月下の孤獣


□月下の孤獣 2
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  *すみません、のっけの章に身体への切断描写があります。
   そんな無体をされたよという会話文だけですが、
   痛いの嫌な方は冒頭部分をざっとすっ飛ばして次の章からお読みください。



そろそろ初夏という呼び方ともおさらば、本格的な夏が来ようかという頃合いのヨコハマ。
潮風もその香をほのかながらも濃くしており、
人によっちゃあ 鉄さびや血の香りとも解釈できるそれを忌々しいと感じるらしいが、
そんなふやけたことを言っていては生き残れないよな、物騒極まりない毎日を過ごす顔ぶれもいて。
新緑が織りなす瑞々しい木洩れ日の躍る大窓を据えた広間にて、
睦まじくも仲の良い顔ぶれで午後のティータイムと運んでいた一同がある。
品のいい調度を並べた室内には、会話の邪魔にはならぬボリュームで弦楽曲が流されており、
それぞれに立て続いていた仕事の合間、稀なことに空き時間が重なったのでと、
気の合う面々が久々に顔を揃え、上質の紅茶や珈琲をそれぞれに堪能しつつ、
忙しかった間の各々の見聞きしたこぼれ話などを披露していたのだが、

「でもさすがにあの時はびっくりしましたよ。
 いきなり肘からダンって腕を落とされて。
 超再生が働くとはいえ、目が眩むほど痛かったですし、
 虎になって意識が保てるか、後から思えばそこも怖かったですけれど。」

いやぁ、参ったなあなんて口調で言うものだから、
うっかりと『階段の段差で躓いた』程度の受け取りようをしかかった面子が
ちょっと待てと我に返って口にしたご当人のお顔を二度見する。

 「…なんじゃと?」
 「敦、それは本当の話か?」
 「ホントよ、アタシも目がくらみそうになったもの。余りの理不尽に腹が立ってしまって。」
 「しばらくほどエリス嬢が出て来られませんでしたものね。」

ね〜と、ちょっとしたアクシデントや拗ねちゃったことのように
お顔を見合わせて朗らかに小首をかしげ合う可愛いどころの二人だが、
内容が内容なだけにギョッとした周囲の視線は一気に尖り、そのままコトの主導だろう人物へと集中し、

 「いやあの、あれはさぁ。」

愛らしく従順なところを気にいったと、
取引の条件としてあの子をくれないかと執拗に言ってくるような馬鹿者がたまに居て。
先だっても酒宴でイヤに絡む商談相手がいたので、
この子はおっかない子ですよと、とはいえ私には絶対服従しておりますがと、
そこらを誇示するのに手っ取り早く虎を呼び出そうとした。
小山ほどもあろうかという虎に転変するよな異能は御せないと、
真っ青になって契約書だけおいて帰ってったがね。
そんな風に話していた騒動の実態がそんなとんでもない事態だっただなんてと、
自身に都合の悪いところは緘口令を敷いてたらしい首領殿も首領殿だが、

「え? 皆さんにも似たような経緯はあったのでは?
 酒の席の余興だとか仰せだったんですが。」

痛い想いをしたれども、
自分にはその場で損なわれた部位が復活するほどの再生能力があるのだしと、
もう済んだこと扱いになっているご本人のしれッとした言いようへ、

 「そのようなたわけた余興があるかっ!!」

和装の女傑幹部殿が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって大きに息巻く。
よく言って絶大なカリスマ性にて癖だらけの部下らをぎゅうぎゅうとまとめ上げたが、
老いを重ねるのにつれてどんどんと傲岸さだけに拍車がかかり、
狂ったように殲滅を繰り返し、ヨコハマを焼け野原にしたいのかと誰もがおののいた
生涯にわたって独善を極めた先代に比すれば、
今現在の首領様は、情愛を大事にしていいとする、
平和な時代にもようようそぐう、懐の広い惣領様ではあるものの、

 『だがだが、そういうところもね、』

それを握ってがんじがらめにするような、
下衆な大人も往々にしているからねと太宰さんが言ってられたので、

「なので、親方からの通達は基本何でも聞かねばならないけれど、
 忠心の致すところとして聞いたその後で、皆さまに判定してもらうのも忘れずにねと。」

「…敦くん。」
「というか、あんの糞サバ、とんでもねぇ置き土産していきやがって〜っ。」

無体は無体で、ちょっとやりすぎてしまったことへの怒りはあったれど、
その前に…いくら首領からの指示でも断れなんだのかとか、
紅葉さん辺りへ助けを求めりゃそこまではしなかったんじゃあとか、
よく言って応用力のある、悪く言って太宰譲りで頭の回転も早い子なのに、と思えば、
此処まで含んで彼なりの意趣返しだったらしいとやっと察しがついた、元双黒の誰か様が、
それでも、敦には罪がないとし、
あの糞野郎と重ね重ね 元相棒を呪った一幕だったらしい。



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