パレードが始まる前に

□桜日和 1
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理想を追う崇高な生き方を目指し、生真面目で律儀な現在の同僚、国木田くんから、
携帯電話への入電があったのは、夜も随分と遅くになって。
こちらが出られたのは、やっと電波がつながったからなのだが、
ずっとずっと音沙汰無しの なしの飛礫だったこと、
そりゃあ怒っていたらしく。

【貴様、勤務半ばに勝手に直帰扱いにして行方をくらますとはどういう料簡だ。】

敦が何者かから狙撃されるという大変な騒動に巻き込まれ、
瀕死のケガ人が出て与謝野先生が駆り出されと、
本来の調査案件が倍以上の事態へ膨らんでしまったというに、
教育係にして未成年の敦を保護せねばならない立場の貴様が
その渦中に居なかったというではないか、と。
一体誰のどういう報告から導き出したそれなのか、
随分と的確な状況把握をしている彼で。

 “敦くんじゃあないな、与謝野先生から一通りを聞いたってところだろうな。”

港湾地区のコンテナヤードで起きた狙撃事件は、だが、表向きにはまだ公表されてはいない。
軍警の所轄は祭りへの警備に人員が多く割かれていたため、
場末のそのまた外れのような廃棄コンテナの集積場になど配置されているはずもなく。
また、現場に居合わせた関係者の大半が “ポートマフィア関わり”の事業所に属す人々だったことから、
騒動そのものを隠蔽してしまおうという働きかけもないではないらしく。
事実、通報もなければ、
撃たれた被害者が出たはずなのに そんな話は聞いてない知らないと、
誰も事情聴取に協力してくれないのだとか。
与謝野先生が異能を使って治療を為したのは事実なので、
そちらからにじり寄る手もなくはないが、
それにしたって、どういう傷病の人をどう治したという事実しか残せず、
何があっての負傷かは彼女も見てはないので証言のしようがない。
それに、医師には業務上の守秘義務というのがあって、
患者が通報してほしくないといえばもう、
いかにも怪しい鉄砲傷でも匕首が刺さって運び込まれたケースでも、
勝手に公安関係へ通報してはならないことになっており。

『敦を庇ってのあの怪我だっていうじゃないか。』

侠気に惚れたというのもないじゃないが、それ以上に、
停戦状態にある現状へ波風を立てるやもしれぬと慮ってか、余計なことはしたくないような気配。

【しかも、社長からライフルを借り出してったというではないか。】

探偵社を設立開業する際、軍警との協力などなどの兼ね合いから、
業務内容に“銃剣等 所持且つ使用”の届けも出しているものの、
その管理は当然のことながら厳粛厳格。
そんな保持銃器の中から
今回の騒動に使われたことが疑われている“ライフル銃”を持ち出したとあって
そこのところも白黒はっきりしろと問い詰めたい国木田であるようで。
もうずいぶんと遅い時間だというに、
こちらが捕まるまで頑張り、捕まれば捕まったでなお頑張る同僚へ、
太宰は相変わらずだなぁという苦笑を口許に浮かべる。

「うん。借りて行ったよ。カラスを追い払うのに必要で。」
【…カラスだと?】
「随分と性悪な手合いでね。
 女性や子供ばかりへ襲い掛かる凶暴さだったので、空砲で追い払おうと思ったのだよ。」

ほら今日は祭りがあって昼花火も揚がってただろう?
でも奴らは頭が良いから花火では効果もなしと来て、
それじゃあって奥の手として…と言いかかるのへ

【…そんな話を信じられると思うのかっ、】

鋭い一喝で遮られ、

【カラスだと? 実は別な心当たりがあって、その対処に…】

おお、さすが餅は餅屋だ、鋭い洞察をするじゃないかと双眸を丸く見開いたものの、
そんな自分の肩へそおと掛けられた上着に、いやさ、その手に
あっさりと意識を持って行かれてしまい、

「まあ、詳細は明日出社してから話すから。」
【何だと、おいっ、だざ、】

電源からぶつりと切って携帯自体もぽいと放り投げ、
自分の背後に、まるで控えるように大人しく座った青年へ、
くるりと体の向きを変えて向かい合う。

「すまないね。放り出してしまって。」

電波妨害、ジャミングを切った途端に入電だものと、
困ったような顔をして微笑みかければ、
謝られたのが畏れ多いという顔でゆるゆるとかぶりを振る彼で。
着ている寝間着は太宰のもので、
少し大きいせいかボタンを一番上まで留めてもその上へ鎖骨周りが大きく覗いており、
風呂上がりなのか日頃は血色があまりいいとはいえぬ肌がほのかに赤い。
常の恰好があの黒い外套なせいか、
ここまで砕けた格好をするとあまりの落差についつい視線も剥がせないというもの。
それ以上に感慨深い何かもあるものか、

「…。」

太宰がじいと見やるのへ、其方からも視線を返していたが。

「…あの。」

伏し目がちにたわめられた眼差しはそれは柔らかく、
形よく引き締まった口許も今はほのかにほころび。
目の前の元教え子を、いやさ、彼がそこにいることを、
嬉しくてしょうがないと堪能しているような様子。
こちらが寂しいと餓つえていたのと変わらないくらい、
実は彼の側からもこうなりたいと思っていたのだよと言わんばかりの構いようで。
ここまで至近から愛でるように見つめられるひとときが
夕時の再会からこっち、この彼の住まいへの道を辿る間も、
食事の支度をする間も、それを食す時も、
近況や何やを語り合った折も、どれほどの度合いで挟まったことなやら。

「…ああそうそう。もう遅いのだったね。」

早く休まねば明日に障るねと、
実はその縁に座っていた格好の布団に手を掛け、上掛けをめくり。
それは手際よく…一体何が起きたのか、瞬殺過ぎて分からなかった
武術系の手管で敷布団の上へ転がされてしまった芥川であり。

「え?」
「さあさ、寝よう寝よう。」

何がどうしてと問う間も塞ぐノリ、
さっさと続いた師匠の懐へふわりとくるまれ、
柔らかで少し甘い匂いと、
機能的に絞られておいでか
細身に見えて意外なほど頼もしい肉置きの感触に。

「え、え、え?」

唐突さに翻弄されたのが落ち着くと、今度はかあと頬が赤くなる。
背中や肩へくるりと腕を回されて、
髪をぽふんと撫でられ、さぁさ寝よう寝ようとあやされて。
まるで小さな子供扱いなところが救いじゃあるものの、
実際は小さい子供とは言い難く。
何せ相手は長きにわたって
逢いたい逢いたい、傍に置いてほしいと
ともすれば神格化しているかもしれぬ程、こそり慕っていた人で。
色々と緊張もするし意識もするしで、息をこくりと呑むのまで恥ずかしく。

「ほら、寝なさいよ。」

そんなこちらなのが判っていてか、
楽しそうな、それでもひそめられた声でささやかれ。
低められたその声の甘やかさがまた
耳朶を撫でての頭から首条にかけてをさわさわとくすぐる。

「〜〜〜〜〜。」
「困ったねぇ。そんな堅くなられちゃあ確かに眠れないだろし。」

そんな含羞みの様子も愛しくてならぬと、
大きな手で気に入りの柔らかな髪を梳いてやりつつ、
何やら策はないかと考えを巡らせていたらしい太宰だったが、

「よぉし、それじゃあ緊張を解くおまじないを今から施してあげようね。」
「はい?」

一体何が始まったやら、半刻後にはそれでも太宰の予言(?)通り
緊張がほぐれたらしい青年が すうと大人しく寝入った気配が立って。
蛍光灯から伸ばしたひもで、かちんかちんと明かりを落とし、
懐に抱え込んだ頼りないほど細い肢体、
何者からも奪われぬよに、
両腕とそれから暗がりを透かす視線とで、
搦めとるように掻い込んで。
窓の外を吹き抜ける、春の夜風のささやき
今宵は一人で聴くのじゃないのだと
胸元を内からも温める彼だった。


to be continued.




*何行使っても寝ない人たちなので暗転で逃げました。修学旅行か。(笑)
 すいません、当方、こういうちょっと斜め外したお話を書く人です。
 太宰さんがいきなり変な人ですが、
 オリジナルでもそういう振る舞いをしていたのでどうかご容赦。
 そういや青の使徒事件だったか、佐々城女史を泊めたというエピソードがあったので、
 一応来客用の布団もあったはずでは…。




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