短編

□贅沢なお悩み?
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探偵社に中島敦を指名した依頼があった。
内容は逢ってから話すとのことで、
指定されたのは随分と昔に廃止になった船着き場跡。
葦が生え放題の怪しいといや怪しい場所で、
新人だというに敦が指名されたというのも思えば何やら怪しい。

「純粋な依頼でしょうか。」

その看板に“武装”とつくだけに、異能を用いた調査が基本の荒事専門。
素行調査だの迷子のペット探しだのをこなすような のんびりした事務所ではないと、
当初から聞かされてもいたほどで。
なので、もしかして過去に検挙したゴロツキが
逆恨みから報復を構えて…ということだって疑えように、

「そういう物騒な話でもないと思うんだなぁ。」

どういう根拠があってのことやら、
一応の立会人、敦とのコンビを組んで同行してきた太宰は
お気楽そうにふふーと笑うと、

「おお、なかなか立派な松じゃあないか♪」
「あ、太宰さんっ。」

川沿いに植えられ、手入れもされずに何十年か。
大枝小枝が入り組んでこんがらがっている古松に一目ぼれしたらしく、
ちょっとぶら下がって来ると、意気揚々駆け出す始末。

「あああ。」

頼りになるやらならぬやら。
引き留めようと延べた手も間に合わず、虚しく宙に浮かしていても何にもならぬと
がっくり落ちた肩とともに下へ降ろしてから。
話だけでも聞くかと、依頼書にあった番小屋へ向かう。
春の昼下がり、まったりした陽気の中にポツンとたたずむ番小屋は、
丸太組みのあちこちが破れた、なかなかに風通しの良さそうな物件で。

「あのー、ご依頼のあった武装探偵社ですが。」

手を掛けただけで、素材の丸太の表皮がぼろぼろと剥がれ落ちる扉を用心して押せば、
屋根も穴あきなのか 外と変わらぬ空気と明るさの屋内には、
最近とみに見慣れて来た黒外套の青年が一人。

「…っ、芥川?」

最初に因縁深い出会い方をしたせいか、
顔を合わせりゃ揮発性の高い攻撃的な構えようをされ続け、
引き裂いてやるだの、言われただけじゃなく実行もされた蓄積のせいか、
ついついこちらも身構えてしまう相手。
ポートマフィアの遊撃隊を率いるという武闘異能の青年が、
やって来た敦を無言で出迎える。
相手は裏社会の王座に君臨する犯罪組織ではあるが、
時にそういった社会の情報を得るため接触することもなくはなく。
だがだが、自分は“依頼”を受けて此処へ来たのにと、
待ち受けていた人物とそんな背景が噛み合わぬことや、
日頃なら彼の側こそ、すわ切り刻んでやると凄むのが、
随分と冷静なままでこちらをみやっていることなど、
平仄の合わぬことだらけの現状へ???と小首を傾げておれば。

「依頼主は僕だ、人虎。」

まるで誤魔化すようなかすかな咳とともに彼はそうと言い、
不審そうな顔をするなとちらり睨んで来たものの。
硯石のような淡として冷ややかな瞳を据えた双眸、
いつになく落ち着かぬ様子で泳がせると、
ここへ来ての逡巡を何合かの間合いで示してから…。
あえて敦にと指名してきた“依頼”というのを打ち明けてきた。


   ◇◇


大雑把ながらもまとめれば
『こうまで太宰さんに恵まれていていいのだろうか』
という不安を聞いてほしかったらしく。
例えば、携帯電話には太宰さんの番号が登録されていて、
掛けてみればワンコール以内で出てくれるし、少なくても10分は話をしてくれる。
家路につけば途中で太宰さんがひょこりと現れ、ご自宅まで誘なってくれる。
食事を作りながら他愛のない話をし、
共に食してから、夕刻をまったりと過ごし。
最近揃えたという二組の布団を並べて敷くと、
時にはちょっとした戦術の論なぞも語ってくれつつ
夢心地のまま眠りについており。

『…惚気を聞いてほしいの?』
『のろけとは何だ?』

キョトンとするばかりでいて、どうやら本気で知らないらしく。
何より、ただほっこりと嬉しいというにしては表情に焦燥が見えなくもなく。

『それは嬉しい状況なのに違いないのに、
 僕は何を話せばいいやらも判らぬのが実情で。
 仕える者が義務で侍っているような、
 そんな付き合いようをしているものかと誤解されては…。』

ああそうかと、そこに至って敦にも心当たりがあって理解に及ぶ。

『ボクも、中也さんにばかり話をさせてないかとか、
 まだまだ子供だなぁって退屈させてないかとか、
 最初のうちは凄く心配だったよ?』

一方的に好きになっちゃって、
でもでも相手は、4つしか離れてないとは思えぬすっかりと大人の男の人で。
知識や何やが豊富なだけじゃあない、包容力も大層あって忍耐強く、
自分みたいな子供じゃあ相手にならぬところ、
上手にいなして構ってくれているんだろうなって。

『今だってそこのところは不安じゃあるけど、
 背伸びするこたないぞって言われてるし。』

天然なところが敦のいいとこだって言われたし、と。
先程 “惚気を聞いてほしいのか?”と訊いた側が
こんな言いようを返していては世話はなく。

 『自慢か?』
 『…これが“惚気”だよ。』

もしかしなくとも黒獣の王も結構な天然であるらしく。
ふぅんと感心したような声を出してから、

 『中原さんに訊こうかとも思ったが、
  太宰さんの名を出すとそれだけで怒り出しそうでな。』

「だからって、ボクに相談するところからして混乱してますよね。」

要は いろいろあって捻じれた経緯のせいで
これまでまるきり縁がないも同然だった
“太宰さんバブル”がいきなり来て翻弄されているだけのこと。
なので、怪我の療養じゃあないけれど、
そういうのって“日にち薬”みたいなもので時間が経たなきゃどうにもならない。
慣れるしかないと思うよって言っといたんですが、と。
自分だってそういう相談は困りますよと ふにゃんと笑った敦だったのへ、

「太宰バブルって…そんなおっかねぇもんが来てるのか、あいつ。」

こちらさんもどう受け止めたやら、
今日は午後からお休みだったため
お部屋デートとしゃれ込んで少年を呼び出していた中也が
その敦経由で芥川青年のお悩みとやらを聞かされ、唖然としてみせる。

「付きまといより タチが悪いかもだな。」
「中也さん、それは非道いです。」

仮にも相思相愛な人たち捕まえて、と。
さすがにその辺りは把握していたらしい虎の子くんが
そこまで真剣なお顔でそんなこと言っちゃあと窘めたものの、

「そうは言うが、現に芥川は困惑しとるのだろうが。」
「うう…。」

どちらかといや芥川青年への肩入れが強い中也なので、
いくら好きな相手関わりの話であれ、
辛かったり苦しかったりを我慢させるのは看過できぬらしく。
とはいえ

「だがまあ、敦の言いようが一番通ってはいるがな。」

一応は冷静に判断し、
並んで腰かけていたソファーの背もたれへぽそんと凭れかかる。
そんな彼の動作を追って、敦もまたそちらは中也の懐へとぽそんと身を伏せ、
えへへぇと笑って見上げれば、
しっかりした大きな手が頼もしい笑顔つきで髪をわしゃわしゃと掻き回してくれて。

「ボクにも中也さんバブル、こないかなぁ。」
「う〜〜〜。今週はちょっと無理だな。」

今日やっと半日時間が取れたのであって、
このところ少々忙しいらしく。
すまんなとしょっぱそうな顔をするのへ、
そこは“ううん”とかぶりを振って。
いい子の笑顔で 我慢しますと答えた、可愛い愛し子だった。


   〜もちょっと続く〜  17.04.14.







 *拍手お礼を新しいのへ変えようと
  (中也さんがあまりに別人だったので)笑
  どう細工しようかと思ってたネタをいじってたのですが、
  何だかまだ続けられそうなので、普通のUPとして投下です。
  太宰さんバブル。嬉し怖しですね、これ。
  もちょっと続きがありますので 後半で。


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