短編 2

□その虎、過保護につき
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まだ十代という、若いというより幼い年代ながら、
強盗や襲撃、果ては略奪もどきな誘拐などなどという、
乱暴さや狡知さで軍警さえもお手上げレベルの物騒な荒事案件を捌くことで有名な、
武装探偵社の前衛担当。
異能を持つ輩が跋扈してもおり、
ともすりゃあ帝都より荒っぽいんじゃないかとされている
ヨコハマという土地の闇へも躊躇なく踏み込むし、
そんなヨコハマの裏社会の雄であるポートマフィアとも丁々発止の鍔迫り合いをやらかしてきた集団であり。
その先鋒を、入社間もないころから数多く重ねてきた少年だが、

  人も情勢も時の流れとともに良しにつけ悪しきにつけ変わるもの

犯罪にも手を染める裏社会の組織ではあるけれど、口では収入源の地盤だからなんて言っているけれど、
それでも今の首領様は、ヨコハマという土地を大事にしたいと思っておいで。
外ツ国からまかり越した巨悪相手に、色々な因縁もあっての共闘も多々あったし、
何より、個人的な確執からいがみ合ってたその素因が無くなったことから、
向こうサイドの先鋒担当、
冷酷な殺人鬼として“マフィアの禍狗”という二つ名を持つ、遊撃隊長こと芥川さんとも
軽口レベルの罵倒句を言い合う程度の仲に落ち着いている。
ともすれば、最近できた“おとうと分”として、
戦闘や任務から外れれば途端に危なっかしくなるところをしっかと案じられており。
その落差には、周囲も ついつい二度見するほどの妙なおののきを感じるほどだとか。
何せ、本人のまとう雰囲気はそうそう変わってもないものだから、
微妙に緊張してしまったけれど、
服装こそ黒っぽいものの、ようよう見れば常のあの長外套ではなくのシックな膝下丈のジャケット姿。
どうやらお仕事がらみの来訪、別名“奇襲”ではなさそうながら、
それでも…此処って2階なんだけどと、窓から来たりた漆黒のお見舞いの人を眺めやり、

「靴、」
「? 履いているが?」
「だから。」

アメリカンな仕様の家でなし、何より畳に敷かれた布団を見下ろしてもいるというに、
靴は脱げと言われているのが判っているやらいないやら。
すっくと立った痩躯の足元には、窓からの来訪ゆえ、紳士靴がきっちりと履かれたまま。
言葉を端折りすぎて通じてないのかと小虎くんが歯噛みしておれば、

「土の上を歩いて来てはおらぬ。」
「判っててそのまんまだったな。」

うわ、ツッコミ待ちだったとか、余裕じゃん…とばかり、
むうと口許をとがらせる虎くんで。
とはいえ、思えば このようなずぼらな口利きでも通じようと思うのも
ちょっと早計というか敦の側もまた虫が良すぎるのかも。
何が何でも絶対拒否という殺伐とした間柄だったころに比べれば、
仕事から離れている時という限定ながら、
相手に文字通り歩み寄ろうとなる心持ちになっている。
そこに嘘や妥協はないけれど、
まだまだ相手のあれやこれやには知らないことも多かりしなので、
いきなり言葉足らずな言いようを突き付けられても通じまいというもので。

 ましてや、この青年はあんまり人と馴れ合うようなタイプでなし

相手の意を酌もうという歩み寄りなぞ、ずっとずっと縁がなかったのではあるまいか。
任務のうちとして腹の底を探るということはあっても、
仲良くしたくてという柔らかなそれではなく、
本音や真意はどこにあるのかを引き出さんというような計算めいたものしか知らぬとか?

 “……いやまあ、そこは随分と。”

そんな彼だというの、自分の側もうっかり忘れていたほどなのはどうしてか。
この漆黒の覇王様と敦の間にはとある存在がおいで。
手酷い裏切りという格好で組織を抜け、
しかも再会すればしたで厭味ばかり口にする、彼からすれば元上司。
マフィアと探偵社に離れた身なのだ馴れ合う仲ではないとか、
手ごわい好敵手として敦を叩き上げてほしいからとか、
その他もろもろの思惑あっての何やかや、
相変らずに腹芸でしか接して来なかった小癪な存在だったがゆえに、
本当は慕っていたものが、まんまと策に乗った格好、敦へも殺意しか向けてはこなかった芥川だったれど。
そんな太宰との確執が霧消し、それで…という簡単なものではないのだろうが、
それでも憎悪を向ける対象ではなくなったらしいところから、徐々に詰まってきた距離は、

 「大事はないのか?」

ほら、今も。
ちょっと不条理にも高飛車ぶってたのは、挨拶代わりのおふざけだったらしく、
すとんと布団の傍に腰を下ろし、華奢に見えて結構男らしい造作の手を
敦の前髪の下、額へと差し入れてくる。
冷たいかと思った手は、そうでもなくてでもさらさらと心地いい。
ああ、最近よくこうしてもらったり頭を撫でられたりしているな。
弟分だからかな、甘えてていいのかなと、ぼんやりと思う。
警戒をしなくなっているのはこちらこそ今更で、
子供扱いするなという感情も浮かばぬのは、こっちからもほだされ切っているからか。
大丈夫そうだと納得はしたようで、手を引いてホッとしたように微かに肩から力を抜くと、

「眩暈はしないか? よく眠れたか?」
「うん。戻ってきたら ほぼそのままぐっすりだった。」

直前までその意識を封じられていた敦には、
どうしてか唐突に深く寝ていたところからやはり唐突に目が覚めたようなもの。
まずは自分がいる状況が判らなかったし、
そういや深手を負ってもいたせいか貧血状態だったらしくて頭がよく回らず、
見回せば知った顔ばかりが集まっていて、しかも何でか夜更けという時間帯の屋外で。
えっとえっとと混乱しまくり、そんな自分を皆さん案じて下さっており、
太宰さんや鏡花ちゃんは分かるけど、何でか中也さんや芥川まで揃ってて。
他にもたくさんの人の気配が動き回っている現場らしくって…と周囲の気配を何となく攫っていたらば。

 『……っ!』

自分へ訳の分らない異能を向けて来た男が至近にいたことを察知し、
こいつは放逐しておいてはならないぞと、気が付いたら体が動いていたようで。

 “そこからの記憶がまた曖昧なんだけどなぁ。”

いきなり全力で動いたためだろう、頭がぐらんぐらんと回って立っていられず、
周囲のざわざわする声やら気配やらのざらつきに翻弄され、
何かあったらしいのだが、意識も朦朧となったそのまま社員寮までを送っていただき、
延べられた布団に横になったそのまま、
吸い込まれるように眠ってしまって今朝を迎えた虎くんだったというから

 “…ある意味で大物というか、未熟ゆえか。”

繊細そうな風貌をしているのに、実は格闘担当の前衛なのは伊達ではないということか。
与謝野がいなければ一大事だったほどの威力で“虎爪の一閃”を振るったのに、そこはごそりと記憶にないらしく。
まま、それを思い出させるかどうかは探偵社のすることだろうと感じつつ、
今のところはけろりとしているおとうと分を、やんわりと微笑いつつ眺めやる禍狗さんで。
何てことない平生ほど及び腰なのに、正義感が強くて我を譲らなかったりし、
進路を遮るものは悪人だろうが一般人だろうが問答無用で刈り取る芥川へも
初見の怯えもほんの数刻、刈られてなるものかと立ち向かって来たし。
その後もいっぱしに意見するよな少年だしなぁと、
そんなところを改めて重々思い起こしたらしい兄人様だったらしく。
日頃もどっちかというと寡黙というか、激高すると難しい物言いがあふれ出すくせに
何てない時は口より手が出て、危ないぞと構いまくってくれる…いやそうじゃなく。

 “…そうじゃなく。////////”

彼だとて表向きのフロント企業内でという置き換えをされた書類仕事があろうに、
それがないならないで昨夜の今朝なのだから休めばいいのに、
なんでまたわざわざ、
恐らくは余計な世話を焼かされたのだろう敵対組織の下っ端のところに赴いて来たのかなと。
そうそうチョコレート食べさせてくれたしなんて
弟くんの側でもおぼろげな記憶を思い起こしておれば、

 「これを。」

どこに持っていたものか、もしかして中空に羅生門の触手で吊り下げてでもいたのだろ、
割とマチのある手提げ袋をするすると手元へ下ろして来、
布団に上に座っている敦の膝の上へと載せてくる。

 「???」
 「銀が、見舞いにと。」
 「え? 銀さんが?」

この淡々としている仏頂面とそれはよく似ているのに、
あちらは親しい相手には柔らかく笑ってもくれる麗しい妹さんで。
一応は違法行為をこなす身だし、それぞれに緊張感も持ってあたっている兄と妹。
互いの任務にまつわる話もいちいちしわせぬが、
昨夜の一件はなかなかにインパクトのあった事態だったせいか、
どこからか“探偵社が絡んでいた”とか、虎の子が略取されていたとかいう辺りが漏れ聞こえたらしくって。

 「まだまだ暑いうち、食欲がなくても食べられるものをと思ってか、
  朝っぱらから作ったらしい。」
 「うわぁ、水羊羹だ。凄い凄い。」

覗き込んだ手提げは内側に銀の保冷仕様がなされてあって、
そこへと収められていたタッパウェアの中に、プリンカップのような容器がいくつも並べられている。
なめらかな黒檀色の中身の香りをかぎ取ってか敦にはあっさりと正体が判ったらしく。

 お前も食べた?美味しかった?
 そっかぁ。凄いなぁ。

どこか困ったような顔ばかりしていたのもが、
一転してそれは無邪気にはしゃぐのへ。
ますますと子供だなぁという感慨からのそれ
自然と口元がほころんでしまう芥川だったのだが、

「僕も中也さんから教わりたいんだけど、
 敦は食べる側でいりゃあいいってあまり教えてくれないんだなぁ。」

そんな一言をぽろっと付け足すものだから。
おやまあ、意識せずともそんな惚気が出るとはと、
今度はそんな無防備さへも苦笑が浮かぶ。
??と見とがめられそになって、
もう帰るぞとの意思表示、そのまま立ち上がった芥川だったが、
誤魔化し半分に口にしたのが

「そうそう。」

中也さんが攫いに来るかもしれぬ。
件の騒ぎの報告書、今朝からずっと最優先で当たっておられてな。
尾崎幹部から首謀者らの「供述書」を受け取り次第、提出してそのまま迎えに来かねぬ様相だった。

 「………え"?」

どういう意味か、今日のこれから何が起きるのかが
虎の子くんの頭にまで伝わるまでに微妙な間が少々。
そしてそれを追うように、
二人の背後になろう窓の外をさぁッとよぎった何かの影があったが、その後どうなったかは……




   〜 Fine 〜  21.10.09.〜11.10




 *…で、後始末編の「2」へ続くわけですなvv (笑)
  とろとろと続いた長話、お付き合いくださってありがとうございました。

  そうそう、そういえばっvv
  文ストアニメ、第四期、製作決定だそうですねvv
  乱歩さんとポーさんが虫太郎さんとの対決となる話からですよね。
  太宰さんがとんでもない監獄に収容されてドスさんと再会するのももちろん入りますよね。
  つか、冒頭に中也さんの兄貴たちの話とか入るの?
  想像しだすときりがないですね。
  新春公開の映画のプロモ動画も第二弾が配信されてたし、
  いろんなものが待ち遠しいですvv



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