パレードが始まる前に

□桜日和 2
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時折思わぬ冷たさの風も吹かないではないが、
港祭りの直前あたりから ぐんと暖かな日和が続いており。
陽のある処に長くいると汗ばむくらいで、
関東地方でもあちこちから桜の開花の知らせが飛び交う、まさに春到来といった感がある。
世間様の新年度も始まっているが、
会社にしても学校にしても新入生たちが門出を迎えるには微妙に数日待ちといったところか。
朝の風景の中、会社へ向かう人々の流れも、まださほどには下ろしたての緊張感を載せてはおらずで、
とはいえ、春物の軽やかな色や素材の装いをした女性らが
深色のスーツの群れの間を縫って駅までのアプローチを泳ぎのぼるさまは なかなかに鮮やか。
そういった真っ当なサラリーマンたちの中へ混ざりこんでは、
間違いなく異質さで際立って目立とう二人連れが、街道沿いの桜並木の陰に見え隠れしており。
やや年齢差のありげな、だがどちらも若々しい男性二人で、
片やはたいそう背が高く、肩も背中もかっちりと頼もしく、
襟足を覆う長さの まとまりの悪い蓬髪を唯一の難に、
優しげな双眸は切れ長ながら愁いをおびて淑と潤み、
役者のようなするんとした頬に、表情豊かなやわらかそうな唇…という、
どこかロマンチックな風貌をした、
一見しただけでは ただただ甘い印象のする容姿をした美丈夫なれど。
傍らに従う青年を見やる眼差しの、慈愛のこもった暖かさは、
この若さで父親かと思わせるほどに尋深き内面をも感じさせ。
そして、そんな彼からの眼差しに
煙たがるどころがやや含羞を見せつつも、
気持ち少し下がった位置にて付き従う側の青年はといえば。
まるで春めきの朝の空気の中への忘れ物、
更夜の深淵を思わすような深みのある漆黒の外套をまとい、
硯石のような静けさをたたえた双眸を 表情の乏しい白面へ灯している。
彼には珍しくも、その頬へ慎ましい笑みが滲んでいる今でこそ、
清楚な美貌が窺い知れもするものの。
本来の居場所である夜の闇の中では、
綿毛のような髪や、色白で線の細い横顔、
若木の如くすんなり伸びた背条や四肢に、
物憂げに伏し目がちにされた眼差しまでもの いづれもが、

 この若さでようもこうまで、と

畏れという意味合いでの感嘆を招く存在へと帰着する。
泰然とした落ち着きの無とそれから、
標的をざっくり裂いて負へと引きずり込ますばかりな殺気と。
質の違う二つの“静”のまとい分け、よくもこなせるものよと
出逢った者をことごとく震え上がらせる、実は“死神”のような人物でもあり。

 “まあ…指名手配犯でもありますし、ね。”

よって、朝の爽やかな通勤風景ほど不似合いな背景もなく。
そういった人々が忙しそうに大量通過中の大通りは避け、
そこに添う緑地公園内の遊歩道をのんびりと歩む二人であり。
何てことのない会話、そのほとんどを年長な側の青年が紡いでいたが、
それも切りの良いところとなり、

「ではね。行ってらっしゃい。」

そのまま通りに出て進めば、年下の青年の方の勤め先という分岐点。
さすがにこれ以上の見送りは問題だろうと
立ち止まった兄人が穏やかに笑んで声をかければ、
素直にこくりと頷いた外套姿の青年が、急ぐでない足取りですたすたと歩み去る。
細い背中はだが、未練がましく振り返リもせず。
それをいつまでも見送るこちらこそ、
もう見えない愛しい子の姿を
何度も桜の梢の下へと投影させては名残を惜しんでばかりいて。

 “…いかんなぁ。”

自分でもつくづくと腑抜けだ不甲斐ないと思うがしょうがないじゃないか。
あの子とこんな過ごしようが出来るとは、ゆめゆめ思わなかったのだもの。
憎まれこそすれ蔑まれこそすれ、慕って貰えるとは思ってもなかったのだもの。
大事なものからほど置いてけぼりを食い、
自分にはそういう巡りしか寄り付かぬのだと、妙な言い方だが高をくくっていた。
孤高だなんて高尚なものなんかじゃあない、
胸の内を覗いてみれば不器用な迷子がじたばた足掻いているだけのこと。
駆け上るのは簡単で、上り詰めた先にはもう何もなくて。
所詮はどこも、頂上でさえも、空っぽな世界だと決めつけていた。
身のうちの寒さが “虚しい”という名の虚洞だと知ったのは随分とあと。
織田作と知り合ったのや あの子と出逢ったの、
もっと早ければよかったのかな、それとも遅かった方が?

「……。」

包帯も巻き直してもらったし、と、
自分の腕を包む真新しい白を見下ろしておれば、

「そうか、貴様がかどあかしとったのか。」
「凄いね、中也。
 身長差を考えたら私の頭へ踵を載せるなんて至難の業だろうに。」

こちらへ触れておれば異能も無効化するから、重力操作で浮かんでもおるまいし。
良く届いたなぁと暢気な言いようをする元相棒へ、

「うるさいっ。」
「あいたっ☆」

その踵を一旦浮かせてからごんと容赦なく落とし、
さすがに痛かったか頭を押さえて前かがみとなった太宰の眼前へ、
先程別れた芥川同様の黒い外套を、こちらは肩に引っかけたいでたちの
ポートマフィアの幹部様が姿を現す。
相変わらず我の強そうな面差しは鋭角に冴え、
しかも少々お怒りなのか、尖りに尖っており。
そういえば、今回の騒動では
敦を介す格好で腹の探り合いこそしていたが
直接顔を合わせるのは今が初めて。


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