短編 2

□その虎、過保護につき
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いつものおさぼりと見せかけて、でもでも敦くんを案じて下さったのか、
あの太宰さんまでもが裏庭で待機 (?)していた 保護者の皆様による包囲網に観念したか。
与謝野せんせえに安静と言われてことを順守して、
明るいのに寝られるもんじゃあないなぁと、
お仕事が佳境だったこともあり、特に読んでいた本もなく、
退屈の虫と共にぼんやりと過ごした長い午前。
元からあった古びた柱時計へと目をやっては、
お昼になったら鏡花が戻ってくるというのを待っている。
じっとしているのでさほどお腹は空いてもない。
それよりも、何てことない容体だから ちょっとはお仕事へ戻ってもいいかなぁ?と、
懲りずにお伺いを立てたいからで。
それがダメなら、じゃあじゃあ晩ご飯の支度を任せてほしいなとか、
性懲りもなくあれやこれやと胸中で算段しておれば、

「…敦、起きているか?」
「…っ、え?」

正午を回って数分ほど。
ドアをわざわざコンコンとノックする音がし、
その後に続いた切れのいいお声は…あの少女のものとは全く別の、芯の張った男の声で。

「入るぞ。」
「あ、は、はいっ。」

鏡花を相手にと色々と“作戦”を練ってた敦にしてみれば、
予想外の人物の訪問だったことで奇襲を受けたようなもの。
わあと慌てて身を起こせば、それとほぼ同時、
特にカギがかってなかったドアだったのを容赦なく開いて入って来たのはやはり、
土間という段差のある玄関口に立っていても見上げねばならぬだろう長身なお人。

「邪魔をする。顔色はよさそうだな。」
「…国木田さん?」

相変わらずにきびきびとした所作で、
それでも…彼にしては威嚇にならぬようにと柔らかな物腰を意識しているものか、
テンポを緩めた動きで上がって来る。
身を起こした敦の傍らに、深めの膝立ちのような格好で腰を下ろし、
大きな手のひらで前髪を掻き上げるよにして熱を診、
うんと一つ頷くと、大事はなさそうだと納得したようで。

「鏡花が戻る予定だったらしいが、
 午前にかかっていた外回りの聞き込みで手が離せぬ事態になったようでな。」
「…え?」

詳細はのちに訊いたが、迷子を見つけて親御を探すことになってしまい、
交番に行ったら親御と行き違いになって…という、よくある“すっとんぱったん”状態になったとか。
そうなってしまった旨を探偵社まで連絡してきた彼女の代役として、
敦の昼食の世話をしにとやって来た国木田だったらしい。
大人しくしているか?と、厳しいお顔で上がって来た彼ではあったが、
硬直状態の敦にはさほどプレッシャーを与えるでもなくそのまますっと立ち上がり、
踵を返すと玄関の傍らに備えられている水回りへと向かう。

「あ、あの…。」
「体調が悪くて食欲がないとか、そういった不調はあるか?」

やや食い気味に問いかけられて、それはないですとお返事すれば、
そうかと頷いて何やら作業に取り掛かる先達様だったりし。
背の高い彼なので頼もしい背中しか見えず、
ついでに言うと手際が恐ろしくいいのだろう、
背中へ垂らした束ね髪も定位置なまま、さしてその場から動かぬままに、
持ってきたトートバッグからあれこれ取り出し、カチャカチャと支度を進めてゆく。
流しの上へ立てかけてあったまな板の上、ざくざくと何か刻む音も軽快に下ごしらえを済ませ、
鏡花に聞いていたのか、朝炊いて残っていた冷ご飯を冷蔵庫から取り出すと、
フライパンをコンロに掛け、じゅわわぁという小気味のいい炒めものの音を立てさせる。

 “……あ、何かいい匂いだvv”

バターをとろかす甘くて香ばしい匂いがし、ちょっと攻撃的なじゅわわという炒める音が続く。
色々と足して足して、頼もしいスナップを利かせてフライパンを何度もあおったのち、
一旦どこかへ空ける所作をしてから、次は別なものを分けて炒めるものか。
カシャカシャという小気味のいい音がしてから、じゅわんと再びくっきりした焼きものの音。
ぼんやりと見やっていた敦だが、
幾刻かしてからながら、さすがにハッとするところは成長してもいて。

 “えっとえっと…。”

先輩さんにだけ働かせていていいものかと、部屋のあちこちをきょろきょろ見回し、
卓袱台を見やるとこそこそと四つ這いでそちらへ赴く。
気づかれないよう、物音を極力立てないように広げ、
寝ていた布団はずりずりと押し入れの側へ押しやって。

「…おお、手伝ってくれたか、すまんな。」

小さいながらもいつもの食卓を広げていた敦の方へと振り返った国木田は、
そこまで厳密に安静をごり押しして叱るつもりはないようで。
テーブルが出来たのならばと、硬く絞った台布巾を手にやって来て
丸い卓袱台を四角く…ではなく、きっちり隅々まで拭い。
数歩で戻った調理台から出来上がった“お昼ご飯”を運んできて、きっちりと並べてくれる。
自分も食べるつもりだったか、
サラダ菜とプチトマト、福神漬けの添えられた2つの大皿それぞれには、
ふわとろ卵のオムライスの大きなお山が載っており。
ごはんは自身でも持ってきたらしく、大人二人が満足出来よう量に十分間に合ったようで。
カレースプーンも添えられたご馳走、
敦がそれは正直に“わあぁ”と隠しようのない笑顔で迎えたことへ、
それこそがご褒美だったかのよに満更でもなさげに笑顔を見せた先輩様。
ペットボトルのお茶とグラスも用意して、

「さあ、温かいうちに食うぞ。」
「は、はいっ!」

同じ間合いでパンと両手を合わせ、
頂きますと一礼し合い、
ホカホカ絶品の黄色いお山の攻略に掛かったのでありました。



     ◇◇


お腹いっぱいになったお陰様、
瞼がやや重たくなってしまったところをあっさりと見抜かれ、

 『今日はこのままゆっくり休め。』

虎の子くんが攫われていた事件の方はすっかりと方も付き、
報告書を作成して提出すれば決着となる。
数日前に救出した某お嬢様からのお礼のお便りが菓子折りと一緒に届いてもいるくらいで、
残党や何やによる荒事は全くの全然 勃発しそうな気配もなく。
敢えて体を動かしたいのなら、
どっかのサボり魔さんが出社せぬまま行方不明なのを草の根分けても探すことくらいだとのこと。

 “お言葉に甘えてていい…のかな?”

うとうとしだしたところを苦笑され、こっちだこっちと手際よく広げられた寝床への帰還を果たすこととなり。
短い間すうと寝入ってしまったようで、ハッとはね起きたらもう国木田は居なくなっており、
卓袱台も畳まれていたし、食器やフライパンもきっちりと洗って片付えられてあった。
あんな長身なお人なのに、ついでに言えば
がさつは言いすぎだがなかなかにザクザクと動く切れのいいお人なのに、
敦が寝入ったのを邪魔せぬようにと慎重に動いてのお片付けをしてくれたのか。
それとも気づかぬほど深く寝入ってしまった自分だったのか…。

 “疲れてたって感じじゃあないんだけどもなぁ。”

敦自身には特に体を動かした感覚はないのだが、
敵の異能によって、皆様が慌てふためいたような封印状態にあった上、
身体の状況も怪我を負ったその時そのままにされていたらしく。
突発的に異能者の気配を嗅いで “貴様この野郎っ”と掴みかかってしまったものの、
そのまま貧血状態になって昏倒したというから、身体の方は大丈夫ではなかったらしいし。
時間も止められていたとしても、異能が解ければ
なだれを打つように今の時系列へと追い着く“リバウンド”が起きたって不思議はない。
冷凍保存している食材も、だからと言って永遠に腐らないってことはないんだよと、
確か与謝野先生が言ってたような…なんて、取り留めのないことを思っておれば

  こつん、と

どこかで硬質な音がした。
微かな音だったが柱や何やがきしむ家鳴りとも違う堅い音だったし、
あれれと音がした方向を見やれば、
腰高窓に嵌ったガラスの向こう、何やらひらひらしたものが揺れて見え、

 「…はい?」

見覚えのありすぎる黒い布が、ここは2階なのに届いてて。
器用に木の枝か何かに巻き付いたそのままこつんと再び窓をつつく。
え?え?と双眸を見開いたのも束の間、
このまま放っておいてもいいもんか、もしかして業を煮やして割られたら剣呑だとハッとし、
布団を跳ね飛ばしてあたふた身を起こしたところ、
意外と静かに木枠の窓をするるとスライドさせて開いた黒布は、
そのまま枠に楔のようにつき立って、
一瞬たわんだと思った次の瞬間には、持ち主だろう黒い影を
軽々と室内まで引き上げてしまっていたのだった。


to be continued.




 *夏のお話をいつまで引っ張るんやという感じですが、もうちょっとお付き合いを…
  面白い人までお見舞いに来ちゃったらしいところで切るやつ。(笑)
  皆様から可愛がられている敦くんを書くのは本当に楽しいです。
  国木田さんのド鋭いものの言いようはあの人の性格だからしょうがないのでしょうが、
  そこを指摘されたらいちいち“なんてこった”と傷つきそうで、
  繊細なんだか無神経なんだかはっきりしてほしいですと言われそうなタイプと踏んでます。(酷…)



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