短編

□たまには本音もいいんじゃない?
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敦が籍を置く“武装探偵社”は、
世間様からはちょっとばかりあれこれ隔離されていたような孤児院で育った少年でさえ、
何とはなく輪郭のようなものを知っていたくらいに名の知れた探偵事務所で。
その特徴は、はっきり言って…ちょっとグレーな危ない集団。
軍警が手掛けると あとあとの公判で整合性が成り立たなくなろう、
性急な、あるいはやや非合法なことをこなしてでも証拠を集めてくるような、
そんな方向からも荒事専門の探偵社だと言われており。
だが、その身を投じるほどに接してみて判ったのは、
それが可能な顔ぶれ、特殊な“異能”を持つ探偵たちが多数抱えられており、
例えば銃剣構えて正義を黙らせるよな悪漢や、
法の目をかいくぐり、実際にも巧みな戦闘力にて包囲網を突破せんとするような
異能を操る怪人らを相手に、
一歩も引けを取らぬ勇猛果敢な戦いっぷりをご披露し、
あっさり畳んでしまう剛の者揃いの一団で。
勿論のこと、力技だけで首根っこを押さえるだけでは軍警があたった場合と変わらない。
予言されていた悪辣卑劣な犯行を未然に防ぎ、
尚且つ、そのような犯罪行為への言い逃れが不可能な対処、証拠固めや自供も揃えねばならず。
そこで的確な働きを見せるのが、
途轍もない観察力と洞察で コトの次第とその行く末を一ミリのゆがみもなく見定められる、
社が世界に誇る名探偵の超推理と、
それを相手に認めさせボロを出させる策謀に長けた誰か様の
策敵から伏兵配置、挑発という名のギミック満載な罠と、
それらを支える速やかで正確で遺漏なき情報収集という
巧みで厭らしいまでに周到な手腕とが物を言い。

 「いえあの、ちゃんと手順を踏んだ捜査や
  根気よく聞き込みを積み重ねた調査もしてますよ?」

うんうん、頑張ってるよね。
追い詰められての惑わされて飛び出した失言より、
検証を積み重ねて得られた確固たる実証ほど堅実なものはないものね。

 さてとて。

今回の彼らが依頼通達を受けた案件は、
とある盛り場を舞台に、某政治団体の裏金の流れを追うことで。
恐らくは犯罪行為や、はたまた卑劣な貸しはがしで集められた出所のあやしい資金、
“街金(マチキン)”と呼ばれる小規模な金融機関を転々とさせて、出所を曖昧にする洗浄を行う、
いわゆるマネーロンダリングを行っているというタレコミがあり。
結構な額を組織だった手際で それは潤滑に処理しているとかで、
そのままその筋の大手にでもなられてはたまらない。
それでなくとも当地には巨悪の代表格がでんと鎮座ましましているというに、
裏世界の金融系窓口までもがヨコハマを本拠とされてはたまったものではないと、

 『これ以上ダークなイメージが濃くなってもねと、
  知事だか県警のお偉いさんだかが居た場所で、
  マスコミ関係筋の人が聞こえよがしに口にしたのだそうで。』

そこで、警察によるガサ入れの切っ掛けになろう、
突破口となる何か、証拠として堅そうなものを拾ってきてはもらえぬかと、
凡そ 虫のいい、もとえ、こちらの手腕を頼りにしての依頼が来たのだとかで。
丁度世間を騒がせている とある政治家の裏金問題という格好のネタもあり、
それへ掠めるような物証だと好都合なのだがと、
誰が持ってきたものか、厚顔にもほどがあるご要望。

 『というか、これまでに何で依頼が来なかったのかが不思議なほどで、
  もはや結構な規模で枝葉も根っこも広げていませんかね。』

とは、手始めの情報統括を請け負った谷崎さんの言。
それへと渋面を作った国木田さんが、皆まで言うなと肩を叩き、
キョトンとする敦へは、

 『実は調子よくご利用なさっていたお偉いさんがいたのかも知れない。』

後ろ頭へ腕を組み、回転いすの背もたれへ押し付けた背中をぐんと伸ばしつつ、
太宰が冗談半分という語調で口にしたのでもって、
その筋の…事情通の大人たちにはそうと通じている暗黙の何かがあったらしいことが伝わって。

  大人って ヤ〜ね〜? (おいおい)

とて。
異能関係だけじゃあなく、色んな意味からダークな手腕を鮮やかに振るう、
さすがは我らが武装探偵社。(褒めてます、一応。)
調査担当の社員がそれぞれに伝手やコネを駆使し、
浅いところ深いところ探査のアンテナを伸ばしまくって
種々様々な情報を掻き集めた結果、
金庫番への窓口となっているらしい高級クラブを割り出し、
そこへの潜入と相成ったのだが。

 「え? ボクもですか?」

いやあの未成年ですし、見るからに場違いで浮いてますしと、
歓楽街の入り口にあたろう通りの端っこで、既にしり込みしていた
今時には珍しいほどこの手の場所が怖いらしい虎くんで。
だってこういうところには、
油断も隙もないおっかない手合いが犇めき合ってることを
これまでの捜査で十分知っている。
それに、海千山千な住人たちだけじゃあなく、
此処へ青少年を近づけまいとする公安系の大人たちの職質に、
実は結構引っ掛かったことがある敦でもあり。
昼間や夕刻、聞き込みで出入りしたあの件やこの件で、
必ずのように“そこの君ちょっと来なさい”と、
少年課らしき補導員の人から腕を引かれた回数は数知れず。

 「う〜ん、敦くんがあまりに純粋無垢に見えるから、
  補導員のお兄さんお姉さんも心配しちゃうんだよ、きっと。」

 「…それだけでしょうか。」

確かに、この虎の少年、
18と言えば“青年”と呼んでいいだろうほど体格もよくなる頃合いだろうに、
同い年の高校生と並んだとしても大層幼く見える雰囲気があり。
ほっそりとした肢体はいかにも少年ぽく、
白っぽい銀の髪はさらさらとしなやか。
おどおどすることが多い面差しも
紫と琥珀が同居するエキセントリックな双眸は くりんと大きな愛らしさだし、
柔らかそうな小鼻にするんとした頬、
表情豊かな唇はやわらかで、照れ屋さんなものだから含羞みつつ笑うことが多く、
甘く笑ったりするともうもういけません。

 “あの憎たらしい帽子置きと並ぶと あどけなさが際立つし。”

おいおい、そんな人を何で今引き合いに出しますか。
やんわり笑ったお兄さんがそんなこと想ってるとは露知らず、
こちらもこちらで思い起こしていたのは、

 “そういう訊き込みというと…。”

そういや必ずこの蓬髪の美丈夫さんと一緒じゃなかったか。
そしてこのお兄さんったら、
魅惑の美貌へ集まって来たお綺麗なお姉さま方へ
満遍なく美辞麗句を述べ立てた挙句に、毎度お馴染みの心中へのお誘いを紡いでおり。
とはいえそこはさすがに相手もこなれた達人揃いで、
やだ冗談がお上手でといなしては“それより喉が渇いてませんか?”と
巧みにお店へ引っ張りこむので、

 “それで路上へ取り残された挙句に
  何してるのかなボク?と職質かけられてたような気がするんだけど…。”

人間失格は異能にしか効きませんからねぇ。
お姉さま方の手管とか手腕とかいう職人芸には抗えなかったのでしょうねぇ。

 「でも気前の良い人ばっかりで、散財した覚えはないんだよね。」

大概は“アタシがおごるからぁ”と持ちかけられ、
その代わりのように山ほど名刺をいただいた武勇伝(?)を口にし、
うふふー♪と楽しそうに笑った色男。

 「……。」

思わずのこと、此処へあの黒外套の君を召喚してやろうかと
携帯を取り出しかけた敦くんに罪はないと思う人、手を上げて。
…なぞという掛け合い漫才もどきを繰り広げている場合では勿論なくて。

 「大丈夫。今回はもう下調べがある程度進んでいるからね。」

お姉さんたちを沸かせて山ほどのお話を聞く必要はないのだよとにっこり笑い、
携帯を取り出そうと鞄をまさぐりかかったことで
しがみついてた車止めの U字ポールから手を離した少年の二の腕掴んで、
有無をも言わさず通りまで引っ張りこむ太宰氏で。
随分と日没時間が遅くなったとはいえ、
もう辺りへは夜陰の帳が降り始めていて、
店々の門口に置かれた電飾も次々と点灯されてちかちかと、
不夜城が目を覚ましたなという雰囲気がじわりじわりと満ちかかっており。
問題のお店とやらへ向かうらしい太宰なのへ、しぶしぶ付き従っていた敦だったが、
人工的な明かりが目映くなるほど路地への影が濃くなるのが何だか不安だと感じ。
前をゆく太宰のコートの腰から下がるベルトを握り、
おどおどと辺りを見回しながら続いておれば、

「敦くん、ちょっとこれ持ってて。」
「え? あ、はい…って。わあっ!」

唐突に太宰が声を掛け、ずっと手にしていたポーチを差し出す。
日頃手荷物は持たぬ人なので、証拠写真を納めるカメラでも入っているものか。
何にせよ大事なものだろに、
あまりな不意打ちだったのと、
長い腕を妙に伸ばした太宰だったため、敦からはちょっぴり遠い位置となり、
うわ落としちゃうよぉと身を延べたのが頭を下げる格好となった。
そんな敦の頭上を、

「…え?」

何か素早いものがぶんっと突っ込んできたような。
身を折って前方へたたらを踏みかけた格好になった敦が、そうはならずにそのまま立っていたならば、
後頭部を殴られの、突き飛ばされのしたはずな暴漢の急襲だったが、
現実は、おっとっとと前へ身を進めており、
正体不明の輩の攻勢は敢え無く空振りを期した、だけじゃなく。

 「そぉれっと。」

突っ込んだ先には、
太宰がぎちりと握りこんで構えていた拳が準備万端で待ち構えており。
優男に見えるがこれでもポートマフィアに居た、元・黒服構成員。
それに、彼の持つ異能は 異能を打ち消すという形のものなので、
強力な異能力者が手も足も出なくなるよう持って行くことは出来るが
これと言って攻勢に使える技がおまけについてるわけでなし。
ということから、一通り以上の格闘技も身につけているそうで。
そちらさんも当てが外れてたたらを踏んだ格好、前へとバランスを崩してつんのめって来たものを、
バンテージにしては手首までだが、もどきのような包帯を巻かれた雄々しい腕を振りかざし、
ベきっと容赦なく殴り倒したお兄さん。
顔から地べたへ突っ込みかけてたの、
その一撃だけで ほれっと掬い上げるよに

中空へその総身を一旦浮かせたほどの威力は大したもので。

 「さぁあ、いろいろと話してもらいましょうか。」

まずは我々を尾けてた理由からかなと。
鮮やかなアッパーを生み出したばかりな
頼もしくも大ぶりな手を顔の高さまで持ち上げて。
ぺききっと指を鳴らしつつ、
すべらかな頬や表情豊かな口許へと浮かべて見せた笑みは、なかなかに爽やかだったものの、

 “目が笑ってません、太宰さん。”

鼻先まで降りた前髪の陰、鳶色の双眸がいやに冷たく暗いのへ
味方でよかったなぁとつくづく感じた 虎の少年だったそうな。








 *今日のところは此処までvv


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