月下の孤獣


□ご機嫌はいかが?
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     ◇◇


中也さんは漢気のある人で、
気が短くて喧嘩っ早く見せつつ、その実、視野が広いというか懐が深いというか、
思いがけない恰好で気も回せるところが
部下らから絶大な歓喜を呼んでの慕われる話をぐんぐんと広げているとんでもない人で。
ご本人がトップを張れもするだろうけれど、案外と非情になれなさそうなので、
例えばウチの親方の傍や真下で融通の利く働きをこなす、
広津さんのような立ち位置にあるのもいいことかもしれぬ。

一方で、太宰さんも、何でも見通せるからこそ孤高な人であり。
あの人のいかんところは、躊躇なく容赦なく驕り高ぶって目下を見下ろすことが出来、
年功序列じゃあなく実力や貢献度優先という格好での
上下関係あってこそ回る組織に向いてるけれど、それさえ“手段”だと思っているのが困りもの。
本当に困っている人へ、黙って策を巡らせてフォローしもする、
でも自身は決していい人であってはならぬという立ち位置にいて、
嫌われた末に孤高になっても結構だと飲み込む。
例えば、敵が多い身、知り合いなら弱みになろうと人質にされかねぬ。
なので、そんなしがらみは迷惑と言い切り、些末なことに煩わされたくないからねと言い捨てて、
自分と関わってはロクな目に合わないぞと、脅しすかして遠ざける。
自分の中に踏み込まれるのが迷惑としつつ、

 やさしくしといて肝心な時に助けられなかったら、最初から冷たいよりひどいじゃないか、と

あれはいつだったか、決して見せない本音というもの、誰へか零していたのを漏れ聞いたこともある。
人とかかわると相手を不幸への道連れにしかねない人間だと重々判っていればこそ、
好ましいけど非力な人を巻き添えにしたくないとし、
故意に嫌な奴であろうと構えることもしばしばな、そういう意味では不器用な御仁で。

 そんな捻くれ者の孤独に、中也さんはやすやすと気づいてしまいそうなので。

そして、太宰さんの側も、
痛い目に遭えば見限るだろうなんて見込み違いをする落ち度を既に踏んでいるから、
自分からのアプローチは
“またそんなトラップ仕込んでいると思われないかな”なんて思うのか、
微妙に腰が重くなってた辺り、気づいてないかもしれないけど自分の側が臆病になってたり。

 “どっちも不器用さんなんだからなぁ。”

素直に好きと言えばいいのにね。
気心知れてて安らげる人だから一緒に居たいって、
気兼ねしないで一緒に居られる、ツーカーな仲だったの懐かしみ合えばいいだけなのに。
頭が切れてそれはそれは頼れる奴だと、
ちょっとした目配せ一つで意を酌んで思う通りに動いてくれる相棒だと、
誰よりも判っているくせに、顔を見れば噛みつくような言いようしか出て来ないなんて。
もしかせずとも単純なことだろうに、
立場もあろうが、そんな風にもつれさせてさと。
ぶうぶうとあからさまに不満をこぼす敦少年なのへ、

 「何でそこまで面倒な方へ持ってゆくのだろうな。」

さすがに芥川もまた、理解に苦しむというお顔になる。
今現在の愛想のいい太宰さんしか知らなければそう思うのも当然だろう。
社交的で、探偵社で難解な案件をほぐす仕事をしており、
そんなこんなで社会経験も豊かなのなら、
その場だけ和ませて流してしまえばいいものを…と感じるほどには、
彼自身も仕事や処世というものに馴染んできたようで。
そういう彼なのを微笑ましいなと思いつつ、

 「…先達に当たる人ではあるが、敢えて言うとあれもまた甘えてのことだと思う。」

不満をこぼしつつも、それもまた察しては居たようで、
ズバリとため息混じりに言ってのけた虎くんで。
さして歳の差はないとはいえ、それでもかなりの修羅場を知っており、
人との葛藤もたくさんくぐって来ればこその先達らだと、
そういう話をしていたが故、
いきなりの子供扱いなフレーズが飛び出て怪訝に感じたのだろう。

 「甘え?」

黒曜石の双眸を丸くし、訊き返してきた相手へ
ああと、うなずいた敦は、

「怒らせると面倒な相手だとか、これからの交際においてもどうでもいい相手なら、
 逢う必然が生じても、その場だけ適当に話を合わせて用件を済ませりゃあいいだろう?」
「…だよな。」

そうと相槌を打ちつつ、ほれと、自分が使った砂糖ツボを此方へ寄越す。
風貌も怜悧で 寡黙で冴えた印象の青年だが、実は結構甘党で。
コーヒーや紅茶に砂糖を3つは放り込むのがちょっと意外だったが、
そもそも甘い物には縁がなく、栄養補給には手っ取り早く糖を取れと女医に言われたとかで。
そんな事情まで訊き出せるほどには仲良くなっている彼らでもあり。
それでというほど安直な態度からじゃあないけれど、
ついつい身内の話も持ち出せるようになっている敦くん。

「中也さんの側だって、嫌なことはヤダって突っぱねられる人なんだ。
 そうそうお人よしって人じゃあない。」

いくら日頃目を掛けてる敦の頼みでも、とことん嫌ってる相手の世話なんて焼きたくなかろう。
市販品でも用心が過ぎて口に入れたがらぬ太宰が、
このままじゃあ栄養失調になって倒れてしまうなんて泣きついて、
自分が作りに出向いてもいいけれど、
このところ隠密な仕事より他の構成員を率いて前線に立つようにもなった自分が
探偵社の人間といては裏の連中から怪しまれる。
何より、まだまだ初心者もいいところの自分が作るんじゃあ意味がないとかどうとか、
拙いながらも懸命に掻き口説いたという方向にて
敦自身へ料理を伝授中のお師匠様を応援がてら太宰のところへ送り込んだという話を、
芥川の妹君に何でまた料理教室開いて接しているものかの説明の延長として
一応は事情を知りたいらしいと兄上に呼び出されたついで、
こぼれ話として語っている敦くんだったりするのだが。← 今ここ。

「こんな駄々っ子でも我慢してくれる?って顔色観て試してるみたいな。そんな甘えなんだよね。
 そこまで判っていてかどうかはさすがにボクにも判らないけれど、
 中也さんの側がまた、そんな駄々くらいなら受け止められる懐の深い人なものだから、」

そこではぁあと吐息つ
き、

「ますますと厭味言うのを辞めない、大人げない太宰さんで。
 観てて痛々しいんだよネ、まったく。」

そうと言いつつ、手でチンと高い音を立てた家電を見下ろし、
手際よく蓋を開くと
用意してあった白い皿へ器用に箸で中身を移して、
ホイップクリームとチョコソースをデコレートすると、
どうぞと向かい合う相手へ差し出してやり。

「熱いから注意してね。ナイフで一口大に切り分けて食べた方がいいよ。」
「…何故にやつがれが食わねばならぬ。」

カリッカリのキツネ色に焼けて、それは芳しくも甘い香りを立てている
ワッフルともいうホットサンド、生地はプレーンタイプを焼いていたらしい
こっちもこっちで妙な顔合わせの彼らが居る場所は、
銀ちゃんがお料理を教わっているという敦くんのセーフハウスだったりし。

「いいじゃん。甘いの苦手じゃないんでしょ?」

今日はホワイトデーだそうだから、家に居ちゃあ銀ちゃんの邪魔になるよなんて
どう邪魔なのか、まさか相手がいるのか、心当たりあるのか貴様と、
何だか藪蛇になりかかったのを、
そこはお流石、あの太宰さんの一番弟子としての口先三寸で上手に丸め込んで。
その銀ちゃんが時々お料理を学んでるところを教えといたげると誘ったのがこの部屋なのであり。

 「今日のために何を教えたかは内緒。
  こんな安直に焼けるものじゃあないことは確かだから。」

 「なにぃ?」

そんな手の込んだものを一体誰へと作ったのだと、無粋なことを言いかかるのへ、
落ち着きな、今日は男性の側からのお返しの日だよと まずはたしなめ。
ナオミさんも一緒だっていうから
探偵社の皆様への明日のおやつ代わりだと思うけどと薄く種明かしをしてやって。
だったらお兄さんを呼び出して家を空けたげる、
ボクの手腕に任せてと約束したんだ、大人しく此処にいてよと言いくるめ。
うぬうという疑りの眼差しのままなため人相が悪くなったままながら、
それでも何とか鎮火した兄上へデザートナイフとフォークを渡し、

 “バレンタインデーに渡しそびれたからね♪”

ちょっと不穏な台詞は胸中にて。
結構自慢で鏡花ちゃんからも好評な、
市販品は使っていない自家製ワッフルをご馳走した虎の子くんだったそうでございます。





   〜 Fine 〜

      20.11.24〜21.03.15.




 *太中の二人を何とかしたくて長々続いてすみませんでした。
  難しいです、あっちのお二人は。もっと上達してからだなうん。
  (その結論出すのに何カ月かかっているものか)
  何かいろいろ詰め込み過ぎたか、
  あっちへ寄り道こっちへ寄り道しまくった出来になっちゃいましたが、
  月下の孤獣その後編でございました。
  何が面白かったって、芥川さんと敦くんの立ち位置が変わったため、
  最初こそ手古摺ったものの
  このまま行くとお初の敦芥になりそうなので、
  段々“おらワクワクして来たぞvv”という心情になっちゃったところかな?




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