短編 2

□その虎、過保護につき
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ヨコハマというところは、地理的条件もあってのこと古くからの港湾都市で、
外つ国との交易も早くからあった関係でか、政治的にも経済的にも様々な利権が錯綜しており。
それが影響してなのか、表社会はもとより、いわゆる裏社会でも少なくはない組織だ何だが うようよと暗躍中。
何せそう遠い昔でもないだろうちょっと前に、反社組織の大物の遺産を巡ってそりゃあ大きな抗争が起こったほどで。
海外から侵攻して来た顔ぶれや、力を盾に非合法な活動をする胡乱な輩たちのみならず、
そういった脅威への対抗抵抗として地域住民らが頼りにした“顔役”的な存在もありと、
長い歴史が相俟って様々な存在が乱立跋扈しては、力なき者は敢え無く衰退してった末に、

 現在は駒に恵まれた“ポートマフィア”が 頭一つほど飛びぬけて覇をしいているというところかと。

彼らに限った話ではなくの、一体いつからのことだったものか、
人の身に本来備わっているはずのない超常能力を持つ存在がちらほらと報告され出して。
武装もなくの素手や丸腰のままなのに、皮膚を掻き切るような疾風を飛ばしたりバズーカ並みの炎弾を放てたり、
触れたものを宙に浮かせたり、他人の想いを覗けたり意のままに操れたりと、
魔法のようなとんでもない能力を発出できる奇跡を得た人がたまにいる。
制御できた上で有効に利用できればいいけれど、振り回されてその身を人生もろとも滅ぼす人も少なくはなく。
何とも曖昧模糊な代物なだけに、何かと日和見、もとえ 慎重な日乃本では政府がまだ認可してはないほどの
そんな“異能”という火力に関しての理解と把握が、横浜で随一な組織がポートマフィアでもあって。
構成員はもとより、他組織に存在する能力者の情報にも注意を怠らず、忌み児扱いされている子らを勧誘しもする。
そうやって武力特化を進めもした結果、
よくある内部での足の引っ張り合いもなくはないが、それでもなかなかに統率が行き届いており。
半島やら露国やらに本拠のある地下組織からも虎視眈々と覇権を狙われているものの、
数十を数える組織や団体を傘下に抱えており、
保護している企業からの上納金を莫大な資金として、
武力や火力のみならず 経済の面からも街を仕切っている存在といってよく。
資金源といえば武器や盗品の宝飾品などの密輸品も扱っているが、
今の首領は麻薬と人身売買には手を伸ばさないことでも知られていて。
資金源として破格かも知れぬが、管理が微妙で怨嗟を生みやすく、
百害あって一利なし、混乱の末に破滅を招くと判っているが故の、合理的な最適解であるのだろう。

 だってのに

他所の国ではどうだか知らぬが 少なくとも日乃本では一般には流通させちゃあいけないお薬だの、
主に助兵衛なおじ様やおば様の要望にお応えして、売り飛ばす商品として誘拐してきたらしい少年少女だの。
見つかってはまずい“商品”のパッケージング兼 保管庫として、
ミュージシャンが大きなフェス用のスピーカとして使いそうな強大な躯体、
依頼がありましてねぇなんて誤魔化して、意味なくデカい箱を流用していたお馬鹿な組織、これありて。
そういやどっかの高額横領疑惑を逃れようとした商社の幹部殿が、海外へ密出国した折も楽器ケースを使わなんだか。
そんなお懐かしい話が関係者一同の脳裏へ浮かんだほどに、
判ってる者にはバレバレな移送手段から目をつけられ、
一味の幹部どもを一掃するついでに資金源も目録ごと頂いてしまおうと
大きな取り引きを控え、様々に“商品”を取り揃えていたところへ
満を持して襲い掛かったのが、ポートマフィアの首領直轄 遊撃部隊。
夜陰に乗じて対象組織の本拠や倉庫のみならず、
荷を積み込んだ貨物船やらコンテナやら、片っ端から取り囲んでは力技で撃ち落とし。
美術品やら嗜好品、武器などなどといった密輸品はこちらで有効に活用して差し上げるために没収し、
危ない薬品には用はないが
組織内で研究中の様々な実験へ流用するなり拷問へ以下同文するもよかろうと浚い取り。
略取されたらしい気の毒な少年少女らは 求めがあるならそれなりの因果を含めてお家へ返すか、
働き口として傘下の水商売系のお店へ送り出すもよし…と。
あっさりと身柄を確保された格下の破落戸たちを締め上げた目の前で、
さぞかし悔しかろう効果も兼ねてのこと、そういった手配を語り、
改めて “あれはこっち、それはあっち”と没収品を検品しつつ捌いていた中で、

 「………え?」

少数精鋭の雄“黒蜥蜴”を軸に、不意打ちを狙っての一斉急襲で、
情報収集に遺漏はなかったはずが、そりゃあ意外な存在が掘り出されたものだから。
意気揚々としていたはずの面々の手が止まり、

 『中原さん、ちょっとこちらまでご足労願えませんか?』

邪魔な連中を移送するのと入れ替わりのように、
今回の作戦の責任者でもある五大幹部様を現場までお呼び立てしたわけで。
言葉少なに配慮したこちらの意はあっさりと通じた。
何せ、中原幹部は脳筋と誰か様に揶揄されながらもその実 深い洞察の利くお人だし、
彼に早急に見せたかったとするモノがモノだったし。

 「……敦?」

本当に音響システムとして作ったのかも怪しい、文字通りの張りぼて仕様、
恐らくはお宝移送用の箱としていたのだろ、合板で組み上げられていた巨大な筐体の隅っこに、
厳密にはマフィアの身内じゃあないが、一部主要な面々には仲間内のような存在、
武装探偵社の調査員、中島敦が押し込められていたものだから、
発見してしまったメンバーがそりゃあもうもう驚いたのなんの。
さして事情を知らぬ構成員だったなら、
何だ探偵社の人間か、ドジ踏んだな、助けてやったら貸しに出来るんじゃないですかなんて
そういう解釈を持って来ようところだろうが、

 “中原さんや芥川さんが懇意にしている子だしなぁ。”

片やが裏社会の雄ならば、片やは内務省や軍警とも通じておいでの正義の徒。
反社組織からもようよう悉知されており、
警察の犬扱いで煙たがるのはせいぜい市井の末端組織、
神がかりともいえるだろう ずば抜けた推理と洞察の実力もつ名探偵を軸に、
知啓にも何なら謀略にも長け、膂力や体力にも自信ありきという様々特殊な異能者を抱えた
そちらもまた本性はとんでもない組織であり。
それがため、指針や何やは相容れない組織同士だが、
最近 途轍もない等級の巨悪に目を付けられ続けの此処ヨコハマを守るべく、
史上最強かという布陣での共闘状態も立て続いている延長のようなもの、只今絶賛 停戦協約継続中で。
しかも、そこからの発端かどうかは知らないが、
人望厚い中原幹部が非番の日中、街角で仲良く歩いていたり気安く話しかけているのがこの少年。
胡散臭い美丈夫の“太宰”とかいう中堅職員とは角突き合ってるのと真逆で、
新人の部下相手でもそこまで優しい眼差し向けまいにと思うほど、
それはそれは優しく楽しそうにいるのを見る機会が多くって。

 『…嘘。そんな駄々洩れさせてるの、あの蛞蝓。』

あわよくば敦くんを身内に引き入れようっていう森さんの入れ知恵とか?
辞めてよネ、こんな純粋な子を巻き込むのは…っと。
違うと判っていつつの白々しくも、
その太宰とかいう人がまくしたてる日も近いんじゃないかというほどの親密さ。

 そういう関わりのある少年が、今の今、何だか怪しい状況下にある。

芥川と中也とで触れてみての感触からして、外からの干渉を受け付けぬ格好、
目には見えぬが確かに何かの力が働いていて、繭のような障壁に囲われている彼な様子。
怪我をさせないようにかそれとも、彼自身が脱走しないようにという檻のつもりかは、
当該者がいないので何とも不明だが、

 「…異能か。」

今宵自分らが奇襲をかけた一味へ、
彼ら探偵社も何らかの接触なり働きかけをしていたらしく。
乱戦のさなかにあっては、
物理で相手をぶっ叩いたり切り裂く攻勢を主とする前衛担当の敦だが、
この優しげで愛らしい風貌と、少々へたれなところもある人当たりの良さから、
和睦系の折衝など鋭意勉強中でもあるとかで。

 “そういう話を俺や芥川に洩らしちまうところが、まだまだ脇が甘ぇんだがな。”

敦当人はそうでも、他の課員らは違おう。
何かしらの任務中なら、何を問い合わせても応じちゃあくれないかもだが、
この現状を放置は出来ぬ。
あの“人間失格”男が…表向きには元師匠として相変わらずどこかつれない態度も辞さぬとしつつ、
実はそれはそれは大切で愛しい対象としている黒の禍狗くん経由の連絡ならば、
公私というものの分別、きっちり躾けられたこの子がそれでも訊いて来るからにはと、
何を訊きたいかくらいは耳を傾けもすることだろう。

 ただ眠っているだけとは思えない、ちいとも安らかではない顔で意識がないままの敦であり。

ようも自分に声をかけてくれたと、樋口や芥川へ礼も込めての会釈を贈った中也だったが、
今の今、この周辺に居残っている顔ぶれは、ほぼほぼこの子の“ウチへの”親密度も周知という面々だったりし。
少なくとも至近で声を聴いたり何なら言伝を渡したり渡されたりという接しようもしている間柄。

 …大丈夫か、探偵社。(そのまま返すぞ、ポートマフィア#)

というのも、この少年、なかなかに人懐こくて、
警戒心も持っちゃあいるが、幹部殿や芥川をよほどに信頼しているものか、
その周辺の人間へも 一旦馴染むとそのまま屈託ない貌を向けてくる。
こちとらマフィアだぞ、いくら中也さんの愛し子でも他所の人間まで構ってやらん…と思うものの、

 “可愛いもんな、この子。”

性格もだが、それより何よりの判りやすく、
お顔や姿が何とも愛らしい。
このくらいの年頃というとどんどん男臭くなるか、
雄々しくならないならならで、どこか不健康な骨皮枯男や棘男になりかねぬ。
だっていうのに…おとぎ話が出て来たのもまんざら判らぬではない、
それは愛らしい風貌をしている少年で。
若木のようにしなやかに伸びた四肢は、まだちょっと育ってない薄い肩や背中とのバランスも良く。
本人は嫌がるらしいが、まだまだ十代の少女への変装もギリギリで可能だとか。
危険な現場に何も知らない無防備な存在として紛れ込まされることが結構あると、
幹部殿が他所の作戦だろうにやれやれと案じていたのは結構有名。(何してんでしょうか、ポートマフィア) 笑
今は昏倒していて目を伏せているが、
紫と琥珀色という2つの透いた色彩がまじりあう珍しい瞳は、さながら濁りのない宝石のように美しく。

 “まさか…。”

口に出して言ったら大幹部と遊撃隊長に殺されそうだが、
この素晴らしくも抜きんでている風貌に目を付けられて、
下心ありありな爺や婆に買われるところだったというのも可能性としてないとは言えぬ。
潜入捜査だったとして、その場で口封じされてお終いとなってないのがその証拠かも?
ウチの組織も、未成年のしかも無理からの略取による人身売買は全面禁止としているその上、
知らぬ仲ではない対象へのこの仕打ち。
幹部様が、冷静に見せつつもはらわた煮えくりかえってらっしゃるのはもはや明らかで。

 「………遅せぇぞ、青鯖。」

此処からの人払いを兼ね、少し遠い所へ押しやった撤退中の喧騒の中をどう泳いできたのやら。
黒服らを数人ほど取り巻きのように引き連れた格好で、
かなりの速足、毅然とした態度にて辿り着いた長身の君なのへ、
顔も上げずに声を掛けている中也に対し、

 「すまんね、現役の構成員らにはさすがに顔パスってわけにはいかなんだのだよ。」

優秀なんだか、情報が偏ってるのかと、ぼそっと付け足した彼は、
かつてはこのマフィアでかなりの有名人だった存在だが、
現場に近い格の構成員たちであるほど入れ替えも激しいので
そうそう数年前の事情やら上層部では通じているコアな等級の秘密まで浚えと言われても無理がある。
4年かけて内務省が経歴を洗ったせいもあり、
よって、探偵社やその周辺でぴらぴらと長外套を振り回し
美人に片っ端から声掛けて闊歩しているいけ好かぬイケメンが、
実は元は幹部でしたという衝撃の事実も知らぬ者の方が多かろう。
ヨコハマの薄暮の正義を支える存在、
武装探偵社にあって、権謀術数も担当している知性派で、
あの“死の家の鼠”の頭目にして殺人結社《天人五衰》の構成員、
魔人フョードル・ドストエフスキーでさえ一目置いている存在で、
マフィアにいた時代は「彼の敵となった奴の最大の不幸は 彼奴の敵となったこと」とまで言わしめた、
闇夜の世界を覇する人種の中でも間違いなく絶対強者だった太宰治氏である。



to be continued.





 *長々と綴ったのに話が一向に進んでいません。
  ワクチン打ちに行ったり、急に引っ越す人が出てバタバタしてました、すいません。
  さして大事にするつもりはなかったんですが、…どう収拾付けようか。(こら)



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