短編

□怖いものと 恐いもの(お隣のお嬢さん)
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そんな言いようで。
どうかすると敵対組織でありながら、
それでもいろいろな奇遇や接触や紆余曲折が山ほどあってのこと、
ポートマフィアの五大幹部という地位にある女性と、
それは柔らかな感情を温め合う間柄になっている虎の子ちゃん。
まだ二十二という若さながらも、十代のころから在籍していたキャリアを持ち、
モデルとして通用しそうな華麗で品のある美貌の持ち主でありながら、
重力操作という異能に加えて、類まれなる運動能力を生かした体術を繰り出し、
何なら瞬き一つの間に5,6人を肉塊にまで挽き潰せるような、
そんな冷酷な処断も辞さぬ女傑だのに、怪談系の話には絶対触れない。
時々口がすべって、ちょいと残忍な仕置きをした話をしかかることはあるけれど、
活動時間や人気のない場所という意味からいろいろかぶりそうなのに、
心霊スポットだの廃ビルに巣くう悪霊だの地縛霊だのという話は、
噂レベルの例えにだって彼女の口からは聞いたことがないそうで。

 「初めのうちは、ボクが怖がろうからと避けてくれてるのかなぁって思ってた。」

でもね、と。
幼いお顔がますますと頼りなく見える上目遣いになって付け足したのが、

 「携帯ゲームのずんと可愛いキョンシーものさえ、見ないようにしていたの。」

中也さん本人が苦手なら、ボクも注意して寄せないようにしなきゃって、
貰ったマスコットも外したりってしてたら、さすがに気を遣わせてんのなって笑われちゃって。
そうと続ける妹弟子の語りようこそ何とも可愛らしく、
芥川の側も 下らぬと一刀両断せぬまま和んだ眼をして聞いておれば、

「あんなお強い人が、意外なことが苦手なんだなって思ってたら、
 あれって昔、死人を復活させる異能と戦ったことがあったからなんだって。」
「え?」

そこは黒夜叉姫も知らなんだか、明かされた言いようへギョッとして目を見張る。
そんな姉様へ、そうだよね驚くよねとの同意の表情を見せた敦嬢、

 「内緒だよ? 特に太宰さんにはね。」

誰も周囲には居ないというに、殊更に声を潜め、
口許へ人差し指を立てて、それはそれは鹿爪らしい顔で言い足して。

「幽霊じゃあなくって実体のある格好で、
 もう亡くなったはずの人を“使役”としてよみがえらせてたって。
 使役と言っても ただの人形っていうんじゃなくて、生きてた頃の記憶や知識も持ってたって。」

まあその場合は物理が効いたんで何とかしのいだそうだけど、と、
その件についてはどう処断したかまで話してくださったらしく。
ただ、それを下敷きにした格好で、今の敦ちゃんがちょっと気になっていることはと言えば、

「もしかしてそうじゃなくって、
 霊体とかいうのを呼べるような異能もいるかもしれないって思って。」
「…。」

記憶云々ていうのは、もしかしたら中也さんの思うところを読んでのものだったのかも知れない。
でも、だったらそういうことができる能力だってことじゃない。

「そういう異能が相手だと確かに面倒かなぁと思ったの。」
「面倒?」

 うん。谷崎さんの“細雪”みたいな幻を見せるヤツとかだと相性が悪すぎるもの。
 もう死んだはずの人を見せるとかいう仕掛けも込みだったら
 それって人の心を読める、高位な異能ってことでしょう?

はぁあと遣る瀬なさげな吐息をこぼした虎の子ちゃんの落ち込みように、
どうとでもいなせるよう、あまり相槌も打たずにいた芥川の姉様、
そんなそんな落ち込まないでと、此処であたふたしかかって。

 「だが、貴様の虎の爪には、相手の異能を消滅させられる力もあるではないか。」

手も足も出ないは言いすぎだと、真摯な声で助言したものの、

「だって、異能そのものの方は幻だったら?
 物理攻撃効かないんでしょうし、
 そうなったら能力者自身へ触れなきゃあ、失効は効かないよぉ。」

日頃ならあっさり“そっか”と納得するものが、
こたびは結構ああでもないこうでもないといろいろ考えあぐねていたらしく。

「死体を操る異能とかだったとしても、
 それにしたって、痛さは感じないからと殴る蹴る切り裂くが効かないとなるとぉ。」
「成程な。そういう輩だとやつがれも手を焼くやもしれぬ。」

うぬうと、しまいには羅生門の姉様までもが唸ってしまい、
夜更けの場末で、見目麗しい少女らが何だかとんでもない事案にううむと悩んでしまっていて。


  そしてそして、


妙な方向へ、なのにさもありなんとばかり、真摯に同意し合っている妹ちゃんたちの会話、
スピーカモードにした携帯端末を手のひらに据え、
どこの誰に取っ付けたそれか、
盗聴器からの話し声を暢気にも聴いてる、上級な別嬪二人組がいたりして。

「うわぁ、そういう方向を案じてたとは、
 意外とタフネスだったんだね、敦ちゃんてば。」

単独任務なんかへは、失敗したらどうしよお、
手加減ミスったり、相手に大きな声の人がいたら怖いし心細いよぉって泣き出しちゃってたのにと。
ふふふと表情豊かな口許をほころばせて微笑んだのが、
深色の髪を背中まで伸ばした長身の知的美人なレイディなら。

 「……。」

気遣われていることへは面映ゆげに感慨深げなお顔でいたものの、
傍らの相方が勝手を言い出したのへ、こやつはぁと眉を吊り上げたのが
赤い髪をシックなつば付き帽子で押さえ、
フォーマルな装いでまとめておいでの、ティラードスーツ姿の小柄な女性で。

 「誰かさんのトラウマも大事にしてあげてるなんて、本当に優しいよね。」

敦ちゃんは、太宰に聞かせるとそれもまた揚げ足とるネタにしかねないと心配したらしかったが、

 「私ってそんなに根性の悪い女だと思われているのねぇ。」
 「間違っちゃあいねぇだろうよ。」

 あら、あの話を持ち出して揶揄ったことはないのにさぁ。
 あん時は あんたも結構踏みつけにされてた騒動だったから、
 思い出すのが業腹だってだけじゃねぇのか?

図星だったかちらと眉が震えてちろっと素早く睨んで来た太宰だったが、
執拗には絡んでこないまま やれやれと肩をすくめてお終い。
そこへと畳みかけたのが、

「芥川もそういうネタで揶揄ってんのか。」
「まさかぁ。」

そんな色気のない話で時間の無駄遣いしたくはないよぉと、
これも本音であるらしく、長い睫毛を伏せがちにし、双眸にたたえられた光を霞ませてから、

「さあ、そろそろ連絡しよう。
 証拠書類も裏帳簿も無事手に入ったことだし、
 あとはこのビルごと陥没させて、放火かガス爆発があったと取り繕わなきゃあねぇ。」

誰に訊かれても困らないよということか、
死屍累々いやいやまだ死んでませんという捕縛対象が倒れ込んでるフロアを見回し、
様になるポージングで両腕を開いて左右に掲げると、
さあもう一幕演じましょうぞという所作をしてみせる。

「あんたが一気に潰したんじゃあ生存者がいなくなっちゃうから、
 いかにも順番に崩れましたと見えるよう、
 あの子らに部分破砕を積み重ねてもらわにゃあねぇ。」

「うっさいなぁ、アタシだってそのくらいの小細工できるっての、
 あんたが横から煽るから手許が狂うんじゃないか。」

こっちもこっちで、どの辺が知的な攪乱や取引を構えていたものか。
結局は力技で、結構な人数の輩どもを薙ぎ倒したらしいお姉さま方、
携帯端末の液晶画面を操作すると、柔らかな頬へと当てて、
何食わぬ顔で“こっちは終わったから出向いて来て”と、後輩二人を呼び寄せる双黒のお二人。
倒れ伏してる顔ぶれも、何をされたやらおっかない彼女らには早く立ち去ってほしいのだろうけど、
此処へ駆けつける二人もまた、そりゃあ恐ろしい異能の主だと知って
ツイてないにもほどがあると震え上がることとなるまであと数刻……。





     〜 Fine 〜    21.02.25.




 *既出『さても お立合い』にて、
  男の子の敦くんは心霊現象を知らなんだし、幽霊の類も怖くないとしたのですが。
  女の子の敦ちゃんも育った環境は同じなのでそこも同じ。
  ただ、あの頃はまだ明らかになってなかった中也さんの過去というか背景が出て来たので、
  ちょっと書いてみたくなりました。
  中也さんて国木田さんと同じくらいオカルト苦手みたいですね。
  でも、それってあの蘭堂さんとの経緯は関係ないのかなぁ?
  あれは厳密には“幽霊”じゃなかったから、別口なのかな?




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