月下の孤獣


□月下の孤獣 5
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    15   内緒な “その後”



芥川と敦とがそれぞれの立ち位置からの感慨というものを
訥々と吐露し合っていた同じ頃合いのとある街角。
平日ということでか、昼をやや回った時間帯のカフェテラスは
ご近所の事務所に勤めるお嬢様がたもランチタイムを終え、
潮が引くように人影がまばらになって閑散としており。
そんな中の路面店の一角に、
ちょいとフォーマル寄りな装いの壮年が独りテーブルについているのが一幅の絵のよう。
深色の外套とストールを、さすがにいい陽気なので外して隣の椅子へ置き、
小さなカフェのそれにしては香り高い紅茶を品よく楽しんでいたそのテーブルへ、
音もなく歩み寄った誰かの影が差し。
それへと気づいて顔を上げた小父様へ、

「よくもまあ、判りやすくおびき出すポーズとってくれてますよね。」

さして大声というものではなかったが、それでも
強い意志の乗った響きのいいお声で、そうとくっきりした言いようを投げて来たのが、
武装探偵社の朝のジョギング級任務から体よく“一抜けた”していた長身の美丈夫様で。
真顔になるとかなりの怖ささえ帯びるそんなお顔を向けられても動じたりなぞせぬままに、
口許まで運んでいたティーカップをそのまま傾け、口許を湿らせてから、

「君が自発的には本拠に来ないと思ったからだよ。」

神出鬼没はお手の物だろうに、
例の騒ぎの後塵があちこち収まっても来る気配がうかがえないものだからと、
郵便物の遅配扱いな言いようが続いたのへ、

「護衛の気配はないようだから声掛けたのですが。」

そもそも貴方と私にはつながりなんてないのだから、
必要もないのに顔見せになんて行くはずないでしょう?と。
胡散臭いものでも見るように目許を眇め、
それでも同じテーブルの椅子を引き、席にはついた太宰であり。
注文をとやってきたウェイトレスにはコーヒーをと一瞬の早わざでそれは愛想のいい顔をして見せ、
素早く届いたそれをやはり絶世の美貌に極上の笑みを惜しげもなく乗っけて振り撒いて受け取ったものの、
そんなわざとらしい社交術をにこにこと見守る元上司には
ふんと鼻で息をついて不機嫌ですという態度へ戻って見せる。

 “まあエリス嬢が居るのだから、単身で出歩いても余裕なのだろうけど。”

いっそのこと町医者風のもっと寂れた格好でいればいいものをと、
やや斜に構えて肘をつき、その先の手のひらへ顎を乗っけるという頬杖スタイルを取れば、

 「敦くんを振り回す結果になったことへの、意見をしに来たのだろう?」
 「……物わかりのいいことですね。」
 「君を相手に遠回しに言を弄しても単なる時間の無駄だろうからね。」

今回の騒動は、武装探偵社の新入りの異能者が “組合”に売り渡されそうだったのを妨害せんと、
白虎のマフィアくんが色んな方面を破綻させぬよう微妙な工作を構えたところ、
今回ばかりはちょっとばかし上手く回らなかった末の混乱ということになってはいる。
いくら日頃の働きや忠誠が素晴らしかろうと、立ち位置は首魁とその部下で。
組織への損得や面子に関してもちゃんと理解しているので、
何となく気が載らない指示への抵抗とか、抗議のようなことを物申したい折は、
せいぜい物知らずで至らなかった自身にだけ火の粉が降るような、
そんな格好の対処をと心がけての“機転”が利く子だ。
失敗も厭わぬ、いやさ「失敗しちゃいました・てへへ」という結果を厭わず、
代替となりそうな手柄や益を手土産に用意し、大目に見てもらうことで大人たちの顔を立てる、とか。
こたびも何とはなく
芥川へとこぼしたように “無謀無体なことを”と感じた素地があったため、
言われた通りには運ばせぬよう、自身の失態を装うよう取り計らった敦であり。
太宰に伝えたいこともあったしと ちょっとばかり欲張ってしまい、
間合いの中まで捕獲対象を取り込んでおきながらの失敗だったとしたのだが、

  今回はいつものようにはいかなくて。

我流の判断から甘い応対を執ってしまっても、
それこそ寛大な大人の余裕を示す格好で “しょうがないなぁ”と看過してもらえて来たものが、
今回はさすがに、大枚が掛かっていたことや外国組織が鳴り物入りで依頼して来たことだっただけに、
思惑通りには行かなかったみたいなようだと。
そんな誤算が招いた隙を βという狐に掬われかかってた騒動だったと、
マフィア内でもそこはかとなくのさわさわと、あいまいな情報として“そういうこと”になってはいるが。

  ___ う〜ん、そこはボクも考えてなかったって言うか、親方が一枚上手だったというか。

何と言っても あの聡明にして果断な知恵者、
ポートマフィア歴代最年少幹部を師匠に持つ身の少年であり。
さすがに、落ち着いて振り返れば、あれやこれやと見えて来るものもあったようで。

 鏡花ちゃん引っ張り込むなんて大人って厭らしいよな。
 挙句、組合との取り引き云々とは全く別の事案だった βが暗躍していたの、
 親方は動かずに ボクに炙り出させたわけだしさ、と

何かもう一枚裏があったらしかったことへも気がついて、
そこのところは、だが、大人には大人のメンツもあろうし
これ以上の甘えは聞いてもらえまいとそこはわきまえて。
敦の側でも言葉という形にしては確認しちゃあいない。
鏡花ちゃんに何をしましたかと畏れ多くも直訴して噛みついたのを容認した懐の深い、
且つ、愛し子には相変わらず甘い当主様よとの運びだったが、

 森さんとしては、こそこそ動いていたβに気付いていたが
 何なら敦に排除させるのもいいかと気づいてないふりを通していたのかも知れない、と。

敦が後日に何とはなく気付いたそれを、
さすがは師匠で 太宰の方は当日、
しかも後から事態を追っ掛けつつという時差もあった身だというに
そりゃあ あっさりと読み解いており。

 「うまく立ち回ったようですね。
  敦くんの無謀という形でコトを運ばせ、
  探偵社や私まで引っ張り出して締めくくったのも最初からの思惑通りですか?」

柔らかな若葉が潮風にくすぐられてゆらゆらと躍り、
やや前髪が鬱陶しい美丈夫さんの深色の髪にも同じテンポでの木洩れ陽を躍らせる。

 「頼りないところを見せて、
  子供にしょうがないなぁと思わせるのなんて常套手段でしたものね。」

そうやって指針の肩代わりをさせ、
うまくゆけば重畳、失速したとて海千山千な自身にはフォローなぞ容易く、
結果、関係筋にも面目は立つし、腕白さんへの戒めにもなろう。

 「異能も人性もあそこまで出来た子はそうはいない。
  使いでの有る子だ、鞭と飴を巧妙に使いこなして出来る限り手のうちに置いておきたい。
  知恵がつきすぎて時々生意気言うのを、
  老いた父よろしく “しょうがないなぁ”と容認しているのもポーズでしょう? 私へもそうでしたしね。」

十代ちょっとという身で、そうまで大人の意を酌めた。
個々の意気地を張る御仁もあろうけど、
そうではない人とのしがらみや何やに引きずられ、結果、よくある話へ落ち着くもので。
なるようにしかならない そんな世界なんて欠片ほども面白みなんてなくて、
両眼で眺めるまでもないと、怪我をしたのを機に片眼は包帯で塞いだままでいたっけね。
何でも見通せる身なんてつまらないもの、錆びてゆくだけの世界に幻滅していたその傍らへ、
そんなに暇ならとあてがわれた虎の子は、
何も知らない、何も望まない、今までには対したことの無かった奇矯な子供で。
ある意味真っ白で、ある意味何にも染まろうとしない諦念の塊のような、
頑なではないが、甘えも構いつけも求めない子で。
自衛でもなくのそんな身構え、ああいう組織に居るにはむしろ打ってつけなのかもしれないけれど、
でもでも、打ち解けてくれないのが妙にじれったくなる
不思議な印象と存在感を持っており。

 「一番許せないのは、その奔放を許しているのが、
  いつでも紐づけを断ち切れるようにだってのがね、どうにも腹立たしい。
  フォローが利かぬ展開なのならば、とっとと見切るつもりも満々だったのでしょう?
  そうまで弄ぶのなら私の子飼いとして引き抜こうかと思ったくらいです。」

マフィアから出奔した折、共に行こうと誘ったのを断られてがっくり来たほどに、
そうか私、この子がお気に入りだったみたいとあらためて気が付いたほど、
本当に本当に心残りだった太宰でもあって。ただ、

 「まあ、それこそ今更ですし、大人げないし。
  私まで“挑発”に乗ってしまってはそれこそ貴方の思うつぼなんでしょうからね。」

もう落ち着いたつもりだったのに、こうまで心揺すぶられているのが忌々しいと
伏し目がちになって珈琲を口許へと運ぶ。
さして名のある店でもなさそうなのに、
深みのある味わいに“おや”と睫毛が震えて気持ちもやや和み、

 「自惚れて言うんじゃないですが、
  あの子を私を揺さぶる駒にしようっていうなら無駄なことですよ。
  今や私どころじゃあない、大切な人や関心のある対象も出来たようだし、
  せいぜい彼から失望されぬよう、頼もしい“親方”でいるよう心掛けた方がいい。」

  君の未来を思ってなんておためごかしも通用しません。
  私が窮屈な籠から逐電したように、
  もう自力で駆け出せるようになってる子ですから、
  せいぜい置いてかれないように気を付けるんですね。

 「姐さんも中也も、共依存や何やじゃあなく それぞれの考えがあってそちらにいるように、
  あの子も今回のドタバタで一皮剥けたようですから。」

ますますとはぐらかしも上手になることでしょうし、手が付けられない跳ねっかえりに化けるかもしれない。
今まで通りとはいきませんよと、くすり、人の悪そうな笑い方をした彼なのへ、

 “エリスちゃんが見たらば、リンタロウにそっくりな笑い方だと言われるよ、太宰くん。”

それこそ せめてもの大人の許容か、わざわざ言いはしないまま、
そちらも紅茶を口許へ運び、苦笑を噛み殺した首魁殿だったそうな。




   〜 Fine 〜  20.07.28.〜10.18




 *随分と長くかかったお話でしたが、ようよう〆めと運びそうです。
  頭のいい人の企みとやらにはなかなかついてけない、標準型の一般人なので、
  最後の章の、首領様の思惑や、それを見抜いてた太宰さんという運びが一番大変だった。
  振り回されてるようで、実は強かなおじさん。やはり腹立ちますよ、色々と。
  中也さんは組織の奴隷とかいう信条を語られ、トップの心得を学んだようですが、
  まま、そういう矜持もありはするのでしょう、と、偉そうに結ぶのでした。

  もしかして後日談とかあるかもしれませんが、あまりにかけ離れた設定が続いたので、
  ノーマルバージョンとかお嬢さんシリーズ、銀盤のお話も書きたいなぁ。





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