短編

□何かと ゆきとどいてます
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ふと触れてきた手の感触に気がついた。
額から頬へ、時には少し降りての首元とか、
撫でるように何度も何度も。
柔らかい力加減なのと冷たさが気持ちいい。
そういや小さいころは、
熱を出すといつも、紅葉の姐さんがずっと付きっ切りでいてくれたなぁ。
怪我は “自業自得じゃ、日にち薬しか効かぬ”と叱り飛ばす人なのに、
子供の熱はどう転ぶか判らぬからか、細い眉を寄せ、案じるように見つめててくれた。
懐かしいことを思い出しつつ、ぼんやりしたまま目を開ければ、

 「……。」
 「おはようございます。」

うん。朝のご挨拶としては間違ってねぇんだが、
何で寝起き一番に見る顔なんだろと、ちょっと理解が追い付かない。
人にも依ろうが俺としちゃあ健気な奴で可愛いと思うし、安心も出来る寝起きには違いない。
どっかの組織や刺客が襲ってこようと、こいつが傍にいりゃあこれほど万全なこたぁなかろうが。
だけれども、

「何でお前、あ…此処ってお前んちじゃねぇのか?」
「はい。」

家具や何やに覚えがあるし、
こいつがこざっぱりしたシャツにカーディガンっていう普段着でいるし。
そうだ、こいつ今日は休みじゃなかったかと思い出したと同時、
なんか体中が蒸されてるみてぇに暑いのに気がついて。
はぁと力なく吐息をつけば、

「中也さん、熱を出して出先で倒れられて。」
「そうか、それを先に言ってくれ。」

こいつ結構マイペースだよなと、
芥川くんに関して 今になって気づかされたことがまた一つと
こんな状況下であるにもかかわらず、胸の内にて数えてしまった、中原中也さんだった。



   ***


ことの発端は武装探偵社の誰かさん…白々しいのですっぱり明かして、
太宰治がまずは遭遇した、朝のちょっとしたひと騒ぎの気配から始まる。
彼の勤め先、武装探偵社へ出社するべく駅前を通りかかったところ、
何とはなく空気がざわついており、
大丈夫だろうかなどという囁きが聞こえるところからして、
通り合わせた人々が温度差こそあれ総じて案じている何かがある様子。
人々のそんな意識を手繰るように辺りを見回せば、
桜も終わって次はと、植え込みのつつじがちらほら咲き始めている駅舎前の広場の端、
覇気がないせいだろう本来の規格レベルの存在感で、
タイル張りの壁へ手をついてしゃがみ込む、
この陽気の中でも黒外套を肩に引っ掻けた姿のおチビさんがおり。
なぁんだと納得したまま立ち去ろうとしかかったが、
いや待てよとその脚がひたりと停まる。
そのまま放置すること自体へは罪悪感も何もない。
だってこれだけの衆目があるのだし、
誰か気づいて駅員にでも通報し、慣れた人が介抱に回ろうと、
至って合理的に解釈出来たからこその判断だったものの、

「…うん。」

身内なのに見捨てただなんてと、
最も気に入りの可愛らしい誰かさんたち約2名ほど、
怒ったり泣いちゃうかもしれないなぁと遅ればせながら気がついて。
そこで初めて胸に来るものあってのこと、やれやれと踵を返し、人垣を掻き分ける。

「すいません、知り合いです。」

居合わせた皆様から注目を浴びるのは困りものだが、この際は仕方がない。
さっさと片付けようと傍まで寄って、しゃがみ込む彼の腕を取り、
肩を貸して近くのベンチまで移動する。
ああ、身長差がありすぎて立ち上がり切れないぞ、おい。
とりあえず座らせて、帽子はそのまま、がっくりと項垂れるところへ名を呼んで声を掛けたが、
応答も出来ず、うっすら意識がある程度な様子。
かさりという紙の音がして、熱のせいかいつもよりやや強いトワレの香りのする懐から
処方箋薬局のそれだろう薬袋が覗いているので、病院へは行ったらしく。
だったら大人しく寝ていろと呆れたものの、それよりも大切な次の手配に取り掛かる。
自分の外套の懐から携帯電話を取り出し、手慣れた操作をしてから頬へと当てて、

 「…あ、私。
  いや何ね、中也が熱出して行き倒れてたんでどうしたものかと。
  そっち運んでいいの? 判った、これから連れてくから。」

少なくとも彼には胸張って遅刻した事情を判ってもらえる事態だものね。
ついさっき別れたばかりの愛しい子に、すぐにもまた逢える僥倖を噛みしめて、

 「さて…。」

顔を真っ赤にしている小さなポートマフィアくんを再び抱え、
社とは方向の違う道を選んで歩き出した
包帯無駄遣い装置との別名付き 美丈夫様だったのでありました。




     ***


 「そっか、太宰が。」

いつも憎たらしい奴だが、さすがに病人相手では無体も出来なんだのだなと、
運んでくれたことに感謝をしつつ、

 “こいつと逢えるからだってのが優先されたのは間違いなかろうがな。”

甲斐甲斐しく寝汗を拭いてくれていた芥川の、
他の人では判りにくかろうが、自分には随分と心配げなのがようよう判るお顔を枕から見上げ。
あの現金野郎め…とそんな魂胆まで推察出来るほど、頭が冴えてきた中也だったりし。
何なら救急車を呼んでも良かったろうにと思うところかもしれないが、
こちとらポートマフィアの構成員だ、
居場所がある意味 明らかにされ、尚且つ固定されるのは不用心が過ぎること。
それに、そんな対処をされたと公的な記録に残るのはいかがなものか…というわけで
的確な処置には違いなく。
まだ熱っぽい身なのを持て余し、ぼんやりしておれば、
覇気のなさとしてそれが伝わったのか、

「眠ってください。」

濡れタオルを触っていたせいだろう、
冷えてしまった手のひらで こちらのおでこに貼りついていたおくれ毛を掻き上げつつ、
芥川が静かな声を掛ける。
むせ返るような暑さを訴えようとしたところ、
視線だけで通じたか、パジャマの襟もとをくつろげてくれたので、
それでホッとし、重くなってきた瞼を下ろして素直に寝付くことにした。
体調のせいで気が弱くなっているのかな、ああでも、
そんなの感じられるほど、こいつが頼もしくなったってことだよななんて、
どこまでも保護者感覚が抜けきらない中也であったその一方で、

「……。」

看病のスキルがあってよかったと、芥川が安堵の息をつく。
他でもない、ここ数年 何かと具合を悪くしてはこの中也に診てもらっていたからこその
少なくはない“身に覚え”を手繰り寄せたまでのことなので。
威張れることじゃあないのだけれどと、ちょっぴり胸底がひりついたが、
そこのところは後日、

『それって、俺もお前のおかげで気が張ってたからだと思うぞ。』

今だから言える言いようだけど、
今 俺が倒れてちゃあどうなるかと気丈夫になってたから、
体調も崩さずにいられたんだろし、多少の無理も利いたんだと思うと

『相見互いってところだな、うん。』

そうまでのお荷物だったというんじゃなく、
こっちも助けられてたってわけだなんて豪快な解釈をし、にやりと笑った頼もしい人。
目を瞑っていると、まだちょっと幼さも覗かぬではないやんちゃな面差しになり、
体格だって自分よりもともすれば小柄だというのに、
あの頼もしさは何だろか、一体何処から涌いてるものだろかと、
お顔はやわらかにほころんだままながらも、
到底敵わぬ中也の精悍さへ今更ながらに恐れ入る芥川で。

 “…熱、下がって来たな。”

顔の赤みも心なしか引いてきたようで、寝息もすうすうと穏やかなそれだ。
やっと安堵し、寝顔に見入る。

「……。」

さすがは体術の使い手で、病なぞ寄り付かない隙のなさなのだろう
彼自身が風邪なぞ引き込んだところとか見たことがなく。
そういう人に限って大したことのないものをこじらせるのだと、
のちに彼を叱った紅葉の言として聞くこととなるのだが。
それとは別に、

『こいつ、いつも自分の元気を過信して、
 このくらいの時期に薄着になっちゃあ風邪ひいててね。』

彼にも判りやすかったのだろ傷心の顔になり、随分と案じていた自分をこそ案じたか、
こちらの細い肩を背後からゆったりと抱きすくめ、
心配は要らぬとくすすと微笑い、太宰がそんな風に言っていた。
それこそ幼いころからの知り合い同士だそうなので、
自分なんかではおっつかないほど 沢山のことを、互いに知っている彼らなのだろう。

 「…太宰さん。」

具合の悪い中也を見つけ、
案じるに違いない自分のことをまずはと思い起こしてだろう、
彼の自宅から帰宅していたこちらへ連絡を呉れて。
意識のなかった中也を手づから運んでくれたし、
そういう様式の装いだとはいえ、
やたらと重ね着していたところからの着替えも手伝ってくれて。
あの人がいて助かったなぁと、
何とか落ち着いた今、やっとそこへも想いが至り、ほこりと胸が温かくなる。
今のように自分のすぐ傍らにいつも居てくれるようになって、
どれほどのこと心安らぎ、至福な日々を送れているものか。
勿論のこと、師匠としての尊敬も忘れちゃあいない、
いつまでも誰かに頼っていず、しっかりせねばとの決意の下、
でも今だけは、親代わりとして慕うこちらの兄人へ、
いたわりの眼差しを向ける黒獣の王だったりするのである。

 『…で。何であいつのパジャマがお前んちにあるんだ。』

しかもそれを何で自分が着せられてるかな、こうまでぶっかぶかのをよと。
さりげないそれだが、気の回る存在にはあっさり気づかれ、
しかも結構な破壊力のある仕業なこと、
ちゃっかり仕込んでった誰か様だったのへも
この時点では全く気がつかない、
相変わらずに天然な、漆黒の覇者様でもあったりした。




◇おまけ◇

恐らくは太宰に訊かされてのことだろう、
昼下がりには息せき切って、探偵社の虎の子までもが枕元へと駆けつけて。
宝石みたいな綺麗な双眸に涙の膜を張り、
その場へ頽れるように座り込んだ痛々しい様相へ、
随分と容態も持ち直していた中也から、逆に励まされの案じられのしていたほど。

 『僕では何もしてあげられない』

例え目の前で倒れた中也さんだったとしても、
何も知らないし判らなかったろうからと、
情けないとばかりに肩を落とした敦だったのへ。
大丈夫だぞ安心しろと芥川が言葉少なに励ましてやり、
何故だか友好が熱く芽生えて 携帯の番号やメアドの交換に至ったのは余談だが。
そんなこんなという“鬼の霍乱事件”にはまだまだ続きがあって。

 『中也くん、大変なことになっているよ。』

復帰そうそう首領に部屋まで呼び出され、
そこで聞かされた話というのが、

 ネット上に、
 それは麗しい貴公子が急病に倒れた美人のお嬢さんをそりゃあ丁寧に介抱し、
 最後は姫抱きにして立ち去ったと、ちらりほらりと投稿されててね

いやなに、ウチの優秀なサイバー関係者がもぐらたたきのノリで消して回っているし、
拠点側の最寄り駅じゃなかったこともあって、大した数じゃあないのだけれど。

『ほら、これとか。良く撮れてるよね。』
『う…。』

自分の胸元へ帽子を載せ、
それは頼もしそうな長身の男性の懐にちんまりと収まる存在。
ヤマユリのたたずまいを思わせる、それは淑やかなやわらかい美貌の君の
伏し目がちな案じるような眼差しに見下ろされつつ。
膝裏と背中に腕を渡され、大事そうに抱えられ、
熱のせいだろう、日頃の冴えて鋭角なところは微塵もないまま、
甘く浮いた表情で目を伏せている誰かさんは。
時折男性の胸元へ頬擦りしいしい、
弛緩しきった脚をゆらゆらと垂らし、
それはそれは可憐な様子だったそうで。(投稿者のツイより)

『相変わらず君らって仲がいいねぇ♪』
『…判ってて言ってますね、首領。』

途中で目が覚めたらさぞかしパニくるだろうという、それも太宰の嫌がらせによる姫抱きに違いなく。

『あんの野郎がぁ〜〜〜〜〜っっ#』

長々と地を這ってから那由他の彼方まで飛んでくような、凄まじい怒号を上げた誰か様、
元気になってよかったことです、うんうん。




   〜Fine〜  17.04.26.







 *よくある風邪熱ネタですが、
  これから気候も良くなってどんどん使えなくなろうネタでもあり、
  中途半端な時分ですが書いてみました。
  何だかんだで皆から愛されてる中也さんだろと思いますvv
  これも日頃の行いのせいでしょねvv

 *相変わらず、中敦というより太芥っぽいカラーが強い代物になる困った出来ですが、
  芥川くんは単独で大好きなのでしょうがないということで。
  そういや 『桜日和』の冒頭らへんで、
  太宰さんが施した “緊張を解くおまじない”とやら、どんなそれかを書き忘れてましたね。

  「脇腹を二分ほどくすぐってやっただけだよ。」
  「おいおい気管が弱い奴に何てこと。」
  「何も息を切らすほど笑わせた訳じゃあない。
   手のひらを軽く伏せて、こうじわじわと…。」
  「…手がやらしい。」
  「止めてくださいと真っ赤になって
   布団の端までじりじり逃げるのがまた可愛くてvv」
  「おいおい。」

  こいつに返して大丈夫だったのかと、
  今になって不安を覚える中也さんだったりして。(笑)


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