月下の孤獣


□器用なんだか不器用なんだか 2
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事の発端は、いつもの如く異能がらみの緊急出動で。
世界レベルの電網システムの発達により
師走という語彙の始まりほど、実際にあちこちへ馳せ参じる必要も減りつつあるものの、
それでも決算やら契約上の採択の確認やらから世情のせわしさには変わりない時節の寒い朝。
聖誕祭も結構な賑わいの中に終了し、次に向かうは年の瀬と迎春の準備。
様々な期限もほんの目の前となり、
お勤めでもご家庭でも そわそわがばたばたへ加速せんとなる頃合いに、
ヨコハマのあちこちから問い合わせの連絡として、
電話での通話のみならず、電信やら電網書簡での抗議やらが殺到した朝ありて。

【水が出ないんだけど。】
【〇〇工房ですが水道が使えないんですが。】

クリスマス寒波にこそ見舞われはしたが、それでも当地は東北や北陸ほどの積雪もない、
あくまでも平素の冬の初めの気候だったヨコハマだったし、
水道管が凍結するほどの寒さが襲うなどとは気象庁でも警告しちゃあいなかった。
だがだが、色々な箇所のコールセンターへ続々と飛び込んできたのは
水道が使えないというライフラインがらみの抗議や苦情通知の大波で。
当然のこととして上水関係施設へもクレームが山ほど飛んでったそうだが、
水道局の浄水場でも外からの連絡で気がついたという順番だったほど施設に異常はないままであり。
そのくらいに取水口や場内での中継各所を監視するカメラ映像には何の問題もなかったが、
確かに水の流れに数値的な変異が見られ、これでは埒が明かぬと実際に職員らが向かってみれば、

「……なんだこりゃ。」

場内のほぼ大半を占める貯水用や浄水用の沈澱池のあちこちに
何やら氷塊らしいものが浮いている。
だがだが、寒気による凍結というのはそもそも水面から始まるものではなかろうか。
スケートリンクのような人工的な代物は
底の部分に埋設された冷却管を強力に冷やしてという順番だから例外として、
こうまで広大な貯水池が水の中程から凍るのは不自然だ。
取水口から取り込んだ先に当たる場内への注水口はやや深みに設置されているのに、
その周辺を取り巻いて蓋をしている格好の氷塊が確認されており。
浄化が済んだ浄水を送り出す側の配管も、謎の氷で詰まっていてのこの事態。
むしろそんな妙な順番だったから監視で気づけなかったのだろうが、
水面に浮かんでいる氷もなくはなく、
機器や設備の総点検と同時にとりあえずそれを網で掬い上げて調べることと相成った。
そんな騒ぎの一方で、

【水路が航行不可能です。】
【こちら、凍った漂流物に阻まれて台船が進めません。】

港湾都市ならではで、
此処ヨコハマでは一部の物資輸送や移送には船も現役で活躍しているのだが、
それらが使っている水路のあちこちが謎の個体で埋まって航行を阻まれているとの報告が
交通省系の陸運局など各関係部署の担当へと次々に届いていた。
内陸部の水路からの報告のみならず港湾や沿岸地からのものも含まれており、
このままではこちらも繁忙期真っただ中の物流へも多大な影響が出かねぬとのこと。
どこが発端なのかを探査しつつ、
現場に到着した係官らが採取したのは、やはりこの気温では発生しなかろう氷塊だった。

 「まあ、水道管が凍ったとかいう話なら、この時期にはありがちな事態じゃああるけど。」

苦情が殺到した浄水場は一か所で
ヨコハマ全体の上水が不能になったわけじゃあないが、
とはいえ港湾付近に限っても
そのご近所にあたる繁華街やら工場用水にも影響は波及しているようで。
市民の皆様へは浄水関連の機械に故障が生じたという告知を流し給水車を派遣。
そんな中での原因究明中であり、
くどいようだが誰も気づかない中での凍結というのは不自然で、
もしやしてとお声が掛かったのが異能特務課。
こういうことに関連するような異能はないかという問い合わせが入ったのは
事態発覚から随分と時間経過してからのことらしく、
それゆえに武装探偵社へも応援要請のお声が掛かったのではあるが、

 取水口は水中や割と深部にあるはずで、
 汲み置き水なんかはまずは空気に触れているところから凍るはずなのに、
 何で水流もあろう取水口付近にばかり氷が詰まっているんだろうねぇ?

話を聞いただけで あっさりとそういう不信を覚えて
あれれぇ?と小首をかしげた我らが名探偵様。
形式上の仲介役となった軍警にて、
関係先での聞き込みデータやら、証拠になろう採取された物件やらを
さして関心もなさげに検分していた乱歩だったが、

「何かが核になってる氷ばかりだよねぇ。」

サンプルにと小ぶりなのを持ち帰っていたもの、
ただ水を凍らせているのではなく、何かを芯にして凍らせているようだと気がついた途端、
ほんの僅かな数刻ほど視線を止めただけで、
何かしらをあっさり察してか “くだらないねぇ”と資料をデスクに放り投げてしまい。
彼らしい奔放さ、そちらはいつものことよと見やっていた仲間内を振り返ると、

「太宰、いや芥川がいいかな? 虎くんに連絡とれるかい?」

一応の知恵者としての機転を買われて署まで付いて来ていた包帯男と、
その直下の部下で、とはいえ探偵としてはまだまだ新米な黒獣の青年へ、
言葉は少ないが言い回しの中へと含むものは山ほどという言いようを振ったものだから、

「…?」
「はい?」

実は元ポートマフィアの幹部だった太宰であることも、
あの虎の異能持つマフィアの少年と自分との関わりもとうにお見通しであろうに、
何で言い直した乱歩だったのかへ小首をかしげた太宰と、
こちらもまた、とある騒動で顔見知りとなって以降、何かと縁がある間柄ではあるものの、
探偵社としてのお仕事だろうになんで現役マフィアのあの青年の名が出たのかと
全くの全然 意味が分からぬ芥川だったりしたのであった。



  to be continued.




 *なんか短くてすみません。
  かつての太宰さん以上になんでも見透かせて、
  関心を寄せるほどの案件じゃあないなと見切ると放り出しちゃう
  自由人な乱歩さんは書くのが楽しいです。(それだけじゃあないところもねvv)




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