月下の孤獣


□月下の孤獣 4
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 *敦くんがポートマフィアの構成員で、芥川さんは武装探偵社に入ったばかり。
  Beastっぽい配役ですが微妙に違います。


新緑の色も随分と落ち着き、街路樹の下に立てば梢を透かす木洩れ日がちらきらと目映い。
気温が上がったことに炙られてか、街を吹き抜けてゆく潮風もその香りがちょっぴり濃くなった気がする。
世間という人々のてんやわんやなど知りもせで、季節は我が物顔で巡っており、
それでも雨が多かったせいか、
本拠に出勤する折の黒服はまだ合服のままなのを思い起こしたお洒落帽子の幹部殿。
帰りにでも行きつけのテーラーに寄るかなと思いつつ、
そこでふと想いが至ったのが、年中完全防備風の黒づくめといういでたちでいる同僚のこと。

  “そういやぁ、ここ何日か 敦の姿を見ねぇなぁ。”

このいいお日和にあのほやんと柔らかな笑顔が重なったか、
何ということもなしに そんな想いが胸中へと浮かんだ。
そもそも所属も違うし立場というのも微妙に違い、
だからこそとでもいうものか、同僚なんて言い方がそぐわないほどに気安く接している少年で。
自分もどちらかといや表向きの商社の方には籍を置いているだけの身で、
裏社会を闊歩する非公式な方のお務めにこそ重用されている“幹部”だが。
そこは同じながら、だがだが相手は部下も持たぬ身、
まだ十代という幼さながら、ほぼ単独での極秘任務ばかりにあたっている。
というのも、そもそも首領直属という立場だし、
異能を活かしてのこととはいえ、腕も立つわ機転も利くわで、
むしろ単独で動いた方が勝手もよくて。
そんな身であるがため、拠点である本社ビルにての公的な職務は
肩書きこそ“外商開拓”となっているが、実質 無いも同然。
何かしらの報告があるとか、幹部の誰かとの共同任務に就いたとか、
大きく逸れての節季のご挨拶や誕生日などを祝ってくれての来訪とかででもない限り、
本来、その姿を目にするのはなかなかに稀有なこと。
よって、下層の構成員たちには得体の知れない若造だの、幹部の誰かの弟だのという誤解もなくはないし、
ひどい噂になると男娼まがいのことをして取り入っていると言いふらすよな莫迦もいなくはないが、
そういう物知らずは任務中に足元掬われるか、
機嫌の悪い折の紅葉の金色夜叉がついうっかり斬り捨てていたりするので、
ああ言いすぎたんだなあいつという格好で 少しは察しがいい者らへの粛清見本になっているらしく。

 “あっけらかんとしていやがるから うっかり忘れがちだったなぁ。”

人を珍獣みたいに言わないでと
本人が聞いたなら膨れそうなことを思ったと同時、

 「…。」

いや待てと、自分の中にせり上がってきた疑問というか不整合に気が付く。
これまで一度も不審に感じなかった、どうしたんだろうと思わなかったのは、
あの子が彼なりの卒のなさを発揮していたからではなかろうか。
こっちが遠征で不在な折はしょうがないとして、
此処へ来れば2日に一度はあの顔を見られると、居て当然と思ってはなかったか?
居なくとも伝言があったりし、今日は外廻りなんですよぉなどと、
在勤証明のようなものが端末へ届くため、つながりを愛しむことが出来ていた。
あちらが遠征に入る前には
そこには触れずとも ちょっとヨコハマを離れますなんて甘えた声で告げてくれたので、
何とはなく察しもつけられていたという順番だった。
言いようによっては要領がいいとか卒がないという代物なのかもしれないが、
それらは、だが、あの子が自分の立場に不利がないようにと構えたものじゃあなくて、
周囲の人々が案じないように、相変わらずの平和そうな顔で笑っていたと安心させるように、
あの子の裁量にて紡がれていた気遣いであり。

 “…それがないってこたぁ。”

待て待てそれってと、執務室のクロゼット前でどんどん険悪そうな顔つきになってゆく五大幹部様。
とりあえずと、自分の方から lineを送ってみる。
薄いスマホを操作して他愛ない挨拶を入力したが、
コートスタンドに外套や帽子を掛け、執務用の机の前へ落ち着いても、
一向に返信はなく、それどころか既読も付かぬ。
これで苛つくなんてどこの女子高生かと思うほど、日頃の敦の気の利きように慣らされていたのだなぁと
あらためて思い知らされておれば、

 「お……。」

それ自体があの少年の身の一部ででもあるかのように見据えておれば、
液晶画面に動きがあり、びこんっという独特な音とともに、新しいメッセージが現れて。

 【 おはようござます、中也さん。】

何の変哲もないかのような挨拶が返って来たものの、
変哲がないことならば予測変換で拾えただろう言い回しを、
あっさり打ち間違っているのはどういう混乱か。

 「敦、何があった?」

それさえ忘れて直で入力しているらしいと気が回るところが、
さすがは懐ろ深く部下の面倒見のいい、直轄麾下で働きたい幹部ナンバーワン様。
とっとと通話での会話に切り替えて、伸びやかなお声で訊いてやったところ、

 【 …直接お会い出来ますか?】

向こうからもそんな風に持ち掛けて来たそのまま、
じゃあ極秘な面会に出来るよう、やや場末の喫茶店でもと指定しかかった中也の声が消えぬうち。
頭上の天井板が音もなく外れ、
そんなところに出入りできる作業口があったのかと
未知なものへのこれでも素晴らしく鋭敏な反射で背条が総毛だった幹部様のすぐ背後へ
丈のある外套のひるがえりの音もたてぬまま、気配も薄く すとんと落ちて来た真っ黒くろすけには、

 「……もうちょっとで重力仕掛けそうになったぞ、手前。」
 「すみません。」

それだけ恐慌状態なんだろなというのは判ったが、
達人相手に間合いへひょいひょい入って来るなとのお叱りを一応放った先達と、
申し訳ありませぬと 片膝突いたまま白髪の乗った頭を垂れた、
首領直属の特殊工作員の少年だった。




     ◇◇


午前中の予定は自分次第になっていたのを確認し、
ついでにとサイドボードに置いているセットにて手際よく紅茶を淹れてという間を取ってから、
趣味のいい応接セットのソファーで向かい合って、さてと話し始めていいぞと目線にて促せば、

 「鏡花ちゃんがいないんです。」
 「随分と単刀直入だな。」

まま、だからこそ
この何事へも卒のない子が朝っぱらから
あれやこれややらかしているのだろうなと。
事情背景を枝葉抜きという言い方で返されたにもかかわらず、
余裕で真相を八割くらい把握した中原幹部もまた物凄い。

 「だが、その子から目を離したのは初めてのことじゃあないんだろうに。」
 「はい。ちゃんとお留守番できる子ですし、何かあったらという連絡の仕方も教えてありましたし。」

そう。一緒に居て消えたの何のという事態なら、
それこそ最悪でヨコハマの繁華街を血の海にしてでも奪還しているはずだ。
事情のある少女だということや、自分を頼りにしてくれている初めての対象だというところから、
あんまり人とは必要以上のよしみを結ばない、
そういうところもあの青鯖から学んでしまったこの子には珍しく、親身になって守ってきた少女であり。
同じフラットにて寝起きをしていると言っていたが、
同世代のシェアハウスというより、兄妹、いやいや父と娘という感さえある過保護っぷりでもあるとも聞いていて。
なので、任務があってという事態を唯一の例外に、
よくせきのことでもない限り、目を離したり、ましてや遠出させたりなんてしなかろう。

 「何時から目を離してた? 昨夜あたりか?」

具体的な状況をと問えば、項垂れたまま小さく頷いて、

 「ちょっと親方からお使いを頼まれて。」

と、仕事の内容は言わなんだ彼だったが、のちに判った仕事ぶりはというと、
南京町でボヤ騒ぎを起こしその隙に銀行を襲撃しようとしていた海外マフィアの宣戦布告へ、
実行数十分前に聞かされた敦一人で港湾の廃ビルに相手の全員を巧妙にも誘い込み、
チェーンでぎっちぎちに縛り上げたうえで、
彼らをくくった円径のすれすれ50センチ外苑までを逆ドーナツ状態で残す恰好、
跡形もなく隔壁と設備を爆破して、腰を抜かさせたというから、
結構とんでもない仕事だったらしかったが、今はそれもさておいて。
昨夜遅くにそういう任務をこなし、未明のうちに自宅へ戻ったら、
この一カ月ほど特別な事情から同居しているあの和装の少女が居なかったという。

 「迷子とか?」
 「有り得ません。鏡花ちゃんは優秀な子ですから。」

ヨコハマの地図は、建物だけじゃなく今年度末までの道路工事の予定まで頭に入っている子ですし、
市街地に限れば下水道も把握してます。
なので、ボクがピンチになると何処へだって駆けつけてくれる頼もしさなんですよ?

「呼ぶのか?」
「呼ぶはずないでしょう。」

でも、親方にでも物怖じしないで訊くものか、
どこで何やってるのかは しっかり把握されてますけどと、続いたくらいだから、
成程 彼女の側もこの少年の傍に居たいのらしく。

 「こないだもまさかに太宰さんと会ってたところに来ちゃったし。」
 「ああ、それは聞いた。」

獣の異能をその身へ下ろす異能者を、70億もの懸賞金かけて探している海外からの組織の依頼。
単なる賞金稼ぎと一緒くた扱いで、だが一応は“依頼”されたことなのでと、
この少年が部下を数人ほど連れてあたった仕掛けの中で、
図らずも四年も姿をくらましていた元五大幹部の居所が明らかになった騒動の場に、
あの少女もまた 組まれてはなかったというに駆けつけてしまってたらしく。

 「鏡花ちゃんはまだ14歳ですよ、怪我とかしても良いんですかと
  リモート参加の紅葉さんと一緒にぎゅうぎゅうに〆たので、
  親方もそれ以降は明かさないようにしてらっしゃるようですが。」

本来の保護者というか後見役である紅葉が、北陸の方に遠征に出ているがため、
戻るまでの間、この少年が預かっている格好らしく。

 「ボクのIDが効く範囲内の防犯カメラの映像をざっと浚ってみましたが、それでも捕まらないんです。」
 「…それは相当に手が込んでるな。」

くどいようだが まだたった14歳の少女ながら、実は異能を操っての“任務”は既に数件こなしてもいる。
当地の地図が頭に入っているのも それへと使うためだし、
防犯カメラの配置も一緒に把握しているものと思われるので、敦自身以上に追うとなると手ごわい相手ならしく。
だが、

「…ってことは、仕事でいなくなってんじゃねぇのか?」
「そう思って親方に直談判しに来たのですが、」

おわ、そこまで混乱中かよと、
やや目尻がつり上がっている虎の子へ、
カップを持ち上げた手が凍りかかった中也だったのは言うまでもない。
鴎外を相手にも素っ途惚けた物言いをする怖いもの知らずな子だと思われがちだが、さにあらん。
ちゃんと首領様のことは尊敬しているし、命令は絶対だというのもわきまえてはいる。

 “…そうでなきゃ、暗殺なんて仕事はさせまいだろうな。”

それへと特化した打ってつけの異能だ、何を使い惜しみすることがあろうという首領の判断は、
裏社会の人間には真っ当で正しい“最適解”だが、
まだ14、しかも両親もその異能がらみで殺されたらしいのにと思えば 痛々しくて。
微妙に真っ当じゃあない世界に育ったにしては、
きっちり閉じ損ねたカーテンからこぼれる陽光のように
ついつい惹かれる無垢で暖かな情も持ち合わすこの子のことだ、
自分で代われることならばと、無茶をしてでも取り上げかねぬ。

 “……あ〜、もしかして。”

もしかして、その線というか、
この子の目に留まらない微細な仕事ならやらせてもいいかなとか、
何やら悪戯心が起こった鴎外様だったなら。

 “それこそ敦の名を出せば呼び出しも容易かろうし…。”

なんて、色々と思い当たった中也は、これでも五大幹部が一隅で、
取引相手との懐ろの探り合いなどもこなす“腹芸”もお手の物なはずなのだが、

 「何か心当たりありますね。
  やっぱり親方の仕業なんでしょう? 今から取っちめに行っていいですか?」
 「待て待て待て待て。」

今まで素直ないい子だったが、どこかで歪みは生じていたものか、
こんな形であの胡乱な目をしていた青鯖とおなじような貌をするよになるとはなぁと。
冴えてる読みといい、そこからすっくと立ちあがりかかる行動力といい、
それでも一気に何も言わないで行動しないで、一応はストッパーにと自分へ表明する辺りとか。
懐かしいやら面倒臭いやら、
あの元相棒の残滓のようなもの、こんな格好で体感することになろうとはと、
しょっぱそうなお顔になった中也さんだったのであった。






   〜 Fine 〜    20.07.24.




 *自分で書いておきながら、このシリーズの敦くんって
  面倒臭いちゃんなのが何かどっかで思い当たるキャラだなぁと思ってたのですが、
  遺留捜査の糸村聡(いとむら さとし)さんじゃないですか。(大笑)

  それはともかく。
  もうちょっと続きます。
  序盤のあれこれくらいならなぞれるかなぁと思っての無謀です。
  よろしかったらお付き合いくださいませvv



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