短編 2

□その虎、過保護につき
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ヨコハマ裏社会の雄であるポートマフィアにおいては、
最近 図に乗っての跋扈はなはだしい新興密輸組織の殲滅作戦だったものが、
武装探偵社側では要人の令嬢略取事件として秘密裏に請け負っていた案件で。
武器や密輸品の強奪と横流しなんぞを構えていた連中、
その陰で見目の良い少女少年らの誘拐と売買も手掛けていたらしく。
依頼してきた高官とやらが表沙汰には出来ないと言って来た条件下、
敵陣営へ潜入し保護対象の令嬢を探すところを担当していた虎の少年は、
令嬢救出には成功したものの、
内偵により破落戸の集まりだと把握していた集団の中に
息をひそめるようにして紛れ込んでいた、
やや強力特異な異能を持つ男により、クルーザーごと攫われるという思わぬ事態へと雪崩込んでしまい。
太宰が持つ異能無力化とも違う、だがかなり強力な封印の異能、
恐らくは障壁の中へと取り込んだ存在の時間を止める封印系のそれに就縛された敦くん。
二重間諜だったらしき異能持ちの男は…もしやして、
白い本とやらの道標とされている重要人物だと知ってでもいたものか。
予想外の力持つ伏兵の出現にあって、
ついつい慎重に構えて追跡を掛けていた武装探偵社陣営へ、
結果としては救いの手となって飛び込んできたのがマフィア側からの接触だったというわけで。
太宰や鏡花、その先を読んでいたらしい名探偵の人選で同行せよとされていた与謝野女医の活躍で、
少年の奪還に成功したうえ、のちの憂いとなりかねぬ 厄介そうな異能者も取り押さえられたのは万々歳。
双方組織共に、案件対処完遂となり、
ヨコハマは今日もまた爽やか健やかな朝を迎えた…のではあったが。


 「ううう。」

起き出してごそごそを始め掛かった敦を、手荒ではなかったとはいえ、腕ずくで布団へ引き戻し、
安静にしていなさいと言い置いてった鏡花の言いつけを守って、
横になっている虎の子くんで。
もう眠くはないので、手持無沙汰なまま午前の時間がもったりと過ぎるのがただただもどかしい。
重傷者ではないし重篤な状態でもないというところはさすがに納得もあったらしく、
鏡花は “小腹がすいたら摘まむといい”と、
ちょっとした菓子やら頂き物の早生のリンゴ、
お茶の用意一式やらを載せた卓袱台を部屋の一角に取り揃え、
あとで昼食の支度に戻って来ると言い残し、
いつものように探偵社へ出社していった。
昨夜の騒動の報告書を作らねばならないし、他の依頼や消化中の案件もないではないので、
少数精鋭、引っ繰り返せば人手不足でもある探偵社は、
緊急事態下でなくとも毎日何かと忙しい。
異能のおかげと自身の辛抱強い育ちもあってのこと、
タフなこともまた重々自覚のある敦としては、
特にどこかが痛むわけでもないのにこんなして時間を持て余すだけだなんて
却って落ち着けないから困りもの。

 「書類の整理だったら手伝えるのになぁ。」

すすけた天井板を見上げつつ、
言い置かれた“安静”を消化中の敦はそんなこんなをぼんやりと思う。
確かに任務の中で敵方に捕まってしまった自分であり、
虜囚だったらしいということや失血状態だったというのは飲み込めている。
なので、思わぬところに疲労が残っておれば、荒事では足手まといにもなりかねないけれど。
机と資料を前にしての事務仕事なら頑張れそうなのになぁなんて、
じっとしていることがお仕置きみたいな感覚になっている虎の子くん。
輾転としまくった挙句、腰のあたりまで折った掛布団はそのままに、
それでもその“お仕置き”に大人しく従って横になったままでいる。

 ……というか、

実はちょっとほど前に、性懲りもなく起き上がっての洗濯ものでも片付けようかと、
洗濯機を回し、窓の外へ小物干しを出して靴下やシャツだけでもと干しておれば、

 『おやおや、働き者だねぇ、敦クン』
 『えっえっ?』

不意に掛けられた声があり、
何だ何だと焦りつつ左右を見回した末に下へ視線を落としてみれば、
社員寮となっているアパートの裏側、
細長い裏勝手側に立っていた御仁があって。

 『でも、確か与謝野さんから安静にしてなさいって言われてなかったかな?』
 『……太宰さんこそ何してるんですか、もう始業時間すぎてますよ。』

あまりの間の良さに、
何だか油断も隙もない子だからという見張りとして立ってたような気がして。
隙が無いのはどっちだと思いつつ、それでも白々しく訊いてみれば、

 『なに、荒事対処も落ち着いて今日は書類相手の作業一遍だろうから、
  ちょっと自分のペースを整えようかと。』
 『……さぼってるんですよね、それ。』

そうと突っ込んでみたが、
先輩様は ふふと微笑って双眸を弧にし、口許を柔らかくほころばせただけ。
いつもの砂色コートに、やや着慣らしまくりのシャツやトラウザーパンツという
なんでもない見慣れた恰好のままだというに
日頃はこうはいかない角度のやや斜め上から見下ろしても そりゃあ麗しいのだから半端ない佳人様で。
大人しくしてなよと言ってひらひらと手を振ると、そのままどこかへ立ち去ってしまわれたが、

 “美人には飽きるなんていうのは嘘だな。”

美人は3日で飽きるが不細工には3日で馴れる、なんていう失礼な言い回しがあるそうだが、
多少 馴れはしても飽きるというのは当てはまらないよなと思う。
国木田から叱言を突き付けられても つ〜んとそっぽ向いてる顔とか、
女性に向けてわざとらしい垂らし文句を並べるときの取り繕ってるお顔とか、
そりゃあ多彩なあれこれをいやというほど見ているが、
それでも“きれいなお顔だよな”と感嘆しない日はないのだし、

 “それとも、太宰さんの綺麗さは桁が違うのかな?”

それで言ったら、あのその、中也さんも、そりゃあお綺麗で
何か悪さを構えてる時の口の端を上げてる笑い方も、
怒って真顔になってる怖いお顔も、
勿論のこと、それは嬉しそうに笑って構ってくれる時の笑顔も、
そっと思い出すだけでふふーと嬉しくなってしまう眼福もの。
枕元に置いていた携帯端末に手を伸ばし、
お仕事用の支給品ではあるけれど、
お仕事用の情報ファイルとは別、こそりと忍ばせている写真をパスワードを使って呼び出して、
(ちなみに、こうすればいいよと教えてくれたのは太宰さんだが。)
時々撮らせてもらっている写真を眺めて悦に入る。
本当だったら、マフィアの幹部なのだから、
部外者のしかも端末保存用になんて そうそう撮らせはしないはずなのにね。
(これはマフィア在籍の兄弟子さんから呆れ半分に言われた。…そういやそうだと反省しもした。)

 「……♪♪」

うわぁ、やっぱりカッコいいなぁ。
昨夜も、あのその助けに来てくれたそうだし、
でもあんまり一緒に居られなかったからそこが残念というか…ううう。
小さな端末と向かい合い、恥ずかしいとか何で覚えてないんだボクのバカバカとか、
ヲトメのように七転八倒しはじめる困った安静案件さん。
うん、確かにもう大丈夫、十分快癒していると思うよ。(笑)



to be continued.(21.10.09.〜)





 *なんか変な翌日譚ですな。
  主人公なはずの敦くんの出番があまりになかったもので、あのその。
  



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