月下の孤獣


□器用なんだか不器用なんだか 3
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     3


ヨコハマの某浄水場や一部の運河で発生した、何とも奇異な氷結事件は、
影響を受けた方々には大変な事態ではあったれど、
さりとて全国のニュースで報じられるほどでもない、
ローカルな次元でのちょっとした事故扱い。
そこまでの寒波でもなかったが、浄水場の方では機器の不具合という報道がなされたし、
輸送船などが運用不可になった運河や水路には、
情報が行き届いていない層による事故など起きぬよう
一応の警戒にと担当部署の巡視船が運航整理に出ていたけれど、
そちらは搬送大事で陸路への振り替えなどなど、最も優先するべき事項があったがため、
責任の所在も絡む原因究明は後回しとされ、
結果としてそれ以外の方面にはさしたる警戒の目も向かず。
現場の関係筋がそんなくらいであったので、
一般のその他の方々にあっては尚更に、
お忙しいご自身の視野の中へ風景としてしか目も向けないでいた 海の方向のとある一角。
そんな視野外の某所にて、真相に絡む事態がひっそりと動いていたようで…。



さすがはこの季節で、五時台には早々と陽も落ちての薄暗い中、
照明もさして灯さぬまま、見るからにこそこそと湾外の海域を航行中の船がある。
巡視船クラスの、クルーザーというより中古の漁船らしく、
武骨な作りの後部には何かしらを引き揚げるのに使うのだろう、
巻き上げ式のクレーンのような装備も備えており。
船上には妙に深刻そうな様相の面々が乗っていて、
モニター付きの機材をいくつか用意し、海上とそちらを交互に見やっている辺り、
何やら水中をソナーで探りつつ “探し物”をしているらしい一団なようで。
目星はあるものか当てのない探しようではなく、
狭くはないがこの辺りという範囲を目指して沖合へ出てゆくと、
ゆっくりゆっくりと回遊じみた操船を始めており。
港の外、湾を出た位置ではあるのだが、海岸堤防に添うようにやや北上し、
行ったり来たりを時々交えての捜索を小半時も続けたか。
何かしらソナーに引っ掛かったものがあったようで、
あくまでも静かに沸き立ったそのまま
目くばせされた一人が何かしら小石のようなものを海へといくつもばら撒いて見せ、
ややあって別の一人が眉を寄せて海面を睨みつければ、
水中で何かしら動きがあったか、見る人が見れば淡い光がやや深い所にジワリと見えたかも。

「この塊か?」
「そのようです。浮上しておりますし。」

ソナーの捉えた何かの影をモニター画面で見守る面々の背後にて、
次の段取りなのだろう、バタバタと忙しく動く実働隊の面々があり。

「移送用の台船、こっちへ向かわせてくれ。
 ああ? 待機させといたろうが。ぐずぐずすんな。」

携帯端末でどこかへ指示を出す者の苛立ちの声も飛ぶ中で、
海面近くまで目当てのものが上がって来たか、船内のざわめきがますますと高まる。
いかつくも重々しいフックを提げた引き揚げ用のワイヤーを海中へ沈める作業に取り掛からんとしたその間合い、

 【こんばんわ、チーム 鮫肌の皆さん。】

拡声器越しだろうちょっぴり割れたお声が掛かり、
同時に降って来たのが闇の中に差し入ったまばゆい光。
唐突に照らし出された眩しさにうッと呻きつつも、
顔を隠したいからかそれとも単に眩しかったからか、
目許を覆う盾になった腕の陰から相手を見定めようとした輩たち。
引き上げる作業の関係でだろう結構な頭数を揃えており、
それが同じような格好で怯んださまは事情が判っているだけにややもすると滑稽に見えたが、
だがこちらもそうそう目立っていい立場じゃあないので平静を保って相対す。

「氷を浮きの代わりにするとは、妙な段取りを構えたもんだな。」
「さっき投げ込んだ小石が核なのだろうな。」

そうやって思い通りの深さや位置で氷を生んでいたのだろう。
そう、湾岸近くのあちこちにて起きていた氷結騒ぎはある意味で陽動。
ただ、そこへ使われたのもまた不可思議な氷であり、
港湾警備あたりの部署が対処に気を取られてくれた隙に、
こちらで何かしらを片づけたかったらしい一味に向けて、
見ぃつけたとばかり光と声をかけて来た者らがある。
いつの間に伏せていた面々だろうか、海域へと接している堤防にずらりと居並ぶ面々がおり。
その面々を背景に中型クルーザーがこちらと船側の方向を合わせて現れたものだから、
いくら自分たちの作業へ集中していたとはいえ、
ほんの10mほどという近間へ気配もなく近づかれたことへ作業中だった面々がギョッとしたのも無理はなく。
しかも、そちらは後ろ暗くないものか煌々と投光器で照らされた船上にいる顔ぶれのうちの一人へ、
怪しい探査をしていた側の面々がハッと何かしら気づいたらしく。
こそこそと囁き合う声が不意に高まって、

「貴様、ポートマフィアの白い虎だな。」
「え?」

指差された長外套の少年が途端に微妙に狼狽え始める。

 「ボク、そんなに有名人?現場でいちいち名乗ってないけどな。」
 「大丈夫、名前で呼ばれてはいない。」

敦が不安げに鏡花に聞く傍らで、
砂色の外套を潮風にバタバタ叩かれつつ、客員扱いの芥川が呆れたように付け足したのが、

 「…そうやってその爪を見せりゃあ、
  心当たりのある者と同一人物だと判ろうよ。」

何しろ、鏡花が短刀を構えつつ夜叉白雪を召喚し、
敦が長外套を翻しつつも虎化させた長い爪付きの手をかざしている。
大方、相手方に深追いして逆に叩き伏せられた覚えのある顔ぶれが少なからずいるのだろうし、
生き残りを独りも残さない殲滅じゃあない、
ポートマフィアが仕置きしたと知らしめたいような案件ではわざと何人か逃がしたりもした結果として、
名前までは知らないままでも こういう物騒な特徴だという格好で
マフィアの手買いの虎という、通り名というか綽名が広まりつつあるのだろう。

「裏社会では情報も重要なんだ、そのくらい抜かりはねぇんだよ。」

こちらがわたわたし出した様子を嗅ぎ取ったか、
そんなお声が怪しい漁船組から居丈高に放たれたものの。

「偉そうに言ってるけど、
 ここで君らが何かやってるって情報はこっちもあっさり掴んでるんだよ?」
「故意に広めたものと違う。情報管理、がばがばが過ぎる。」

 「うううっ。」

あっさりと形勢逆転していれば世話はない。
痛いところを突かれたからか顔色を変えてついつい後じさる面々の後方で、

 「何だあんな餓鬼ども相手に尻腰のねぇ。しっかりしねぇか。」

そ奴らに現場は丸投げでもしていたものか、
何だ何だあのくらいの異能なんざ恐れるに足らんだろうと、
見栄えだけのこけおどしとでも思うたか、後ずさった面々を叱咤するのは幹部格らしき各位。
眩しいのが耐えられんのか偏光眼鏡を手に手に、それでも気持ちだけは持ち直し、
口々にそんなこんな言いつのり始め。
それに励まされでもしたものか、実働班の面々も笠にかかって口撃してくる。

「大体、力づくでもぎ取って奪ったとしても、
 あの極氷は温めるくらいじゃあ何とも出来んのだしな。」
「爆破だの拳固でも力技だので破砕しても、ブツごと砕け散って大損害だぜ、お兄さんがたよ。」

そうと言い返してくる輩たちなのへ、
銀髪を月光に照らされた白虎の少年もついのこととて むうと口許をとがらせる。

 「…何だか見当違いなこと言ってるよね。」

回収せんとしている何かの中には物騒な薬品やら強力な爆発物もあるのだろう。
異能が解けないからと言って扱いが荒いとそれらが無駄になるぜと脅しているらしく。
いや、使い物にならんでもいいんだがねと、見当はずれな脅しには肩をすくめたこちらの面々なれど、

 「しょむない駆け引きには付き合っておれぬ。」
 「え? あ、おい、勝手に何するんだ。」

てぇい面倒なと、水面ギリギリまで浮かんで来ていた結構な大きさの物体を、
羅生門で搦めて浮かせかかった誰かさんだと気がついて。
敦が制して止まりはしたが、そんなやり取りを見ていた相手方から別な声が掛けられる。

「おや、そっちの異能者は武装探偵社の御仁じゃあないのか?」
「何だ知ってるのか?」
「ああ。こないだ、〇〇のガサ入れで三下どもを搦めとってた異能だ。」
「軍警の犬がマフィアの手先かよ。」

それへもまた ばれてもいいのかと蓮っ葉に恫喝してくる。
いやいやいや、
立場が判っているのかというのはあんたらも同様だっての、おっさんたち。
こそこそと探し物していたのはどこのどなただってぇの。



 to be continued.




 *緊迫してるんだか、お茶らけているんだか。
  少なくとも敦くんはこれでも真面目にお勤めに当たっておりますよ。




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