短編 2

□その虎、過保護につき
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雲がかかっていたらしき、白い月影が空でそおと顔を出す。
そんな情緒も今は他所ごと、
その月の和子みたいな銀白の髪のせた少年がやっとのこと就縛から解き放たれており。
一体どこの何者が仕掛けた異能なものか。
何度もこのヨコハマを巨悪から守り抜いたほどの覇気と異能持つ
我らが虎の少年をその能力ごと封じていた障壁とやら。
目に見えるものではないながら、
それでも囲うように取り込んだ存在を支える格好にでもなっていたのだろう。
太宰が触れて呪縛を解いたその途端、
不意に支えを失くしたかのように、繭の消失と共にその身ががくりと崩れ落ちかかる。
一番間近にいた太宰が、だが支えもせずに すっと身を引いて下がったのは、
いつぞやに“男と抱き合う趣味はない”なんて言ってた“主義”とやらからじゃあ勿論なく、
障壁を解くには必要だった彼の無効化の異能が、今度は敦自身の超再生への妨げになるからで。

「敦っ。」

そういった配慮も見越してのことだろう、
敦の傍に空間を空けるよにやや下がった彼と入れ替わる格好で屈み込み、
支えんと手を延べたのは鏡花だったが、
さすがに体格の差と、随分と低い姿勢だったことから、支えるにも引き上げるにも無理があり。
何より、そのように扱っていい身かどうか、
やっと触れた身がやや熱っぽく、
そのくせかすかに歯を鳴らす音もするから、失血のせいで寒いのかも知れない。
無理から停められていた時間がようよう解き放たれて、
今の彼は怪我を負ったその場に いまだ居るようなものなのだろう。
それでも、意識が浮かび上がったと同時、周囲の様子も嗅ぎ取れてはいるらしく。

「…きょうか、ちゃん?」

封印の異能で意識まで封じられていたものか、
遠慮がちとはいえ、肩をそおと揺すられたことが刺激になったらしく、
ずっと力なく下ろされていた瞼がゆるゆると上がる。
視線と共に顔も上げようとするのだが、
力が入らぬのだろう、その身を丸めていた時以上にうずくまる格好になったものの、

「敦、ふらつくのか?」

低められた静かな声を掛けつつ、
中也が鏡花の傍らに同じように屈みこんで、支えるように腕を伸ばした。
これへ触れるのは逆鱗ながら やや小柄な見栄えであるものの、
そこはがっつりと鍛錬を積んでいる身、
伸べた片腕だけで倒れ込みかかる少年の上体を受け止めて、そのままぐいと引き上げてやる。
勿論のこと、シャツだけしゃにむに引くような半端な対処ではなく、
前腕の長さで幅いっぱいに胸元を受け止めてやり、
縫い包みでも扱うような余裕でもって、自身の懐へと引き込むようにその身を起こしてやっており。
敦の側でも側で 余程に力が入らぬ容体なのか、
差し出された幹部様の腕へすっかりと身を任せているようで。
膝よりやや高さのあった木枠の縁、
例えが悪いが軟体動物のように、引き上げられるままずるずるりと
力なく引っ張り出されて乗り越えたくらい。
同僚の鏡花を感知したのと同じように、
こちらはその存在感で察したものか、
懐へと掻い込まれた手際の中、

 「…。」

ちらと兄人を見上げ、
頼もしい仕儀へかそれとも安堵からか、微かに口角を緩ませたようなので、
無防備が過ぎる状態でもないらしいのだが。

 “とはいえ、まだ完全に正気に戻ってもないらしいな。”

繭の外からも見えていた二の腕の傷は、結構深いそれだったようで、
それを回復させんとする超再生が機能しているらしいのだが、
気を遣って太宰ははやばやと離れたというに、沸々と肉が盛り上がる速度が心なしか鈍い。
屈み込んでいる中也の懐にすっぽりと囲い込まれたまま、
知己の皆様に案じられつつ見守られている彼だったが、
思えばそんな状況になって照れて慌てない辺りも、
まだ意識が朦朧としていて、我に返っていないということなのではなかろうか。

 「……。」

そうまで失血状態がひどくて影響しているものか、
手荒にはなるが いっそ与謝野に預けた方が早いのかも、と。
案じるあまりにやきもきとそんなことまで思う探偵社組のみならず、
敦とは親しくしているマフィア側の顔ぶれも、
血の気の薄さからだろう、常以上に白い貌の彼をただただ案じるように見守っているばかりだったのだが、

 「……っ。」

一歩引いた最初の立ち位置にて、
それでも案じてはいるからこそ他の段取りへも気を回せずに立ち尽くしていた誰か様。
自身の装備にふと気が付いて、漆黒の外套の衣嚢に手を入れると何やらごそごそしてののち、
空いている空間へとその痩躯を進み入れ、

 「…人虎。」

不意な声が掛かって、え?と少しほど顎が上がったその口許へ何かが触れる。
そこへの小さな声掛けがあって、

 「あー。」

あ、これってと覚えのある声掛けへの、反射のようなもの。
修羅場で容易く意のままになってどうするかとかどうとか、問題のある反応じゃああるが、
今の今、これへキョトンとしたのが鏡花と樋口嬢で、
逆に覚えがあればこそで苦笑したのが太宰と中也。
ああ、あれかという思い当たりがあったからで。
あーという幼い子供へのそれみたいな声掛けに、素直に薄く開いた口だったところへ、
小粒のチョコレートがついと押し込まれて。
初夏の気温の中、それでも溶けてはおらずにつるんと表面が保たれていたのは
特殊な携帯容器の効能のおかげ。
とはいっても口へと含めばすぐさま柔らかくなったようで、
甘さを感知したか、ぼんやりしていた表情が徐々に喜色に染まって、
ぱちりと一つ瞬きをすると、傷ついていた虎の子の二の腕が光を放つ。
痛々しかった傷が跡形もなくなったのと同時、
緩慢だった身動きもちょっとはしゃんとしたようで、
顔を上げるといつの間にか新たに傍らまで来てくれていた兄弟子さんへ
ふにゃりと笑ったから、随分な復活だったようで。

 「あのチョコレートってまさか何かドーピング効果もあるのかね。」
 「さてな。非常食扱いで銀が補充しとると聞いてるが。」

いつぞや、やはり案件対象がもろにかぶった騒動があり、
敦と中也が正面切って対峙しかかった物騒な修羅場を
何とか収めようとしていた旧の双黒さんたちの対話の場外にて、
外野に引いたそのついで、
負傷したものの気が抜けたと言い、回復に間が掛かった敦だったのへ
こんなものでも助けにはなるかと芥川が食べさせたのが小包装の粒チョコで。
(Marmalade-bomb 参照)
あの時の“餌付けシーン再び”という構図だと思い出した中也や太宰が苦笑し、
他の面々には何が何やらとなったのも一刻。
もむもむと まだちょっと蕩けそうな表情のままに
甘いものを堪能していた白虎の少年だったのだけれど、

 「…………っ。」

ふと、その表情が切り替わる。
何だ何だ、2つ目は思ってた味じゃなかったか?くらいに、
気がつきはしたがその程度の認識で“おやや?”と覗き込みかけた幹部殿や
ポカンとしていたものの、少年が元気になりつつあるならいいかと
落ち着き始めていた鏡花との狭間からすっくと立ちあがり、

 「え?」
 「敦くん?」
 「人虎?」

何だ何だと、いきなり立ち上がった彼を見上げる面々への応じもないまま、
腕と脚が一気に虎のそれへと転変する。
月光やサーチライトが入り混じった
夜の港独特の明るみの中に濡れたように光る白の毛並みの出現へ、
察しのいい顔触れがハッとしはしたが
思考の反射に体の反射がわずかほど追いつけなかった人や、
ま・いっかと面白がって動かなかった人が見送った隙間を俊敏に縫うように飛び出してった虎の神。

「貴様っ!」

名指しで特別に救出してくれと依頼されてた某高官のお嬢さんは、
何も未成年にあるまじき不埒な遊興の場に自ら居て攫われた身ではなくて。
同じ学校に通うカースト上位の傲慢な令嬢から何やら無理強いされたらしい
やや低層家庭のお友達を庇って同行しただけ。
ただの嫌がらせならともかく、反社組織が目を付けるようなクラブへ誘い込んで攫わせるとか、
巧妙な段取り組むような賢い子じゃあなかったのにとご当人から聞いていた敦くん。
阿婆擦れなご令嬢を骨抜きにしていた男とやらに気が付いて。
ついでにこんな組織にいるのは違和感満載な格だとも気が付いたので、
令嬢とお友達の脱出の折は盾になりもしたのだそうで。
年端もいかぬ、しかも異能も知らぬお嬢さんに何しかかったんだと、
時間が凍結されてた寸前まで巻き戻った虎くんが、ついでに憤怒も解凍されたらしく。

 「……げっ。」

数歩ほど駆けてから 野獣並みのしなやかな連動にてジャンプした気配にそちらも気づいたか、
え?と顔を上げたそのまま、ハッとし、
ヤバいという顔になった輩がいたのを周囲の幾たりかも目撃したので。
ああこれは…と色々と察しもついた、さすがは大幹部や上級構成員の皆様の御傍づきグループで。
ちゃっかりとか、それも異能のうちか、
殲滅対象に紛れていたはずが 今度はポートマフィアの黒服着込んで紛れ込んでた時空封印男へ。
どんな変装したって誤魔化されるかと、異能のお鼻で嗅ぎ取ったらしい敦くん。
月を背負っての跳躍一番、
ほらまだ朦朧としていたし、遠慮も何も動員するには無理があってという
色んな付帯条件下にあったからこその ほぼ無制御なまま、
痩躯とはいえ体重もしっかと乗っけた虎の拳を、相手の顔の真ん中へと思い切り叩き込んだのだった。


 「…あ、展開の加速にかこつけて、
  事件の詳細まで一気に言い逃げしてったな、もーりんさん。」
 「え? そういうことなのか、これって。」


いやあ、今年も暑い夏だったねぇ。(こらこら)




  〜 Fine 〜   21.07.30.〜09.01.




 *いやいやいや、そんな“書き逃げ”だなんて。
  だらだらと引き伸ばすだけしか芸がないわけじゃあないんだよというところをですねぇ。
  …事件の概要は、それこそ長くなるだけですんで、これ以上何のかのと書く気はなかったですが、
  後日談的なものは書くかもしれません。(そうやって結果長くなるんだ、また。) 笑




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