短編

□お出迎えは華やかに?
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ヨコハマを拠点とする犯罪組織“ポートマフィア”。
そこに属すお人と、ひょんなことから知り合い、
そのまま情を通じて理ない(わりない)仲になってしまった中島敦としては。
自身が身を置く武装探偵社の方針とは相容れぬ彼らとは、
それがため、場合に拠っては敵対関係に陥るだろう将来も判っていつつ、
それでも打ち消せない自分の気持ちの不思議さと矛盾とに
時々、訳もなく不安になりつつも、
今のところは情人の頼もしさにすっかりと油断しまくっており。
今も今で、大好きな中也が
組織の都合とやらで
遠い西の地へ出向いているのが案じられてしょうがない。
何と言っても“任務”での派遣なので戻ってくるまでは電話も厳禁とあって、
どこで何をしているものか、一切判らないままになるのが今から落ち着かない。
途轍もなく強い人だと判っているが、
それでもどんな “もしかして”が誰の上へ降るかは判らぬもの。
それは朗らかで優しくて、誰より自分より敦を大事にしてくれるあの人が、
好きで好きでたまらぬあの人が、怪我でもしたら苦境に立ったらどうしようと、
それを思うと居ても立っても居られない。

「何て顔をしているんだい?」
「…太宰さん。」

今朝がた見送ったばかりで、もしかしてまだ当地へ着いてもなかろうに、
早くも本格的な不安に苛まれている虎の子くんなのを見かねたか。
彼もまた大切な存在を同じ地へ送り出した先輩さんが
落ち着きなさいと声を掛けて来て。

「遠征というと、やはり“抗争”なのですか?」
「だろうねぇ。」

当然のことながら内容は聞かされていないし、
いくつか依頼をこなすことで多少は荒事に接してきたといっても、
まだまだひよっこな敦では犯罪組織の内情など計り知れもしないこと。
それに比してこの蓬髪の先輩氏は、
物腰柔らかな美貌の風貌なのにもよらず、
実はそのポートマフィアの幹部だったという経歴を持つ変わり種。
それでというわけでもないながら、ついつい掘り下げた話を聞いてみたくなり。
その辺りは相手へも伝わったものか、
さして急ぎの依頼に追われているでなしと、
心細げな浮かぬ顔の少年へ、ご希望に沿うた話を紡いでやる。

「交渉だけでいいのなら、何も遠方から中也や芥川くんを呼びはしない。
 あの二人は 本人が攻撃特化された存在な上に、率いているのも屈指の武闘派集団だからね。」

「二人も、というのは、大がかりな抗争だということでしょうか。」

今まではまるきりの他人事だった犯罪組織の“抗争”。
この職場に籍を置いてからそれとじかに接する身となり、
今はそれへ身を投じる人を持つまでとなっているのだから、
ほんに、人生 明日のことは判らない。
それはそれは強いあの二人を是非にと招聘されたなんて、
どれほどの規模の争いごとなんだろかと、
憂いの消えない眉間を曇らせたまま、太宰の言葉を待てば。
彼は聡明そうなお顔をやや傾げ、

「そこは…どうだろうね。」

やや残念そうに苦笑をこぼし、

「確かに、異能の強さや特徴を聞いて、その実力を買っての招聘ではあろうけれど、
 もしかしたら単なる兵器扱いにって請われたのかもしれない。」
「? というと?」

「個人の力が強いだけで、部下をまとめて戦術を展開させたり指揮を執ったり、
 そういう戦力としてはあてにされてはいないかもということさ。」

ここぞというところで、
指揮を執る人が指示したように、その異能を発動させてくれればいいとか。
そんな扱われようをするための招聘もないではないからねと、
口許へと浮かべていたしょっぱそうな苦笑をなお厚くした太宰であり。

「古手の人ほど、20代の若いのなんて一様に青二才扱いになるものだし。」

異能云々より以前の話として、
中也や芥川という顔ぶれの年若さ、
舐めてかかられるってこともありうると付け足され、

「…失礼な話ですよね。」

大好きな人をくさされるのは不快だし、
重力操作という異能のみならず、戦う技能も優れている中也なのは百も承知であるがため、
何も知らない癖にと むうとお声を低くする。
そこで憤慨するのはいかがなものかと、
まだまだ幼いお顔の頬を膨らませ、憤然とした声になった敦へ、
目許を細め、くくと愉快そうに笑った太宰は、

「ま・馬鹿にされてばかりな彼らじゃあなかろうけれど。」

彼らにだって自負はあろうし、
それが上意下達、上からの厳命で出向いたという形のそうそう覆せぬ任務だとしても、

「昔から上に政策あり下に対策ありともいう。
 それに首領からの覚えも厚い中也だから、
 逆に言や、何か面白いことをしでかしてくれるかもという方向で期待されているのかもしれない。」

「???」

前半の引用は、だから何か工夫を設ける彼らだろうと言いたい太宰なのだと何となく判ったけれど、
後に続いた言いようは主語が不明で敦にはちょっと飲み込みにくく。

「こら、そこの二人。」

仕事をさぼってのお喋りと映ったか、国木田からの声が飛んで来て、
想い人への案じもここまで、已む無く職務へ戻ることとなった彼らだった。




     ◇◇


「まずは重力操作で台地区域周縁に磁場を張る。」

年寄りには坂登りがきつくなろうよなと、冗談めかした言いようをし、
そのまま にやりと笑った顔は、
都会風の際立った美貌をしているが故、随分と迫力のある表情に冴えて尖る。

「その上で、A地区には○○、B地区には××の班を伏せる。
 札びら切って見せた盛り場での挑発が効いていようから、
 敵陣営は夜更けを待たずしてこっちの宿へ押し寄せる。
 奴らの常套、挟撃策の通り道にあたる両地区だが、
 本旨は台地の孤立化だから殲滅を目指さずともいい。
 時間差をつけて畳んでから、
 駒が完全不在となった本宮へ乗り込めばカタはつく。」

いかにも長閑な田舎町らしい路地裏の地蔵前、
しゃがみ込んで輪になった若いのへ それらの計画を説いた男は、
輪の外側、路地の入口に立ち、
煤けた漆喰壁に凭れている痩躯の青年へ視線をやると、

「海側の斜面、中通りは任せていいか? 芥川。」

地図も見取り図もない説明なれど、
着いたそのまま、ざっと土地の利便や何やを把握してある彼らに不備はなく。
声を掛けられた黒外套の青年も、細い顎を引いて了解と示した。

『俺たちは、年に一度の祭りみてぇな、
 暢気な押しくらまんじゅうに付き合ってるほど暇じゃねぇんだ。』

こんな遠乗りして来たってのに、
形勢を見て不利になりかかったら一発決めてくれりゃあいいだと?
いつ発動するか判らぬ無策に乗っかって、
地蔵や山車みてぇにだんまりしてられっかよと。
ほぼほぼ太宰が予見した通りの扱いを受けたらしい中原たちとしては、
田舎ののんびりとした段取りには付き合ってられんとばかり、
独自に策を構えることにした。
対峙する組織の若いのを、
さんざん厭味ったらしい態度で挑発しておいたので、
血の気が多く、だが口の重い連中が何という反駁も出来ぬまま、憤懣を貯めたのは明らかで。
どうせ抗争の予定じゃああるのだ、
助っ人とやらいう気障な一団、先に薙ぎ払っても上の人らも文句は言うまいと、
挑発はスルーしたように見せかけたという、巧妙なポーズを取ったのち、
不意を突くよな先手を打ってくるように“仕向け”た彼らであり。

『これで戦端は今夜開かれる。』

これでも、ギリギリご当地に合わせた泥臭い手を構築してやった中也であり。
最初から相手の手勢を一か所に集めて異能で押しつぶすだの、
ネットを活用して偽の情報をばらまき振り回すだの、
もっと簡便でスマートで痛快な策もなくはなかったところを、
何をどうして“勝った”かが判らぬでは困ろう、
こちら側の長たちの顔を立てる必要もあっての苦渋の選択。

「そのまま今晩でカタぁ付けるぞっ。」

何が1週間の長丁場だ、
たかが小さな盛り場の一等地のみかじめ料の奪い合い。
そんなささやかなものでも、ご当地の顔役には堅守せねばならないものだというのなら、
ちゃんとフォローしてやるから、その代わりやりたいようにやらせろと。
これまでならば、こうまで気が急くところを見せる彼ではなかったはずが、
世話役の話も中途で遮って、勝手に動き出してのこの運び。

「明日はヨコハマに戻るぞっ。」

やってられるかという心境は、他の若い顔ぶれにも同じだったようで、
さすが中也さんとばかり “おーっ”という雄叫び声も上がったほどだったが、

「待ってろ、敦っ。」

いや、それはないないと。
下手にシュプレヒコールに乗ったらどんな目に遭うかと、
最後の最後、唐突な心の声の発露をしちゃった遠征軍代表へは、
あわあわと慌ててしまった皆さんだったそうな。

 “待っててください、太宰さん。”

……あんたの心情も判った判った。(苦笑)


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