短編

□黎明の睦言
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唐突に頭にかかっていた眠気という靄が薄まり、
だがだが、頬に降れる夜気の冷たさに、
まだ起き上がる時間ではないなと感じたのと同時、
頬から肩口、胸元にかけてと ヌクヌクと接していたものが
すっと離れていったのを微睡みの端っこで自覚する。
やわらかくて、でも頼もしい堅いものでもあって。
いい匂いがして暖かい“それ”は、
近頃やっと緊張せずとも接していられるようになってきた、
敦にとって最も愛しい存在で。
ごそそと布団を退ける衣擦れの音もし、
トイレにでも起きたのか、それとも水でも飲みに立ったのかと
依然として半分ほど眠ったままにぼんやり思い、

「…ちゅうやさん?」

乾いた唇をあまり動かせぬまま、
どこか呂律の怪しい呼び方をすれば、

「起こしたか、済まん。」

恐る恐るという態度仕草ではなかったが、
それでも熟睡して居た愛し子を起こすほどの雑さではなかったつもりだったらしく。
ちょっぴり芯の怪しい声で名を呼ばれたことへ、
彼の側もまた意外だったかのような低い声を返し、
伸びてきた手のひらがこちらの頬を撫でる。
いたわるような優しさへたちまち相好が崩れ、
とろけそうな顔でくふんと嬉しく笑った敦だったものの、
まだ随分と早い時刻なのは室内の暗さから明白で。
とはいえ、そのまま視線を巡らせて見やった窓は、
やや白み始めた空の黎明を感じさせてか、薄物のカーテンが薄青を透かしており。
そんな窓の明るみを枠に、
立ち上がりかけていた男のシルエットがようよう見えて。
抱き心地の良い人肌懐炉があるからと、さして着込みもしないで寝付く彼は、
昨夜寝入る時に着ていたロングTシャツを、
裾を掴んでそのままがばりと頭上まで、
一気に引き上げると、あっさり脱ぎ落したようで。

 “……えっと。”

無駄のない肉置きが手際の良い動作を見せた一連の流れへ、
敦がその視線をくぎ付けにする。
自分と変わらぬどころか、身長だけならこっちがやや高いというに、
何でこうもカッコよく決まるのだろうか、彼は。
面立ちの美麗さは言うに及ばず、
伸ばされた背条は舞踏家のように妖麗で。
ネコ科の獣の、品のある奔放さを常にまとい、
大あくびを放つときでさえ、
直後に乱れた髪ごとふるると首を振る仕草がしなやかで。
そのまま伏し目がちになって、
長い睫毛の下に覗く双眸で
きょろきょろと居回りに何か探し物をする覚束なさがまた、

 “そっちは可愛い…。”

言ったら 何おう生意気なと苦笑交じりに叱られそうなので言わないが。
そんなこんなという所作色々をついつい見入るように眺めておれば、
結句、座ったままで手近にあった猫脚の椅子へ手を伸べて、
その背面に引っ掻けていたシャツを手にし、
ばさりと肩へ羽織る彼であり。

「もう起きるんですか?」

脇卓の上、デジタル時計の表示はまだ5時台。
普通一般のサラリーマンでもまだ寝ているだろうし、
マフィアの幹部ともなりゃあ…具体的なタイムテーブルはそういや知らないが、
敦が泊まるときは、此処から直接出社するのを送り出してくれるのが常なので、
もっとのんびり構えているのが “いつも”の朝だったのであり。
のんびりが過ぎて危うく遅刻しかかり、
中也が愛車を出してくれる流れもあったほどなのを思い出すにつけ、

「急なお仕事の連絡でもあったのですか?」

ともすりゃあ同じ事態の此岸と彼岸にそれぞれ立つこと、余儀なくされる彼らだ。
眠気が覚めるとともに、落ち着いて色々洞察出来る頭になってきたと同時、
そこのところへの危惧が沸く。
双方の立ち位置への理屈や道義は判っていても、
大事な人と敵対するのはやはりつらい。
マフィアとしての仕事というのは、
事務管理系のもなくはないが、実務担当の彼が処するのは主に乱闘系。
詮索につながりそうなので詳しいことは訊かぬようにしているものの、
他組織との抗争、物資横領への仕置き、裏切り行為への報復対応など、
血なまぐさいものが多く、しかもそういう事態の場合、
こっちにはこっちで軍警から対処依頼が来ていてのこと、
まともにぶつかる可能性も大きい。
また、それとは別口、
中也の場合、その戦闘力の大きさや異能の応用の利くところから、
提携を組んでいる遠方の組織に不都合があったのへの助力に
遠征することも多々あって。

 “あ…。”

こんな早朝ということに嫌な予感がし、
続けざまに訊いた格好となった諸々への応じが返る前に重ねて訊いていたのが、

「…もしかして遠出ですか?」
「おお、勘がいいな敦。」

今回は山口だぞ、しかも一週間だ…なんて、それは朗らかに応じた中也だったが、
だとして、ほんのさっき連絡が入ったわけではないのだろうと、
そこへも気がついたほど、何かと慣れて来はした身としては、

「もうもう、なんで通知が来た時に言ってくれないんですか。」

五大幹部の一人とまで数えられるほどの中也なだけに、
最下層の構成員へ、頭数が足らないから来いと急遽声を掛けるのとはわけが違おう。
きっと数日前に知らせが届けられているはずなのに。
何でまた、こんな直前まで言わなかったのだと
ベッドの上、勢いよくがばりと身を起こして抗議をすれば、

「言ったら、手前は昨夜此処へ来なかったんじゃねぇのか?」
「う…。」

鋭い眼差し、やや座らせての、しかも低い声。
そんなお言いようにて、
すぱりと指摘されて口ごもる。
心根の優しい虎の子は、
中也の激務や何やにも我がこと以上に気をとめており、

「通達がいっぱいあるんじゃないかとか、
 遠征前ならたくさん寝てくださいなんて、
 おっかさんみたいなことを言い出すだろうが、手前はよ。」

特殊事件への活躍もあって、引く手あまたの武装探偵社は、
事案へ直接対処に出る顔ぶれが限られているがため、
異能を持つ調査員たちはほぼ年中無休状態。
特に若くて回復力もあるところを見込まれるものか、
問題社員の突然の入水や行方知れずという事態へのフォローを含め、
体力勝負なものには必ず引っ張り出される敦なため、
せっかくの休暇だ、それも2週間ぶりのと、
それは嬉しそうにしていて。
残念ながらこっちはその日じゅうを添うてやれる身ではなかったけれど、
それでも泊りには来れると
ささやかなご褒美にスマホ越し嬉しそうな声を出した愛しい子。
当人以上にこっちだって待ちに待ってた逢瀬とあって、
好きなものでも作ってやるか、
そうそう、こないだ新店で見かけた春物のブルゾン、
似合いそうだったから買っておいてサプライスに渡そうかなんて。
浮かれたことを思うておれば、
出社したオフィスへ遠征派遣の通達が降って来て。
愕然とした後、
よくもまあ部屋中の家財一式を嵐の空中遊泳へ送り出さなんだものであると、
自分の分別深さへ感心したほど。

「断れる通達じゃねぇんでな。
 そっちへの忖度は無しとなりゃあ、」

ならせめてこっちを好きにしたって良いだろと、
敦くんへは時間差で伝えることにした幹部様だったらしく。
腕を振るってローストビーフと玉子ふわふかのオムライス。
マカロニサラダにクリスピーなピザ、
デザートにはフォンダンショコラを用意して。
お土産ですと頑張って奮発したらしいハーフボトルの逸品ワインを受け取り、
自分よりすっかり大人な恋人の元を訪れた興奮に、
ちょっぴり微熱を含ませた目をした愛し子をフラットへと迎え入れ。
用意した食事とお喋りに無邪気に笑う彼の、しなやかな髪を撫で、頬を撫で。
含羞みに逸らされる眼差しに気づけば指先を掴まえ、
はっと上がった視線を同じく眼差しで慰撫し。
思う存分甘やかし、そっとそぉっと懐ろへといざなって、
ソファーの定位置、自分へと凭れさせた甘い実は、
親指の腹で撫でた口許についばむように口づけても、
もはや逃げを打つこともなくの従順で。
若木のような痩躯を腕の中へ取り込むように抱き込んで、
首元、耳朶の下という深みから、おとがいに沿うての顎先へ。
唇の先でくすぐってゆき、それからそれから……

「出発のギリギリまで、一緒に居たいし顔を見てたいしw」
「もうもうもう。」

目許は弧にたわませ、口許をいかにも悪人風に横へ引き、
歯を見せてにっかと笑ったのは、
目論見通りの大成功と言いたいお顔か。
薄暗い室内、ベッドサイド、
やや身をかがめ折った兄人のその懐ろにたゆとう暗がりへ、
何とも言えぬ蠱惑の匂いを感じ、
知らずこくりと喉が鳴ってしまった幼い恋人へ、
こちらも意味深に笑った中也だった。




  〜Fine〜  17.03.25




*近頃気になりまくりの“文スト”を初めて書いてみましたvv
 特にお気に入りのキャラ、中原中也さんと、
 次に好きな中島敦くんの組み合わせは、
 ですが原作内でも接点がほとんどないせいか
 他であまり見かけませんで…。
 こりゃあ自分で書くしかないのかなぁと、煩悩を膨らませた次第です。
 何なら、出会いというか接点とやらも書いちゃおうかな?

*この二人とともに好きなのが、太宰さんと芥川くんでして。
 DVとか殺伐とか無しの甘いお話が読みたいですvv
 というか、4人で何やかやごちゃごちゃと
 デレたりツンだりしてほしい…。
 探偵社、マフィア、双方の
 周囲の皆様に大きな迷惑かも知れませんが。(笑)


 おまけへ続く →



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