羅場でも動じないだけの肝の太さも持ち合わすものの、
持ち合わせた異能が異能だったため 殺人のスキルばかり高く、
何人もを手に掛けた自分は闇の世界でしか生きられぬと心凍らせていたところ、
それでは駄目だと陽の当たる場へ連れ出してくれたのが この虎の少年で。
ヘタレとからかわれようと真っ直ぐ前を向く姿勢はぶれない彼が必死で伸ばし続けてくれた手、
今度こそは離さないと、探偵社で頑張っている頼もしき女傑候補であり。
彼女もまた、彼とともに何かしら関わっている案件の末だか
とばっちりだかでこうなっている現状らしいと、
そんな下敷きを飲んでおればこそ、
太宰へもマフィア側へも険のある顔を向けはしなかったのだろうが、

 「可哀想にこんな無体なことされてよ。」

そういった相手側の背景をざっと見越してだろう、
だのに、わざとらしくも誹謗するような口調で切り出したのが中也だ。

 「あ、一味は譲らねぇからな。」

どうやら同じ相手が標的となってたらしいが、
こっちの獲物だ、譲るような情けは掛けねぇぞと淡々と言い張る彼で。
そこまでの文言ならば、確かに当たり前のお言いようだが、

「体裁整えたいなら幹部の何人か回してやってもいいが、
 こいつに触れやがった異能者はきっちり仕置きしてやんよ。」
「中也、それって私情からだよね。」

他でもない、敦くんが昏倒し、しかもどこかへ搬送されかけていたこの事態。
是非とも関係各位を取っちめたい所存ですと、せっかくの美貌を引きつらせて嗤う幹部殿なのへ、

「私とて、尻馬に乗って拷問のお手伝いしたいほどだけど、そうもいかない。」

宮仕えの辛いところでねと、
心にもないことを言うときほど死んだサバのように冷めた目になるお兄さんが見下ろしてきたのへと。
こちらさんは遠慮も何もあったものかと、
当事者じゃあないけれど重々関係者だろうがという真っ当な憤怒からの牙をむく。

「大体手前らへも腹ぁ立ててんだよ俺は。
 何でこうなってんだ?
 敦が手も足も出ねえような相手がそうはいるか?
 何か悪だくみに搦めとられたんか?」

知恵者に困ってる社じゃああんめいよ。
手前とか名探偵とか揃えててなんだこの体たらくはよ。
敦自身がお人好しなところも算段に入れて計画立てんか、バカやろう、と。
最後の方は過保護な親目線でもっての罵倒を投げれば、

「詳細までは言えないさ、マフィア相手になんてね。
 ただ、こうやって殲滅だか取り引き妨害を兼ねたカチコミだか構えたんなら
 相手の悪事くらいは把握しているのだろう?」

バカ呼ばわりにむっかり来たらしい太宰が、
こっちだって事態ももう終盤だし、しかもこの顔ぶれが相手なら黙ってる義理もないと思ったか。
それとも

 表社会にも不文律とか口外したら口を封じられる級の“いろんなオプション”ってのがあるんだよ、
 何ならキミらも知った者としてのリスクをたんと背負うかい?と持ってくつもりか、

商材として攫った子の中に誰とは言わないけど政府高官に縁のあるお嬢さんが紛れていてね。
どうも良家の子息や子女が出入りしていたとなってはまずい場から攫われたようで、
助け出すにしても大々的にアジトへ突入だとかいう格好で表沙汰になってはまずい筋らしくって。
ひっそりこっそりサルベージして、
最初から居ませんでしたって格好にしたいらしい身勝手なオプション付けられてね。
なのでまずはその子を連れ出さんとおとりに潜り込んでた敦くんだったのだが、
脱出は多少荒事になってもいいと言ったのに、

 「小娘をクルーザーから放り出し、追っ手の前へ通せんぼを兼ねて立ち塞がったらしくてね。」

目的の子女は確保できたので、よっしゃあ殴り込みじゃあと構えたものの、

 「どういう運びか、敦くんをこそ異能の繭に取り込んでそのままクルーザーごと消えたというから、
  それを追うのに手間取っていたんだ。」

結構大きい物を転移させられるよな上級の異能持ちなんて、こぉんな雑魚組織に居るまいから、
向こうさんも何かしら目当てがあって潜入していた輩かもだが。

 「…もしかして蓮っ葉な令嬢より敦の方が格が上だったとか?」
 「かも知れんね。戦力としてか商品にかは判らんが…。」

もしかしたらば、
ちょくちょくしつこく顔を出すどっかの魔人の息が掛かってる手合いかもしれぬと、
そこまで織り込んでの目串をあちこちに立ててだねと、
喧々諤々、結構な勢いでの言い争いになってる元双黒のお二人さん。
異能も知恵も、膂力も手管も、裏社会最凶とまで言われた実力は、
少なくともこの場にいる者らには重々知られてもいる双璧の言い争いだったが、
それへと割って入った勇者これありて、

「ごちゃごちゃ言ってないで敦を解放して。」
「はい…。」

白虎の少年が囚われている繭のような障壁、
自分も触ってみて、だがだが無情にも押し返されたのへ唇を噛んでた鏡花ちゃん。
年齢も立場もキャリアも上と、彼女自身もようよう知っているにもかかわらず
黒い二人へ堂々と叱責の一声を浴びせ、ボルテージを一気に下げさせた意気地や凄まじく。

 「なんか物凄い迫力と圧があったんだが。」
 「ウチの女性陣も一筋縄じゃあ行かない子が多いからねぇ、
  その頼もしさ、しっかと影響受けつつあるのだよ。」

こそこそと叱られた同士が囁き合いつつ、確かに放置していていいことじゃあないとばかり、
どんな異能へもその効果を無効化するチ―トな異能
“人間失格”を太宰がその手へ発動させ、
囚われの身となっている少年の障壁へ触れてその拘束を解いたのだった。





to be continued.




 *あああ、なんやかんやと要らんこと書いてたら結構な行数を稼いでしまいましたよ。
  やっと解放された敦くんですが、
  もうちょっとほど続きます、すいません。



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