銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 3
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     3



前の生においての“彼”は、敦にとってそれは憎たらしい相手だったようで。
そもそも生存競争激しい裏社会で生まれ育ったようなもの、
幼いことなど何のハンデキャップにもならず、
環境的にも人為的にも 油断すればそのまま死につながる貧民街で物心がつき。
その後、ずば抜けた異能を買われた格好で
最年少幹部からスカウトされて居場所となったポートマフィアもまた、
陣営的には味方だとて足を引っ張る浅ましい者もいないじゃあない場所だったため。
誰をも信用ならぬというよな、隙を見せれば即座に命に関わるような
常に緊張を強いられるよな過酷な生き方をしてきた所為もあるのだろうが。
それにしたって
独断専行の権化で協調性はないわ、人を悪しざまに罵るような口利きをするわ、
それより何より、随分とお門違いというか、
太宰という存在を挟む格好での八つ当たり気味な殺意を常に向けて来るわで。
最初から“相性”以前の問題、息が合うはずなかろう相手だというに、
当時の上司だった遊撃軍師殿は、
マフィアとの共闘を構えられるたび 敦と彼とを組ませることが多かった。
何せ作戦参謀だったから逆らいようはなかったし、
前世でも途轍もない知恵者だった太宰は、双方の手綱取りも上手だったので、
攻撃の型の相性が良いという二人に先鋒を任せることが多く。
そうともなりゃあ ぎゃあぎゃあと罵り合いや諍い合いをしながらも、
精魂尽きるまでという踏ん張りようで、強敵と相対した白と黒の二人。
そんな修羅場の端々で、
思いやりとは次元が異なる気遣いとか、勝手というか要領というかを身につけ、
互いの性分を知るのと並行して過去なぞを知ることともなり、
結果として多少は理解が深まった…のではなかろうか。



そんな間柄だったの覚えている顔ぶれからの “現在”への見解も様々で。
今は結構 仲睦まじいのだから判らないものだなぁなんて言う者もいれば、
いやいや結構辛辣なままだよと、現に今の今リンク上で揉めている二人を視線で差す人もいる。
レッグウォーマーやモヘアのヘアバンドという練習モードの装備をヌクヌクと着付け、
i-podか何かで曲を聴きつつなのだろ、コードレスタイプのお揃いのイヤフォンを装着し、
黙々と滑っては フリースタイルのプログラムを修正し合っていたはずが。
何度言ってもジャンプに入るタイミングを微妙に早める敦なことへ、
今だけコーチというか助言を任されていた芥川がとうとう業を煮やしたらしく。
向かい合ってた虎姫へ手を伸ばすと、
恐れもなくぐいいっと、お嬢さんの白い頬を摘まんで引いたらしい。

「痛たたたたた……、だあもう、やめてったらっ#」
「言って判らぬなら こうするしかなかろうが。」

顔は辞めてって言ってるでしょう? 跡が残ったらどうしてくれる。
僕がやったのだと判るからこの方がいい、下手に隠し立てするつもりもないからな。
変なことへ大威張りしないでよ…っ、と。
双方 利かん気なところがあるのが、まんま弾けでもしたものか、
声も大きく喧々諤々な言い合いを始めている模様。
芥川の接しようが ちょいとスパルタなのへは、実技担当の谷崎も苦笑交じりに容認しており、

「ボクはどっちかというと表現の仕方しか教えられませんからね。
 実際のスケーティングの勘とかコツは実際よく判らないから、
 ああやって実践で教えてくれてるのは凄く助かるし。」

もともとバレエの指導をしていた人で、スケートの経験もなく。
どうやったらそういう呼吸を紡げるのか、
そういうポージングが出来るかまで具体的には教えられないとあって。
今までは敦嬢自身による実践での試行錯誤しかなかったものだから、
経験者に実地で教えてもらえる機会は願ってもないと、むしろ歓迎してのお任せタイム。
但し、数分に一度はああやって噛みつき合っているのが玉に瑕ではあって、
苦笑交じり、ああいう教えようも刺激があっていいだろし、
何かと たんと助かってますよと腰の低い谷崎なのへ、

 「こっちこそ何から何まで援助してもらえて大助かりだ。」

横浜チームのチーフである中也が苦笑を返す。
この地域の会場にて、GP系の指定もあった大会が行われ、
その後、北欧へ渡って年明けすぐにファイナルに当たろう大会がある。
そこへの出場選手として選抜されるかどうかはまだ不明ながら、
年の瀬に協会主催のエキシビジョンショーが催されるという話が降って来ており。
競技奨励の何とかかんとか、応援くださっているファンの皆様へのお礼も兼ねてとかどうとかと、
そういったあおり付きのそれなので、人気急上昇中のこちらの二人も担ぎ出されることは必至。
というわけで、片やの地元近くという立地を生かす格好、合同合宿をしいている彼らであり。
だったらここを使ってくださいなと案内されたのが、リンク常設のこのクラブハウス。
ご当地の名士である中島さんチからの支援が厚く降りそそいだ代物で、
高台の古ぼけたスケート場を買い上げの、敷地ごと全面改装しのし、
ギャラリー席付きのリンクやそれを管理する設備は勿論のこと、
更衣室やセクレタリーフロント付きのロビー、
見学者が殺到しそうな公開練習を催しても余裕で運用できそうな食堂施設に、
駐車場とそこへ至るロータリーや、周辺をさりげなく監視する防犯システムも実装されの、
エクササイズ用のトレーニングルームや宿泊施設も完備という至れり尽くせり。
余談だが、このような大御所様からの大盤振る舞いは、
馬術やその他のスポーツに敦ちゃんがハマっていた頃もさりげなく施されたらしく。
売名欲がたぎりまくってるような下世話なお人だったなら、
あちこちで敦ちゃんの名が冠された施設だらけになってたかもしれない…とは、
スズラン姫スタッフがたまに口にする 微妙が過ぎて笑いにくいジョークだったりもする。(う〜ん)

 「そういや、中原さんて、尾崎さんと遠縁なんですってね。」
 「ああ。」

そちらの陣営にいる鏡花の父の妹、叔母と呼んだら叱られるので姉様と呼んでいる女性が、
実は中也とも やや遠い縁故関係にあるそうで。
それのみならず、

 「槍というか棒術というか、それを習ってた師匠だよ。」

ははは―とやや乾いた笑い方をする彼女だが、
萌え袖が似合う小柄でスリムな体躯だとか
男勝りな言動というビックリ要素があってなお、
年齢相応の色香もなくはない蠱惑的な横顔は、
美形慣れしていようスタッフのほとんどが ついつい見惚れるそれでもあって。
これだけの美貌をもって、なのに
四角い言い方で“義侠心”から首を突っ込んだのが切っ掛けだったらしいとはいえ、
気が付きゃ街のごろつき予備軍を〆ていたお転婆だったのを、(お、お転婆…)
首根っこ掴んで有無をも言わさず自宅道場まで連れ帰った女傑。
さぞやこってり絞られるのかと思いきや、
今はまだ無傷でおるが、そのうち男にはどうしても勝てぬ差も出てこよう、
そうならぬよう、ちゃんと基本から習得し直し、
筋の通った力を存分に振るえと、やや斜め上の説教と指導を受けたそうで。
尾崎の姐様がそうであったのと同じよに、
曾ての記憶とやらも取り戻しちゃあいるが だからと言って何が変わった風でもなく、
ちょいとおきゃんな姐御肌の気性も依然とそうそう変わりはない。
初めましてかどうかが微妙な知己がどっと増えたものの、

 「中也さ〜ん。」

前世の関わりがあまりなかった敦からすっかりと甘えられている相性は、
そういうのがなくても結べた友好なような気もするし。
むしろ、リンクの縁までを駆けて来たお嬢さんを抱きとめたことへは何とも思わぬらしいのに、

 「…お。ほつれかけてんぞ?」

一緒に寄って来た黒の青年の、ニットのヘアバンドの襟足近く、
モヘアがぴょこりと立ってたのへ手を伸べたところ。
向かい合ってた態勢で、自分より上背のある彼へ
そんなことを無造作にやらかした図がどういうシルエットに見えたやら、

 「え?」

不意打ちで腕を引かれ、バランス崩してたたらを踏んだ赤毛の女傑の小さな肢体を、
頼もしい懐へぽそんと受け止める。
何でそんな、よく判らない力づくをやらかした彼なのか、
居合わせた女性陣二人にキョトンとさせた張本人様こと、

 「何だよ、青鯖# いきなり掴みかかってくんじゃねぇよ。」
 「……太宰さん、人虎もいました。」

何だか妙な体勢に見えたらしいと、
何故だかそちらは珍しく察しの良い芥川がそうと口添えした、
背高のっぽのチーフマネ殿。
一瞬だったが妙に切迫したよな顔だったのへ、
彼の心理が判ってか、だがそれ以上は言わない武士の情けも心得ているようで。

 「では、ちょっと出かけてきますね。」
 「ああ、言ってたな。敦、迷子にならねぇよう、こいつの案内頼むな。」
 「はぁいvv」

あれほど揉めてた様子もどこへやら、
にぱーっと笑うお嬢さんをエスコートし、睦まじくも出掛けるらしく。
ついでのように太宰へも顔を向け、お嬢さんの保護者ゆえにという声掛けをする。

 「5時には戻ります。」
 「ああ、うん。頼むね。」

  5時?
  ここいらではセオリーだよ。
  あ・そっか日の入りが早いんだっけな。

いつまでも凭れているわけにもいかぬが、腕を掴まれたままなので少々眉をしかめる中也嬢。

 「…何だよ、世界中の女が手前のもんって思うなよな。」
 「世界中のなんて関係ないよ。」

  ……なんて顔してんだよ。
  あ、もしかして一緒に行きたかったか? 確かクレープ食べに行くらしかったから。

  違くて。

自分への反発は覚えていたらしく、そこは自分も同じなのだが、
それ以外のところへはちいとも気が付かぬ朴念仁。
曾てもそういう微妙なものへは鈍感な奴だったよな。
情に厚いといったって、せいぜい世の標準ってやつレベルだったよなと、
忌々しいことばかりが思い出される。
そうだ、あの頃だって、
こちらの微妙な胸の内なんぞ 気が付きゃしなかったよなキミってばと、
言いたいことがあるけれど
言ったって始まらぬというか 言うのが癪だと飲み込んでおれば、

 「……そんな顔すんなよな。」

怪訝そうに細い眉を立ててた険悪だったご尊顔、
やや和らげてのいたわるような顔になり、
さっき芥川へと伸ばした時よりも身長差のある相手の手入れの悪い蓬髪へ伸ばすと、
どうした?んん?と 幼い子相手のように撫で始める。
あの頃は革手套に包まれていた手。
物騒な異能の制御の延長という仕儀の名残り、
万が一にも発動しないよう、直接は触れていないとするための咒いみたいな恰好で、
時には会食の席でも外さなかったほどだったあれも、
今は防寒用以外じゃあ見かけないし、あちこちへ忘れてしまうのこちらが気付いて渡すほど。
こちらへ“そんな顔”といった彼女だが、

 “……自分だって。”

何かしら消沈しているこちらの想いを酌んでやりたいような、
やはり優しい表情になっているものだから。
ますますのこと、胸のどこかがちりりと痛い。
違和感があるような、ああこんな優しい触れ方も出来たんだと切なくなるような、
そんな “よしよし”に甘んじつつ。
ああ自分は今の彼女に何を伝えたいのだろかと、
木枯らしに撒かれてたわむ若木のような、ほのかに痛々しい柔らかさのそれ、
複雑な心情を淑として端正な顔容に滲ませて。
柄にもない青二才ぽい心持ち、
胸底で噛みしめてしまう、かつての天才策士殿だったりするのである。



to be continued.







 *余裕のない太宰さん書くのってこんな楽しいんだと、
  色んな意味で問題な感覚で書いてます。(笑)
  いや、主題は芥敦の方だったはずなんですがね。
  そういう横道にばっか逸れてるから、話が一向に進みません。困った困った。




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