月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ
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この彼があの白虎の少年のことをそれは猫かわいがりしている言動に、時々柄になくも落ち着けなくなる。
これは紛れもなく嫉妬だという自覚もある。
幼い頃は自分が傍において世話をした子だ、どういう気性かも重々承知、
いい子だし、何でもこなせるのにそれでも放っておけない。
要領よく媚びたりするわけじゃあない、
むしろなんでも背負ってしまう水臭さから、ついつい構ってやりたくなる少年で。
そういう子だと自分も判っているのに、この彼が気に留めるのはちょっと引っ掛かるというか、

 “私以外が特別扱いなのはやっぱり面白くない。”

子供っぽい感情だと知っている。でも、自然にもたげるものだからしょうがない。
やや鋭角だが、繊細な作りのお顔も、躾の行き届いた、洗練された所作も。
雄々しい方ではない見栄えだってのに咥え煙草が様になり、
腹が立つほどの怪力の主で、
体術も優れてて、およそ誰かを頼らずとも生き残れそうな存在だけれど、
そんなして強いくせに、時々ふっと何か誰かを思って、
届かぬことへか切なそうに遠くを見やる横顔は嫌いだ。

 “……。”

思えばこの自分がだれかに関心をもつというのの最初もこの小生意気な彼ではなかったか。
ずば抜けた解析力を持つせいで、たいがいのことはあっという間に行く末までもが読み解けて、
結果、どんなことへも関心なんて湧かない。
マフィアという物騒な世界ならあるいは、
生死の狭間を生きる中、真摯になれる何かが見つかるかもと思ったのだが、
それも期待薄みたいだなぁなどと思い始めていた頃合いに出会った、何とも規格外な少年。
既に結構な組織であり破落戸から悪党まで色々と取り揃ってた中、
鼻持ちならない奴は道理で詰めて言い伏せれば
たいがいの大人らは静かになった。
例えば単純に煙たがったり、例えば背後に鴎外という人物がいる存在だと悟ったり、
険突き合うのは上策ではないと大人の算段で衝突を避けるものが大半だった中、
この彼だけはずーっと違った。
相手がだれであろうと我を張りまくりで、
さすがに組織の長である鴎外や姐にあたる紅葉には
心服した上での服従の構えを丁寧にとっているものの、
自分へは当初から一ミリだって変わらぬ反骨の姿勢を取りまくりだし、
それが面白いと思ったところが始まりだったのが、
どんなに手酷いちょっかいを掛けても動じないか食って掛かるか。
全然打ち負かされない歯ごたえは面白いが、忙しいからと適当に流されることもしばしばで。
対等だとした態度は全然変わらぬ中也であり、
そういうところが時に苛立たしくなって…そんな感情や関心を持つ自分に気づいてギョッとしもしたほどに、
それまでに例のなかった存在。

 “それこそ認めるなんて癪じゃない。”

あの白虎の少年にさえ見透かされているほどに、
結構な執着でもって気になる存在だってのに、
今更素直になることも出来ず、勝手にじりじりする自分にこっそり嘆息する日々で。

 「……。」
 「どうしたよ、急に機嫌悪くして。」
 「そ…、え?」

そんなことないとかどうとか応じかかった太宰の声を遮ったのは、不意に響いた轟音だ。
やや遠くで起きた爆発音。
だが、間違いなく今の今彼らが監視していた対象の居る学園内でのそれであり、
バンッという炸裂音はかなり大きかったし、
見やった先、教室が配置されている棟から白煙が立ち上ってもいる。
いくらお行儀のいい令嬢たちだって、身の危険には悲鳴も上げよう。
遅ればせながらの非常ベルに絡まって、か細い声での喧騒が広がりつつある。

 「な…。」

え?そうまで過激なものに狙われたのか?と、
太宰も中也も同じような感慨のままに、ともすれば素人同然の反応で爆音がした方向を見やる。
いくら上流階級の息女らの苑だとて、特別なイベントがあったわけでもない、その辺はようよう承知。
だからこそ、間違いなく自分たちが監視を担っていた案件がらみの事態であろうことは明白。
甘く見ていたわけじゃあなかったが、起きたとして個人を狙った略取か傷害レベルのものだろうと思い、
現場に配置した顔ぶれを信用したうえで統括として離れていた中也であり。
大局を把握するための、これも必要な配置ではあったが、
こんな形で一番の遠巻きにいることとなろうとは。

 「ちっ。」

短く舌打ちをすると、携帯端末を上着の衣嚢から取り出しつつ車から降り立つ。

 「…中原だ。聞こえたな? 俺も現場へ向かうから車の回収頼む。」

結構な騒ぎとなるだろうし、もしかして警察の捜査も入るやも。
なので、不審車扱いにならぬうち、手の者に回収させんという手を打って、さて。
一刻も早く向かわねばとの決意を飲んで、
鋭い眦、高い柵を見上げた中也だったが、
その二の腕をすかさず掴まれて、威嚇半分に“ああ"?”と目許を眇めれば、

「私も行くから飛び越えるのは無し。」

異能無効化でこちらの異能を封じたつもりだろう、白衣の太宰がそうと言いたてる。
別に自力でもこの程度なら乗り越えられたが、(それもどうかと…)

「しゃあねぇな。」

後日にグダグダ言われるのも鬱陶しい。
気を取り直すと立ったまま目の前の鉄柵に両手を掛ける。
そのまま引き戸よろしく左右に腕を開けば、
恐らくは強靱な鋼だろう鉄の棒が数本ずつ、
飲み屋の玉暖簾のようにやすやすと道を空けて左右に分かれたものだから。
慣れはあってもちょっと物申したくなった長身なお兄さん。

「…暖簾扱いする?」
「うっせぇな、とっとと続け。元通りにすりゃあ文句なかろ。」

確か彼の異能は触れたものの重力を自在に操るというもので、
弾丸を放り投げて狙撃ばりの威力で宙を滑空させたり
途轍もなく重い自販機や何ならビルさえ礫扱いで飛ばすこともできるらしいが…。

 それって重量操作の範囲内なの? そういうのって斥力とか金属操作じゃあないの?
 横向きの圧を掛けたってだけだが?

「まさか、重力子じゃなかろうね。」
「さてな。くだくだ言ってないでとっととついて来い。」

…私も微妙だよなと思ってたんですが、
最近の原作様で似たことをやってたからOKなのではと。
(メタ発言、すみません。)


 to be continued.(23.04.29.〜)





 *GWというと中也さんと敦くんのBD週間ですvv
  どんな珠玉の作品がUPされるやらとウキウキしていますが、
  自分も一応はお祝いしたくて考えていたら日が迫って来てしまった…。
  相変わらずの見切り発車です。
  設定をちょっとウチ寄りにしてみましたが、
  やっぱりすったもんだするお話になりそうです、どうかご容赦を。


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