短編

□語るまでもないこと
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フォンダンショコラにシフォンケーキ、
モンブランにプリン、
ブラウニーにムースタルトにチーズケーキ、
パウンドケーキに、ババロア、
フルーツピザにリーフパイ。

それからね、ああそう言えばと、
次々に出てくるのは スイーツのカタカナ名前がずらり。
一通り並んだ、いかにも甘そうなお題目の一つ一つへ、
テーブルを挟んで向かい合った年少さん二人が
そうそうと楽しそうに意を合わせて頷き合っており。
男ばかりが顔を揃えているというに、
いつの間にそんな話題へずれ込んだのかと、
食後のソフトドリンクをこしらえていた大人組の二人が
キッチンカウンターから戻って来ておやおやと目を見張る。

「そうだ、スフレは作ってもらったか?」
「何なにそれ、知らない知らない。」

わあ新しいのだと宝石のような不思議な色合いの目を見張る敦なのへ、
愛でるようにふふと小さく微笑った芥川が涼し気な目許を細め、

「あれはどちらかといや冬のものだからと、作ってはなかったのかもしれないが。」

そうと付け足したのへ続いたのが、

「まぁな、熱いからこれからには向いてねぇし、
 こいつもしかして猫舌かもしれねぇと思ってつい。」

作ってなかったなとそう言えばと思い出したように口にした声の主こそ、
彼らへ自家製のレモンスカッシュとアイスティーを満たしたグラスをそれぞれ差し出し、
自分にはミントのグリーンがクラッシュアイスの中に爽やかな見栄えのする
モヒートのグラスを持ち上げた中也であり。

「…え? 何なに、今この子たちが並べたのって、もしかして。」

こちらさんも軽めの飲み物で合わせたか、
スライスレモンを沈めたハイボール、
持ち上げかけた手を止めた太宰の不審そうな口ぶりが、
年少さんたちからの してやったり感満載な笑みを誘う。

「そうなんですよ、太宰さん。
 実は中也さんたらお菓子作るのがすっごく上手なんです。」
「……ふぅうん?」

趣味人とまではいかないが、それでもキッチンでの動き惜しみはしないだとか、
セーフハウスで詰めているときなぞ
料理を器用に作って居合わせた部下に振る舞うこともないではないとか
色んな機会に聞いてはいたが、

「お菓子までとは初耳だねぇ。」

すこぶるつきに美形だが毒も吐く、
イマドキの少女漫画に出てきそうなイケメンパティシェというところだろか。
だがだが、当人はタバコは吸うわ酒は飲むわとどちらかと云や辛党なはず。
幼いころはともかく、この子たちが知っているほどの最近の話として、
実は甘いものもいけるクチだったとは
付き合いが長いからこそ、太宰にはちょっぴり意外と感じられても無理はなく。
頬杖つきつつ半信半疑という口調になったのへ、

「何なら買えばいいものじゃああるがな、
 慣れてくりゃあ大した手間でもないんだこれが。」

からかわれても動じなかろうことを思わせるよな端とした口調のご当人だったのと、
年少さんたちが楽し気に沸いている空気が尊いと感じたものか。
何かといや揚げ足とるのがもはや脊椎反射になっているんじゃなかろうかという
見かけに反して元相棒さんにだけは途轍もなく口の悪い美貌ののっぽさんが、
だがだがこの件に関してはツッコミはなしの方向で、
むしろ感心の体でいたりするものだから。
却って妙な空気だと感じたか、
ギャルソン風の大きなエプロンも様になっている美人のマフィアシェフ殿が、
青玻璃の瞳を据えた切れ長の双眸をやや眇めてしまい、

「…何だよ、何か気持ち悪いな、お前。」
「いや何ね。」

意気投合したまま、会話が続いておいでの黒と白の青年と少年なのへ
じいと和んだ眼差しを向けた太宰が言うには、

「あの子らがああまで仲睦まじく会話するところが見られるなんて。」

どれほどの感慨深い想いなのか、
うんうんと深々と頷いてから、表情豊かな口許が柔らかくほころび、

「長生きはするもんだなぁとしみじみ思えてさ。」
「……俺らまだ22だぞ、おい。」

芝居がかってないからこそ呆れたと、中也がおいおいと渋面を作る。

 “まあこいつにしてみりゃ、
 とっととおさらばしたかった現世らしいから。”

22まで生きながらえているのは十分“長生き”にあたるのかもしれないが。
そうと思いはしたものの、だがだが、そんな考えように賛同する気はさらさらなくて。
青玻璃の瞳を据えた冴えた双眸をやや眇めて元相棒を睨み据え、

「縁起でもない話はやめろ。」
「はいはい。」

判っているよと苦笑をこぼした太宰、
それをキリに、明日はどうして過ごそうかなんて、次の話題を繰り出しており。

 “…もしかして察したのかね。”

中也が菓子作りにまで手を出した本当の理由。
成長期真っ只中だったにもかかわらず、
いろいろな心的負担が重なり、あまりにも食が細かった誰かさんだったのへ、
何でもいいから口にさせようとしての試行錯誤。
口当たりの良さそうなもの、消化しやすそうなものをあれこれと探して試し、
量を食べ切れぬならカロリーはいっそ高い方がよかろうと、
ケーキの類を作るようになったという順番だったのであり。
そんな真の事情を何とはなく察して、 
あまり掘り下げないようにした太宰だったのかもしれないと、
こちらも察してしまった中也であり。

 “そんな気遣いが出来るようになったのは重畳だよな。”

彼が此処へとやって来た原因の“書き置き騒動”にしても、
落ち込みかかった芥川へ、俯かないでよとフォローしきりで、
あの暴君ぶりはどこへやら。
言葉を尽くしていたわるだなんて、かつての彼にはまずありえなかったことだろにと、
中也としてはほのかな苦笑交じりについつい思い起こしてしまう時期があり…。



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